第二百八十話 帰郷
幸いにして、道中は順調。
魔物との戦いや険しい地形はあったが、みんなこれまでの経験を存分に応用して乗り越えていった。
と、先輩風を吹かせるようなことを考えちゃいるが、つい二年くらい前に冒険者になったみんなは、もうとっくに一流である。
各自がやるべきことをやれば、これも当然の結果だ。
……さて、それはそれとして。
道行きは順調であっても、一点誤算があった。
「しかし、エルトがあそこまで風化しているとはな」
「ああ」
ゼストの言葉に同意する。
……本来、僕たちは旧ヘキサ王国の街、エルトを目指していた。
街跡があれば、アランの時のように比較的安全に休めると踏んでいたからだ。国境にあるだけあって大きな街だったし、建物くらい残ってるんじゃないか、と半分タカをくくっていた。
で、到着してみたところ、あったのはただの荒れ地。
大きな建物の基礎の跡くらいしかかつての街の痕跡はなく、普通に魔物も闊歩していた。
……休むどころの話ではないと、進路を変更したのである。
変更先は、二日前にリオルさんの言った通り、僕の故郷ウェルノート。
私情を挟んでいる場合ではないと理解はしているが、逆に他にアテがあるわけでもない。相当に地形も変わっていそうだが、それでも僕の土地勘が生きる可能性もあるので、そう決めた。
結果は大成功である。
「この森が残ってて良かったよ。ここなら、魔物に見つかる可能性も低いし」
僕の故郷、ウェルノート北東に広がる森。そのまんまウェルノートの森と呼ばれるここは、瘴気の影響で植生がおかしくなってるが、それでも鬱蒼と茂る木々が魔物の目から僕たちを隠してくれる。
いや勿論、ここを縄張りにしている植物系の魔物はしょっちゅう襲ってくる。……が、基本連中は動かず『待ち』の姿勢なのでこうして雑談することもできるのだ。
植物系が完全に支配しているせいか、他の種類の魔物も少ないし。
総じて、僕たちに都合のいい状況である。
「ヘンリーさん、この森は前からあったんですか?」
「ん、ああ。昔とは大分変わってるけどな。僕がウェルノートから落ち延びた時も、この森を通って逃げたんだ」
運もあったが、あの時も今と同じく、ここで身を隠せたから逃げられたのだろう。……そう考えると、この森には感謝するべきなのかもしれない。
「まあ、その前はフローティアの森と違って魔物も出なかったし。子供んころは森の入り口とかで遊んでたなあ」
「へー。そういえば、ヘンリーさんの子供の頃のお話って、あんまり聞いていない気がします」
興味津々で聞いてくるシリルに、僕は頬を掻く。
「あんまり、っていうか、そもそも話すことがないんだよ。本当にガキンチョの頃は、ちょっと槍習ってたくらいで普通に遊び回ってたし。準騎士になってからは訓練訓練だし」
準騎士時代も、友達と馬鹿やったりはしたが……全員死んでいるのであんまり話したくない。
「じゃあ、あとは街が残っているかどうかですね」
「ヘンリー、地元民としてその辺どうかわかるか?」
「うーん」
シリルとジェンドの言葉に、僕は腕を組んで考え込む。
「僕が最後に逃げた時は、結構無事な建物も多かったよ。ただその後は正直わからないな」
準騎士として、直接戦闘には参加せずとも矢玉の補充や怪我人の応急手当とかで、僕も防衛にもしばらく参加していた。
みんなに逃されたのは、魔将ジルベルトが遅れて参戦して、のっぴきならない状況になってからだ。
その後、ウェルノートから離れて最後に見た故郷は、まだ健在だった。……街の南側で、明らかに劣勢に立たされている騎士団に目を瞑れば。
「まあ、エルトと似たような状況でも、森ん中で野営すればいいしな。そりゃ街は残ってて欲しいけど」
「うぅん、ここの空気は毒だから、できれば勘弁して欲しいところだけどね。ずっと防毒の結界を維持するのも大変なんだ。一晩くらいは……まあ頑張るけどさ」
「おっと悪い、フェリス。気軽に言い過ぎたか」
植物の魔物のが放つ花粉とかは、大抵体に悪い。この森は、流石は魔国にある森というか……その濃度は鍛えた冒険者でも、長時間いると体調を崩しかねないほどだった。
フェリスが魔導で防いでくれているのだが、確かに一人負担がデカい。
「方針は森を抜けてからの話だろう。ヘンリー、あとどのくらいだ?」
「このペースなら、三時間ってとこだ」
魔物との戦闘にかかる時間を踏まえると、その辺りになる。僕の知っている頃の広さのままだったらの話だが。
「……そうか。なら、この辺りで一度休憩を挟まないか? フェリスの魔力を回復したほうがいい。結界を貼り続けて、いざ怪我をした時魔力がないとなると事だからな」
「あ、そうだな。ゼスト、ナイス」
それももっともな話だ。
みんなも異論がないようなので、一旦ここで休むことにするのだった。
休憩を終えて、二時間強。
思ったより早く進めたおかげで、僕の昔の記憶からするとそろそろこの森も終わりだ。
……ウェルノートの森も随分変わったが、ここまで街に近付くといくつか昔の名残もあった。
ぽっかりと木が生えていない、ちょっとした広場。ガキの頃の僕や友達がよく遊んでいた場所だ。
この付近の気候にあっていて頻繁に見かけたイルイ草の群生地。傷に効くってんで、よく採取していた。
そして、森に住む精霊に祈りを捧げるために設置されていた祭壇……の、破片。
そこかしこに見かける故郷の匂いに、逸る気持ちを抑える。
「……見えてきたぞ」
先頭を歩くゼストが、ぽつりと後ろに報告した。
鬱蒼と茂る植物のせいで薄暗い森の終わり。光が見えてきた。
とく、とく、と心臓が少し早鐘を打つ。高揚か、あるいは不安か。どちらでもないのか。
地面をしっかと踏みしめて進み、進み、光が大きくなっていき。
「ああ……」
ため息をつくように、僕は目に写った光景に息をつく。
ウェルノートの森はちょっとした高台にある。少し見下ろすような形で見えてきた故郷は……あちこち、瓦礫の山と化しつつも、その名残を残していた。
自然、少し早足になる。
「ヘンリーさん」
「わかってる、大丈夫」
後ろから声をかけてくるティオに手を上げて応え、みんなより一足先に森の外へ。先頭にたっていたゼストも、肩を竦めて見逃してくれた。
たったった、と、いつの間にか早歩きが小走りになり、いよいよ街の全景が視界に、
「ッフっ」
入る、その直前。森の一番外側の方に生えていた数本の木が、間合いに入るなりその枝で僕を突き刺さんと蠢いた。
――普通の木に擬態して、近付いた相手を刺殺する魔物、ハイディングツリー。
僕はその攻撃を屈んで躱し、腰の如意天槍を抜いて柄と刃を両方伸長。
刃部分の長いグレイブ型にして、横一閃。故郷へ帰還した人間に対する無粋な魔物を切り捨てた。
他に、魔物の気配は……少なくとも、すぐさま襲いかかられる距離には、ない。
はあ、と。僕は少しだけ警戒を緩め、その姿を眼に入れた。
……かつて栄華を誇った、などとは口が裂けても言えないが、それでもそれなりに栄えていた僕の故郷は、ほぼ半壊していた。
特に、魔国軍が攻めてきた南方面はほぼ壊滅状態。大穴や大きく吹き飛んだような跡まで残っている。
ウェルノートが滅んだ後、ここで戦った人間がいるはずもないので、最上級同士の争いでも発生していなけりゃあれは僕の先輩方の戦った結果だ。
記憶にある先輩騎士たちの強さはとっくに超えたはずだが、あれだけの余波が巻き起こる激闘で生き残れるとは、今の僕にも断言できない。
……逆に、街の北の方は、比較的無事である。
ウェルノートは、旧ヘキサ王国と最も近い街で。当然、脅威は自国側からではなく、外国側から来ることを想定されていた。
つまり、街の守りを担う騎士団の兵舎や、騎士の家なんかはヘキサ王国方面……北側に集まっていて。
そして、とっくに色が褪せているが。
かつて僕が最も長い時間を過ごした、赤い屋根の家が、原型をとどめて残っていた。
「………………」
ガキの頃。同じようにこの森のある高台から眺めていた街が、まぶたの裏に浮かんでくる。
「……くそ」
ぐい、と、特に意味はないが。特に意味はないが、目元を拭った。
……こんな状況で五秒も呆けるなんて、失態だ。
「ヘンリー、どうだ? 久し振りの故郷は」
みんなも合流してきて、そしてゼストが尋ねてきた。
僕は、くい、と顎で街を示す。
「見ての通りだ。結構無事な建物もある。……あそこの一番デカい建物はフェザード騎士団第二分隊の兵舎でな。頑丈だから、一晩過ごすにはもってこいだ」
魔国側の国境と接する街――名前は忘れたが――に詰めていた第一分隊の次に精強な分隊の詰め所である。
昔はヘキサ王国とフェザード王国は折り合いが悪かった時期もあって、強固に作られたらしい。……って、隊長から雑談で聞いたことは、今思い出した。
「それはラッキーですね。……それで、その。ヘンリーさんのおうちとかは、どうです? ここからどうなっているか見えますかね?」
「変に遠慮すんな」
いつもの率直な物言いはどこへやら。妙にしおらしく聞いてくるシリルに軽くデコピンをかます。
「……まあ、運良く残ってるみたいでな。あれだ」
僕んちを指差すが……まあ、こっから指で示してもわからんか。
「あ、それは良かったです」
「おーう、ありがと」
ひらひらと手を振る。……むう、妙に嬉しすぎるのはなぜだ。
「ふむ。このまま堂々とヘンリーの凱旋、といきたいところだが」
「なんですか、リオルさん。凱旋って」
「この街の仇である魔将を討って戻ってきたのだ。凱旋であろう? 迎えてくれる人がいれば、より良かったのだろうが」
あー。まあ、そうなるのか。
「しかし、それには邪魔者が多いな。……幸い、雑魚が多いようだし、蹴散らしてしまおう。と、思うが、リーダーのヘンリーの意見はどうかな?」
魔国の領域内であるからには、当然滅んだウェルノートの街の周囲や街中にも、魔物はいる。
遠征中は、魔物を倒すのか隠れて回避するのかは結構シビアな判断になるが、今見えている連中であれば殲滅した方が楽だ。
「そうっすね。……みんな、どうだ」
聞くと、力強い同意が返ってきた。
……自然と、槍を持つ手に力が入り。
僕はみんなの先頭に立って、魔物に向けて走り始めた。




