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第二十八話 ジェンドとフェリス

「『慈悲深き女神よ、癒やしの光を賜わしたまえ』」


 と、フェリスが術式の起動キーを唱えると、彼女が身に付けている呪唱石である腕輪が光を放つ。

 フェリスは、僕の方に手をかざし、


「『ヒールライト』」


 僕の身体が、光に包まれる。骨折していた腕と足の痛みと腫れがみるみると引いていき、光が収まる頃にはすっかり完治していた。


「うお……すげぇ」


 動かしてみて具合を確かめてみるが、違和感もない。

 ……高度な医療魔導を使える人間は希少だが、こいつはその中でも上澄みだ。


「地母神の信徒だったのか」


 この魔導、救済魔導術『ニンゲルの手』は地母神ニンゲルの教会が独占してる技術だ。しかも、教会側が出す試験をクリアしないと、この魔導用の呪唱石は買えないという徹底っぷりだ。


 もっと広く公開するべきだという声もあるが、この魔導は失敗してしまうと肉体を逆に破壊してしまう。傷が悪化するだけならまだ良くて、異形化したり、腐り落ちたり。なので、下手には広められないらしい。


 ……とある聖女はそれを逆手に取って、わざと魔物相手に身体が腐り落ちるような失敗魔導を食らわせていたが。

 あれ知られたら、教会破門されんじゃねえかな。


「ああ。冒険者としてグランディス神に誓いを立ててはいるが、メインの信仰はニンゲル神だ」


 こういう人は結構いる。二つだけでなく、三つ、四つの神様の信徒を掛け持ちしている人とか。他の教会は入信する際に色々とあるらしいが、グランディス神は来る者拒まず、つーか魔物倒してりゃどうでもいいんじゃね? という程適当だったりする。最大勢力ゆえの余裕かもしれない。


「まあ、とにかく、傷を治してくれてありがとう」

「なに、これが仕事だ。お気になさらず」


 とりあえず、儀礼的な礼をして、さてどうしたもんか。


「へ、ヘンリー。傷が治ったんだったら、俺たち早く訓練に戻らないと……ほら、お前が空けた穴も埋められたみたいだし」

「そう急ぐことないじゃないか、ジェンドくーん。僕たち別に、騎士団の団員じゃないし、訓練の義務はねえもん」


 がば、とジェンドの肩に腕を回して、その耳に口を寄せる。

 ひそひそと、ジェンドにだけ聞こえる声でアドバイスをした。


(……うっかり知られちゃったのは仕方ないんだから、もうここで決めろ)

(き、決めるって、何をだよ)

(そりゃお前、告白だよ、愛の告白。あっちの反応は悪くない。押せば行けるぞ)


 フェリスは、ジェンドの言葉を聞いて困ってはいたが、別に嫌がっている様子はない。というか今も、ちらちらとジェンドの方を気にかけている。

 まー、久方ぶりの再会した幼馴染から、いきなりあんなこと言われたらそうもなろう。


(で、でも、フェリスの問題は……)

(あんなもん、問題ですらない。そんで、ついでにフローティアに引っ張ってこい)


 今回の治癒を見て、ぜひとも彼女はフローティアに招くべきだと思った。

 ジェンドは好きな人が近くにて嬉しい、僕は信頼できる治癒士とツテができて嬉しい。シリルのやつも目を輝かせるだろう。誰も損はしない。


(金の返済なら、フローティアでもいいしな)


 数が少ない治癒士ではあるが、王都は国の中心だけあって『見つからない』ってほどじゃない。

 相対的に、フローティアのほうが単価は高くなるはずだ。あそこ、観光地でもあるから、意外と金持ちも来るし。


(そうは言うが……)

(お前、あんだけの美人だぞ。父親が悪いことしてなきゃ、とっくに恋人がいる、どころか結婚までいっててもおかしくない。……今日決めなきゃ、次会った時どうなってるかなあ)


 僕はジェンドを脅しにかかった。


 テメェ、強くなったら云々と言っていたが、単にヘタレてるだけってのは一目瞭然なんだよ。なにせ、僕も同じタイプだからな。


 いっとけ、とジェンドの背中を押して、僕は医務室を後にした。
















「エッゼさん、どうも」

「おう、ヘンリー。ジェンドが戻ってきていないということは、なにか進展でもあったのであるか?」

「さあ。進展してるかもしれませんね。出歯亀する趣味はないんで」


 立ち去ったふりして、聞き耳立ててやろうとかはちょっとしか思っていない。


「んで、彼女普段は白竜騎士団からのクエストで、治癒士やってるなんて言ってましたけど。父親がその団で問題起こしたのに、どういうことですか」

「ん? はっは、お主、親が犯罪者だからといって、子を糾弾する輩だったか?」

「んなことしませんよ」

「つまり、そういうことである。あの治癒士は幼い頃から父の縁で白竜騎士団と交流はあったらしくな。父の横領が発覚した後も、心配する団員ばかりだったそうだ。家に来ないか、と言う騎士もいたほどで」


 確かに、正統派の騎士に嫌われる性格じゃないな、あれは。


「というか、騎士団に入団しないかという話すら上がっていたそうである。治癒の魔導は勿論、剣を持たせても新米団員としては問題ない腕前だそうでな」

「……逸材じゃないですか」

「しかし、本人は負い目から断っていてな。せめて金を完済するまではと、固辞しておって」


 真面目過ぎる。騎士団として働いた方が、返済も早まるだろうに。


「友人も作ろうとせず、毎日働き続けているそうでな。あの子が住みよくなるのであれば、フローティアに連れて行ってやってくれ、とベアトリスからの伝言である。北の方では、治癒士も少ないであろう?」


 お見通しらしい。


「ちなみに、債務者の都市間移動に必要な保証人は?」

「行くとなれば、ベアトリスが引き受けるそうである」


 ……白竜騎士団の団長が保証人になるのであれば、文句を言う輩などいないだろう。

 まあ、用意はしてるんだろうなあ、とは思っていたが。なけりゃないで、僕の名前でもよかったし。


「おーい、ヘンリー。お前、団長となに話してんだ?」

「ん? うちの連れのジェンドが、今日来てる治癒士に告るか告らないかで賭けしてる」


 話しかけてきたオーウェンに、適当ぶっこく。あまり広める話でもない。


「なに、マジか。俺、訓練終わったら食事にでも誘おうかと思ってたんだけど、先越されたか……」


 ジェンド、よかったなお前。

 オーウェンの奴は、リーガレオで散々に浮き名を流した男だぞ。しかも、何人とも付き合ったのに悪い評判が一切ないし。


 こーゆーのが、モテる奴っつーんですかね。そうなんですかね。

 こいつと僕、なにが違うっつーんだ……


「ところで、オーウェン、僕と実戦訓練といこうぜ。全力でやるから」

「ちょっと待て。お前の全力って……」

「投槍あり、如意天槍の能力ありに決まっているじゃないか」


 近距離で始める魔導込みの対戦ならオーウェンとも割といい勝負になるが、投槍込みになると近付かれるまでに沈められる。


「それ、うちでもベテランの騎士じゃないと手も足も出ないんだが……暗にボコらせろと言ってないか?」

「誰が暗に言った。明確にボコらせろと言っている」

「いきなりなんでなんだよ!?」


 ククク、それをお前が知る必要はない。

 ……モテ男に嫉妬して喧嘩吹っかける性根が悪いのではないかと、僕の一部良心が訴えかけたが無視した。
















 オーウェンが卑怯にも同じ若手の仲間を呼んで、騎士にあるまじき三対一の戦いに僕がギリッギリで勝利した辺りで、今日の訓練は終了。


「も、もう一歩も動けません……」


 で、結局訓練中、休憩を挟みながらも延々と走らせたシリルは、ノックダウンしていた。


「むう……一本も取れませんでした」


 そして、何人かの騎士と手合わせをしていたティオは、そう言ってむくれていた。

 ……黒竜騎士団の騎士は純戦闘型、探索とか他の技能も鍛えているティオがまだ勝てるわけないだろうに。つーか意外と出来ると、評判になってんぞ。


「ほれ、シリル、ティオ。水」

「あー、ありがとうございます」

「どうも」

「一気飲みはするなよー」


 僕も、最後の戦いでもうクッタクタだ。水を染み込ませるように飲むことにする。


「あれ、そういえばジェンドは? 途中から見かけませんでしたけど」

「今日、治癒士として来てるのフェリスでな。ジェンド放り込んできた」

「え、フェリスさんが?」


 うん、驚くよな。

 それは全部、行動がむやみに早いグランエッゼっつーオッサンのせいだぞ。


「グランディス教会でお会いした人ですよね。治癒士って……」

「すげー腕前。骨折を数秒で治してくれた」


 僕が治療してもらった治癒士の中でも、救済の聖女(失笑)の次ぐらいの実力だ。


「ジェンドとフェリスさんがお話しているっていうことは……もしかして、もしかしちゃったりするんですか?」

「発破はかけといたけど、どうなるかね」


 流石にあそこまで追い込んだら、ジェンドも腹をくくるだろうとは思う。

 だが、三割くらいの疑念が拭えない。


「あ~、ジェンド、普段は男らしいんですが、フェリスさんに対してだけはちょっと引っ込み思案なところがあるんですよねえ。子供の頃の話ですが、まだ直ってなかったとは……フローティアの友達には散々好きだと言っていたくせに」


 流石の幼馴染である。


 しかし、さて。どうなることやら、と練兵場の管理小屋を観察する。


 ……まさか、感極まって色々おっ始めてたりはしないよな、流石に。いつ誰が傷を治してもらいに行くかわからないというのに。


「……出てきましたよ、ジェンドさん」

「おう」


 ティオの言葉通り、ジェンドが小屋から出てくる。

 しかし、一人ではない。隣にはフェリスがおり……なんかその距離はみょ~に近かった。


 ジェンドもフェリスも、こう、なんかいい表情で、


「これは、上手くいったみたいですねえ」

「だな」


 ……ま、一件落着かね。










「そういえばジェンド、ベアトリスからの伝言である!」

「え、は? グランエッゼさん、ベアトリスって誰……」

「見事フェリスの心を射止めたならば、白竜騎士団まで出頭するように! とのことである。あの騎士団には、フェリス嬢の保護者気取りの騎士が大勢おるでな。フェリスを任せるに足る実力があるかどうか、確かめてやるとのことだ!」

「は、白竜騎士団の、騎士が?」

「なぁに、我が鍛えてやったのだ。自信を持つが良い! お前は十分素質がある! ……現時点では、少々どころではなく可愛がられるやも知れぬがな!」


 そんなやり取りがジェンドとエッゼさんの間であり。


 律儀に白竜騎士団に赴いたジェンドは、大いに『歓迎』されたそうだが。


 ……一応認められたそうなので、良かったとしよう。

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