第二百七十七話 目指す場所
「ほい、ヘンリー」
「おう。サンキュ」
僕はジェンドから瓶を受け取る。
中に詰まっているのはブルーベリーのジャム。僕は一緒に渡されたスプーンでそいつを掬い、自分の分の堅焼きパンにたっぷり載せる。
「フェリス」
「ああ、いただくよ」
フェリスに瓶をパスして、僕はパンに齧りついた。
日持ち最優先に焼いていて、味は非常に素朴なパンだが、シリル手製のジャムのおかげで滅法美味い。硬いは硬いが、僕はこの食感は嫌いじゃないし。
「うぅむ、美味い。遠征でここまでの甘味が味わえるとは」
同じように食べていたリオルさんが感嘆の声を上げる。
まあ、割と贅沢な話なのは確かだ。でも、甘いものは元気が出るし、士気も上がるからなあ。ちと費用はかかるが、それ以上の効果はある。
「本来であれば、返礼に珈琲の一杯でもご馳走したいところだが」
「湯気立てたら見つかるかもしれませんよ」
「わかっている、夜にするよ」
遠征三日目の昼休憩。
僕たちは地面に空いた大穴に身を潜ませていた。
魔国領域は魔物が闊歩する土地で。統制する魔将がいなければ魔物同士の争いもある。
それに、遠征で来た冒険者が間引きのために戦ったりもする。
そのため、魔国の地形は割と惨憺たる有様で、こんな風に隠れるのに向いた穴なんかもあるのだ。
んで、穴の側面をちょいちょいと掘ってそちらに身を潜めれば、上からも見えない。
おかげで、設置に時間のかかる暗幕の魔導具は使っていないが、消音の結界だけでもそうそう見つからない……が、お湯を沸かしたりすると湯気を気取られる危険がある。隠すこともできるだろうけど、下手打ったらコトだ。
まあ、珈琲は暗幕の魔導具を出せる夜の楽しみにしておこう。ティオの鞄のおかげでリオルさんの珈琲セット持ち込んでるし。
「んぐ」
パンを片付けた後、干し肉を齧る。
これまた保存のため、かなり塩っ辛い。しかし、ガジガジ噛んでいるとほんのり肉の味がしてくる。
あー、エールと合わせてえ。
……勿論、そんなことできるはずがないので、僕は代わりに水筒を傾けて一つ息をつく。
「ゼスト、周りはどうだ?」
「うむ。ちらほら魔物はいるが、こちらに注目しているやつはいないな」
迷彩を被って、穴の縁から周囲を探っているゼストが僕の質問に答える。
「ゼストさん、ちなみにティオちゃんはまだ帰ってくる様子はありませんか」
「まだのようです」
むう、とシリルが唸る。
「ヘンリーさん、ヘンリーさん。ちょっとティオちゃんの帰り、遅くないですかね。大丈夫でしょうか……迎えに行ったほうがいいかも」
「いやいや、まだんな焦るほど時間経ってないぞ。それに、なんかあったら閃光弾かなんかで知らせることになってるだろ。心配ないって」
先行してここからの進路を確認に行ったティオを、シリルは心配しているようだが……あいつはどんなピンチに陥っても、僕たちに知らせる事もできず死ぬほどヤワではない。
シリルはティオに対してやや心配性なきらいがあるが、もうちょっとティオを信用するべきである。ティオの斥候としての腕前は、もうリーガレオでも五本の指に……はちと言い過ぎだが、十位内には恐らく入っているレベルだ。
だって最近のティオ、魔物の視線とかを見切って平地でも見つからないようにする、なんてこと平然とやってんだもん。同じことできんの僕も他に二人しか知らない。……まあアゲハとロッテさんなんだが。
「シリルさん、ヘンリーの言う通り心配はなかったようです。今帰ってきました。……不覚にもすぐ近くに来るまで気付けませんでした」
ゼストの言葉と同時に、シュタ、と音もなくティオが僕たちのいる大穴に潜り込んできた。
「ただいま戻りました」
カムフラージュのために身に着けていた迷彩の施された外套を脱ぎ、ティオが手を挙げる。
「お疲れ。飯、用意できてるぞ」
「どうも」
みんなの休憩中にも働いていてもらったティオの飯は、ちょっと豪勢である。つっても、残りのジャム全部どっさり載せただけの話だが。
ティオがパンにかぶりつき、干し肉を口に運んでいく。
っと、食事を進めるティオには悪いが、状況は確認しないと。
「ティオ、進路の状況はどうだった?」
「幸い、魔物は少ないです。物陰に隠れながら移動すれば、次のポイントまで交戦は最小限で済むかと」
「よし、どのルートがいい?」
僕は頷き、地図を広げる。
遠征組が都度更新している魔国領域のマップ。もう大分奥まで来たのでこの辺りの地形の情報は少ないが、ここら辺は他ならぬ僕たちが少し前に地図を更新したところだ。
付近のことはよくわかっているし、目印となるポイントも僕たちの発見によるものだ。
ティオは、片手でパンを持ちながら、もう片方の手で今いる場所からのルートを地図上で示す。
「こっちの、トンボ岩まで真っ直ぐ行って。今度は少し右に迂回しながらカニ穴へ。そこから先は状況次第ですが、サル山に向かえばいいかと」
「ふんふん」
地図にさらさらっとルートを書き込む。
……なお、特徴的な地形の名前は発見者が適当に付ける。うちは特にこだわりもないので、その時思いついた生き物の名前を付けていた。
まあ、魔物が暴れるとすぐに変わってしまうので、あんま凝った名前を付けても仕方ないし。
「オーケー。じゃ、ティオが食い終わってちょっと休憩したら出発するか」
「んぐ、了解」
「……いや、別に急いで食わなくてもいいからな? ゆっくり食え」
なんか食べるペースを上げたティオに忠告する。
そりゃのんびりはしてられないが、今は食事時間くらいは取れる状況だ。
シリルがティオに水筒を差し入れるところを横目で見ながら、僕はいくつか予備のルートを地図上で考えるのであった。
ティオの事前の調査通りのルートを通って、僕たちは危なげなくサル山まで到達した。
山と言っても、こんもりと土が盛り上がっているだけで……ぶっちゃけ、前々回の遠征の時にシリルが『グラウンドバーン』の魔法で魔物を地面ごとひっくり返してできてしまった、副産物である。
それなりに固まったものの、普通の山よりずっと穴は掘りやすい。前ん時にくり抜いておいた洞窟……洞窟? も残ってるようだ。
崩落に気を付ける必要はあるが、夜を越すにはぴったりの場所である。
「つーわけで、今日はここで野営をしようと思うんだけど、どうだ? まだちょっと日は高いけど」
日没まで、あと二時間ってところ。もう少し進みたいが、ここは大事を取るべき場面である。
……と、いうのが僕の意見。リーダーは僕だけど、みんなの意見も聞く。
「んー、まだみんな元気みたいだし、もうちっと進まないか?」
「それほど多くなかったとはいえ、戦闘で前衛組は傷ついていただろう。癒やしはしたが、なくなった血が戻るわけじゃない。休めるなら休んだ方がいいんじゃないかい?」
ジェンド、フェリスの二人が早々に自分の意見を表明する。
「私は……ううん、判断つきかねるので保留でお願いします。ちなみに、進むとなってもまだ体力は残っています」
この中で一番体力に欠けるシリルが、自分の状態とともにそう報告する。
「ティオはどうだ?」
「……ここから先は、我々が行ったことのない地帯になります。ここほど休息に適した場所を見つけられるとは限らないので、今日のところはここまで、に一票で」
……それもそうか。
前々回。僕たちが一番奥まで進行した遠征では、この場所でシリルの魔法ぶっぱで魔物を蹴散らして、回れ右で帰ったのだ。
他パーティの情報でこの先のことも少しは地図に載っているが、生の情報は僕たちは持っていない。それに、地図の情報も更新日がやや古い。
「ちなみに、リオルさんはこの先のこと知っています?」
「生憎と、私とエッゼのスタイル的に、このルートは向いていなくてね。わからない」
期待薄めに聞いてみると、想像通りの答えが返ってくる。
遠征においては一番奥まで進める英雄ペアだが、更新される地図の情報からしてもっと東側の方を通って進んでいる。
「ティオの言葉ももっともだし、俺はここで休息する方がいいと思う」
ゼストがそう言って、大体みんなの意見は揃った。
ジェンドも強い思いの意見ではなかったのか、頷いた。
「それじゃ、今日はこのサル山で休もう。……ここから先は、僕たちにとって未知の領域。つまり、未知の道のりになるから、いつも以上に気張っていこう」
グッ、と拳を握りしめて、みんなに向けて宣言する。
……ふと、どこか、しら~とした空気が流れた。
「あれ、気付かなかったかな? 未知の道の「さて、ぐずぐずしてたらすぐ日が落ちる。準備にかかろう」
リーダー様の声を遮って、ゼストが音頭を取ってそれぞれが動き始めた。
僕の発言はまるで無視である。
……く、くそう。この先のことでみんな不安になっていると思って、気持ちをほぐそうとしただけなのに! いや、空気的にある意味ほぐれてるけど、僕の期待した反応じゃない。
「ヘンリー、そう落ち込むな。こういう時に軽口を叩き合えるのはいいパーティの証だ」
「り、リオルさん」
「まあ、お前に威厳が足りないのは事実だが……それも味だしな。さて、私は魔導で洞窟の補強をしてこよう」
り、リオルさ~ん? 励ますなら素直に励ましで終わってほしいんですが。
「ヘンリーさん、ぼーっとしてないで魔導具の設置、手伝ってください」
「……へーい」
僕は一つため息をつき、動き始めるのだった。
その夜。
「ここから先は、瘴気が濃い目で魔物がちょっと多いです。やや大きめに迂回したほうがいいかと」
野営の準備をしている間、ティオが先行して偵察をしてくれた結果を受け、明日以降の作戦会議である。
「そうすると、もう少し針路を西寄りにして……明日、明後日かけてこの辺りを目指すか? 旧ヘキサ王国国境の町、エルト」
初日に寄ったアランの街は北側の国境、こちらは南側の町だ。例によって十年前に滅んではいるが、身を隠せる廃墟が残っているかもしれない。
……この辺りになるとほぼほぼ情報ないんだよなあ。
エルトの町を提案はしてみたが、都合よく建物が残っていないかもしれない。うーん、と僕は他にいい感じのポイントがないか地図と睨めっこする。
「ヘンリー、そちらが使えないようなら、こちらに行ってみてはどうだ?」
「え、っと」
リオルさんが、地図の一点を指し示す。
それは、ヘキサ王国の国境を超え、僕やシリル、ゼストの故国フェザードに入って少し行ったところ。
かつてあった街の名前が地図には書かれている。
ウェルノート。
……僕がかつて住んでいた街だった。




