第二百七十五話 模擬戦の後
ジェンドとの全力の模擬戦。その『一回目』、及び『二回目』から続いての、『三回目』。
「《強化》」
「くっ!?」
強化の魔導をかけた僕の突きを、ジェンドが決死で逸らす。
その反応速度や剣捌きは、さっきの戦いより数段上。
薄っすらと発光しているその体は、フェリスが習得したジェンド専用の強化が発揮されている証だ。
だが、
「《強化》、《強化》、《強化》」
「ぐ、ううううゥゥ!」
一突きごとに強化をかける、僕の《強化》連突きには、防御に回るのが精一杯。
……突き一回ごとに魔導をかけるこの技は、単位時間当たりに放出できる魔力量の関係で、実戦では十も突かないうちに息が切れるが、今の僕は何発でも連発できる。
僕もジェンドと同じく、少し前に訓練場に姿を現したユーから支援を受けているからだ。
「くっそ!」
大剣に似合わぬ器用な防御を見せていたジェンドだが、突きの圧力にとうとう抗しきれず、やむなく距離を取ろうとするが……甘い。
「《拘束》+《投射》」
「あっ!?」
それに合わせて飛ばした光の鎖が、ジェンドの足を絡め取り態勢を崩す。
散々この手の技を食らわせたので警戒されていたが、今一瞬だけジェンドの意識から外れていた。
転倒……まではしなかったものの、致命的に態勢を崩したジェンドに、僕は槍を突きつける。
そうして、数秒睨み合い、
「……まいった」
「っっしゃぁあ!」
よし、よし! 今回は完封だ!
僕のガッツポーズと同時に、ふっ、とそれまであった万能感が消える。ユーが強化を解除したようだ。
「お疲れ様でーす。ヘンリーさん、おめでとうございます」
見学していたシリルがてててと駆け寄って、そう祝福してくれる。
「おう、サンキュ。まあ、ざっとこんなもんだ」
「そうですねー、二度目は割とイイトコなしで負けましたし」
ぬがっ!
い、痛いところを。
……そう、確かに二回目は僕の完敗だった。
一回目の結果に納得いかなかった僕が懇願した結果、『それじゃあこういうのはどうだい?』とフェリスが提案して……二回目は、強化ポーション入り僕対フェリスの強化魔導付きジェンドの模擬戦と相成ったのだが、普通に負けた。
個人向けに調整したニンゲルの強化魔導と、汎用的なポーションでは強化率が大きく違うため、その状態なら身体能力的にはジェンドが僕をかなり上回る。
でも、技の間合いの差や魔導の有無は大きいので、充分勝てると踏んでいたのだ。いたのだが……こう、僕のミスもあって、やられてしまった。
このままでは終われん、と、思ったが、流石に三回目をせがむのは先輩としての面目が……いや、負けっぱなしも……と、懊悩していたところ、
「お疲れ様です、ヘンリー、ジェンドさん」
……黒竜騎士団の宿舎、及び訓練場と隣同士である診療所が職場であるユーが、昼休みに騒ぎを聞きつけて覗きに来たのだ。
そういや、こいつ今日診療所に詰めてたんだっけ、と、呼ぶ手間が省けたことを幸い、『やっぱ条件は対等じゃないなとな! 強化同士でやろう!』と、僕が至極常識的な提案をして、この三回目……というわけである。
パーティの他の面子と一緒に来たユーは、僕たちを見て、
「二人とも、見ごたえのある戦いでしたよ。特にジェンドさんはますます腕を上げましたね」
「いやあ、やっぱり強化かけた同士だと、一方的で」
「それは流石に、年季が違いますからね。でも、同時期の私とヘンリーより、合ってると思います」
ニンゲルの手の強化魔導は、発動してそれでおしまい、というわけではない。動きに合わせて微調整とかが必要なのだ。
……なので、後ろに飛び退きたいのに腕が超強化されたり、踏ん張って受け止めたいのに速度の方が優先されたり、とかも普通にある。
この辺りの塩梅の訓練も昔よくやっていた。
「フェリスさんも、強化にずいぶん慣れたみたいで」
「いえ、強化の魔導については以前ユースティティアさんにお伺いしたアドバイスのおかげです。すごく参考になりました。」
フェリスは謙遜しているが、空き時間があればジェンドと一緒に訓練していたことは知っている。
ユーの言葉通り、強化魔導を使い始めてからの期間を考えると、僕とユーのコンビ時代より先を行っているだろう。
……まあ、当時は今より時間取れない環境だったしなあ。実戦で使いながら慣らしてた面もあるので、訓練に集中できる時間が多い二人よりも成長が遅くても仕方ない。
と、過去に思いを馳せながら、僕はユーに軽く手を挙げる。
「ありがとうな、ユー、昼休憩に手伝ってもらって」
「今日はあまり患者さんも来ていませんし。シリルさんのお弁当も堪能させていただいたので別にいいですよ」
ああ、そういや、模擬戦だっつーのにピクニック気分でシリルが作ってきた弁当、僕のポーションの効果切れまでの間食ってたな。
試合前に腹に物入れると動きが鈍くなるので遠慮していたが、終わったし僕も食うか。
「ただ……」
ちら、と、ユーが僕たちの戦いを見物していた黒竜騎士団の面々に視線を向ける。
……なにやら空気がおかしいというか。今日は非番の連中のはずなのに、なぜかぐもも、と戦意が沸き立っている。うっすら聞こえる会話からして、これ、
「どうも、貴方たちの戦いに当てられたみたいで。……彼らも模擬戦始めようとしていませんか?」
「……してるな」
本来止めるべきエッゼさんは……あ、僕たちの試合の審判してたのに、いつの間にか見物してた古参の騎士のところに行ってる。……どうも訓練の算段を立ててるっぽい。
「……なるほど。それなら、是非とも混ぜてもらわないとですね」
「? ティオ、どうした。いつになく気合入ってるけど」
模擬戦とか訓練とかにはいつも積極的だが、普段よりなんかこう……目の力が違う。
「あの方と、あの方と、あの方。……以前黒竜騎士団の訓練に混ぜてもらった時、私が負けた相手です」
「……それ、もしかしてラナちゃんの大学見学の時の話?」
「はい」
執念深え! もう二年近く前の話だぞ。まだリベンジ諦めてなかったのか。
確かに今のティオなら黒竜騎士団の正団員相手でもそこそこ勝ち目があるだろうが……改めて考えるまでもなく、二年弱で、斥候が本業のティオがここまで来ているのは大分おかしい。
「ふむ、俺も体を動かしたいところだ。ティオ、行くか?」
「はい。ゼストさん、コンビ戦もやりましょう」
「いいぞ」
一瞬で話をまとめた二人は、のっしのっしと黒竜騎士団の皆さんのところに歩いていく。
……僕も弁当食って一息入れたら合流すっかね。
その二人を見送って、はあ、とユーがため息をつく。
「……ここの模擬戦は荒っぽいんですよねえ。なまじ隣なので、怪我したらうちの診療所に来ますし」
「そういやそうだったな」
診療所の手伝いをしている時に聞いたことがあるが、怪我人が多そうな日は、ここに『余計な仕事増やすなよ?』と通達を出しているらしい。
「午後はお仕事、増えそうですね……。ヘンリー、どうせ後から混ざる気なんでしょうけど、怪我とかしないでくださいね」
「努力はするけど、断言はできない」
エッゼさんとかと戦ったら、無傷でいられる自信がない。
いや、別に自分から挑むつもりはないんだけど、あの人『来るクエストの成功を祈願して、我が本気で相手をしてやろう!』とか言いそうだし。……マジで言いそうだ。
「ああ、ユースティティアさん。それなら心配いらない。こちらの治療は私が引き受けさせていただくから」
「いいんですか? フェリスさん、休暇中でしょう。……大事なクエストの前なのに、大怪我しかねない勢いで模擬戦やってる人もいますけど」
ふいっ、と僕は目を逸らした。
並の大怪我くらい、フェリスいるから大丈夫だったし……
「ジェンドのために訓練場を貸してもらったんですし、お礼くらいしないと。それに、騎士団の訓練付きの治癒士は、昔よくやっていたので慣れています」
そうだったなあ。
親父さんの借金返済のため、冒険者になって……縁のある白竜騎士団に治癒士としてよく雇われていたんだったか。んで、さっきティオも話していた訓練でも仕事をしていて。
ジェンドの告白めいた言葉が、いるとは知らなかったフェリスに聞こえてしまって、めちゃオモロい事態になったんだっけ。
「? な、なんだよヘンリー。ニヤニヤして」
「別にー」
あん時のジェンドの狼狽えようは面白かったなあ、とか少ししか思ってないぞ。
「ということで、シリル。私はグランエッゼさんにその旨伝えてくるから、ジェンドとヘンリーさんのお世話は頼んだ」
「お任せされました!」
ビシッ! とシリルが敬礼する。
「おいおい、世話って……」
「とりあえず、二人とも汗だくなので拭いてください」
子供じゃないんだが、と反論しようとしたところ、シリルがタオルを二つ僕とジェンドに投げ渡した。
「お、おう」
「あと、水分補給ですね。レモン水です」
水筒が二つ渡された。……飲んでみると、爽やかな酸味が疲れた体に染み渡る。
「お弁当も、私含め他のみんなは食べましたけど、二人の分は取ってあります。ユーさんはちょっと予定外でしたが、ちゃーんと量に余裕は持たせてあるので!」
本日のメインは唐揚げですよ! と、シリルが胸を張る。
僕は思わずジェンドと顔を見合わせ……お互い、プッ、と笑った。
「? なにか面白いことでもありました?」
「んにゃ、別に」
自分でも、なんで笑っちゃったのかはよくわからない。多分ジェンドも同じだろう。
まあいい。
「まあ、飯だな、飯。腹ペコペコだ」
「だなあ。シリル、期待してるぜ」
「はい、存分に期待しちゃってください」
そうして。
腹ごなしを終えた後、さんざっぱらエッゼさんにシゴかれ。
その日は終わった。




