第二百七十三話 託すもの
ラナちゃん印の転移門利用の最初の予行から五日ほど。
あれから二度ほど場所や条件を変えて予行を実施し、運用にも充分慣れた。
で、僕たちの実地での実験をもとに、今は僕たち以外の――無事、作戦が成功した暁には、リースヴィントへ人材や物資を送りまくる役目となる魔導士たちが練習しているらしい。
なお、平均的な魔導士だと、あの転移門の起動には六人から八人は必要とのことだ。
リオルさんと……魔法使いが本業で、術式に魔力を通す際に結構なロスがあるシリルが二人だけで起動できる、っつーのはスゲーことらしい。
ともあれ。
その彼らの指導のためリオルさんはかかりきりで。ぽっかりと空いた時間を僕たちは最後の休日に当てていた。最近ちょい休みが多すぎる気がするが、もうすぐ嫌ってほど働くのだから勘弁して欲しい。
そして、その休日のとある一日。
部屋にこもって書き物をしていた僕は、ペンを走らせる手を止める。
「……ふぅ」
完成した便箋を二度、三度と読み直し、誤字脱字や変な文章になっているところがないかを確認する。
……問題なし。都合三回目の執筆で、なんとか見れるものに仕上がった。
いつもなら、余程酷い誤字でもない限り書き直したりはしないのだが、流石に『これ』で下手な文章など書いてしまったら、文字通り一生の恥だ。
慣れない作業に固まった肩を大きく回してほぐす。
インクが乾いた頃合いを見計らって丁寧に折りたたみ、あらかじめ宛名を書いておいた封筒に収める。封筒自体も、僕には普段縁のない上等な代物だ。
「よし、っと」
窓の外を見ると、もうとっぷり日が暮れている。
確か、今日のシフトならあいつも帰ってきている頃だろう。
僕は封筒片手に、星の高鳴り亭の自室を出て階下へ。
夕飯時が近く、賑わっている食堂に向かい、目当ての顔を探し、
「あ、ヘンリーさーん! こっち、こっちです!」
……と、いつもの大声でシリルに呼びかけられた。星の高鳴り亭の宿泊客も、いつものことと気に留めていない。
内心ため息をつき、丁度探していたやつと同じテーブルについているシリルのもとへ歩いていく。
「へへー、お疲れ様です、ヘンリーさん」
「ああ、お疲れ、シリル。ユーもな」
シリルに軽く手を上げて応え、テーブルについているもう一人……救済の聖女さんにも挨拶をする。
本日も、診療所で大活躍だったであろうユーは、少し気怠げな様子で『は~い』と緩い返事をする。……帰ってからひとっ風呂浴びたのか、濡れた髪に上気した頬を含め、その様子が無駄に色っぽい。無駄に。
「……ユー、疲れてんな」
「そうですねえ。今日はちょーっと重傷者が多くて。二陣と三陣で、最上級が合わせて五体も発生したそうです」
そりゃまた。決して異常ってわけじゃないが、結構な数だ。
一陣? 魔国から来るやつ含めりゃ、二桁いくことも珍しくないが?
「それで、ヘンリーさん。今日はなんか用事があるって言ってましたけど、終わったんですか?」
「まあな」
午前中、文房具を買いに走り。午後、書くべき文章を練って、いざ執筆……して、この時間。
なんだかんだ、一日仕事になってしまった。普段書き物をロクにしない人間が大切なものを書こうとするとこうもなろう。
「つーわけで、ユー。こいつを受け取ってくれ」
「はい?」
そうして、今日一日を使ってしたためた手紙をユーに手渡し、
「ファッッッッ!?!?!」
「ど、どうした、シリル。素っ頓狂な声を上げて」
なぜか、シリルがめっちゃ驚いていた。
あわわわわ、と面白いほどわかりやすく困惑して、あてどもなく手を彷徨わせている。
「……いや、本当にどうした、お前」
「な、なな!? え、いやいやいやいや!? な、なんで、へ、ヘンリーさんが……ユーさんに、ら、ラブレター!?」
ブッ!? と、僕は思わず吹き出す。
賑やかな食堂でもよく響いたシリルの声に、ざわっ、と、集まった連中がこっちに注目した。
そうして、ヒソヒソとこちらを見ながら、
「……おいおいおい、まさかヘンリーのやつ、両手に花か?」
「いやまあ、なるようになった感もあるけどな。強いやつなら三人、四人囲ってるやつも珍しくねえし」
「つっても、あいつ女二人侍らす度胸あったんだな。俺、ヘンリーはもっと駄目なやつだと思ってた。シリルちゃんに全然頭上がらないしな」
好き勝手噂すんな! それと最後のやつあとで宿の裏に来い!
「ちょっと、ヘンリーさん、余所見しないでください! シリルさんは憤っていますよ! 二股は百歩……いや、千歩譲って許してもいいですが、私になんの相談もなく――」
「あの、シリルさん? 残念ながら、これはそんな色気のある手紙じゃないみたいですよ」
封筒の裏表を確認したユーが、興奮しているシリルをなだめる。
……うん、そうそう。ユー宛にラブレターとか、んな馬鹿な。
「ほえ?」
「お前らも騒ぐな! ただの遺書だ、遺書!」
僕が一喝すると、みんなはなーんだと興味をなくして、それぞれの話に戻った。
……はあ~~~、ったく。
「え、っと。あの……ヘンリーさん。遺書、ですか?」
「そうだよ。あれ? お前らにも、念のため書いといた方がいいぞって言わなかったっけ」
前のミーティングで通達したつもりだったが。
「あれ冗談じゃなかったんです?」
「いくらなんでも、冗談にしていいネタじゃないだろ」
今度のクエストは、魔国領域の奥深く、かつての母国の王都リースヴィントまでの遠征だ。
いざって時は途中でも転移門で引き返せる可能性はあるが、危険度はこれまでとは段違い。武運拙く、戦死する確率は決して低くない。
そういう、命の危険を悟った時、遺書を書き残すのはリーガレオでは割と普通の風習だ。
……一番これを書くべき大攻勢は、発生が突発的過ぎて書く暇ないけど。
まあ、遺書を書かないというのも全然アリ。絶対に生きて帰る、という決意表明のためあえて書かない冒険者も多い。単に僕が、余裕があれば書く派だというだけだ。
「まったく。今度、重要なクエストを受けるという話は聞きましたが……そこまでの仕事なんですね?」
「まぁな。あ、わかってると思うけど、僕の死亡確認取れるまで開けるなよ」
「そこまでマナー知らずではありません。しかし、まったく。こんな重いものを肉親でもない私に預けますか」
ふう、とユーが呆れたようにため息をつく。しかし、突っ返されたりはしなかった。
まあ、ユーはこう言っちゃいるが……肉親、僕もういねえし。今思えば、義理の親ともいえるクリスさんやパトリシアさんに預けるっつー選択肢もあったが、僕は自然とこいつに託すと決めていた。
それを見て、シリルが少し悩み始める。
「うーん……私は、クエストを失敗する気は一切ありませんが、一応書いた方がいいんですかね? 参考までに、ヘンリーさんはどういうこと書いたんですか?」
「死んだら恥はかき捨てと思って、相当小っ恥ずかしいこと書いてるから言いたくない。書くなら自分で考えろ」
手紙の中身は……これまでのユーへの感謝とか、まあ、色々だ。もし、僕が死んでシリルが生き残るようなことがあったら、任せてもいいか、みたいな話も入ってる。
「それは俄然読んでみたくなりましたが……ちゃーんと生きて帰って、私からこれを取り上げてくださいよ」
「そのつもりだよ。無事帰ったらお前から力尽くで取り上げて、《火》で燃やすわ」
はいはい、と返しながら、ユーは僕の渡した封筒を、懐に大切に収めた。
「あっ、それと、僕の財産の相続指定も、今まで通りお前にしてっから。もし僕が死んでパーティの誰かが生き残ってたら、いい感じに分配してくれ」
「さらっとまた重いことを……はあ、わかりましたよ。……で、以上ですか?」
んー、と。あ、
「そうそう、生きて帰ってこれたら、僕シリルと結婚するんだ。友人代表としてスピーチ考えといてくれ」
「ファッッッッ!?」
本日二度目のシリルの絶叫。
「……いやあのシリル。そういう話じゃなかったっけ。なんでびっくりしてんだ」
「そ、そういえばそうでした! そうなりますよね!」
ユーに詳細はまだ言えないが、クエストに成功したらシリルはリースヴィントの代表につく。
ゼストほど直截には言わないが、そんな立場の人間が後継者を作るなら、そういうところもしっかりしとかないといけないだろう。
「ええ……いや、いいんですけど。ねえ、ヘンリー。遺書と結婚式のスピーチって。私、すごく両極端なものを任された気がするんですが。結婚とか言うのはあとでも良かったんじゃないですか」
「いいだろ、験担ぎにもなる」
生きて帰ったら結婚するんだ、と宣言して死地に行く冒険者は、不思議と生還するっつージンクスがある。
ま、死んでられるか! って奮起する大きな理由になるしな。そうおかしな話でもない。
「はいはいはいはい。了解です、承りましたよ。……っと、夕食出てきましたね。ヘンリー、私疲れていますので、私の分ちょっと取ってきてくれますか」
パトリシアさんの魔導で、本日のメインであろう皿がふよふよと沢山受け取り用のテーブルに並んでいく。
腹を空かせた冒険者たちが我先にとそこに走っており、あそこに割り込むのは骨が折れるが……まあ、色々頼んだ手前、ユーのお願いも引き受けることにしよう。
「あ、ヘンリーさん、私のも!」
「ええい、わかったよ、ついでだ!」
しばらくすれば落ち着くのだが、今の時間に突っ込むなら二人分も三人分も変わらない。
シリルに親指を立てて、僕は食事を手に入れるべく、突っ込むのだった。
「あの、ところでユーさん」
「はい? なんですか、シリルさん」
「私が、ヘンリーさんの手紙をラブレターって勘違いした時、ユーさん『残念ながら違う』って言いましたけど。……残念だったんですか?」
「いやいや。言葉の綾ですよ、綾。んー、やっぱり可愛いですねえ、シリルさん」
「えっ、うわ!?」
……?
なんか、僕が夕飯を確保して戻ってみると、なんかユーがシリルを撫でてからかっていた。
なにやってんの、あの二人。




