第二百七十一話 前祝い
七番教会から帰ってきて。
ラ・フローティアのメンバーは僕の部屋に集まっていた。
六人も入ると狭っ苦しいが、これからの話には例のクエストの内容も含まれるため、食堂とかで大っぴらに話し合うわけにはいかない。
「……音殺し、起動」
とん、と。
ティオが部屋の中央に、チェスの駒のような魔導具を設置する。
遠征中の野営において周囲の魔物に音が漏れないように購入した、範囲版音殺しである。
てっぺんの魔石がきらめき、魔導具の発動を確認したところで、リーダーとして僕は口火を切った。
「で、唐突にラ・フローティア解散の危機になったわけだが……みんな、どう思う? 僕は、受けるしかないって気持ちと、おいおいマジかよって気持ちが半々だ」
暗い雰囲気を少しでも盛り上げるべく、僕は努めて軽い調子で本音を吐露する。
言ってから、順繰りにみんなの顔を覗くと……やはりというか、ゼストを除いたみんなは、不安というか、戸惑いを隠しきれていない。
……僕だって、帰ってくるまでの時間で表面は取り繕えるようになったが、内心はまだ混乱中だ。
「その、どうって言われても。急な話すぎて正直ついていけてない」
「……私もだ」
ジェンドが言い、フェリスがそれに追従する。ティオも、その言葉にコクンと頷いた。
「……ゼストはどうだ?」
「うむ。まさか俺が加入して半年足らずで解散することになるとは思っていなかったが、目出度いことだ。だが、ジェンドたちとはまだ是非とも組んでいきたい。そうなると、ヘンリーとシリルさんが抜ける分、大幅に弱体化する攻撃力をどうするかを考える必要があるだろう」
オイ!?
こ、こいつドライっつーか、現実主義者というか。いや、加入してから間もない分、パーティへの執着がないからかも……いや、ぜってーこいつは何年所属していてもこういうこと言うわ。
「ぜ、ゼストさん。まだ私がリースヴィントの代表になるって、決まったわけじゃあ」
「? 失礼ですが、シリルさん。教会と三大国が合意して決めたことを覆すのは難しいのでは。たとえ出来たとして、改めてフェザードを復興させることは絶対に認められなくなると思いますよ」
「うぐ……それは、その通りですが」
……うん、そりゃそうだよね。この話を蹴ったら、心象が最悪になることは目に見えている。
せめて決める前にこっちに一言くらいあっても……と、思わなくもないが、国とか教会とかの都合が僕たちの意向で変わるとも思えないので、結局は早いか遅いかの違いだ。
「なら、そうなった後のことを考える方が建設的です……というのが、俺の意見だが、ジェンドたちはどうだ?」
言い切って、ゼストは他のメンバーに目を向ける。
「……そうだ、な。うん。ゼストほど割り切れないけど、結局俺がどう思おうと、そうなっちゃうのは仕方ない……ん、だろうな」
「うむ。まあ、時間をかけて飲み込めばいい」
ゼストはジェンドの肩を叩き、励ます。
実力はついたものの、まだジェンドの冒険者歴は数年。拙いところのあるこいつらのフォローを、僕ができなくなるという意味でも心配だったが……ゼストが残るなら問題ないだろう。
ん?
「ゼスト? お前も冒険者続けんの? 念願の故国復興で、シリルに仕えるチャンスだが」
「今回の作戦で解放されるのは、王都一つだろう。それに、魔国への復讐も俺の目的の一つだ。シリルさんにはお前がついているし、俺はまだ戦うぞ」
迷いのない目だった。こいつマジで、こういうことについては悩むってことをしねえな。
「あの、ヘンリーさんも辞めることは決定ですか? 必須なのはシリルさんだけで、ヘンリーさんは絶対、というわけじゃないと思うんですが」
そっと手を上げたティオが言う。
……引退を惜しいと思ってくれてるんだろうから、嬉しい言葉ではあるのだが。
「悪い、僕の冒険へのモチベ、半分以上がシリルの手伝いだからな。それに、こいつ一人にしとくのも危なっかしいし」
「あ、危なっかしくないですよ!? 失礼な!」
「……それは、確かに」
「ティオちゃんまで!?」
ぎゃーぎゃーと抗議の声を上げるシリルを無視して、一つため息をつく。
……半分よりは下だが、決して少なくない割合。こいつらとの冒険の楽しさについては、諦めざるをえないだろう。
そうですか、と心なししょんぼりとした声でティオが頷く。
ジェンドに対してと同じく、ゼストがフォローするように口を開いた。
「ティオ。気持ちはわかる。けど、経緯はどうあれ、仲間が目的を達成するんだから、まずは祝福しないとな」
「……はい」
ティオの返事にゼストは頷いて、
「それにヘンリーが冒険者を続ける気があっても、こいつにはシリルさんとの間の子を成すという大事な仕事もあるんだ。残念だが……」
「なに言ってんの!? ゼストお前いきなりなに言ってんの!?」
男だけの飲み会の席じゃねーんだぞ!?
「? 冒険に出なくなるのであれば、丁度いい機会だろう。フェザード王家の血筋を絶やすわけにもいくまい。アステリア様はアルヴィニアに嫁いでいるしな。これはお前とシリルさんの役目では?」
それはそうなんだけど、こいつわざと言ってねえか!? シリル、いきなりの話に顔真っ赤にしてるし、ティオ以外のみんなもめっちゃ気まずそうにしてるんだけど!
「……お前、普段はデリカシーある癖に、こういう時だけ」
「なにを慌てているのかは知らないが、子が生まれるのは慶事だろう? 状況が許すのなら、どんどん励むべきだと思うが」
コイツ糞真面目過ぎてその前段階の行為のことを全然特別視してねえ。女子いるんだぞ、おい。
ったく。
「とりあえずゼスト、少し黙れ。そしてみんな、落ち着け」
「む? まあ、パーティ会議でリーダーがそう言うなら従うが」
はあ~~~、と。僕は大きくため息をつく。
いいこと言うな、と思っていたら最後の最後でこれだよ。
「とにかく。……このクエスト、受ける方針でいいか? ことと次第によっちゃ、この面子でやる最後の仕事になるけど」
まあ、無事転移門設置できたとしても、初期の防衛とかはシリル含め手伝うことになる気がするが。
ざっと見渡すと、ゼストの言葉のおかげか、全員まだ迷いは残っているものの、腹は据わった様子だった。
みんなを代弁するように、ジェンドが口を開く。
「……ああ。やってやろうぜ。その後のあれこれは、終わってから悩むさ」
他のみんなも、思い思いに頷いた。
ふう~~~~、と僕は気を落ち着かせるため深く息を吐き、
「っし! じゃ、今夜は前祝いといくか。カインさんが気ぃ利かせてくれて、明日明後日は完全休養日だしな」
本格的な話し合いになるなら時間もかかるだろうというはからいだが、思いの外さっと決まった。
返事は明日するとして、今日は思い切り騒ぐことにしよう。
みんな異論はないのか、わっ、と顔を明るくさせる。
「はいっ! そういうことであれば、お料理に関しては私が腕を振るいましょう。パトリシアさん、そろそろ宿の夕飯の準備は終わっている頃ですし」
「シリルさん、私も手伝いましょう」
「……私も。あまり戦力にはなれないかもしれないが」
シリルがぐわっと手を上げ、それにティオとフェリスが続く。
「はいっ、たまには面白いかもしれませんね! やりましょうやりましょう。あ、ヘンリーさん少々お待ちを」
と、シリルがさっとポケットからメモ帳を出し、ダダダとなにやら書き込んでいく。
ややあって、それがピッ、と僕に差し出され。
「……シリル、食材が書いてあるように見えるが」
「はいっ、ちょっくらパシってきてください!」
言い方ァ!
「市場もうすぐ閉まりますので、急いでくださいね!」
「……ああもう、わかったわかった。ゼスト、ジェンド、荷物持ち手伝ってくれ」
僕は肩をすくめて、シリルからメモを受け取る。
……ったく、シリルめ。空元気が見え見えだ。
いつかはそうなるとわかっていても、みんなとの別れを唐突に切り出されて、内心めちゃ落ち込んでいる。
……ま、みんなの前ではムズいが、後で慰めるとするか。
「ヘンリーさん? ハリー、です、ハリー!」
「へいへい、パシリの任をこなしてきますよ、っと」
シリルに背中を押されて。
僕は男連中を引き連れ、買い出しに向かうのだった。
「んじゃ、みんなグラスは行き渡ったな?」
んで、二時間後。
星の高鳴り亭の食堂の隅にテーブルをいくつか連結させ、即席の宴会場を作って、僕たちは飲み物片手に座っていた。
「はいっ、大丈夫です」
……買い出しから戻ってくるなり、怒涛のような勢いで料理を仕上げたシリルが、満面の笑みでワイングラスを掲げる。
テーブルに並ぶ料理は色とりどり。
食材の数から想像できていたが、とても六人で食べるような量じゃない。よくもまあ一時間ちょいでここまで作ったもんだ。
なお、シリルは『皆さん適当に摘んでいいですよー』と、さっき宿のみんなに声掛けしていた。まあ、今は遠慮してるが、そのうち誰かしらくるだろう。
「……うし。じゃ、でかい仕事の前に景気づけってことで急遽やることになった宴会だが。みんな、今日はたくさん飲み食いして英気を養ってくれ。乾杯!」
チン、と。
グラスを打ち合わせる高い音が、食堂に響いた。
「……あーっ!? なんかうまそーなもん食ってんな!」
「アゲハか。まだたくさんあるから、参加してもいいぞ」
「おう! あ、じゃあ秘蔵の焼酎持ってくる!」
とか。
「おやおや? お仕事から帰ってきてみれば……シリルさん、そのワインはルネ・シュテルでは?」
「はい。ユーさんに振る舞ってもらってから、お気に入りで。お一つどうです?」
「いやー、仕方ないですねー。明日も仕事ですが、程々に抑える感じで、はい。ご相伴に預かります」
とか。
「あれ? ラ・フローティアのみんなは今日はお祝い?」
「エミリーか。まあ、そんなところだ。ちょっと大きな仕事やることになってな。……そっちのフレッド大丈夫か?」
「ええ。怪我は診療所で治してもらったし」
「……そうか。大分疲れてるみたいだけど、食ってくか?」
「い、いただきます」
とか。
……シリルの作った料理は、色んな人間の腹に収まることになるのだった。




