第二百七十話 未来の話
カインさんがいきなりシリル相手に敬語になり、なにを言い出すかと思えばリースヴィントの責任者についてくれ……と。
あまりにも唐突な話に、僕は呆然と……ならない。ついさっき、ラナちゃんの発明に脳みそぶん殴られて、ちょっとやそっとのことでは動じない状態だ。
それはそれとして、どうしてだ?
「え、えーと。その、なんで私なんですか?」
シリルがカインさんに問いかける。
「理由もなにも。旧国の王族の血筋の方がいらっしゃるのであれば、お返しするのが道理というものでしょう」
「理屈じゃそうなんですけど、街の利権とか、普通は三大国で切り分けるんじゃ。……いや、勿論私の目標的には非常にありがたい話なんですが」
まあ、そりゃそうよな。
拠点が一つ増える……ってことは、人や物や金がバンバン流れるはずだ。上の方のポジにいれば、甘い汁を吸うこともできるだろう。わざわざそれを手放すかあ?
いや、舵取りに失敗したら普通に死ぬので、そのリスクを考えて忌避する人はいるだろうけど。でも、間違いなく利益の方に目が向く人間はいる。人がいないから、シリルに任せようって話じゃないはずだ。
「……その方針を取ったリーガレオが、色々問題山積みだったのが、大きな理由です」
「問題?」
シリルがオウム返しに聞くと、カインさんは遠い目になって、『まずは』と発生した問題を語り始めた。
「リーガレオは、かつては都市国家でした。一度魔国に滅ぼされて、当時の住民が散り散りになった後、三大国が魔国軍を押し返して拠点にしたわけですが」
「はい、その辺りは知っていますけど……」
「……生き残った地権者やその縁者が、勝手に使うのはまかりならん、使用料を寄越せと騒ぎまして。それも、リーガレオが拠点として最適なことにつけこんで、法外な金額を」
あー。
……いや、気持ちは分かる。分かるけど、いっぺん滅ぼされて、その後他の国が取り返して……う、ううん? 微妙な軸線上だ。
最前線で戦う一冒険者の率直な意見としては、寝言は寝て言えだが。
「更にそういった連中の裏には、実は三大国の貴族や官僚がいたりしたのです。リーガレオに赴任している連中を蹴落として、役を奪うために。……最前線にいないせいで、危機感の薄い連中が」
す、救えねえ。
こっちは必死に戦ってんのに、裏ではそんな政争みたいなのがあったのか。
「まあ、こちらはまだいいんですよ。流石に戦時になにやってんだと、速攻で粛清されましたので」
まだいいんだ!?
「より大きな問題は……この街を三大国が共同で管理することになったせいで、街のありとあらゆる政治が遅れに遅れるんです」
「え、ええと。その、冒険者が宿を移るときやたら手続きに時間がかかるとか、ああいうアレですか」
リーガレオの行政とかは、国ごとの強烈な縦割りになってて、別の国の担当部署をまたぐような手続きは超絶時間がかかる。それのことか。
「……ヘンリー君。君の想像より、百倍は酷い状況だと認識してくれ」
「ひゃ、百倍?」
「そも、流石に戦いに影響が出るようなものについては、三国それぞれ滞りないよう尽力している。直接戦う冒険者の生活についても当然配慮している。……その上で、君の言ったような例が出ているんだ」
えっ。
「今でこそ多少マシにはなったが……会議の席次を決めるだけで丸一日かけたり。ある国が提案した施策について、他二国は『その国の提案だから反対』して、後日自分たちも同じような提案をしてきたり。他にも例えば……知っているかな? リーガレオの執政院の食堂は、国ごとに縄張りの線が引いてあって、そこを少しでも越えると喧嘩騒ぎになるんだ」
そ、それって直接的にはともかく、僕が気付いていないだけで間接的には十分戦いに影響出てんじゃないのか?
僕があまりの実態に驚愕していると、カインさんは一つ嘆息した。
「それで、中立の立場だからと、私たちグランディス教会の人間が何度も仲裁に走ることになってね。そう何度も、何度も……」
と、そこでカインさんは俯き、先程まで浮かべていた笑みを消して無表情のままブツブツブツブツと独り言のように喋り始めた。
「……何度も、何度も何度も何度も何度もだっ。あいつらガキじゃないんだからもっと弁えろっ」
そ、相当フラストレーションが溜まっていたのか、カインさんは僕らの前にも関わらず怨嗟の声を上げる。
……温厚で有名な人なんだけど、こりゃ本当にヤバかったんだな。
「コホン……失礼。今のは聞かなかったことに」
途中はっとなって、カインさんが咳払いをする。……いや、今のを忘れるのは無理。
「ちなみに、当初、私たち英雄の数も彼らのマウント要素の一つだった時期があってな。出身はサレス法国のセレナ大森林で、立場としてはアルヴィニア寄りの私など、それはもう面倒だった」
「『だった』、ですよね。雑事に巻き込んで、英雄の稼働率が落ちると死活問題だから。……でもリオルさん、貴方エッゼさんと違って政治もわかるし力も立場も強いんですから、ちょっとは手伝ってくれても良かったのでは」
カインさんが言うと、チッチッチ、とリオルさんは指を振る。
「できることとやりたいこと、そして才能は得てして一致しないものだよ、カイン君。第一、掃討に向いた私こそ、一番第一線から離してはならないだろう。自惚れでなく、私の魔導がないと前線の殲滅力は相当落ちるぞ?」
「そうなんですけどね……」
はあ、とカインさんは重いため息をつき、再度シリルに向き直った。
「そこで、貴女です、シリュール姫。フェザード王国王都を治めるのに、十分以上の大義名分がある方がトップに立てば、そういったことも少なくなるでしょう」
「そ、そうなんですかね……?」
「結局、今は三大国が同格トップだから揉めるんです。貴女が方針を定めれば、唯々諾々とまでは言わないですがある程度協調するでしょう。貴女が教会の勇士であることも効いて我々の発言力も上がりますし――つべこべ言わせず、させます」
……最後の『させます』はすごい迫力がこもっていたぞ。
「そのー、そんなギスギスしたトコを預かるのは、実務経験があんまりないシリルさんには荷が重い気が」
「シリルさん、その点は安心しなさい。各国とて、リーガレオの二の舞を避けたいとは思っていてね。君を推すことには、すべての国が合意している。それなりに教育されたものが派遣されるだろうさ。それに」
と、シリルのフォローをするリオルさんが、こちらに目を向けた。
? なんだ。
「君にはヘンリーという武力がある。運営を妨害するような輩は、こいつを背景に脅してやればいい」
「あ、なるほど」
納得すんなそこで!?
「いや、そんな恨み買うようなこと……」
「でもヘンリーさん。最前線の、戦場の真っ只中ですよ? そういう所だと、そういうのもアリ寄りのアリです」
「派遣される官僚にも護衛付ける人はいるだろうし」
「ヘンリー、お前より強い護衛など、それこそ王族付きくらいだろう」
僕の反論がそれぞれ潰される。
別に嫌というわけではないが、シリルを手伝うなら、もうちょっと格好いいやつとかできない? 書類仕事を華麗に片付けたり、あとは……あとは……書類仕事を颯爽と片付けたり。他の仕事が想像つかないが、なんかあるだろう。
「あの、ちょっといいですか?」
ジェンドが手を挙げる。……?
「なんだね、ジェンド君」
「その、カイン上級神官。ということは、ヘンリーとシリルは、そのリースヴィントを無事開放したら、冒険者を引退するってこと……ですか?」
……え? あ。
そ、そりゃそうだ。街の責任者となったら、シリルが冒険に出るわけにもいかない。
あまりにも当たり前すぎて、ぽろっと頭から抜けていたことをジェンドが指摘した。
その言葉に、カインさんは腕を組む。
「勇士としての立場は保持していただきたいが……まあ、余程の緊急時でなければ、戦いには出ないようお願いすることになるかな。シリュール姫が冒険者をやっているのは、功績を立ててフェザードを復興させるため、と聞いていたから、問題ないと考えていたが」
カインさんの言っていることは正論だ。
……正論だが、突然の話に戸惑ってしまう。
でも、確かに僕の目的は、シリルの目的を手伝うことなので……力で、抑止力なり脅し役になるのが役に立つ手段だというのであれば、そっちを担うことになるだろう。
「そ、そうです、よね」
ジェンドが戸惑いを隠せない様子で、なんとかそう返す。ティオやフェリスも、あからさまに困惑して、視線を彷徨わせていた。
……ゼストは、こいつはいつも通りだな。
「出発は明日、明後日ではない。携行型転移門の使用の予行もする必要があるしな。……予行の日程は別途伝えるから、今日はもう帰って、今後のことをパーティで話し合えばいい」
リオルさんが、努めて優しくそう言ってくれた。
……これからのことを考えて、ぐるぐると頭が空回っている。
これ以上は、有意義な話はできないだろう。その言葉に甘えることにした。
「……はい。わかりました。ありがとうございます、リオルさん」
「なに、人生の転機となるのだ。仕方がない。……リシュウで言う『取らぬ狸の皮算用』とならないよう、しっかり話し合って、本番ではしゃっきりしてくれよ」
「わかってますよ」
最後に少し意地悪なことを言うリオルさんに返して。
僕たちは七番教会をあとにするのだった。




