第二百六十九話 クエスト説明
七番教会の一室。
防諜の仕掛けが施されているというとある会議室に、僕たちはカイン上級神官の号令によって集められていた。
ラ・フローティア以外にも、リオルさんが一緒にいる。
それぞれ会議室のテーブルにつき、全員が揃ったことを確認したところで、
「さて、まずは集まってくれてありがとう。ラ・フローティアにリオルさん」
「いえ、こちらこそ」
教会の立場的には一番偉いカインさんがまず頭を下げ、僕たちも同じように返す。
いよいよ、だ。
少し前に連絡のあったクエストとやら、ここで説明があるのだろう。
緊張に少し喉が渇き、テーブルに用意されていた水を一口含む。
「察しているとは思うが。今日は、この大作戦におけるグランディス教会の責任者として、先陣を切る君たちに作戦内容と……君たちにやってもらうクエストを説明する。……すまないが、メモは禁止だ、頭に叩き込んでくれ」
無理だろうな、と思いつつも、一応取り出しておいたメモ帳を僕は片付けた。ティオも同様だ。
コホン、とカインさんは一つ咳払いをして、厳かに、それを告げた。
「作戦内容は、旧フェザード王国王都リースヴィントの開放と、拠点化。リーガレオに匹敵する戦力を集め、魔国との戦いの前線基地にする。最前線を前に押し出す、と考えてくれ」
…………………………え、は?
「先日の遠征で、エッゼとともに私が現地の様子の視察に行った。やや強行軍だったが、光写機で様子を撮影することもできた。カイン? 例の資料を」
「ああ」
すっ、と。リオルさんに促されたカインさんが、僕たちの前に写真を提示する。
……さっきの言葉に、まだ頭は混乱っしっぱなしだが、自然と僕たちはその写真に吸い寄せられた。
何枚も、何枚もある。色々な角度から、フェザード王都リースヴィントの様子が映し出されている。
かつての僕が、何事もなく成人していたならば、正騎士叙勲のため訪問していただろう、王都。
結局、足を踏み入れることはなかったが、すでに叙勲されていた先輩騎士たちは、初の王都訪問の思い出をよく語ってくれていた。
……実際に行ったことはなくとも、こう、かつてを思い出して胸にこみ上げるものが、
「あっ、この噴水跡、見覚えがあります。散歩に連れてってもらった時に覗き込んで、こけて、ダイブしたことが」
なにやってんの、お前。
いきなり力の抜ける思い出話をしたシリルに、僕は呆れる。もうちょっとしんみりしたエピソードとかあるだろ、ほら。
しかし、シリルが『見覚えがある』と言えるほど、街はそれなりに原型を残していた。
写真には魔物も沢山写り込んでいるが、人間がいなければこいつらも無駄に暴れないからだろう。最初の侵攻時に破壊されたが、それ以外はそのままって感じだ。
年月による風化はあるようだけど、まだ雨風をしのぐには十分に見える。
「意外としっかり残っているだろう? 特に、城壁が半分以上無事なのは大きい。魔国側方面の壁は派手に破壊されていたが、それ以外はまだ十分使えそうだった。魔導結界の術式陣も、いくらかは無事だ」
現地に直接行ったリオルさんが所見を述べる。
まあ、修復にどのくらい時間がかかるのかわからないが……リーガレオの職人総動員で半月あればいけるか? 昔は壁突破されまくり破壊されまくりで、この街の職人の工事速度は、中央の一流も舌を巻くほどだって聞いたことがある。
「流石かつての騎士の国の、ということかな。リオルさん」
「まあ、な。カインの言う通りだ。……街の南側に、強く抵抗した跡があった。逆に北側は綺麗なものでね。一般市民が逃げるだけの時間を稼いだのだろう。城壁の中まで入られれば、逆に逃げ場がないということになるからな」
……当然、街の外に逃げざるを得なくなって、無事生き延びた人は少ない。
だけど、その一人がシリルであり、リーガレオのフェザード郷友会のメンバーであり、フローティアに身を寄せた人たちだ。自分の先輩の抵抗に、自然と背筋が伸びる。
そうして、僕は一つ咳払いをして、本題に入ることにする。感慨にふけるのもいいが、それは後回しだ。
「ええと、それで。リースヴィントを拠点化するって、どうやって?」
確かに以前、シリルと冗談のように、ここを拠点化できれば有利になれるなー、みたいな話はした。地形的にもかなり堅固だし、これだけ建物が残っているなら、リーガレオほどとは言わないが上等な条件だろう。
……で、どうやって?
人員も、物資も、なにもかも足りない。どんな大軍団を編成したところで、非戦闘員含めて行軍することになるし、正直無理。
「うむ。そこで、ラナ女史の新しい術式なのだが」
カインさんの言葉に、ガタッ、とラ・フローティアの全員が身構える。
……ここで登場するか。
いや、そりゃ仮にも上級神官ともあろう方が勝算もない作戦を立てるとは思っていなかった。だから、彼女の発明が関わってくるとは予想できたが……ラナちゃんはなにをどうやってこの困難なミッションを可能にしたんだ。
「術式、ですか」
「うむ。携行型の転移門だ」
……ほ、ほう? け、携行型の、転移門、ね?
ど、どのくらいすごいんだ? さっぱりわからん。
「――この街にも、転移門を設置するという話は聞いたことがあると思う」
「は、はい。完成予定は二年後でしたっけ?」
どんな術式にも組み込む事ができる、瘴気による術式の発動の阻害を防止する、ラナちゃん印の術式『浄化陣』。
それを組み込んで、転移門がリーガレオでも使えりゃ色々楽になる。……なのに、二年もかけるなんて悠長だなあ、と思ったからよく覚えていた。
「あれは極めて特殊な術式でね。事情通なら知っている話だが、設置場所の土地にも細工がいるし、多種多様な触媒が必要なのだ。『転移の駅』の建材は、それらの触媒を混ぜ込んで構成されている。二年もかかるのは、熟成に時間がかかる触媒もあるからだ」
「そうなんですか」
「ああ。つまり、転移門はどうあっても、場所は固定。作るのにも、時間がかかる……という諸々の条件を無視する画期的な術式が、ラナ女史の開発したものだ。検証したリオルさん曰く、最小で折りたたみのテント程度の気軽さで持ち運べるそうでね」
うん、うん。なるほど。
「……流石っていうか。相変わらずすごいの作ってきますね」
「おいおい、ヘンリー。認識が甘いぞ」
僕が感心していると、リオルさんがツッコミを入れた。
「甘いって……」
「すごいというより……前回、瘴気を操って魔物を生み出した術式と同様、本来なら『存在してはならない』レベルだ」
え、あれ。でも、転移門って今でも普通に旅行とかで使われてるし、んな持ち運べるようになったって……って、いやいやいやいや!?
「敵国にこっそり持ち運んで、首都の近くにいきなり軍隊を出現させる、などは実にわかりやすい使用例だろう?」
「……そですね」
まあ、何度も転移を繰り返す必要はあるだろうが、携行型っつーことは、一つ持ち込んで次一回目の転移で二つ目、二回目で三つ目、四つ目、って感じで繰り返して持ち込むこともできるだろう。
……うん、相手の態勢が整う前に余裕で奇襲が可能だ。
僕程度の悪知恵でも、その他色々あくどい使い方は思いつく。
「実際、上でも揉めに揉めたが、結局は魔国への対処が優先、という結論になった」
色々綱引きがあったのかもしれない。疲れた顔でカインさんは言う。
「まあ、幸いというか。使用する魔力が従来の転移門より多くて、気軽には使えないという欠点はある。……『今後は燃費の向上を目指します!』とラナ君の手紙に書いてあったが、それはやめるように伝えておいた」
リオルさん、ナイス。
「ともあれ、だ。転移門をリースヴィントに設置できれば、人員や物資の輸送も俄然楽になる。リーガレオには今、新しい戦力も次々集まっていてな。戦力を二つに分けても、十分支えることができるという試算だ」
……そういや、年末に大手クランの聖輪会が来てたっけ。他にも大きなクランがこっちに拠点を移してたし、知り合いの兵士によると援軍も最近ドシドシ来ているらしい。
今のリーガレオでは過剰だと思っていたが、このためだったか。
「そのための、第一歩。一基目の転移門をリースヴィントまで運ぶ役を、君たちに担ってもらいたい。本件については、英雄リオルも同道する予定だ」
「術式になんらか問題があった場合、私がいないと対処できないからな」
……なるほど、大体読めた。
携行型、といっても、テントほどの荷物になるとなれば、ティオの鞄みたいな神器がないと長距離の移動は難しいだろう。
そして、使用する魔力が多いっつーことは、うちのシリルやリオルさんみたいなでかい魔力持ちじゃないと、少数じゃ起動できないってことだ。
……リオルさんの飛行術式で、空を飛ぶ魔物が増えてくる辺りまで一気に飛んでけば、かなり距離が稼げる。今回、転移門があるおかげで帰りを気にしなくてもいいので、リースヴィントまで到着するのは無理じゃない。
なんだったら――術式を確実に破棄することが前提になるだろうが――その転移門で途中で引き返すことだってできる。
「……了解しました。一旦持ち帰って仲間とも検討しますが、前向きに考えます」
「ああ、そうしてくれるとありがたい」
まあ、ティオ以外は勇士に任命されてるから、勇士の義務としてやれって強制されたら冒険者辞める以外断りようがないわけだが。これを乱発しすぎると信用なくすので、教会も滅多に発令しない。
でも、みんなやる気になっているようだし、多分引き受けることに――
「……っと、大切なことを聞くのを忘れていました。報酬は?」
こんなクエストでも、それはそれ、これはこれである。
「ああ、そうだね。実は、今回はそこもかなり重要でね。ラ・フローティアを指名したのは、この件もあるんだ」
? いや、普通に金もらえて、教会の評価上げてもらえりゃそれでいいんだが。
「まず、相応以上の金銭は勿論支払う。支度金代わりとして、半分は前渡しをしよう。それと、成功したらティオ君はすぐ勇士に任命することを約束する」
横のティオが、小さく拳を握った。……珍しく素直に喜んでいる。
でも、ここまでは普通の報酬だ。わざわざ前置きするほどのものじゃない。
次の言葉を待っていると、カインさんはなぜかシリルの方に向いて、恭しく頭を下げ……なんで!?
「シリル君……いや、シリュール姫。恐らく名目上だけのことになってしまいますが、リースヴィント解放の暁には、貴女があの街の責任者についていただけませんか」
「はえ?」
ぽかん、と。
シリルは口を開けて、呆けた声を上げた。
なおその後の、シリルや僕にとって重要な、諸々の話が終わってからの話。
ふと、僕はリオルさんに気になっていたことを訪ねた。
「リオルさん、そういや転移門って送り側と迎える側の術式それぞれで術者が起動する必要あるじゃないですか。魔国の領域で、どうやってこっちと同期を?」
「安心しろ。瘴気は当然無視した上で、従来の二倍以上の距離に届く通信術式を、ついでのようにラナ君が開発している。リーガレオとリースヴィント間くらいなら問題ない」
……完全に才能開花して、開発に関してはもう私よりずっと上だな、と。
若い才能に嫉妬するでもなく、嬉しそうにリオルさんはつぶやいた。




