第二百六十八話 クエストの前
さて、僕らは今日も今日とて冒険を終え、七番教会に帰還した。
後はドロップ品の精算をやって、報酬の分配をして、帰宅。疲れているので、とっとと済ませて宿でひとっ風呂浴びたい。そんな風に思いながら教会の入り口に向かっていると、
「おや? ラ・フローティアの諸君! 奇遇であるな!」
「ふむ、見たところ冒険帰りか。お疲れ様だ」
……と。
丁度、見慣れた顔二つが七番教会から出てくるところだった。
「エッゼさん、リオルさん。こんにちは」
「うむ、こんにちは!」
「ああ」
僕が口火を切り、うちのパーティとは縁深い英雄二人に、他のみんなも挨拶をする。
しかし、はて?
「二人とも、七番教会になにか用でもあったんですか?」
エッゼさんとリオルさんの所属は一番教会。冒険者として活動する時は、二人ともそっちに出向く。こっちの教会に来ることはあんまりないはずだが。
「その通りだ。先日の遠征の『成果』をカインに報告にな」
最前線の教会の一つを預かるカイン上級神官――グランディス教会でも有数の地位の人でも、エッゼさんにかかれば呼び捨てか。いやまあ、実績的に当然っちゃあ当然だが。
「そういえば、昨日まで遠征に行ってたんでしたっけ?」
「うむ、今回は少々遠出してな」
……そういえば、『今回は団長の不在が長すぎ』とかなんとか、この前オーウェンが愚痴ってたっけ。
今までも限界ギリギリまで魔国奥深くまで行ってたのに、今回はどこまで行ったんだ。
「でも、成果って? そんなん、普通に一番教会から連絡してもらえば」
「まあそうなのだが。今回の作戦はカインが教会の責任者なのでな。直接報告したほうが良かれと思ったのだ」
作戦、ねえ。まあ多分、この前の話に繋がってんだろうな。
と、想像を働かせていると、ぽん、とエッゼさんが手を叩いた。
「そうだ、ヘンリー、ゼスト、シリル嬢。良い報告があるのだ。実はお前たちの国の……」
「エッゼ」
一言言って、リオルさんが愛用のステッキで地面を叩く。
瞬間、本式のクロシード式の術式陣が空中に投影され、ふと調子良く語っていたエッゼさんの声が届かなくなる。
音を防ぐ結界っぽい。口の動きで言葉を読み取れれば内容がわかったのかもしれないが、んな技能は当然持っていないのでなんかエッゼさんが口をパクパクさせているようにしか見えない。
そうしてしばらく。
はっ、と何事かに気付いた様子のエッゼさんに、リオルさんは嘆息して結界を解いた。
「エッゼよ。その件はまだ詳細は秘密だっただろう」
「そうであった、そうであった。いかんな、流石の我も遠征の疲労で気が抜けていたか?」
元気溌剌に見えるんですけど。本当に昨日まで遠征行ってたのかこの人。
……しかし、なんかうちの国が云々と言ってたが。
「今回の遠征、フェザードまで行ってたんですか?」
「うー、むむむむむ! は、はて? なんのことやら我にはさっぱりである」
この人騎士団の団長の癖に腹芸がヘタクソすぎる。目の泳ぎっぷりもすごいぞ。
「エッゼ。そこまで隠す必要はない。ヘンリー、私たちは確かに今回、君たちの故国の領土まで出向いたぞ。少し奥までな」
リオルさんが呆れながら補足する。
マジでフェザードまで行ってたのかこの人たち。僕たちも遠征には強い方だが、かつての国境まで到達するのだって厳しいのに。
「いくつか街も見たが、残念ながら廃墟ばかりだった。……荷物に余裕があれば、花の一つも供えておきたかったがね」
そうリオルさんが残念そうに零す。
……まあ、それはそのうち僕たちフェザードの生き残りがやるべきことだ。
「私たちの報告を受けて、作戦の詳細も決まるだろう。もう少ししたら君たちにも伝えられるはずだ」
「うむ! まあ、今の我から言えることは一つだ。……ラ・フローティアの諸君、気張りたまえ! 特にリーダーのヘンリーは、よく皆をまとめるように!」
ドンッ! と。
エッゼさんが無駄に力強く、僕の肩を叩く。
……足首まで地面に沈むかと思った。
「そういえば、ラナ君の術式が使われることは聞かされているのだったな。……実は丁度今日レポートが届いたので、私がこれから検証する予定だ。まあ、一読しただけでも、相変わらずの天才っぷりだったよ」
「そ、そうなんですか……お、お手柔らかに?」
「それは彼女に言いたまえ」
リオルさんが肩をすくめる。
ははは……はあ。
「おっとそうだ。ティオ君、ラナ君から君宛の手紙も届いていると小耳に挟んだぞ?」
「あ、そうなんですか」
少しだけ。
知り合いでないとわからないくらいかすかに、ティオが声を弾ませる。
相変わらず月一、二回は手紙のやり取りをしている親友同士。そりゃ嬉しかろう。
「んじゃ、さっさと行くか。二人とも、それじゃあ」
「うむ! さらばである!」
そうして、エッゼさんとリオルさんと別れて。
僕たちは、一日の精算に向かうのだった。
「しかし、グランエッゼさんも思わせぶりなことばかり言ってましたねー。故国復興を志す私としてはなんだかモヤモヤします」
夜、シリルの部屋。
寝る前のひととき。一緒にまったりしながら読書などに興じていると、シリルがふとそんなことを言った。
「まあ、仕方ない。僕たちに作戦の詳細は秘密、ってことなんだし。あの人も立場あんだから、勝手にバラしたりできんだろ」
僕はページを捲りながら返す。
カイン上級神官が説明した理由も、納得できるものだった。だから僕は、言われた通り心構えだけして、次の情報を待っている。
「そうですけど~。ラナちゃんの手紙も気になりますし」
「……あぁ」
ティオ曰く、ラナちゃんからの手紙でも、新しく開発した術式とやらに触れられていたらしい。
僕たちに内緒、というのは伝えられているのか具体的な内容は書かれていなかったそうだが、なんでも『ちょっと便利なのができたよ』だそうだ。
ちょっと……ちょっと……あの子のちょっとはアテになんねえなあ。
「気になるのはわかるけど、あんま考え過ぎんな。……どうせ僕たちの想像なんて軽く飛び越えてくるんだから」
「怖いような、楽しみなような」
そこで楽しみなような、と言えるだけ僕よりずっとマシだ。あえて見て見ぬふりをしているだけで、僕は今度はどんなものを出してくるんだろう、というドキドキでいっぱいである。
「んー、まあわかりました。とりあえず忘れます!」
「そうしとけそうしとけ」
言って、僕は次のページを捲る。
ふむ、ふむ……
「それで、ヘンリーさん。話は変わりますけど、その詩集どうですか? 面白いです?」
「そうだなー。まあまあ?」
本日僕が読んでいる本は、星の高鳴り亭共同図書――飽きた本をそれぞれが思い思いに倉庫に突っ込んでるだけだが――から借りてきた詩集である。
シリルはこの手のが好きで。僕も感想でも言い合えるようになろうと何度か挑戦してみたんだが、これまでは意味がまったくわからず四半分も読む前にギブアップしていた。
しかし、今日読んでいるのは違う。飽きずに半分以上読めている。
「おおー、成長しましたね」
と、シリルは大げさに喜び、手をぽんと叩いた。
「まあ、シリルのアドバイスのおかげだけどな」
僕は頬を掻く。
……シリルが好む詩は、季節の情景や恋などを詠ったもの。
それにならって、同じ系統の本を読んでいたのだが、これがよくなかったらしい。
『ならこういうのはどうです?』と、シリルが勧めてきた通り、酒や食事、あるいは戦いについての詩を読んでみれば、不思議とすっと頭に入ってきた。
酒食についての詩であれば、この酒はどんな味なんだろう、と想像したり。戦詩であれば、その戦場で自分ならどう動くのかと思い描いてみたり。
そんなこんなで、それ系の詩集を読むのがこれで四冊目である。
まだ詩より冒険譚のようなものの方が面白く感じるが、共同図書にはこの手のは意外と豊富なので、読み進めていけばもっと楽しめるようになるだろう。
「慣れたら、私の蔵書も是非どうぞ。ティオちゃんの鞄に百冊くらいは入ってますので」
「そ、そうだな。う、うん、読んでみる」
ひ、人は進歩するのだ。少しずつ詩に慣れ親しめばなんとかなるだろう。多分。きっと。……うぬぬ、愛の詩恋の詩なにするものぞ!
「ふんふーん、それは楽しみですねえ」
「……き、期待はほどほどにしといてくれ」
そんな笑顔で言われると、すごく気まずい。
だってやっぱ意味がよくわかんないんだもん。これ僕がロクな思春期を送ってなかったせいじゃないよね?
などと懊悩していると、
「……まあ、もしかしたらそんな暇なくなるかもしれませんけどねー。こうしてゆっくりできるのも、あとどれくらいなんですかねえ」
そう、ふと寂しそうにシリルがつぶやいた。
確かに、近々発行されるというクエストの内容次第では、残念ながら本を読んでいる暇などなくなる可能性もある。
……しばらくの間は、だ。
僕はシリルの肩を、ぐいっと抱き寄せた。
「わわっ? いきなりどーしたんですか、ヘンリーさん」
「いつになく弱気になっている様子だったから、励ましてやろうと思って。まあ、高難度のクエストをいくつもこなしてきた僕にどーんと任せとけ。お前は後ろで立ってるだけでいーぞ。そうしたら、またこうしてのんびりできっから」
「それ励ましじゃないですよね!?」
励ましである。
狙った通り、シリルの勝ち気に触れたのか、さっきまでの暗い雰囲気はどこへやら。むきー! と僕の頬を引っ張ってきた。
「ふふん、ヘンリーさんこそ、このシリルさんの魔法を崇めることになりますよ!」
「ふぁいふぁい」
頬を引っ張られている僕は、回らない口で適当に同意し。
……そうして、その日の夜は過ぎていった。
 




