第二百六十七話 いつもの帰り道
シリルとジェンドが勇士となってから、初の冒険。
今日も今日とて、僕たちは一陣で頑張って魔物をシバいていた。
……が、
「ジェンドッ! お前ちょっと抱えすぎ! 少しこっちで引き受けるぞ!」
「わ、わかった!」
「……っし!」
十体以上の炎獅子――上級下位相手に大立ち回りをしていたジェンドを叱り飛ばし、そちらに向けて如意天槍を投げる。
途中で分裂し、規則正しく地面に突き刺さった槍は、ジェンドと魔物の間の壁のような役割を果たし、
「オラ、こっち来いよ間抜けども!」
ジェンドから四匹ほどが分断され、僕が挑発の声を上げると連中はこちらに敵意を向けてきた。
「ヘンリーさん、ナイス! ……ゼストさん! ヘンリーさんにこれ以上の追加が来ないよう、足止めを!」
「了解だ」
指揮役のフェリスが、目まぐるしく変わる戦況に指示を飛ばす。
ジェンドの方は……よし、ちと失敗したけど、反省は後だとわかっているようで、残りの炎獅子相手によく戦っている。
「さて、っと」
……僕は僕で、サーペントにオリハルコンゴーレムにワイバーンに雷精に、とバラエティ豊かな魔物と戦っている最中である。
ここに炎獅子におかわりはちょっと負担デカいが、まあなんとかするとしよう。
「んぐっ、んぐっ」
四方八方からの攻撃を避けながら、ポーチから速度と感覚強化ポーションを取り出し、飲む。
「~~っしっ」
さっきまでそれなりに苦労していた回避が、一気に楽になった!
「シャァァァ!」
「見えてんだよ!」
サーペントの、蛇特有の気色悪い動きからの噛みつきに合わせ、口の中を突く。
「《火》+《火》!」
更に、如意天槍に魔導で火を纏わせ、刃部分を伸長して思い切り振り抜いて……サーペントは、頭を真っ二つにされながら炎上。こいつの口ン中、ちょい厄介な粘膜があって切りにくいのだが、実は熱に弱いのだ。
瘴気に還る前のサーペントを雷精の方に蹴り飛ばして、向こうの放ってきた雷撃の盾にする。
ゴーレムの鈍くさいパンチを避けて、上空からブレスの隙を窺っているワイバーンに槍を投擲。
この辺りで炎獅子が僕のところに到着。
真っ直ぐ突進してきた一匹を、カウンター気味のパンチで怯ませ……運良くワイバーン一撃で殺れたので槍を戻して仕切り直し。
「ふ~~」
よしよし、今の攻防はいい感じだった。
「よし、行くぞ」
改めて、魔物たちに相対し。
僕は戦いを再開するのだった。
「……う~、すまん。今日俺、ミス多かった」
冒険の帰り道。
落ち込んだ様子のジェンドが、そうやって謝ってきた。
「いいっていいって。今日のは想像できてたし」
「うむ。織り込み済みだ」
僕の言葉に、ゼストも頷く。
冒険者から勇士になった直後は気が大きくなりがちだ。このタイミングで『事故死』する者もいる。
特に、一瞬の判断が明暗をわける前衛はより危ない。
「……一応、出る前に注意されたし。そんなつもりはなかったんだけどなあ」
「まあ仕方ない仕方ない。今日のことを反省して、次からはしっかりしてくれ、よ!」
ドン、と強めにジェンドの背を叩く。『うわっと!』と、少しジェンドはつんのめった。
「ほれ、気ぃ抜きすぎだ。帰り道の警戒、もう忘れたか?」
「わ、わかったわかった! ったく、元気づけるつもりなら、もう少し加減してくれよ」
ぶつくさと言いながらも、ジェンドは気を取り直したようだ。
うむ、この様子であれば、次回以降は心配無用だろう。
「ジェンドもまだまだですねえ。このシリルさんは、今日はいつもより調子良かったというのに!」
「……テンション上がると魔法の威力まで上がる魔法使いさんには敵わねえよ」
ふふーん、と得意げなシリルに、ジェンドはげんなりと返す。
……そうなんだよね。シリルはシリルで調子には乗ってるのだが、こいつの場合いい影響しかない。使う魔法の種類とかタイミングとかは、大体僕とかフェリスとかが指示飛ばしてるので、判断ミスで、みたいなことはないし。
まあー、今の調子の良さを基準と考えてしまっても駄目なので、早めに普段の調子に戻って欲しいところではある。
と、新米勇士の二人をみて、フェリスが自嘲するように笑った。
「はは……私は、治癒技能の一芸でなったものだから、正直そんな風に浮かれることはできなかったなあ。冒険者としての実績が認められて、というのはちょっと妬けるね」
あー。
勿論、希少で有用な技能だからそういう待遇を受けられるわけだが、生真面目なフェリスにとっては特別扱いは居心地悪かったか。
「……あー、そうだったのか」
「ああ。ジェンド、君の手前今までは言えなかったけど、少し引け目があったんだ」
「そっか。……俺、調子に乗っちゃって。ますます反省しないとな」
と、二人は優等生な会話をしている。
し、しかしマジで真面目クンだな二人とも。
十代の若さで勇士になったんだったら、『ヤッホォ! 勇士ゲットぉ!』くらいハシャがんか。僕もそん時ばかりは故郷の仇討ちのことを一旦脇に置いてハシャいだぞ。
絶対口にはしないけど。
そう、割と駄目な感じでジェンドたちの様子を見ていると、ふとゼストが口をついた。
「うむ。みんな実に弁えている。模範的な勇士とは、こうありたいものだ。……なあ、ヘンリー。お前もそう思うだろう?」
「ぐっ」
意味ありげにこちらに視線を向けてくるゼストに、僕は顔を引きつらせる。
く、くそ。普段は無口なくせに、こういう隙だけは見逃さねえなこいつ。
「? ゼストさん。ヘンリーさん、なにかあったんですか」
「悪いな、ティオ。俺は仲間の風聞を悪くするようなことを吹聴するつもりはないんだ」
それ半分以上言ってるようなモンだよなあ!?
「へー、へー。ヘンリーさん、そのお話、是非とも聞かせてください」
「し、シリル。お前は知らなくていい」
ゼストの言葉に、案の定興味津々になったシリルを押し留める。
ち、違うんだ。『フッ、この勇士の槍を受けてみるがいい!』とか、『勇士ヘンリー、か。ふっふっふ』なんてちょっと浸った台詞をぶちかましていたのは……その、なにが違うのかは説明できないが、違うんだ。
違うんだってば!
そんな内心言い訳しながら、恐る恐るシリルの次の言葉を待っていると、
「ふーん。じゃ、いいです」
と、あっさりと引き下がった。
……いやいやいやいやいや。
「おい、待て。追及されないのはいいが、お前そんなすぐ諦めるキャラじゃないだろ。なにを企んでいる」
「いえ、別に、企んでいるなんて。ユーさんとかに聞けばいいかなー……くらいしか思っていませんよ、はい」
「思うな、やめろ」
あいつも、いたずらに人の悪口を言うやつではないが……相手がシリルで、僕の過去だと嬉々として話しそうだ。
うむ、その光景が容易に想像できる。
「……帰ったらお前がユーと接触する前に、口止めするから」
「えー」
「人の恥ずかしい過去をほじくり返すんじゃない」
「あっ、やっぱり恥ずかしいんですか」
……失言だ。これ以上このことについては言及しないでおこう。
まあ、口止めされてそれでも話すほどユーも不義理ではあるまい。それでこの件は解決である。
しかし、もしそれでもユーがバラしたりしたら……クックック、やつの恥ずかしい過去など、僕はいくらでも握っている。そのどれかがシリルに伝わることだろう。僕の恥話はそれで上書きだっ。
などと野望をたぎらせながら、帰りの道を歩く。
二陣を越え、三陣の辺りまで来たところで、ふとシリルが感嘆の声を上げた。
「おお~、今日は夕陽が綺麗ですねえ」
「そうだなー」
雲ひとつない空に、沈んでいく太陽が眩しい。
確かに見事なものだった。
夕陽に、僕たち六人の影が長く伸びる。
そういう、いつもの帰り道。
「そういえば、今日の晩ごはんなんでしたっけー?」
「今朝、今週の献立が張り出されていましたよ。今日はシチューです」
「ティオはいつもよくチェックしてるね。斥候としてのたしなみかな?」
「……いや、このくらいでおだてないでください」
全員警戒は怠っていないが、そんな風に女衆はリラックスした様子で雑談に興じており。ジェンドとゼストは、今日の戦いについて、反省点を指摘しあっていた。
「ん、はあ」
なんともいえない満足感があって、僕は息をつく。
遠くにはまだ戦っている冒険者とかもいて、フローティア時代ほど長閑とはいかないが。戦った後の、ちょっとした気怠さを覚えながら歩くこの時間は、相変わらず僕は好きだ。
一度後方に引っ込んだのに、こうして最前線で戦っている理由を忘れた訳ではないが、もう少しこの時間が続いて欲しいとも思う。
……まあ、思うだけ、だ。
つい先日、カイン上級神官から伝えられた件。僕たちラ・フローティアに、魔国との戦いを左右するような重要なクエストが発行されるという話。
あのラナちゃんが関わっていることから、多分僕の想像の遥か上をいくようなことをさせられるのだろう。
これは、なんとなくの予感だが……そのクエストをこなしたら、僕たちもこれまで通りとはいかない気がする。
だから今は。
もう少しこうやって、穏やかな時間を……時間、を。
「……皆さん、ストップ。少し前方、魔物の『発生』の予兆です。……大して強くはなさそうですが、数は多そうです」
「~~~っ、だぁ!? ええい、陣形組むぞ!」
いち早く気付いたティオの報告に、僕はみんなに指示を飛ばす。
もう少ししんみりさせてくれよ、おい!




