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第二百六十六話 ヘンリーとアゲハ

「ん?」


 手に、ぴくりとした感触。

 咄嗟に引き上げようとしてしまうが、先程はそれで失敗した。


 気を落ち着かせて、一息、二息入れ………………っ、今っ!


「……また餌だけ」


 僕が力任せに引いた釣り糸の先には、見事餌だけなくなった針があった。


「ヘンリーさん、今のはタイミングが遅すぎます。それと、食いついた時の竿の動かし方、忘れてたでしょう」


 隣で同じく釣り糸を垂らしていたティオは、アドバイスをくれる。

 う、うーむ……これで釣りも何度目かになるが、やっぱムズいな、これ。上級の魔物をテキトーに挑発して釣ってくる方がよっぽど楽だぞ。


「へっ、ザマァないな、ヘンリー。所詮、お前はアタシの後塵を拝する運命なんだよ!」

「釣りくらいで大きく出たなアゲハテメェ!? 大体お前も雑魚一匹しか釣ってねえだろうが!」

「ゼロと一じゃあ全然違うよなぁ!? アアン? 初冒険で魔物を一匹でも倒せたのと、そうじゃないのとじゃあ天と地の差があんだろォ!?」


 ぐっ、くくく……い、言い返せねえ。

 く、くそ。早く一匹でも釣り上げて、アゲハのこのでかいツラをちっこくさせないと。


 そう、僕が固い誓いを立てていると、


「フィッシュ。……言いたくないですが、アゲハ姉もヘンリーさんも。もうちょっと腕を上げてから張り合ってください」

『……はい』


 本日八匹目の大物を釣り上げたティオが呆れたように言い。

 僕たちは反論できず、素直に頷くのだった。















 今日という日の発端はなんてことはない。

 ちょっとぽっかりと休みができてしまい、ティオが『なら私は釣りに』と言い出し、『じゃあ僕も』と特に予定のなかった僕もついていくことにした。


 んで、『おうおうおう! ティオと二人きりなんて、お天道様が許してもアタシが許さねえぞ!』などと戯言を抜かしたアゲハが強制的に同行して、今に至る。


 なお、ここはリーガレオから結構離れている海岸。どっちかっつーと、四方都市のサウスガイアの方に近く、魔物の心配もあまりいらないスポットだ。

 僕、ティオ、アゲハのトリオなら行動半径が無駄に広いので、ちょっと遠出したのだ。


 ……しかし、冬で海辺ともなれば大分冷える。


「ティオ、カップ出してくれるか。白湯でも淹れる」

「はい。私の分もお願いします」


 言って、ティオが鞄から二つのカップを取り出し、ひょいと投げる。

 左手で釣り竿を維持したまま、僕はそいつを右でキャッチ。ちょいとカップ同士ぶつけたが、冒険中にも使う頑丈なやつなので問題なし。


「《(イードル)》+《(イグニス)》」


 温度を調整して……うん、まあこんなもんだろ。


「ほれ」

「どうも」


 湯気を立てるカップをティオに渡し、自分の分も湯を作る。

 ……うむ、味気ないただのお湯だが、じんわりとあたたまる。こういうシチュだと、中々悪くない。


「アゲハは?」

「いんや、アタシはいいや」


 ひらひらと手を振って、アゲハは自前の水筒を一口飲み、ふとこちらを向く。


「なー、そういえばヘンリー?」

「あん? なんだよ」


 アゲハがいきなり話を振ってきた。またぞろ阿呆なことじゃないだろうな、と警戒しつつ先を促す。


「今更だけど、なんで今日ヘンリー、ティオとつるんでんだ? シリル放置したら拗ねるだろー? 『なんで私も誘ってくれなかったんですか!』っつって」

「……そのことか。今日はそのシリルとジェンドがいないんだよ」


 今日は普段のローテなら冒険に行く日。だけど、二人が不在なので取りやめとなったのだ。


「? そういや、見かけなかったけど。どうした? 二人揃って体調でも崩したか?」

「違う違う。今日は教会だよ。勇士就任に当たっての講習会」


 冒険者から勇士になると、様々なことが変わる。


 単純な地位や世間からの評判がガツンと上がるし、いくつかの特権やそれに付随する義務なんかも発生する。ついでに、冒険者の範として恥ずかしくないよう、心得ておくべきこともたくさんだ。


 そのため、勇士になった数日後に、教会はそういった諸々を指導するための講習会を開く。


 そんなわけで、そいつに参加するため、今日は二人は不在なのである。


「へー、勇士の講習会ねえ。そういや、聞いたことはあるなあ。どんなやつなんだ?」

「? あれ、なんでアゲハ姉が知らないんですか。……サボりました?」


 アゲハの普段の言動を見れば、そう思うのは仕方ないが……ティオ、アゲハを慕ってる割に、意外と辛辣だね。


「違う違う! アタシは勇士になったことないからさー」

「???」


 ティオの顔にハテナマークが飛び交う。

 ……いや、アゲハ。お前、事実は事実なんだが、もうちょっと説明しろよ。わけわからない経緯だったんだから。


「あー、ティオ? アゲハのやつな、本当に勇士になったことないんだよ。魔将を単独撃破して、冒険者から一足飛びに英雄になったんだ、こいつ」

「そういうことだ。言ってなかったっけ? スゲーだろ!」

「わあ」


 アゲハが胸を張り、ティオが単純に尊敬の目を向けるが……あれ、そんなにいい話だったのかなあ。


 魔将をヤッた当時のアゲハは、実はとっくに勇士になっているはずの実績を上げていたのだ。

 それで、なんで勇士になってなかったかというと……いや、ほら。一般冒険者の模範となるべき勇士が、首に執着しまくるちょっとクレイジーな奴だったら困るだろ?


 ……教会の方々も悩んだらしい。確かに戦い方にこだわりがある――こだわりですませていいレベルじゃない気がするが――ものの、実力は確かで実績も十分。少し放漫なところはあるが、なんだかなんだで法を破るようなことはしない。


 当時の仲間だった僕にも、『あれは勇士としてやっていけそうか?』みたいなヒアリングがあったりした。勿論、『いやー、無理っすよ、あいつは』と返しておいた。


「……でも、魔将の単独討伐とか。エッゼさんやセシルさんでもやったことない功績立てちゃったもんだから。仕方なく、英雄っつーわけだ」


 といった事の経緯を、ティオに聞かせてあげた。


「ああ~」

「ティオ、納得すんな! ……つーかヘンリー、お前んなこと聞かれて、んな返ししたのか!?」

「……いや、するだろ。普通に」


 でもまあ、信賞必罰の面から考え、アゲハの勇士叙任は規定事項ではあったらしいけどな。わざわざ言わないけど。


「くっ、仲間に裏切られてたとかショックだ」

「誰が裏切りだ」


 今も昔も、お前の戦いの腕は信用しているけど、勇士として相応しいかは別問題である。


「あのー」

「ん? どうしたティオ」

「そういえばアゲハ姉とヘンリーさんって、どうやって知り合ったんですか? 一緒にパーティ組んでたこともあるとは聞きましたけど」


 ん? どうやって、って言われても。


「顔自体は知り合う前から知ってたぞ。同じ七番教会所属だったし、馬鹿みたいにソロ狩りして神器引きまくってるやつだとは聞いてたし」

「アタシもまあ知ってたぞ。凄腕の治癒士のユーにくっついてる男? くらいの認識だったけど」


 まあ、この辺りはお互い様で、


「きっかけ……って、なんだっけ?」

「あれだろ。なんかのクエストで一緒になったんじゃなかったっけ?」

「いや待てアゲハ。その前に、お前がソロでやられかけてるのを助けてやらなかったか?」

「……そのお返しに、ドラゴンに絡まれて大ピンチだったお前んトコのパーティを、アタシが華麗に救い出してやったよなあ? いやー、アタシがいなきゃ危なかったな」


 あの頃から、こっちが完全に注意引いてたっていっても、三体のドラゴンの首を同時に刎ね飛ばすとかおかしいことしてたな、こいつ。

 で、それはそれとしてだ。


「まあ、この稼業助け合いが大事だしな! そうやって、持ちつ持たれつしている間に、いつの間にか仲良くなったわけだよ、ティオクン」


 あっはっは。


「……トータルじゃ、僕の方がアゲハを助けてやった回数、多いけどな」


 ぼそっと付け加える。

 それにアゲハは敏感に反応した。


「は? まさかお前、セコセコ数えてんの? みみっちいやつ。大体、回数は仮にそうだったとしても、ピンチ度合いはお前の方が上だよな?」

「数えてなくても、少し思い出せば明らかだろうが。……ピンチ度合い? みたいな主観マシマシの基準持ち出す方がみみっちいぞ」


 すっ、とアゲハが釣り竿を固定し、腰を上げる。

 僕も同じくアゲハとの間合いを慎重に測りながら立ち上がり、


『……やんのかコラァ!?』


 一喝、吠えた。


 もはや言葉を交わすのはここまで。

 僕は相手の攻撃を防御する左手を前に出し、右手で掌底の形を作る。アゲハは手刀を作り、腰を低く、いつでも飛び出せる体勢。


 ことここに至っては、拳で白黒をつけるしかあるまい!


 そうバチバチと視線を交わしていると、ふと僕とアゲハ、それぞれの顔の横を矢風が吹き抜ける。

 ……冷や汗をかきながら、そっとティオの方を覗き見ると、怒りをたたえて予備の短弓を構えていた。鏃を抜いてるのは、怪我をさせないためか、こんなことで消耗するのはもったいないからか。断然後者な予感。


「……魚が逃げますから、喧嘩なら他所でやってくれますか」

『……はい』


 駄目な大人二人は、平身低頭謝り倒した。


 ……イカンなあ。どうも、同世代の連中と話していると、大人げないところばかり見せてしまう。

 ちょっと気をつけることにしよう。







「あ、ヘンリーさん、ティオちゃん、アゲハさんも、おかえりなさーい。釣りに行ってたんですよね? どうでしたか、成果は」

「はい。中々の大物が十二匹程。パトリシアさんに言って、晩御飯のおかずの足しにでもしてもらおうかと」

「ほほう。それはシリルさんも興味ありますねー。魚料理……魚料理……っと」


 うーん、と出迎えてくれたシリルは悩んでいる。


「って、あ。ヘンリーさんとアゲハさんはどうだったんですか?」

「お、おう。僕は四匹だ。ティオにはちょっと敵わないな」

「……お前それ全部潜って突いたやつだろ」

「……一匹だけのやつに言われたくない」


 一瞬、アゲハとの間に緊張が走るが、ティオがこっちを向いた途端、


「い、いやあ。釣りは難しいなあ。一匹だけつっても、アゲハはよく釣ったよ」

「は、はは。ヘンリーも、得意の槍で見事採ったじゃないか。こーゆーのは結果だよ結果」


 肩を組み、仲良しアピールをする。


 こう、どうにも……戦いや冒険のことであればともかく、他のことに関しては年下に逆らえなくなりつつある気がする。

そろそろ主人公の格好いいところもお届けしたいところ

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― 新着の感想 ―
[良い点] 相変わらず、二人はこんな張り合って疲れたりしないのかww
[良い点] アゲハの経歴は「やっぱりそうか」としか。 って功績上げるのが早すぎただけで勇士になれるはずだったんかい。 [気になる点] >かっこいいところ 端折られましたが、ペア狩りで他パーティを援助し…
[良い点] ティオの方が大人だもんなw むしろこの二人が大人になリ切れてないというかw アゲハはタイミングが良かったのか悪かったのかw [気になる点] 一応勇士の講習は受けさせるべきだったんではない…
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