第二百六十四話 ヘンリーとユー
七番教会に併設されている酒場で、僕はソフトドリンクを傾けながら冒険者通信に目を通していた。
とはいっても、最新号ではない。二年ほど前のバックナンバーだ。
ふと、この時期の冒険者通信に『パーティのリーダーとは』という連載コラムがあったことを思い出し、読みたくなったのである。
当時はリーダーなんて柄じゃないと、流し読みしただけなのだが、実際に今の視点で再度読んでみると成程、ためになる内容が書いてあった。
パーティ内の人間関係の調整、受注するクエストの方針、リーダーとしての目の配り方や喋り方などなど。
今日明日に実践できるとは限らないが、覚えておいて損はないだろう。一部はメモ帳に写しとこう。
……と、僕が珍しく熱心に勉強をしていると、ふと教会の入り口辺りが騒がしくなる。
「ん?」
コラムに目を落としていた視線を、そちらに向けた。
教会で多少の騒ぎくらいは珍しくないが……と、果たして七番教会の玄関のところで、ミーハーな冒険者たちに遠巻きに見られていたのは、リーガレオの誇る英雄の一人、ユースティティアさんだった。
あいつ、アゲハと違ってこっちに来る機会が少ない上、アゲハと違って外面いいから人気あんだよなあ……
正体を知らずにチヤホヤしている連中を半ば呆れながら見る。……あ、護衛の神官さんが追っ払った。
「有名人も大変だねえ」
僕は他人事のようにボヤき、再び冒険者通信に目を落とす。
……ほう! パーティ内恋愛のトラブルの対処について、とな?
ま、まあ? 僕とシリルも、ジェンドとフェリスも仲睦まじく、少々の喧嘩をすることはあっても冒険者活動に影響が出たことはないが。ない、が。
……い、一応、読んどくか。
そう内心言い訳しつつ、僕はコラムに没頭するのだった。
「ヘンリー、こんにちは」
「……ん? おう、ユーか。こんちは」
ユーの来訪を見届けて三十分ほど。
冒険者通信に夢中になっていると、いつの間にかユーが僕のテーブルの側に来ていた。
「珍しいですね。私とか、知り合いが近付いたら普段ならすぐ気付くのに」
「おう、ちょっと読み物に集中しててな」
と、僕は今手にある冒険者通信を掲げてみせる。
「……冒険者通信のバックナンバー? 『それいけボーケンくん』でも読み直しているんですか」
「ちげーよ」
冒険者通信創刊当時から、作者を変えつつ連載を続けている超長寿小説のことは置いとけ。いや、割と好きだけど。
「? そうなんですか。あ、同席させてもらいますね」
「構わないけど……そちらの神官さんは?」
ユーの後ろで、少し困った感じになっている方に視線を送ると、ユーは聖女スマイルで振り向き、
「エーナ卿、ここまでありがとうございます。今日私は直帰ですし、この人は同じ宿ですので帰りは送ってもらいます。卿は職務に戻っていただけると」
「……はっ。それでは、失礼いたします」
少し逡巡した神官騎士さんだったが、一応僕が下げている勇士のタグのおかげか、見事な敬礼を向けてキビキビと去っていった。
「新しい人か?」
「ええ。最近赴任してきた方なんですけど、実力は確かですよ」
「……んな人を付けるなんて、相変わらず贅沢もんめ」
「うるさいですね。これはこれで肩が凝るんです。……あ、すみません、アイスティーをください」
酒場のウェイトレスさんに注文を通し、ユーはうーん、と背筋を伸ばす。
……それなりにでかい胸が強調されて、周囲のヤローどもからの視線が集まるのを感じた。
一応、あの騎士に帰りを任された身として、警戒の段階を一段上げる。
「? ヘンリー、どうかしましたか」
「なんでも。ところで、ユーは教会になんの用だったんだ?」
周囲に気を配っている僕を不審がっているユーを適当に躱し、話題を変える。
「今日はニンゲル教の使いとして来ました。いくつかの事務連絡とか、色々です」
「ふーん」
「自分で聞いておいて興味なさそうですね」
いや、まあ。
「そういうヘンリーこそ、冒険者通信のバックナンバーなんて、本当になんで持ち出しているんです?」
「あー、その。この連載コラム読んでた」
なんとなく口で言うのが気恥ずかしく、紙面を指差して示す。
ユーの視線が僕の読んでいたコラムに向かい、
「……プッ」
「おい笑うな!」
くっそ。半分読めてた反応だが、実際やられるとしゃくだな畜生!
「ごっ、ごめんなさい。別に馬鹿にしたつもりはないんですが、私の中のヘンリー像とちょーっとかけ離れたのを読んでいたもので」
「自覚はしてるよ、バカヤロウ」
どこのツボに入ったのか、クスクスと、ユーは小さく、しかし確実に笑い続けている。
僕は憮然としながら、ユーの反応は無視してコラムの続きを読みにかかった。ここで読むのをやめたら、逆に負けた気分になる。
そうしてしばらく。
注文のアイスティーが届く頃には、流石にユーの笑いも止まった。……まだなんかニヤついているが。
「ったく、そんなにおかしかったか?」
「だってヘンリー。リーダーなんて柄じゃなかったじゃないですか。ジルベルト倒すまでは前のめり過ぎだったし、倒したあとはぬぼーっとしてたし」
ひ、否定はしないが。
「い、言ってくれるけどな。僕もこれでも、一年以上パーティのリーダーやってんだ。こういう記事を参考にできるくらいには、リーダーってのをわかってきたつもりだぞ」
勿論、何年もやってるベテランには敵わないだろうけど。
「んー、言われてみればそれもそうなんですけどね」
「ふっ、僕も成長してるってことだ。お前の知っている頃の僕とは思わないでもらおう」
こっちに帰ってきてからユーとは臨時でしか組んでいない。これまでフローティアでの僕の成長っぷりを見せる機会はあまりなかったが……ふふ、驚け驚け。
「まあ、そうですねえ。今じゃ、ラ・フローティアの人たちのほうが貴方のことは詳しいでしょう」
えっ、その、いくらなんでも、
「……それは流石にどうだろう」
なにせ付き合いの年季が違う。
少なくともフローティアに引っ込む前、当時であれば。
冒険のことに限らず……僕のことを、世界で一番知っていたのは、間違いなく目の前のこの女である。逆も多分そう。
「んー、まあそういった面もありますか。でも、シリルさんに悪い気もしますね。……今度ヘンリーの過去のあれこれを教えてあげないと」
「おいやめろ馬鹿」
そういうのは心の中にそっとしまっておけい!
……と、僕の慌てる様が面白かったのか、またもやユーは上品ながらも意地の悪い笑顔を見せる。
はあ~~~、と、僕は重い溜息をついた。
「……とりあえず、冒険者通信読み終わったし。僕はそろそろ帰りたいんだが。ほれ、さっさと飲めよ」
まだユーのアイスティーは四半分くらい残ってる。僕が促すと、ユーは残りを飲み干し、
「ん~、帰るのもいいんですが。まだ日は高いですし……ちょっとペア狩り行きません?」
……なんて、そんなことを提案してきた。
まあ、たまには悪くないかと。
ユーの提案を受け、二陣で戦うこと二時間程。
「ヘンリー!」
後ろからの声掛けに、僕は横合いから飛び込んできたキラードッグを裏拳で仕留めながら振り向く。
後背で僕に強化魔導をかけていたユーが、上級四匹程に囲まれていた。
自前の神器『破壊の星』で牽制しているが、ユーにはやや荷が重い数。
……僕は右手で如意天槍を振りかぶる。前に出した左手は、指を二本立ててユーに合図を送る。
ユーが小さく頷き、直後僕は槍を投擲。
八本に分裂させた槍は、狙い違わず四匹を仕留める。
……外した時のことを考えて二本ずつで狙ったが、一本でよかったか? 割と成長してんな、僕。
ガキン、とさっきまで僕がメインで相対していた巨人の攻撃が弾かれる音を呑気に聞きながら、僕はそんな感想を抱く。
「ヘンリー! ぼさっとしないでください」
「へーい」
真面目にやろう。
再び振り向いて、ユーが僕を守るために展開したシールドを破壊しようと、必死になってる巨人を見やる。
……まあ、ユーの強化を受けた状態であれば、
「よっ、と」
如意天槍を伸ばして、心臓をぶち貫いて、一撃だ。
つい一分程前まで十匹はいた巨人も、これで終了、っと。……あ、またキラードッグが来やがった。面倒臭え、蹴り!
「うーん、っと。……ユー! ちと休憩入れるぞ。周りに中級以上いない!」
「はーい」
ユーが群がってくる魔物連中を適当にボコしながらこちらに近付いてくる。
……二陣であれば、周りに低級の魔物しかいない状況は余裕で休憩タイムだ。
「お疲れ様です」
「おう、お疲れ。……しかし、ペア用のハンドサイン、意外と覚えてるもんだな」
「そうですねえ」
昔は前線に治癒に出るこいつの護衛とかで、二人で出ることも多かった。
で、単純な作戦であれば、指の形で伝えられるよう、サインを決めていたのだ。
指二本は、『そっちは任せろ、こっちは任せた』である。
ラ・フローティアでも、一応簡単なサインくらいは決めてるが、基本あまり使わない。人数増えるとそれだけ動きが複雑になるから、決めきれないって理由が大きい。
「でも、サイン出す前に守り放り出して振り向くのはどうなんですか。私が気付かなかったりしたら、巨人の一撃もろに受けてたでしょう」
「……助けを呼んだのはお前だろ」
「そろそろまずいかなー、と思って呼びましたが、当然まだ少しは余裕ありましたよ」
いやまあ。
強化受けた状態なら、巨人の攻撃の二、三受けても致命傷にならないし。外傷の治療にかけては誰よりも信頼できるやつがすぐそこにいたし。
「ま、まあいいだろ。ほれほれ、さっきの巨人、レアな心臓ドロップしたぞ」
「おっ、それはいいですね」
うむ、なんか今日はドロップ運がいい。ここまでで二陣とは思えない戦果になっている。
「しっかし、いつもと違ってティオがいないから、持ち帰りにも限度あんだよなあ」
「あの子がいることに完全に慣れてますね……これが普通です」
「そうなんだけどさ。……まあ、ボチボチ帰るか? 巨人十体とか、シメに丁度よかったし」
強化状態で二陣は正直消化不良になるかと思っていたが、最後になかなか手応えのある相手が出てきてよかった。
「そうですね。……? って、あれ。でも、最近魔物少ないのに、なんで二陣に巨人が十も?」
「そういやそうだな? 一陣のやつ、サボってんのか?」
一陣で戦ってる連中が抜かれてしまったやつの相手が二陣の役割だ。上級上位が十も来たら、普通の二陣を主戦場にしてる奴らだと逃げるのもきついぞ。
「……なんかきな臭いな。ユー、ちょっと前に出て様子を」
と、僕が言いかけたのと、遠目に一陣から四人の冒険者たちが必死に走ってくるのが見えたのが同時だった。
……いや、走っているのは正確には三人。一人はおぶわれていて、彼を背負っている人が進んできた道は、点々と血のあとが残っている。
「……ユー、怪我人一人! あと……ええい!? なんでこんなにフェンリルと縁あんだ僕!?」
僕は四人に向けて全力で走り出す。
その四人を追いかけている影は……もう何度目の遭遇かわからない、フェンリルである。
多少の傷を負っている上、どうも逃げている連中を警戒しているのか動きが鈍い。……が、そろそろ逃走中のやつらに力が残っていないことに気付いて襲いかかるだろう。
大方、最上級と上級上位が同時に現れて、なんとか前者だけは足止めしたが、残りの巨人はこっちにやって来たってところか。
で、最上級も手傷は負わせたが、仲間が大怪我して逃げを打つ、と。
近付くごとに様子が見て取れて、なんとなく予想がついた。
「ガァァァァアア!」
「さ、せるか!」
フェンリルが一気呵成に四人に襲いかかろうとしたところで、僕は如意天槍をブン投げる。
無数に分裂した槍に気付いたフェンリルは、攻撃を取り止めて身を翻して避けた。
……まあ、狙い通り。四人と距離を離させることに成功した。
「助けに来たぞ!」
ざっ、と。冒険者とフェンリルの間に僕は立ち、そう宣言した。
「あ、ありがとう! でも駄目だ。二陣でやってる実力じゃあ……俺たちが殿受け持つから、こっちの怪我してるやつを診療所に!」
「大丈夫。診療所なら今来る」
「え?」
僕がフェンリルを牽制しながら待つこと十秒ほど。
やぁぁあ~~~~っとユーが到着した。相変わらず足遅え。
「えっ、救済の聖女様」
「はい! 怪我の方は私にお任せを! ……ヘンリー、そっちはやっちゃってください」
「あいよぉ。あ、怪我してる人以外は手伝ってくれると助かる」
目を白黒させている冒険者にそう言って。
……僕は、槍を構えてフェンリルへと突撃を敢行するのだった。
で、ダメージがあったとはいえ、割と簡単に倒せた。
うーむ……ユーとのペアなら、なんか最上級普通に倒せるようになってるっぽいな、僕。




