第二百六十三話 フレッドとエミリーの日常
さて、フレッドとエミリーが星の高鳴り亭にやってきていくばくかが過ぎた。
「フレッド、今日は休みだろ? 俺と臨時で組んで冒険行かないか」
「お、いいな。正直暇でさ。ジェンドがいいなら、一緒に行かせてくれ」
と、休日の朝に談話室でのんびりしていると、なんとも賑やかな声が聞こえる。
ジェンドとフレッド。近い歳かつ、同じくらいの実力者である二人は、速攻で仲良くなった。
少し前にラインソードのみんながいなくなってどこか寂しそうだったジェンドだが、おかげで立ち直った感がある。
……なーんて温かい目で二人を見ていると、ジェンドの視線がこちらに向く。
「ヘンリー! お前も暇してるならどうだー?」
「僕はパース。今日は一日のんびり過ごすって決めてんだ」
そうかー、とジェンドは残念そうに言って、『なら教会でメンバー募るか』と慣れた感じで話している。
ジェンドはもうすっかり臨時パーティでの冒険の実績を積んでおり、他の冒険者とのツテも大分できたらしい。特に何も問題なければ、今月末の合同叙勲式で勇士に任命される予定だ。
ジェンドより先に任命されると思っていたシリルも同時に勇士になる予定。更にティオの任命も遠くない。
そうすると、我らがラ・フローティアは全員勇士という、リーガレオでもなかなか珍しいパーティとなる。
「エミリー? そういうわけで、俺はジェンドと一緒に行くけど、今日はちゃんと休めよー?」
出かける前。フレッドは談話室のテーブルのひとつで、ぐでー、となっているエミリーに声をかける。
リーガレオでの冒険は少々どころでなくハードで。昔から騎士になるための訓練を積んでいたフレッドはともかく、エミリーの方は一日おきに休みを取らないと体が持たないのだ。
まあ、こっちに来たばかりのシリルたちも似たようなもんだったから、そのうち慣れるだろう。
「勿論! 今日はバッチリお休みして、明日からまたバンバン魔導撃ちまくりますので! 私のことは気にせず、存分にいってらっしゃい! ……あ、飴持っていきます?」
「お、おう……飴はいいや。本当に無理すんなよ?」
体は疲れきってるくせに、声だけは元気だなオイ。
「あー、シリルさん。ちょっと見てやっていてもらっていいですか」
「はい、フレッドさん。どうぞこのシリルさんにどどーんとお任せください! ばっちり面倒を見てあげますので!」
エミリーと同じテーブルについているシリルが、ぽん、とあまりない胸を叩いて『私頼れますよ』アピールをする。
まあ実際面倒見のいいやつだし、大丈夫だろう。
それにしても……と、僕は胸に手を当てているシリルを観察して、一つため息をついた。
先日シリルは誕生日を迎え、無事十八になったわけだが……やっぱ変わってねえよなあ。ここからの成長はあまり期待できないし、ちょいと残ね……
「むむむ? ヘンリーさん、私がなにか?」
「……なんでもない」
嫌なところで鋭すぎる。
痛くない腹を探られないよう、僕は視線をそらし、空のカップを手に宿の受付の方へ。
「クリスさん、珈琲のおかわりを……」
「自分で淹れろ。俺は読書で忙しい。料金は半額にまけてやる」
自由人すぎませんかねこの人。
はあ、と僕はため息をつき、カップ片手に厨房に向かう。
……そんな、星の高鳴り亭の朝が過ぎていった。
「んん~、そろそろお昼ですが、エミリーどうです? 食欲あります?」
飲み物を運んだり、肩を揉んでやったりと、エミリーのことを甲斐甲斐しく世話をしていたシリルが、時計を見てそう提案する。
「……うん、大丈夫! シリルのおかげで随分と良くなったわ! 朝はあまり食べられなかったけど、食欲出てきた」
「それはよかった。やっぱり食べないと元気出ませんしねー」
ニコニコとシリルは相槌を打つ。
「では、ちょっと私、お昼ごはんを作ってきますね。滋養と消化にいい料理は実は得意なんです」
「そうなの?」
「はい。フローティア時代、ヘンリーさんの猛特訓で食べ物が喉を通らなかった時に鍛えたレシピです」
そんなこともあったなー、と僕は遠い目になる。
とにかく体力のないシリルを走らせまくった記憶が蘇る。飽きが来ないよう、重しを持たせたり泳がせたりクライミングをやったり。
いや、懐かしい。そんなシリルも今や後衛としてはなかなかの体力だ。遠征に行ってもなんとかついてこれる。
だから、さ。
「……ええい、こっちは訓練つけてやった方だぞ。なんで恨めしげに見る」
「いやー、今更ですが、もう少し優しく教えてくれても良かったのでは、と思いまして。勿論感謝はしているんですが」
だって、下手に甘やかすと、僕もなあなあになりそうだったし。
「むう~~」
まだ不満そうだが、これに関しては僕に非はない。そんな目をしても言い訳なんてしないぞ。
……と、断固とした態度を取っていると、はあ、とシリルは一つため息をついて諦めたようだ。
「……ま、そういうわけで、エミリー。疲れた時に効く料理ということであれば任せてください。ヘンリーさん、私がいない間、エミリー見てあげてくださいね」
さっきの怒りはこっちにじゃれつくための演技だったのか、ころっと機嫌を直して、ふんふんー、と鼻歌を歌いながらシリルは厨房に向かった。
……はあ。
かわいいけど、面倒臭い。いや、面倒臭いけどかわいいのか? めっちゃ微妙な軸線上だ。
と、そんなことを考えながらシリルの後ろ姿を見送っていると、なにやらエミリーがこちらをニヤニヤ笑いながら見てくる。
「なんだ、エミリー?」
「いえ、相変わらず仲が良いなー、と思って。サンウェストの時もそうだったけど、お熱いわねー」
うふふー、とからかうような声色。
……だが、今更である。シリルとの関係はもうさんざん揶揄されてきた。そのくらいで動揺はしない。
「まあ、ボチボチな。そういうエミリーこそ、フレッドとはどうなんだ? 男女ペアの冒険者って、六割くらいはデキてんだが」
更にもう四割のうち半分くらいは、恋人ではないものの手近な相手として日常的にヤってたりする。
「好意の一つもない男とパーティは組んだりしないけど……うーん、フレッドかあ。今はないかなー」
「付き合う気ないんだったら、そう言っといた方がいいかもだぞ。実は、お前狙おうとしたけど、フレッドがいるせいで諦めてる連中いるし」
美少女やら天才やらを自信満々に自称するエミリーにはみんなちょっと引き気味だが、言うだけあって顔はかわいい。必然、それなりにモテる。
「あら! やっぱり私の魅力の前では歴戦の冒険者もイチコロってことね。ふふ、お婆ちゃんの言った通り」
エミリーの、祖母。かつて英雄の称号をいただいていたクロシード式魔導の達人。
なのだが、こう、エミリーの性格の醸成に多大な『貢献』をした……会ったことはないが、割とアカン人だ。
「でも、今は冒険のほうが大変だし、そっちの方はいいかなー」
「いつおっ死ぬかわかんない商売だし、やれることやっとく……みたいな考えもあるけど」
「残念。私はお婆ちゃんみたいな英雄になるまでは死ぬ気はないの」
そうかい、と僕は肩をすくめる。
……まあ、自信過剰とは言うまい。
ちと心配だったから、フレッドとエミリーの初回の冒険だけ付き添ってみたが、ペアとは思えないほど三陣でも戦えていたしな。事故でもない限り心配はないだろう。
二陣、一陣とステップアップするには流石に二人だけじゃ無理なので、そのうちメンバーの追加は必要だろうが……似たような理由で仲間探しをしている連中は山ほどいるし。
「……でも、毎回こんなにヘバってたら、道は遠いわねえ。ヘンリーさん、シリルの鍛えたメニューってどんな感じなの?」
「うん? そうだな」
当時は僕なりに頭を悩ませて訓練予定を立てたので、大体は覚えている。参考になればと、指折り数えながら一つ一つ話す。
「? 思ったよりは優しい気が」
「そりゃお前、当時のシリルに合わせたやつだしな」
曲がりなりにもリーガレオで戦えているエミリーにはヌルいだろう。
「えっ、でも私、病気が良くなってすぐの頃から、その倍くらいのメニューをお婆ちゃんにやらされたんだけど」
エミリーが、幼い頃病弱で寝たきりだった、という話は覚えているが……エミリーのお婆ちゃん、殺す気か。
「そ、そうか」
「辛かったけど、ベッドから起き上がれるだけで嬉しかったっけー」
よくもまあ、こんな明るい性格に育ったもんだ。それなりにひねそうなものだが。その点はお婆ちゃんの教育の成果……というわけか?
感心していると、エミリーが鼻をヒクつかせる。
「……あ、いい匂いしてきた」
「そうだな。そろそろ食堂の方行くか」
「うん。……はあ~~、よっこらしょっと」
……いや、疲れているとはいえお前その若さで。
僕は立ち上がって歩き始めるエミリーの背中を見て、呆れるのだった。
なお、シリルの作った昼食は特製の雑炊だった。
肉、野菜、キノコに、なにやらハーブ類も豊富に入っており、確かに体に良さそうな感じで。
エミリーは旺盛な食欲を見せ、モリモリ食べ、ご相伴に預かった僕も三回ほどおかわりをさせてもらった。
ちなみに、その夜。
ジェンドとフレッドの臨時パーティが不意に最上級と遭遇し。
……命からがら逃げ帰ってきた、という武勇伝で、その日の夕飯の席は大いに盛り上がるのだった。
泣き言っぽいですが、ちょいとスランプ気味です……
 




