第二百六十二話 彼と彼女との再会
リーガレオの年末年始。
年末に執り行われる、その年に死んだ人の鎮魂を願う大慰霊祭。
年始に実施される、今年の武運を祈る出陣式。
更に信仰する神様ごとの行事に、そういったものとは関係ない内輪の宴会やらなにやら。
後、個人的には外せない一月五日、シリルの十八歳の誕生日のお祝いなどなど。
そういった慌ただしい日々も過ぎ去り、ようやく日常が戻ってきた感のある一月のとある日。
僕とシリルは、星の高鳴り亭の受付前で今か今かと来客を待っていた。
「そろそろですねー」
シリルが時計を見て、ワクワクを押さえられない感じの声色で言う。
「ああ。……クリスさん、一応迎える格好くらい取ってくださいよ」
「分かっている」
受付の椅子に座り、いつものように読書にふけっているクリスさんに言ってみるが、返事はするものの頁をめくる手は止まらない……と思ったが、一応やる気はあるのか、クリスさんは本に栞を挟んで閉じた。
「まったく。……新しい客を出迎えるのも面倒なものだ」
そう。今日は、星の高鳴り亭に新規の入居者がやってくる日。
サンウェストにある魔導・魔法の研究機関『賢者の塔』の短期講習で僕と同期だった、フレッド――アルフレッドとエミリーが入居するのだ。
ここに来るまで迷わないよう、フレッドの兄でもあるオーウェンが迎えに行っており……予定通りなら、もう間もなく到着する。
「まあ、黒竜騎士団の団員が身内にいて、お前が実力も人柄も信用できる、というのであれば優良顧客だ。せいぜい歓迎してやるとしよう」
「そうしてください。フレッド『は』実際いいやつですし」
その僕の微妙なニュアンスの発言に疑問を抱いたのか、クリスさんの眉がピクリと反応する。
「おい。『フレッドは』とはどういうことだ。もう一人、女が来ることは聞いているが。ヘンリー、貴様まさか俺を謀っ……!」
「こーーーーんにーーーちはーーーー!!」
クリスさんの発言の途中。突如、バンッ!! と、すんげぇ勢いで星の高鳴り亭の玄関が開き。
開いた張本人は、それに負けず劣らずの声量でご挨拶をカマしてきた。
「へえ、ここがリーガレオの宿なのね! 思ったより綺麗だわ。この天才! 美少女魔導士のエミリーちゃんのおうちとしては中々ね! ……って、あれ? てっきり私を出迎える人がたっくさんいるかと思ったのに人少ないわねえ」
……うっわー。相変わらずだ。いや、前ん時よりパワーアップしている気がする。
大声で怒涛のように捲し立てる彼女を見て、クリスさんがすげえ顔になる。
「おい、ヘンリー。説明しろ、おい」
「……ちょ、ちょっと言動はエキセントリックですが、いい子ですから」
責めるようなクリスさんの視線から逃れるべく、僕は思いっきり顔を背けた。……だって、素のエミリー説明したら、拒否られそうだったんだもん。
「エミリー! お久し振りです!」
「あ、シリル! 元気そうでよかったわ。あら、ヘンリーさんも、こんにちは」
おう、と僕は軽く手を上げて応える。
で、シリルとエミリーがキャッキャと再会を喜び合っていると、
「あ~~、エミリー。初めての場所だからあまりはしゃぎすぎるなって言ったろ」
「あら、ごめんなさい、フレッド。でも、初対面の印象は大事じゃない?」
続いて、エミリーの相方であるフレッドが入ってきた。後ろには、ここまでの道案内役のオーウェンもいる。
……しかし、エミリー。『初対面の印象は大事』って、さっきの挨拶でどんな印象を植え付けようとしたんだ?
なんて疑問に思っていると、フレッドは僕とシリルに向けて丁寧にお辞儀をする。
「ヘンリーさん、シリルさん、こんにちは。今日からお世話になります」
「ああ。よろしく頼む」
しかし……エミリーの方は魔導士だから、よくわからないが。
フレッドの方はこれ強くなってんな。前まであった、立ち居振る舞いの隙が随分なくなっている。背負っている槍も、前のとは違う……多分こりゃ神器か?
「おいおい、オーウェン。弟に腕抜かれてんじゃねえか?」
後ろのオーウェンにそう声をかけると、オーウェンは不敵に笑って、
「へっ、まあ強くなったのは認めるけど、まだまだ俺には敵わねえよ。――お前は無理かもしれないけどな!」
「は?」
「あ?」
いつも通り一触即発の空気になり、とりま拳で語り合おうと一歩前に出る……と、じゃらりと手足に光の鎖が絡まった。
「……貴様ら、俺の宿で暴れるんじゃない。締めるぞ」
『は、はい』
クリスさんの魔導だ。
い、いや。暴れるってほどのことをするつもりはなかったんです。ちょっとこう、一発だけパンチカマすくらいで……という言い訳はやめとこう。本気で締められる。
「あら、受付の方?」
「……ああ。お前がエミリー、そっちがアルフレッドだな? お前とヘンリーには色々と言いたいことが山盛りだが、とりあえず受け入れてやる。こっちの台帳にサインをしろ」
「わかりました! でも、小さいのにおうちの手伝い? 偉いですね。飴食べます?」
……サンウェスト時代からエミリーがやたら常備していたキャンディが差し出される。
いや、クリスさんが見た目通りの年齢であればパーフェクトな対応なのだが、
「……シリルの親友、というわけか。小娘、ふかしたじゃがいもは好きか?」
「え、ええ? 結構好きですけど。どうしたの、ボク?」
……その後、クリスさんがまた爆発し。いつも通り、パトリシアさん出動と相成るのであった。
「っと、宿に付いてる訓練場、って割には広いですね」
受付のバタバタはあったものの、フレッドとエミリーは無事手続きを完了。
部屋に荷物を置き、一服して……僕はフレッドを訓練場に引っ張り込んだ。
「ああ。派手にやらなきゃ、試合場二面は取れるくらいあるしな。オフに訓練する時は重宝する。たまに宿内トーナメントとかもやったりな」
説明しながら僕は腰の如意天槍を抜き、短槍に変化させる。
合わせるように、フレッドも背負った槍を手に取り、構える。
「ルールはとりあえずなんでもあり……だけど、あんま周り壊したりすんなよ」
審判役として付いてきたオーウェンが確認を取り、僕は頷き、
「ヘンリーさん、頑張ってください~」
「フレッド! 情けないところを見せないでよー!」
賑やかしのシリルとエミリーのテキトーな応援に、手を上げて応え、
「じゃ、始めるか」
「はい」
フレッドと相対する。
……サンウェスト時代、僕はフレッドに槍を教えていた。
当然、あれからどの程度腕前を上げたのかは気になるわけで。『じゃあ』って感じで模擬戦をすることになった。
日中はあんま人いないので、都合良く訓練場も使えたし。
さて、どんなもんかな。
「二人とも、準備はいいな? それじゃあ……」
オーウェンが手を上げ、
「始め!」
掛け声とともに、下げる。
――瞬間、弾かれたようにフレッドが突っ込んできた。逆に距離を取ろうとしていた僕に追いすがり、牽制の突きを繰り出してくる。
「チッ! 最初はもうちょい様子見だろぉ!?」
「ヘンリーさんに投げられたら捌ききれないので!」
……くっそ、流石にこっちの手を知ってる相手に、初手投げで完封は無理筋だったか。
奇襲が失敗したのなら仕方ない。足止めてやりあって、純粋にあっちの成長度合いを見るか。
「《火》+《投射》!」
「《盾》!」
牽制に放った火の矢が、同じく魔導で形成された盾で受け止められる。
……まだ僕のほうが早いが、接近戦でも使えるくらいに魔導のスピードもアップしてやがる。
槍の方も、守りが堅く中々攻めきれない。前は攻めっけの方が強かったが、ここは結構戦い方が変わってる。
「《強化》+《強化》+《拘束》」
「って、槍を!?」
こういう時はごちゃっとさせて隙を作るに限る。
僕の如意天槍と、フレッドの槍を拘束の鎖で絡ませ、思いっきりパワーでブン回した。
「《強化》+《爆》!」
「うおっと!」
それで体勢が崩れるかと思ったが……フレッドは迷わず槍を手放し、僕がたたらを踏んだところで魔導で追撃。防具のおかげで大したダメージじゃないが、直撃もらっちまった。
が、その代わりにフレッドの武器は僕が奪っ……なんか消えた。
そしてその消えた槍は、今はフレッドが握りしめており、こちらに向けて構えている。
「……それ、やっぱ神器か」
「はい。ヘンリーさんのと同じく、『帰還』能力持ちです。いや、これ便利ですね」
手放しても任意で手元に引き寄せる能力。
……まあ、同じ能力もよくあることだ。しかし、相手にやられるとウザいなこれ。
「それと、もう一つ」
って、ん? フレッドがなんか力を込めたと思ったら、槍がまた消えた?
「流石にこっちに有利すぎるので説明しますけど。この神器のもう一つの能力は、武器の透明化です」
「なにそれズル!?」
「行きますよ!」
ぐわー!? ちょっと待て待て!
見えない槍を構えてこっちを攻め立ててくるフレッドの攻撃を、相手の手の動きの観察と勘で捌く。……が!
「《石》+《槍》+《倍加》+《投射》!」
「こっの!?」
必然、僕の方はある程度余裕を持って防がないとならず。
それだけの時間があれば、フレッドから四つもの術式の連結魔導が飛んでくる。
目に見える石の槍の投射を、片手剣に変化させた如意天槍で斬り落とし、続く見えない槍もなんとか弾く。
そこから、フレッドの攻勢が続く。
まだなんとか無傷で凌いでいるが……でもやっぱ武器の透明化ってどう考えてもズルいって! 魔物も視覚に頼るやつがほとんどだから、そっち相手でもメチャ使えるし、いい神器引いたなコイツ!?
「おーい、無理めならそろそろ審判として止めるぞー」
「寝言はやめろ!」
オーウェンの提案を一蹴して、思考を巡らせる。
少々のダメージを覚悟して、防具で受けて強引に突破ー! が一番シンプルだが、模擬戦ではやりたくない。装備痛むかもしれないし。
仕方ない。少し大人気ないが。
「《強化》+《強化》+《強化》!」
「ここで強化……って!?」
今回の《強化》は、足にかけ……思いっきり後ろに飛んだ。
「距離は取らせな……」
「そこ、《光板》」
まあ、いくら僕がスピード自慢といっても、生き物の構造として後ろに進むより前に進むほうが速い。
そのままだと追撃の的だったが、フレッドの出足に《光板》を重ねることで、踏み込みを誤らせる。
「あっ!?」
フレッドが姿勢を崩している間、僕はゆうゆうと離れ……十分距離を取ったところで、槍を投擲する構え。
「へい、フレッド。降参する?」
「……実戦なら、意地でも防ぐつもりですが。模擬戦でそこまで博打は打ちません。参りました」
フレッドは悔しさをにじませながら手を上げる。
……勝ったには勝ったが、背筋に冷や汗が何度も流れた。
はあ……ヤバかった。
んで、終わったあとの感想戦。
「しかし、なんだ。フレッド、戦い方がなんか守勢寄りになってるよな?」
「ああ。火力はどうやってもエミリーの魔導の方が上なんで、俺が攻めるよりも、エミリーを守ったり相手の隙を作る方にシフトしたんですよ」
……なんか、僕とシリルと似たような関係になっていたことが判明した。
おかげで、その後の戦術とかについての話し合いも、お互い有意義なものとなり、
「甘いものが美味しい店、後で案内しますねー」
「はい。それと、いい飴を売っているところはあるかしら?」
……そして、後衛の方がこっちに興味が無いところも共通であった。
ったく。




