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第二十六話 黒竜騎士団との訓練

 フェリスのことはあったものの、ジェンド以外の僕達一行は、あの後思い切り観光を楽しんだ。


 王都でも有名なレストランでランチをして、王立博物館、美術館に寄り、ティオが調べていた菓子屋でおやつをいただく。

 甘味を存分に味わった後は『願いの噴水』という、硬貨を投げ入れれば願い事が叶うというなんとも拝金主義なスポットを冷やかした。硬貨を投げ入れたのはシリルのやつだけだった。

 んで、黒竜騎士団の兵舎に戻る前に締めとして、兵舎の近くにある王宮の、一般公開されている部分を見学して帰還。


 非常に充実した観光だった。難点は、男が僕一人だったから、すげぇ疎外感があったってくらいかな……

 ジェンドめ。もうちょっと気合入れろよ。寂しいじゃないか。


「ただいま帰りましたー」


 シリルが先頭になって、黒竜騎士団の兵舎の玄関を開ける。


「おう、おかえりである!」

「って、きゃあ!」


 ……んで、腰にタオルを巻いただけのエッゼさんに迎えられ、悲鳴を上げた。

 僕は慌てず騒がず、ティオとラナちゃんの視界を塞ぐ。


「? どうしました、ヘンリーさん」

「ヘンリーさん、あの、私は平気ですから。食堂の娘ですし……酔って脱ぐ人、たまにいましたから」


 ティオ、素で気にしていない。ラナちゃんはちょっと恥ずかしがっているが、慌てふためいてはいない。

 で、一人動揺に顔を真赤にしているシリルは、目を逸らしながら猛然と抗議を始めた。


「な、なななな! なに考えているんですか! 部屋の外で! そんな格好で!」

「ん? ……ああ、すまぬすまぬ! 婦女子が泊まっていることをすっかり忘れていた!」


 つい先程まで汗を流していてな! と、エッゼさんは悪びれる素振りも見せない。

 まあ、騎士団じゃあ男女混合での着替えとかふつーだしな。勿論、不埒なことしたら下手すりゃ除隊騒ぎになるが。


「そうだヘンリー。お前の仲間のジェンドという男だが。先に帰ってきて、部屋にこもっておるのだが、なにかあったか?」

「あー、その。うーん」


 滅茶苦茶プライベートな話だし、勝手に話すのは躊躇われる。

 だけど、騎士団に関わることだし、もしかしたらエッゼさんが良い知恵を貸してくれるかも……


「? どうした、ヘンリーよ。我をじっと見て」


 …………知恵?


 い、いやいや、失礼なことを考えるな、僕。エッゼさんはこう見えて――こう見えて!――大国の騎士団の団長である。前線で切った張ったばかりしているわけじゃなく、魑魅魍魎溢れる宮中の政争を生き抜いてきたはずだ。……はずだよな? 全部剣で押し通りそうな、そう、なんていうか……『凄み』があるが。


 と、とにかく。話してみて、損はない相手だ。この人が言い触らすとも思えんし。


「えーと、その、実はですね、少し困ったことが」

「む、悩み事か。遠慮せずに相談してみるが良い! 力になれるかはわからんが、誠心誠意聞くとしよう!」


 話聞くだけなのに無駄に力強いなこのオッサン!


「それでは、我の部屋に向かうとするか! ……ん? おおっと、シリル嬢。我が鋼鉄の肉体に見惚れるのはわかるが、我には愛する妻がおるでな。そう熱い視線を向けないでくれ」

「だ、誰が熱い視線を向けているっていうんですか!」


 シリル……お前も年頃か。いやまあ、エッゼさんの筋肉は同じ男でも魅せられるところがあるからな。


 キャーキャー言うシリルを尻目に、僕とエッゼさんは部屋に向かう。


 騎士団長の部屋。一番奥にある、この兵舎で最も広い部屋だ。


 中に入ってみると、思いの外落ち着いた雰囲気である。それこそ、トレーニング器具やら武具の類で溢れているものとばかり思っていたが、壁の一面はまるごと本棚になっており、ぎっしりと蔵書が詰まっている。

 ざっとタイトルを見ても、戦略論、戦術論、各種法律書に、思想論、経済書、戦記の類などなど。


 ガウンを羽織り、立派な椅子に腰掛けるエッゼさんは、流石は国の重鎮と思わせる雰囲気があった。


「ふむ、やはりこの部屋は落ち着かぬ! 我は本の類に囲まれると、蕁麻疹が出るのだ!」


 ……そうだった。この人、普段は最前線の兵舎にいるんだった。ここは、いつも過ごす部屋ではない。


「じゃあ、この蔵書は一体何なんですか」

「代々の黒竜騎士団団長が集めたものである。今では貴重な書物もあり、下手に処分はできないのでな。いるか?」

「もらえるわけないでしょうが!」


 大体、僕もエッゼさん程ではないが、娯楽本以外の本はすこぶる苦手である。詩集も読めねえし。


「まあ良い。そちらの椅子に掛けるが良い。話を聞かせてもらおう」

「はあ……」


 なんかこの人に相談したの、失敗だった気がしてきた。


 しかし、ここで『やっぱりいいです』とか言ったら、暑苦しいまでの勢いで問い詰めてくるだろう。諦めて、僕はぽつぽつと話し始める。


「ふむ」


 フェリスの名前を出し、彼女の父のことを語る。


「ふむ……ふむ?」


 そして、彼女の現在のこと。

 また、短い間だが、会って話した限りの彼女の印象。近所の人に聞き込んだ事情。


 ついでに、ジェンドのやつがその子にほの字であること。


 一通り説明を終え、『こんな感じです』と締める。


「なるほどである」


 最後まで神妙に聞き入って、エッゼさんは頷いた。


「しかし、あの青年も、そう嘆くことはなかろうに。怪我や病気をしているわけでもなし。金についても、そのことで悲嘆に暮れているならばともかく、立派に返済しようとしておるそうではないか。流石は俺が惚れた女、天晴なり、と激励してやればよかろう」

「いやまあ、そういう考え方もあるでしょうけどね」


 本人が悲しんでいないのに、勝手に他人があれこれ思い悩むというのも、確かに妙な話だ。


「ふむ、だが、話はわかった。我の方で、少し白竜騎士団に詳しい事情を聞いておこう」

「え、いいんですか? こんな個人的なこと聞いて、向こうの騎士団の人、気を悪くしたり……」

「なぁに、ベアトリスはそこまで狭量な人間ではないのである」


 ベアトリス団長ねえ。

 二回ほど、白竜騎士団が最前線に応援に来たことがあり、遠目で見たことはある。


 見た目、こわーい女傑だったのだが……まあ、エッゼさんのほうが年上だし、団長としても先任だし、大丈夫なのかな。


「じゃあ、お願いしてもいいですか?」

「解決にはならないかも知れぬが、任せておくのである」


 と、大きく胸を叩いて、エッゼさんは頷いた。
















 そんな事があった翌日のことである。


「オーウェン、お前と手合わせすんのも久し振りだな」

「今日は俺が勝つぜ。俺はお前が後方に行った後も、訓練と実戦を重ねてきたんだからな」


 黒竜騎士団の若手にして僕と同じ槍使い、オーウェンと僕は対峙する。


 他にも、一対一で睨み合う騎士たちが、僕たちのいる練兵場に他に何組もいた。


 ……今日は、黒竜騎士団の人たちと一緒に訓練をしているのだ。

 今朝、エッゼさんに『もしよければ我らと共に訓練をせぬか! いや、するべきだろう!』と、反論をする暇もなく説得? され、なんか参加することになった。


 まあ、確かに、ジェンドとのマンツーマンの修行だけでは、ちと練度の低下が気になっていた所。ありがたく付き合わせていただくことにした。


「ひぃ~、ひぃ~~、ヘンリーさん、後何周したらいいんですかあ~~!?」

「シリル、頑張れよー。もう十周頑張ったら、菓子奢ってやるから」

「あ、甘いもののかかったシリルさんを甘くみないでくだ……さいよ」


 なお、体力的に黒竜騎士団の訓練メニューに付き合ったら身体がぶっ壊れるシリルは現在マラソン中。

 十周とは言ったが、精神面を鍛えるため、走りきったら『よく頑張ったな、後五周だ』と、満面スマイルで告げてやる予定である。くっくっく、楽しみだ。


「……ずっとツッコミたいと思っていたが、あんな可愛い子と一緒のパーティだと? やっぱり、今日土に塗れるのはお前だ」

「可愛いけどなあ……っと」


 開始の合図もせず、突き込んできたオーウェンの一撃を逸らす。

 一撃を躱しても、油断はできない。手元の小さな動きで、変幻自在の突きを繰り出すオーウェンの槍術は、幾度となくやりあってきた僕でも完全には見切れない。


 胸元、足、顔面、肩。あるものは避け、あるものはこちらから攻め込むことで出鼻をくじく。

 そうやって直撃は防いでいるが、防戦一方……


 ……だが!


「ふん!」

「……ちっ!」


 力業で、オーウェンの槍を思い切り弾く。こいつ、技はすげぇんだが、力とかスピードは騎士団の中ではやや低い。

 体勢を崩したところで、僕も渾身の一突きを放つ。


 いいタイミング……と、思いきや、ガギン! という音とともに、不十分な手応えが返ってきた。十分な力が乗る前に、鎧で止められた。


「甘ぇ、よ!」

「そっちがな!」


 んな無茶な防ぎ方をして、勝てるとは思うなよ。僕の槍を防いだ肩、ちょっと痛めただろ。


 その後は、案の定動きの精彩を欠いたオーウェンに、僕は無事勝利。


 ……ほんの数分の攻防だったが、槍使い同士、色々と刺激になった。


「ちっ、これでまた勝率二割切ったか……」

「ちなみに、あっちのジェンドとはよく武器だけの模擬戦やってんだが、僕から三割は取るぞ」

「へえ、やるじゃないか。流石、団長が目をかけるだけあるな」


 朝はまだ暗い顔をしていたジェンドだが、今はエッゼさんに扱かれており、そんな気分に浸っている暇はなさそうである。


 模擬戦で数秒で叩きのめされたジェンドは、二戦目はせず、素振りをエッゼさんに見てもらっている。一振りごとに大声で指摘が飛んでおり、ジェンドは歯を食いしばっていた。

 エッゼさんは、ジェンドと同じ火神一刀流も修めているから、その指摘は的確だ。


「確かに、良い太刀筋じゃないか」

「まあな。魔導とかその他アリアリなら、まだ九分九厘勝てる自信はあるけど」

「そりゃお前、大人気ねぇだろ。あいつ、魔導使えないみたいだし」

「そのうち覚えたいとは言ってたけどな」


 身体強化のみでの模擬戦も、丁寧に技を鍛錬するためには重要だ。しかし、実戦ではそれ以外の要素も色々ある。全部投入した戦いなら、流石にジェンドにはまだ負けてやれない。


 でも、今日のエッゼさんの指導で、もしかしたらジェンドは一気に伸びるかもしれないな。大剣使いとしては、エッゼさんはこの国どころか全人類でも最高峰の人だし。団員の練度を見れば一目瞭然だが、指導力も確かだ。

 ていうか、世の武人が聞いたら、滅茶苦茶羨ましがるだろう。


「っと、それよりオーウェン。肩、結構ダメージあっただろ。治癒士に治してもらわないと」

「おっと、そうだったそうだった。テメェ、ちょっと待ってろよ。次はボコるからな」


 傷を治す魔導は難易度が非常に高い。高度医療が出来る人材は極めて少なく、僕の《(ティオー)》のように応急処置に毛が生えた程度でも使い手はあまりいない。

 なので、治癒に特化した魔導士は、治癒士と特別に呼ばれる。


 んで、この治癒士は、どこでも金をがっぽがっぽと稼げるため、騎士とか冒険者とかにはあまりいない。


 ……だが、国のトップクラスの騎士団ともなると、訓練毎に治癒士を雇うことができるのだ。実戦さながらの訓練で大怪我をすることもよくあるとは言え、贅沢な話だと思う。


 そうしてしばらく待って、治癒士の待機している練兵場の管理小屋から戻ってきたオーウェンと更に数戦し、


「よし、そこまでである!」


 エッゼさんの号令で、模擬戦の時間は終わり。


「次は、一対一の実戦形式での訓練を行う! 先程の模擬戦と違い、己の持つ技能を全て用いた戦いである。いつものことであるが、十分に注意し、しかし全力で臨むように!」


 さっきは使わないようにしていた魔導も解禁。オーウェンのやつは魔導の方も達者なので、苦戦するだろう。それとも、別の人と対戦しようかな。


「ヘンリーは我とやろうぞ! 久々に腕を見てやるのである!」


 ……マジかよ。

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