第二百五十九話 ゴードン別邸
日が落ちて間もない時間帯。
僕は『招待状』を片手に、ラ・フローティアの面々と一緒にリーガレオの内壁の中の道を歩いていた。
「……しかし。このパーティはゴードン氏と縁があったのか。しかも、別邸に招待されるほど」
と、ゼストが零した。
そう、この招待状は、リーガレオに出稼ぎに来たゴードンさんからのもの。今日この時間指定で、『装備の状態見てやるから、うちに来い。晩飯も馳走してやる』という、それはそれはありがたい代物だった。
「そういえば話してなかったか。ゴードンさんの故郷が最上級に襲われててな。偶然、助ける形になって」
「……全員分の装備を整えてもらいました。このナイフなど、特にお気に入りです」
僕の言葉をティオが引き継ぎ、腰のナイフを見せる。超薄型なのに硬く、しかも色艶で見づらくしており、相手の関節を抉ったり装甲の隙間を縫って切りつけたりのに適したものである。
……あれ構えたティオと模擬戦すると、ヒヤヒヤするんだよなあ。
「また豪勢な……値も張っただろうに」
「それまでの貯金全部突っ張って、一ヶ月くらいオリハルコンゴーレム狩りまくってな。……俺としては、もう半月くらい貯金に勤しみたかったんだけど」
偉大なる鉱神の山脈でのボーナスタイムが忘れられないのか、ジェンドがボヤく。
まあ、修行の期間もあったし、あれはあれで仕方なかった。
「でも、ゼストの装備も確かゴードンさんの作だろ」
光の盾を生み出す『ソルの盾』以外は、ゼストは神器を扱わない。通常装備は人の手で作ったものに限る、という信条だ。
「俺はそれなりの期間金策に励んで、一年予約待ちをしてやっと手に入れたんだぞ。言ってはなんだが、冒険者を始めて間もないみんなが手に入れたのは、少々嫉妬を感じるな」
まあ……それはそう。
いや、ゼストに限って本気ではあるまいが。
「っと、到着だ」
ゴードンさんのリーガレオ別邸。
リーガレオの内壁の中は土地に限りがあるから庭はないし、豪邸ではあるがそれほど敷地面積もない。ただ、その分屋根とか窓とかの装飾とかドアの意匠とかが凝ってあり、一目で『いい家』ということはわかる。
「しかし、あんまり長くいるわけじゃないのに、相変わらず豪勢なつくりですねえ」
「あの人、贅沢好きを公言して憚らない人だからなあ。実際、そんだけ稼いでいるわけだし」
鍛冶英雄ゴードンは、定期的に『偉大なる鉱神の山脈』にあるガンガルドの街からリーガレオにやって来て、冒険者や騎士の装備の面倒を見てくれるのだが、滞在期間はせいぜい一年のうち三ヶ月というところ。
……まあ、庶民の感覚からすると、そのためにここまでいい家は建てないだろう。
ただ、ゴードンさんの仕事は値段はべらぼうだが、予約待ちが発生するほど人気で。僕らの想像を遥かに超える稼ぎを叩き出しているだろうから、このくらい余裕なんだろう。金持ってる人には使ってもらった方がいいし、僕らが口を出す筋でもない。
……ただ、それだけに忙しいだろうに、僕たちの装備を見てくれるのは、本当にありがたいことこの上ない。
「ノックしますよー」
シリルがドアノッカー……今回こっちに来て新調したのか、またぞろ細かい細工の施された一級品に手をかけ、打ち鳴らす。
高く澄んだ音、そこらのドアノッカーより遥かに格調高い音が響き、ややあって扉が開けられた。
「……いらっしゃいませ、ラ・フローティアの皆様。お待ち申し上げておりました」
「こんばんは、リコッタ! お元気そうでなによりです!」
「はい、シリル様も」
メイド服を完璧に着こなしたゴードンさんところの使用人、リコッタだ。
うちの女連中とは仲が良く、この子との付き合いもゴードンさんが僕たちを優先してくれる理由の一つだろう。
「……どうも。それで、リコッタ。あれからゴードンさんとの進展はいかがです?」
「ふふふ……内緒、と言いたいところですが。それは夕食の後ででも」
ティオの質問に、リコッタは意味深な笑みを浮かべて返す。
……相変わらずである。主人を慕っていることを隠そうともしない彼女の情念の深さは、前々から思い知っている。ちょっとどころじゃなく重いのも。
シリルはともかく、ティオもフェリスもこのことをなぜか問題視していない。
……いいのかなあ? 絶対に関わりたくないけど。
「あ、じゃあ女子会ですね、女子会! 久し振りにお話しましょう!」
「いいですね。旦那様も、駄目とは言わないでしょうし……と、あら?」
シリルの提案に苦笑しながら頷き……その辺りで、リコッタが初めて会うゼストに視線を向けた。
「挨拶が遅れ失礼した。俺はゼスト・ゼノン。少し前、このパーティに加わった者だ。……遠慮した方がいいかとも思ったのだが」
「いえいえ、旦那様は招待状を『ラ・フローティア』宛に送ったのですから。お一人くらい増えても、食事の方も問題ありません。あ、私はリコッタと申します」
そうやって、ゼストとリコッタがお互い礼儀作法の行き届いた堅苦しい挨拶を交わした辺りで、別邸の中からどたどたと騒がしい足音が聞こえてきた。
「おう! 久し振りだな、お前ら!」
家主のゴードンさんである。
相変わらず、ドワーフらしい豊かな髭を蓄え、家屋に比べて随分と無骨な服を来た、職人らしい職人さんっぷりだ。
「もう、旦那様。食堂でお待ちいただくようお願いしたのに」
「はっ。こっちが呼んだ客人を、家ん中でどっしり構えて待つなんて儂の流儀じゃあない。見かけねえ顔もいるが、まあまずは上がっていけや」
そう促され。
僕たちは、ゴードンさんの別邸の中に通されるのだった。
「ごちそうさまです! リコッタ、料理の腕また上がりましたか? さっきのシチューのレシピとか、シリルさん気になります!」
用意された食事をありがたくいただき。
満面の笑顔で、シリルがそうはしゃいだ。
「ふふ……これでも、『旦那様のために!』研鑽は欠かしておりませんので。レシピはまたあとでお教えしますね」
主張強すぎぃ……
こっそりゴードンさんの様子を窺うと、引き攣った顔をして誤魔化すように酒を呷っていた。
「目標があると張り合いが出るからね。私にもわかるよ」
「まあ。ではフェリス様もジェンド様のために?」
「色々と、ね?」
フェリスがウインクをジェンドに飛ばす。……あ、ジェンドもいたたまれない様子で食後酒を口に運んだ。
その二人の言葉に刺激されたのか、シリルがニマニマ笑いながら僕に話しかけてくる。
「ふふふ……ヘンリーさん。ヘンリーさんは勿論わかっていますね? さあ、私にお褒めの言葉をくれてもいいんですよ?」
「いつもしりるはがんばってるとおもうゾー」
「なんですかその棒読みは!」
いや、言うて二人きりならまだしも、こんな人前で褒めるのはちょっとハードル高すぎませんかね……
「皆さん大変ですね」
そして、ティオは完全に我関せず、ブランデーグラスをすいっと傾ける。
……中身が空になってなんか残念そうにしてる。
「あ、ティオ様。お酒のおかわりはいかがでしょう?」
「……お願いできるのなら」
「はい。二本目を持ってまいります。旦那様、よろしいですよね?」
ちょっと前に開封したばかりの蒸留酒の瓶の中身はすでに空。六割をゴードンさんが、三割ティオ、残り一割がシリルとリコッタ以外の面々が呑んだのだが。
……種族柄酒に超強いゴードンさんはまだしも、ティオ……お前。
「ああ、儂ももう少しやりたいから……いや、確かお前ら女子会するとかさっき言ってたな? カーヴから適当に一本持ってそっち行け。こっちは男同士でやるから、こっちにも一……いや、二本だ」
「かしこまりました」
リコッタがお辞儀をし、シリルたちに視線を向ける。
「二階に上がってすぐ右の部屋が談話室になっておりますので、シリル様たちはそちらでお待ちいただけますか? 私もすぐに向かいますので」
「……ゴードンさん。カーヴ、見せてもらってもいいです? 英雄のコレクション、気になります」
「おうおう、お目が高いなティオ! いいぜ、見てけ。そんで好きなの持ってけ。本邸にゃあ劣るが、こっちも儂のお眼鏡にかなった逸品ぞろいだぜ」
ティオが不躾ともとれるお願いをするが、ゴードンさんはそれを快諾する。
そういや、うちのパーティでゴードンさんと一番意気投合してるの、ティオだっけ。ガンガルドの街に滞在していた頃、よく二人で晩酌していた。
そうして女性陣がそれぞれ動き出し。
リコッタがこっち用の酒とつまみの乾き物を用意してから上に引っ込んで。
ようやく姦しい雰囲気がなくなり、落ち着いて話ができるようになった。
……いや、別に女子連中を悪く言うつもりはないのだが、こう、さっきまでのノリはちょっと疲れる。
「っっっ、はぁ~~~。久々に、落ち着いて呑める」
と、ゴードンさんが大きく息をつき、手酌をしてグラスを一気に呷った。
「久々、ですか?」
「おう。最近は一人で呑もうと思っても、リコッタのやつが『酌をしますから』つってつきっきりでなあ。こっそり外で呑もうとしても、なんでか嗅ぎつけて先に店にいるし。……儂は適当に目についた店に入ったつもりなんだが」
え……なにそれ怖。
「つーわけで、お前らが来てくれると、リコッタも友達との話を優先するから、儂的に超助かる。……しばらくここに住まねえ?」
「いやいやいやいや」
なにを言い出すんだこの人。
「えーと、その……いや、その。……すんません、言葉が思いつかないっす」
ジェンドがなにかフォローを入れようとして断念した。
「儂もなあ。一応、純人種との縁談をまとめようとか思ったんだが、あいつも頑固で。……ゼストだったか? お前、興味ねえ?」
「いえ、生憎と俺は今のところ特定の女性とお付き合いをする気はありません。魅力的な方だとは思いますが」
「あっそう」
はあ、と溜息をつき、ゴードンさんは二杯目をグラスに注いだ。
「しかし……いいのですか? ヘンリーたちのものだけでなく、俺の装備まで見てもらうなんて」
「あー、いいよ。料金はきっちりもらうし、お前の槍と鎧も儂の作ったやつだったしな。メンテくらいなら、お前らの装備全部合わせても半日もかからんし。明日の午前中には片付ける」
だから、もののついでだ、とゴードンさんは言った。
ゴードンさんへの仕事の依頼は、基本予約待ちが発生するのに、こうして見てもらえるのは本当にありがたい。
勿論、僕たち以外にもリーガレオの基幹戦力……エッゼさんとかの仕事は優先的に引き受けているらしいが、実績的に僕たちがその枠に入るのはあと二歩、三歩足りない。
「しかしよう、聞いたぜ? あのシリルの嬢ちゃんが元王女だったとか。お前らが魔将やら魔王? やらと戦ったとか」
「あ~~、一応、はい。全員が生き残れたのも、ゴードンさんの装備のおかげです」
これはおべんちゃらなどではなく、純然たる事実である。
「おうおう、そうだろうそうだろう。儂の武具はそりゃもう最高だからな! ま、今日呼んだのはその辺りも聞かせてもらいてえからだ。お前らの武勇伝を肴に、今晩は大いに呑ませてもらうぜ」
と、ゴードンさんは上機嫌に三杯目を注ぎ、
その日、僕たちは夜遅くまで飲み明かすのであった。
 




