第二百五十八話 ある日のデート
「いやあ、面白かったですね、ヘンリーさん!」
と、劇場を出た直後、興奮からか頬を少し紅潮させながらシリルが言い放った。
「ああ。正直、あんまり期待はしてなかったんだけど、僕も面白いと思った」
今日は、以前クリスさんから宿の手伝いの礼として頂戴したチケットで、シリルと観劇しにきたのだ。
ヴァルサルディ帝国の結構有名な劇団がやっており、僕が理解できるかどうかは怪しいと思っていたのだが、
「そうですねー。ストーリー自体は単純でしたし、ヘンリーさんでもなんとか……いえ、失礼。今のは聞かなかったことに」
「そこまで言って撤回できるか、馬鹿」
ゴツン、と軽く拳を頭に乗せる。『いたーい』と相変わらず大げさにリアクションをするが、まあじゃれてるだけである。
……ま、まあ? シリルの言うことにも一理くらいはある。
今回の劇のお話は、悪い竜に脅かされている小国の騎士が、一念発起して竜退治に向かい。そして見事成功させて、その国のお姫様を娶りましたとさめでたしめでたし……という、コッテコテのストーリーラインだった。
複雑な恋愛劇や政治云々とか関わってくると多分僕はついていけなかっただろうが、ここまで単純だと流石にわかる。
しかし、基本的な流れは単純だが、そこはプロの劇団。熱の入った演技に、幻影を投影する魔導具などを駆使した演出で、観客を引き込んでいた。
「はあー。それでこれからどうします?」
「それなら、なんでも最近出店したいい感じの喫茶店があるらしくてな。紅茶とケーキが美味いそうだ。行ってみないか?」
そう誘ってみると、シリルはびっくりした顔になって、なにやら僕の額に手を当てる。
「……なんの真似だ」
「いえ、ヘンリーさんらしからぬ提案だったので、もしや熱でもあるのではないかと」
「やかましい」
ぺち、とシリルの手を振り払う。
「はーい、ごめんなさーい。じゃ、そのお店に行ってみましょうか。どこなんです?」
「……おう。内壁の東通りだ」
「よぉし、出発ー」
シリルが腕を組んできて、ルンルン気分で歩きだす。
……まあ、僕も似合わないことしているとは思う。
いや、この前クリスさんに改めて珈琲のレクチャーを受けた時、『今更だが、この辺りの機微も少し教えてやる』となんかデートプラン? の構築方法を教わったのだ。
僕は『いや、僕も成長していますし』と断ろうとしたのだが、『いいから聞いとけ。な?』と押し切られた。
まあ、クリスさんについては、パトリシアさんとの付き合い当初は僕と大差ない人だったらしいので、実感のこもったアドバイスは正直ためになった。
……というわけで、恥を忍んで顔見知りの女冒険者とかに聞いて回ったりして情報を仕入れ、僕なりに今日の予定を組み立ててみたわけなんですが!
「あ、お店、今日定休日みたいですね」
「ぶっほ」
出鼻を思いっきり挫かれた!
か、格好悪ぃ。まさか定休日の確認なんて、超初歩的なことを怠るとは。
「……あー、すまん。期待させておいて」
「いえいえ、困ることもありますが、やっぱりヘンリーさんはこうでないと」
どういう意味だコラ、と問い詰めたかったが、完全に僕の失策なのでなんとも反論しづらい。
「あはは。この通りなら、私のいきつけのお店もあるので、そっちにしましょうか?」
「……了解」
「はいはい、拗ねないでください」
ぐぬぬ……はあ。
「さっきの劇、特にラストの結婚式のシーンは良かったですね。ヘンリーさんはどのシーンがお気に入りですか?」
シリルのいきつけという喫茶店で茶をしばきながら、先程の劇について互いに感想を交わす。
「僕は、ドラゴンとの戦いのところかな。多分、騎士役の俳優さん、本当に元騎士か元冒険者辺りだぞ。剣さばきが完全に達人だった。まあ、多分本物のドラゴン相手は無理だろうけど」
「そうだったんですか。幻影のドラゴン相手に、迫真の演技だなぁとは思いましたが」
ああ、そこは俳優としての実力だろう。幻影相手なのに、あんなに本当に攻防しているように立ち回るのは僕にはできない。
「あと、そういう仕事なんだから当たり前だけど、ヒロイン役の女優さん美じ……衣装が凄かったな!」
危ない、おデートの最中に他の女の容姿を褒めるのはイカン。
「そこまで言って撤回はできませんよ? まあ、美人でしたけど……ど!」
「いや、勘弁して」
「じゃ、ヘンリーさんのチーズケーキ一口で手を打ちましょう」
へーい、と、僕はフォークでベリーのソースがかかったチーズケーキを切り分け、シリルのショートケーキの皿に移す。
ウマウマ、とそのチーズケーキを味わったシリルは、機嫌を直した様子で、口を開いた。
「ふぅむ……しかし、ちょっと劇の感想からはズレますが、普通ドラゴンが襲ってきたら、ちっちゃな国だと危ないんですよね」
「まあ、街の一つや二つくらいは壊滅するかなあ。街一つの本当の小国とかだと、ガチで危ない」
勿論、運次第ではある。相当の実力者がいれば返り討ちにできるだろう。
でも、リーガレオにいると感覚が麻痺するが、現実としてドラゴンに対抗できる戦力がいない街のほうが圧倒的に多い。
上級上位という、相当の瘴気がないと活動が困難なドラゴンが、そもそも街を襲うこと自体あまりないけど。……重ねて、この街にいると感覚が麻痺するが!
「ヘンリーさん、普通に倒せますよね。ていうかこの前の冒険で槍投げて倒してましたよね」
「おう。まあ、五分の条件でタイマンなら、負けの目はないな」
フローティアに行った頃だと、一、二割くらい敗北する可能性もあったが、あれから僕も成長しているのだ。
「なんかこー、竜退治の騎士とお姫様という……私たち、あの劇の役にハマっているのでは?」
「そのお姫様が前線に立ってなけりゃな」
お前も歌の時間さえ取れれば、ドラゴンの五、六匹――うまく範囲に巻き込めば十匹以上まとめて薙ぎ払えるだろ。城で騎士のために祈っていた劇中のか弱いお姫様とは似ても似つかん。
あと、劇では『国の危機』だったけど、うちの国滅びてるし………………
……いやいや、折角のデート中に暗い思考、やめ。シリルもそんなつもりで言ったわけじゃないだろう。
「ま、まあ細かいことはいいじゃないですか」
「細かいか?」
「いいですから」
お、おう。と、なにやら断言するシリルに曖昧に答える。
そうして、シリルはコホンと一つ息をつき、
「で、えーと。ほらほら、結婚式。結婚式のシーンですよ。まだ早いですが、ああいうの憧れるなあ、と」
「そ、そうか」
う、うむ。僕も今更こいつ以外と付き合う気はないし、そりゃ男女がずっと一緒にいるならそういうことになるだろう。
でも、なんかまだこう、自分がそうなっているっていうイメージができねえ。
「やるとしたら、グランディス教会とニンゲル教会、どっちがいいですか?」
「あー」
話題を振られて、考える。
婚姻ともなれば、自分たちの信仰する神様に誓いを立てるのが筋かと思うが、我らがグランディス神の司るのは『闘争』である。……いや、一応『開拓』の方もあるんだが、世の中的にはバリバリの戦神だ。
新しい夫婦の門出にはちょっとと、実は信者でもグランディス神に夫婦の誓いを立てる人は半々といったところ。
逆に『豊穣』を司る地母神ニンゲルは人気で。違う神の信徒でも婚姻はニンゲル教会で、という人も少なくない。
「……ユーのやつに口利いてもらって、ニンゲル教の総本山で、とかどうだ? あいつ、役職的には一神官だけど、発言力はやべーからいけるぞ」
「サレス法国の首都はちょっと遠すぎません?」
「でも、箔が付くぞ、箔が」
付けてどうするんだという話もあるが……ああいや、見事フェザードの復興に成功したら、意味が出てくるかもしれないか。
「うーん、あんまり大仰なところは……。フローティアでいいんじゃないですか? フローティアで」
「まあ、言ってみただけだ。招待客も大体そこだしな」
リーガレオの知り合いは、まあうちのパーティの面子は来るとして他は……休暇ついでに来たいやつは来るだろ。いや、おおらかと有名なニンゲル神なら、こっちとあっちで二回やってもは許してくれるか?
「それでドレスはー、純白の、こう可愛らしくも私の妖艶な魅力を引き出す感じでフローレンスさんに仕立ててもらってー」
フローティアで仕立て屋を営む、元フェザード出身のフローレンスさん。フローティア伯爵家の御用達でもあり、腕は確かな人だが、
「……いや、いくらフローレンスさんでもないものを引き出すのは」
「ヘンリーさん~?」
いや、言うけど、お前も自分自身で本気であると思ってんの?
……なんて。
やいのやいのと、なんとも幸せな未来像を語り合いながら、僕たちはお茶を楽しんだ。
そうして、次。
魔物のドロップ品の中でも希少なものを展示した、この街ならではの施設『魔物素材博物館』に見学に行ったり。
北門近くの自由市場を歩いて、お互いちょっとしたものをプレゼントしあったり。
予約しておいたホテルのレストランでディナーをいただいたり。
初っ端ミスったが、それ以降はなんとか予定通りに進めることができた。
「……っと、本日のデートコースは以上だけど。どうですかね、シリルさん。評価のほどは」
レストランで食後の珈琲をいただきながら聞いてみる。
「うーん、五十シリルさんポインッ進呈! ってところでしょうか」
マジで思い出したように出てくるなそのポイント制度!?
「というのは冗談です。良かったですよ~。ヘンリーさんが私のためにちゃんと考えてくれたんですから」
「内容は? ……正直に」
模擬戦とかでもそうだが、感想戦は重要である。反省点を次に活かすのだ。
「あー、その。他はともかく、魔物素材博物館を選ぶセンスはちょっと……いや、勉強にはなりましたが」
「……だってこの街、美術館とかねーし」
仕方ないじゃん。展示品が戦火に焼かれる可能性高いんだから。
「? いえ、政庁の中にちっちゃいですがありますよ。あとは展示会とかも、たまにやってます。今の時期なら、アルヴィニア王国主催の美術展が確か」
「な、なんで?」
「騎士の人とか政庁づとめの人とかだと、教養のある人も多いですからねえ。そういう人への慰安のためでは。私も楽しませてもらっていますが」
……そこまではチェックできていなかったよ。
「む、むう」
「まあ、次は二人で一緒に考えましょう」
それでもいいんだけどなあ。
でも、リベンジしたいって気持ちもあるし……あと、こいつと一緒に話し合ったら、ラストが『ホテルの』レストランにできない気がするし。
「まあ、次はな。で、この後なんだが」
「……わかってますよー。どうせ部屋取ってるんでしょう」
はい、その通りです!
いや、みんなに泊りがけって伝えたから、当然察していたでしょうけどね!
「と、とりあえず、紅茶おかわりしてからで」
「……ああ。ま、急かさないって」
そうして。
その日の夜は過ぎていくのであった。




