第二百五十七話 ラ・フローティアの定例会
昼下がりの星の高鳴り亭の食堂。
閑散としたその中のテーブルの一つにラ・フローティアは陣取り……それぞれ、無言でノートに向き合っていた。
僕は最近の冒険や前回の合同訓練のことを思い返しながら、ペンを手にノートに記入していく。
――シリル。
うちの大砲。火力役。
時間はかかるものの、とにかく一発の威力がヤバい。範囲も広い。……最上級を一撃で沈めるとかは、エッゼさんみたいな人種の特権だと思っていたが、こと威力に関してはシリルも完全にあっち側の人間である。
あとの特徴は魔力の底なしっぷり。一日中、バカスカ魔法を撃ちまくり、休憩時間に神器の『供魔』能力でパーティに魔力を供給し……それでも魔力より体力の方が先に切れるというトンチキさである。
反面、それ以外はちょっと心許ない。
工夫すれば違う用途にも使えるが、シリルの使うエンデ流は攻撃系以外の魔法は一切ないといういっそ潔い魔法流派で、補助とかは期待できない。
そして、敵に接近されると基本アウト。
残念ながら、近接戦はこれ以上伸びしろはなさそうなので、なんとかガードするしかないだろう。あいつの火力は、それだけの価値がある。
一応、敵に狙われにくくする立ち回りを練習しているが……あいつが歌うと派手に魔力が高まるから、どうしても限界あるしなあ。
基本的には、ちょっとずつでも魔法の発動時間を短くして欲しいところ。魔法は感覚の世界なので、本人に頑張ってもらうしかないが。
――ジェンド。
攻防ともにそつのない、正統派の前衛。
リーガレオに来てからエッゼさんに稽古をつけてもらっており、怒涛のように積み上げている戦闘経験もあいまって、実力的には勇士上位勢に食い込みつつある。癖のない相手であれば、上級上位でももうタイマンで打倒できるだろう。
弱点といえば、やや搦手に弱く、射程のある攻撃が十メートル程度しか届かない『飛炎剣』だけであること。
……ただ、これも時間とともに解消するだろう。なにせ、師匠が『大英雄』グランエッゼ・ヴァンデルシュタインなのだ。正直、僕が口を挟む隙などない。
――ティオ。
斥候兼遊撃手。
ジェンドには劣るものの、すばしこさを存分に活かした近接戦の技量に、弓や最近覚えた投槍による遠距離攻撃。更に、地味ながら使い所を弁えた魔導に道具を使う。
兼業である斥候の腕も超一流……と、我がパーティきってのオールラウンダーである。ぶっちゃけ、総合的な才能でいえば多分うちで一番だ。
ただ、どうしても体格の関係上、接近戦は不利になる面がある。アゲハくらい突出してればなんとでもするんだが……いや、こいつもそのうちなんとでもしそうだな。当の本人から薫陶を受けているようだし。
……あいつみたいな首狙いにはまらないよう祈りつつ、こっちもお任せでオーケー。
――フェリス。
治癒士とシリルの護衛、及び魔導による盾や強化魔導によるサポート役。
本人も嘆いていたが、剣の腕はジェンドやティオ程は伸びなかった。かつて白竜騎士団に誘われたというが、現状を見るに剣自体は騎士団でも下の方に留まっていただろう。
……しかし勿論、ユーですら認める治癒の腕の前では、そんなものはどうでもいい。前衛を張る僕やジェンドを筆頭に、フェリスがいなければこっちに来てから何回死んでいたかわからない。いや、フェリスがいるから無理のない範囲で無茶をした面もあるんだが。
ただちと気になるのは、ゴードンさんに作ってもらった『流動して巨大な術式を形成する盾』をなかなか活かせていないことだ。
巨大な壁を作る『グレートウォール』の魔導はたまに使っているが……
範囲持続回復の『ニンゲルの聖域』。こいつは僕が強化ポーションを二重にキメた時に使ったっきり。
より高位の回復魔導である『リザレクション』は、幸いにして今のところ出番がない。ユーが使うとガチで瀕死の人間も蘇らせるが、フェリスはまだそこまでの技量に到達していないということもある。
瘴気を浄化し、魔物に不利に、人間に有利な戦場を作り上げる『ニンゲルの祝福』は……これは作った時に予想できていなかったのだが、リーガレオの瘴気濃度だと魔力消費がデカすぎる。
まあ、診療所の手伝いでメキメキ魔導の腕は上げているし、よくユーから手解きも受けている様子。このまま成長していけばいいだろう。
――ゼスト。
最近加入した、壁役。
歴戦の勇士として、最上級相手でも雑に任せていいやつである。防御を得意とするが、攻撃だって普通に上級上位複数を仕留められる腕前だ。
ただ、火力という意味では僕の分裂投槍やシリルの魔法もあるので、このパーティでは普通にガードに専念してもらっている。シリルが事故る確率を格段に抑えられているので、亡き故国の騎士として本懐だろう。
今後は……まあ、うちのみんなとの連携を鍛える方向で。
「よし、と」
一通りみんなの寸評を入れ、僕は頷く。
「お、ヘンリー早いな」
「まあ、一応普段からリーダーとして色々考えてるからな。……みんなまだだろうし、飲み物でも持ってくる」
僕は立ち上がって、最近仕込まれ直した珈琲を淹れるべく、キッチンの方に向かうのだった。
本日は、ラ・フローティアの定例会。
その中でも、たまに開催している『お互いの力量をどう思っているか確認する会』だ。
パーティメンバーの強みや弱みを互いがどう思っているかを確認し、意思疎通を円滑にしたり。今後、どのような方向性で鍛えていくべきなのか、意見を汲み取ったり。今後の戦術を検討したり……と、フローティア時代からやっているのだが、思ったより色々と役に立ってきた。
ノートに書き出しているのは、思考の整理のためと……口に出すのはちと気恥ずかしい気がするからだ。
「……で、ヘンリー。最近、俺らの伸ばす方向、適当じゃないか?」
「いや、もう大分お前ら隙なくなってきたし、自分で判断もつくようになっただろ」
ジェンドのツッコミに、僕は反論する。
まだ他のみんなが未熟だった頃は、割と細かく『ここが足りない』『あれを鍛えよう』って提案していたが、ここまで来たらもうあとは自分でなんとかするべきだろう。
「むむむ……ヘンリーさんの私評、近寄られたらアウトってところそろそろ変わりません? 一応、中級中位くらいなら防戦はできるようになったんですが!」
「悪いシリル。普段ならご機嫌取りのためにヨイショしてやってもいいんだが、駄目だ。お前は魔物に近付かれたら終わり。強く認識しとけ」
そうやって調子に乗ったところで死んでしまう戦士の話は、この街には嫌ってほど転がっている。
「俺は初めてやったが、中々面白い試みだな。あまり他のところでやっているとは聞かないが」
「ジェンドが思いついてな。こいつ、実家が商家で、そっちの観点から色々提案してくれるんだ」
なお、これは売れ筋商品の分析の手法から発想を得たらしい。
しかし、今はゼストのノートに目を通しているが、僕とは違う勇士の視点ってのは参考になるな。
ゼストらしく、各人の防御について細かく具体的な指摘が多い。……僕については『とりあえず生き残るので、特に書くべきことはない』と雑に扱われているが。
「これを踏まえて、戦略とかも考えたいんだけど」
「ううん、私も書きながら考えていたが……正直、今の形が安定してて、強い形じゃないかな? これ以上細かく考えても仕方がないって気もするし」
僕が言うと、フェリスがそう指摘する。
まあ、言わんとするところはわかる。
現在、僕たちの陣形はジェンド、ゼストが前衛。シリルが後衛でフェリスが護衛。僕とティオは、状況によって前に出たり後ろに下がったり。
このフォーメーションで、ゼストが魔物を押し留め……数が多かったり強い魔物ならシリルの魔法ドーン、そうでもなかったらジェンドの大剣とか僕の槍でドーン。ティオは遊撃とか道具とか。怪我人出たらフェリス出動、って感じである。
リーガレオ以外なら、出てくる魔物の種類が限られているから、もっと詰めようもあるんだが……この街で、そういう『特定の魔物』相手の戦術なんか考えていたら、逆に足元をすくわれる。
風のうわさだが、この前この宿に来ていた地元でワイバーンを狩りまくっていたという『黒狼団』は、魔物のバリエーションの豊富さに三陣でも大分苦戦しているという話だし。
「なら、もっと細かい戦術レベルの話だな。……例えば、フェリス。遠隔魔導で防御してくれるのはありがたいが、俺にはオーラバリアは不要だ。できればシールドの方を、左手前に展開してくれると助かる」
「ああ、そういうことなら」
まあ、大きな戦い方の変更は今はいらないか。
ゼストにならって、そっち方面の話を。
「じゃ、ジェンド。僕、槍投げる時合図してるけど、そろそろ僕の投げる雰囲気を感じ取って避けられねえ? 合図して避けて、ってワンテンポで躱されることがたまにあるし」
「……無茶言わないでくれ。雰囲気ってなんだ、雰囲気って」
「いやこう、『あ、この状況なら投げ使うな』って、わかるだろ?」
「そりゃわかるけど、もし駄目だったら俺が後ろから貫かれるんだが」
「大丈夫、事故りそうなら『帰還』で手元に戻すし。ちょっと次の冒険で試してみようぜ」
よし決まり、と言うと、ジェンドがげんなりしているが……やったことないだけで、もう十分これくらいは実践できる実力はあるだろう、多分。
「あ、ティオちゃん。私用の喉飴だけど、前作ってもらったのはちょっと苦かったから、今度はもうちょっと蜂蜜とかで甘くしてくれない?」
「……いいですけど。こう、もうちょっと意義のある話を」
「甘いもの食べるとテンション上がって、魔法の威力も上がる気がするから!」
……そういや、歌いっぱのシリルのため、ティオが叢雲流の知識を活かして喉飴作ってるんだったな。シリル、贅沢なやつめ。
そうして一つ話が始まると、みんな色々と意見が出てくる。
やいのやいのと、遠慮なく話は盛り上がる。
「ヘンリー。槍で俺の相手を仕留める時は、できれば小さい相手を優先してくれ」
「お、ゼスト了解。……でも、デカイ方が厄介だと思うけど」
「小さい方が後逸させやすい。俺としてはそっちの方が面倒だ」
成程。
と、頷いていると、ふっとゼストが笑った。……珍しい。
「どうした?」
「いや……今更ながらいいパーティだと思ってな。前の仲間もいい連中だったが、ここもいいところだ。まあ……やるな、ヘンリーリーダー」
マジで今更だな。
……勿論、悪い気はしないけど。
「ま、今後ともうちの一員として頑張ってくれたまえ、ゼストくん?」
「……照れ隠しにいきなりリーダー風を吹かせるな、馬鹿者」
ゴツン、とゼストにツッコミを受けて。
……その日の定例会は、夕飯の時間まで盛り上がるのだった。




