第二百五十六話 合同訓練の日
「オラッ!」
僕は目の前のアゲハに槍を繰り出す。しかし、ガキン、と硬質なものに阻まれ、攻撃は失敗。
「隙ありだ!」
「ねえよボケ!」
僕の攻撃を止めた光の盾をかいくぐるようにアゲハが接近してくるが、僕は一瞬如意天槍を手放し、手の位置を変えてすぐさま『帰還』の能力で手元に戻す。
丁度、アゲハは再出現した如意天槍の穂先に突っ込んでくる形になるが……またしても、槍とアゲハの間に光の盾が出現。やけに前のめりだと思ったら、こいつをアテにしていたのか、と納得する。
盾を生み出したアゲハ陣営のゼストを一睨みし、僕は如意天槍を片手剣型に変更。
アゲハにやや内寄りの間合いに入られてしまったが、まだ武器のリーチでは僕が勝っている。
一合、二合、三合とアゲハと打ち合い……その間も、絶妙のタイミングでゼストの盾が邪魔をしてくる。
しかし、狙い通りの展開だ。
ゼストの盾、あと二、一、
「! 《火》+《投射》」
「んなすっとろい魔導当たるか!」
至近距離でぶっ放した単発の炎の矢を、当然のようにアゲハは避けるが……甘い。これは予め決めておいた後ろへの合図である。
「的だ」
「げっ!?」
低く、冷たい声が後ろから響き……直後、魔力を纏わせたいくつもの矢がアゲハに殺到する。
「ヴィ、ヴィンセント!?」
「っしゃ、行くぞアゲハ!」
これは、僕陣営のヴィンセントの攻撃である。ヴィンセントの矢と僕の攻めでアゲハを潰す、というわけだ。
並の勇士なら三秒も持たない布陣だったが……勘かなにかか、アゲハは掠りながらも攻撃を凌いでいく。
「おい、ゼスト! 守りは!?」
「しばし待て! 盾切れだ!」
ゼストの『ソルの盾』は強力な神器だが、ある程度盾を生み出すとチャージ時間が必要になる。
そいつを狙って、ヴィンセントとの合わせ技で決めるという作戦だったが……予想以上に粘りやがる! 糞が!
こうなったら――と、僕たちとは別の方向で戦っている仲間に意識を向ける。向こうも、こっちの攻防に気付いたのか、動きが変わっていた。
……よし。
「ッ! ヘンリー、焦ったなオイ!」
「あ゛!?」
ゼストの盾が復活する前に仕留めようと僕の攻撃が大振りになったところで、アゲハがそれをギリギリ避ける。
僕の体を盾にしやがった。ヴィンセントの射線が通らねえ。この状況じゃ曲射も無理だし……と、勝利を確信したのか、アゲハが僕の首に向けてナイフを突き出そうとし。
……次の瞬間、獣のような反応で、アゲハは横合いから飛んできた槍を避けた。
「フッ」
で、不意打ちを回避してアゲハが死に体になった瞬間、僕は槍を突きつける。
「……まいった」
アゲハは降参の宣言をし、最後の決め手を放った射手を見やった。
……ジェンドと一対一を繰り広げていたティオが、相手との間合いを離して、こちらに向けて腕を振り切っていた。
僕は小さく親指を立てる。向こうも同じく返してきた。
あと向こうの残りはゼストとジェンド。
「っし、ヴィンセント! あとはゼストのでくの坊を仕留めるぞ!」
「やれるものならやってみろ。……ひょろい槍使いと組んだところで、俺に勝てるとは思わないことだ、ヴィンセント」
「……お前ら仲良いよな」
最後のヴィンセントのツッコミに『違う!』と同時に反論し、
……僕たちは模擬戦の続きに入るのだった。
今日は、知り合い連中との合同訓練の日である。
メンバーはうちとスターナイツのパーティ。及び、暇してたアゲハと、そろそろ体が鈍るからと参加したユーという面子。
たまに都合が合った連中同士でこうして訓練をするが、普段と違う面子のトレーニングは中々刺激になっていい。
メンバーをシャッフルして模擬戦するのも、臨時で組んだ時の練習になるし。
……で、先程の僕、ティオ、ヴィンセント対アゲハ、ゼスト、ジェンドの模擬戦が、無事僕たち陣営の勝利となったところで、感想戦をしているわけだが、
「あー、畜生! ヘンリー、アタシへの最後の攻撃、あれブラフだったな!? アタシに攻めっ気出させるための!」
「まぁな。元々、三人がかりでお前を真っ先に潰す作戦だったんだ」
一番に落とされたアゲハが、めっちゃ悔しそうにしている。まあ、こいつを自由に暴れさせると、こっちの敗色が濃厚だったし。
「すんません、アゲハさん。俺がティオを止められていれば」
「……いや。ティオとお前じゃ、機動力が違うからな。あれは仕方ない。むしろ、盾の切れ目を見抜かれた俺の不手際だ」
ゼストがジェンドに諭す。
まあ、普段から知ってるからな。
こういう予想は、実戦を想定するとあんまりよくないんだが、負けたくなかったし。事前に知ってる情報を活かすのは、これはこれで当然の戦略だし。それに負けたくなかったし。
「あとはー、うちのティオの成長著しいってのもあるな! アタシが避けに専念しなきゃいけないくらいだったし!」
「……いえ、ヘンリーさんが隙を作ってくれたので」
敵チームのアゲハが、相変わらずの従妹贔屓を見せる。でも、今回は僕も同意だ。
「いや、実際覚えたてとは思えないくらいだぞ。槍投げ、使ってみてどうだ?」
「……そうですね、矢よりは遅いですけど、重くて大きい分、魔力も多めに込められて。攻撃力が欲しかった私にとっては、いい選択肢です」
以前の約束通り、僕とゼストでティオに槍の手解きをしたのだが。ティオは僅かな指導だけでするするっと身に着けていった。
ガタイとかの関係上、接近戦でガチガチやるのはちと向いていないが、投げであれば問題なく実戦に投入できるようになり。現在、ティオの鞄にはジャベリンが十本ほど備えられている。
僕の如意天槍のように『帰還』の能力はない市販品なので、実戦では使い捨てになることもあるが、攻撃手段が増えた。
「ふむ、まあ投槍は投槍で強いが。ティオ、弓も忘れないほうがいいぞ」
「はい、ヴィンセントさん。また今度教えて下さい」
「ああ」
同じ弓使いでもある二人は、少し仲が良い。
……クックック、しかし残念だったなヴィンセント。ティオはきっと、槍の魅力にドンドン嵌っていくことになるのだ!
「なぁに悪い顔をしているんですか、ヘンリー」
「だ、誰が悪い顔だ」
と、心の中で野望を燃やしていると、別のチームで模擬戦やってたユーがこちらにやってきて、呆れた様子で言った。
「あなたですよ、あなた。どうせくだらないこと考えていたんでしょうけど……で、こっち怪我人出ていませんか?」
「ん、それならアゲハが、何本か矢掠ってたな」
「了解」
ユーが頷いて、アゲハのところに癒やしをかけに行く。
さて、もっかいメンバー入れ替えて模擬戦を……と、思ったが、もう大分日も傾いてるな。昼過ぎからずっと動きっぱなしで、大分疲れてきたし。
「みんな、どうする? そろそろ切り上げるか」
まずはこちらのメンバーに確認をする。他チームにも聞きに行くが。
「ハァ!? 勝ち逃げなんて許せないんだけどー!」
「アゲハ、動かないでください。癒やしがずれます。頬に傷が残るのは嫌でしょう」
とりあえず、吠えているアゲハは無視するとして。
「……うむ、いい頃合いだろう」
「予約の時間もあるしな。俺も、負けっぱはちょっと悔しいが」
ゼストとジェンドが答え、ティオもコクンと頷いている。
まだギャーギャーとアゲハは騒いでいるが、キレたユーが『黙れ、大人しくしろ』とひっぱたいた。
「はいはい。じゃ、他の連中にも確認してくるわ」
訓練疲れもあるが、僕は『この後』に向けて足取りも軽く、他チームのところへ向かうのだった。
目の前の焼き網の上で、ジュウジュウと肉が食欲をそそる音を立てる。
「ひっくり返しますねー」
僕の隣に座るシリルが、手際よく肉を返していく。片面が焼けた肉はいい艶をしていて、実に美味そうだ。
合同訓練のあとの打ち上げ。
各テーブルに炭火と焼き網を用意し、客自身が肉や野菜を焼いていくという……最近流行りだしたスタイルの店で、僕たちは大いに騒いでいた。
「すみません、エールおかわりくださーい」
「こっちはライスを!」
「網交換お願いしまーす」
僕たち以外にも客でごった返していて、この喧騒もなんだかワクワクする。
ぐい、とエールを呷り、僕はそろそろいい感じに焼けている様子の肉に手を伸ばし、
「もーらい!」
「あ、こらアゲハ!」
瞬間、対面に座っているアゲハがなんかマジのスピードで腕を振り、網上の肉を三、四枚まとめて強奪していきやがった。
「ああもう! アゲハさん、まだ生焼けのもありましたよ!」
「へーきへーき。んっぐ、うめえ」
ぐぬぬ、アゲハめ。食い物の恨みは恐ろしいということを理解していないらしい。
くっくっく、どう仕返ししてくれようか。
「ヘンリーさん。変にアゲハさんに対抗して、大人げないことしないでくださいね?」
「な、なにを言うんだシリル。そ、そんなことこの僕がするはずがないだろ。はっはっは…………駄目?」
「駄目です。網ひっくり返したりしそうですし。……あと、さっきからお肉ばかり食べてるじゃないですか。野菜もちゃんと食べてください」
ひょいひょいひょい、と。シリルは僕の皿に、キャベツやらキノコやら玉ねぎやらを載せていく。
「ヒッヒッヒ、相変わらず尻に敷かれてるねー」
「うっせーぞ、ルビー」
さっきからハイペースで呑んでたルビーは、女にあるまじき変な笑いを上げてからかってくる。……こいつ、宴会じゃいっつも呑みすぎるんだよなあ。
「大体、尻に敷く相手もいないお前に言われる筋合いはない」
「なにぃ? おう、コラ。私がその気になりゃあ楽勝なんだぞォ。おう、どうだゼスト! このルビーちゃんと付き合いたくはないか!」
「……勘弁してくれ」
隣に座るゼストにルビーが絡みにいき、すげなく断られる。
「チッッッ!! ここの男どもは見る目がなーい。……あ、シリルちゃーん、私にもお肉焼いてー」
「はいはい、今やってますよー」
いつの間にか追加で来ていた肉を、シリルが並べていく。
……うーむ、世話したがりのシリルが、流れでこのテーブルの世話をしているが、
「シリル、お前も食えよー。訓練したあとは食わないと、力にならんからな」
「はい。わかってます。私は私でいただいていますので。……あ、ヘンリーさん、これ食べ頃です」
シリルが、今度は肉をくれる。
僕はそいつをお店特製のタレをつけ、口に運んだ。
濃厚なタレと、それに負けない肉の味。すぐさまエールで追撃をし、
「ぁあ、ウメェ」
僕はそう大きく息をついた。
他のみんなも、思い思いに楽しんでいる。
僕も今日は盛り上がるかー、と、エールのおかわりを注文した。
そうして。
合同訓練の日は過ぎていくのだった。
申し訳ありません、年度末でやや忙しく、お届けが遅れがちになっています。




