第二百五十五話 宿の仕事 後編
のっしのっしと、無駄に肩を怒らせて受付にやってくる三人組に、愛想笑いを向ける。
「いらっしゃいませー」
「おう、兄ちゃん! 見ての通り、三人だ。しばらくここに泊まってやるから、いい部屋見繕ってくれや」
肘を受付のカウンターに乗せ、威圧するように先頭のリーダー格がそう言ってくるが、
「いやあ、申し訳ありません。当宿は、現在全てのお部屋が埋まっておりまして」
いや、正確にはフレッド達が予約している二部屋を除いても、丁度三部屋あるにはあるんだが。
ちょーっと、この人たちはうちの宿のカラーとは違うっつーか。入れても、トラブルになる予感しかしない。
まともな客だったらクリスさんに面接してもらうんだが、これは僕が門前払いしてもいい手合だ。逆にクリスさんのところに連れて行ったら『あんな客未満のために、読書の邪魔をするな馬鹿者』と怒られるパターン。
「本当に申し訳ありません。つきましては、他の宿をご紹介させていただければと」
「あ゛あ゛ん!?」
わざとらしい怒気を向けてきやがった。怒気にドキドキする……なんてね。
「リーダー、まあ落ち着きなって。……ああ、店員さん? 俺たちはヴァルサルディ帝国モンドの街から来た『黒狼団』っつーパーティでね。こんな僻地じゃ知らないと思うけど、街でも一番のパーティだったんだぜ?」
「へえ、それは凄い」
まあ実際、立ち居振る舞いや装備からして、そこそこの実力はある。
中級上位……んにゃ、慣れてる相手なら上級下位辺りまでなら安定して倒せそうだ。
「ああ! まあ聞けよ。モンドの街の近くの山にゃ、ワイバーンが発生しやすくてな! 俺らは、毎週十匹以上はぶっ潰してきたんだ!」
お、当たった。
確かに、調子に乗るのもわからんでもない実力だ。上級下位の中でも、飛行するワイバーンは討伐の難易度が高い。
「それはそれは」
「おう、だからわかるだろ? んな実力者が泊まってやるって言ってんだ。空いてないってんなら、適当に追い出せばいい。……ああ、美人とだったら同室でもいいぜ? 毎晩相手してもらうけどな!」
下品なジョークを言って、なにが楽しいのか黒狼団の三人は大声で笑う。
「あー、申し訳ありません。当宿は性交渉は禁止でして。そういうのをお求めになるのでしたら、やはり別の宿の方が」
掃除が大変なのと風紀の乱れ、後はかつては夜間の魔物襲撃に備えてこの宿にはそんな取り決めがあるが、当然その辺りユルユルな宿もある。娼婦の連れ込みも可のとことか。
実際、この三人にはそっちの方が居心地いいだろう。
「はあ!? なんだ、その意味わかんねえ決まり」
「まあ、色々あるんですよ。……というわけで、狼つながりで『餓狼のねぐら』といういい感じの宿がありましてですね」
ちょっと粗野な感じな宿だが、同類も多いだろうし飯が美味いと評判だ。
僕の思い当たる範囲ではベストな宿を提案した、つもりだったんだが、
「いや、関係ねえな。俺らはここに泊まるって決めてたんだ。美人の英雄さんもいるって話だしよ。なんで俺らが引き下がらないといけねえんだ。宿の決まりなんて知らねえし」
……と、速攻で却下された。
あー、一度決めたことを曲げられない輩か。そういうの、冒険者としてはマイナスだぞー、と内心思いつつ、どう説得するかを考える。
「申し訳ありませんが、それは困――」
「ごちゃごちゃうるせえぞ。いい加減にしねえと、痛い目見るぜ」
脅しつけようとでもいうのか、黒狼団のリーダーが拳を作る。
痛いのは嫌なので、僕は少しだけ腰を浮かし、避けられるよう構えた。
「って、おい、ユージン。こいつ、勇士みたいだぜ?」
「あン?」
僕の胸に下げているタグに今更気付いたのか。
「あー、その。この宿の主人には世話になってて、今日はちょっと手伝いで」
「へえ、エリートって名高い勇士サマが、店の使いっぱしりってか! 笑えらあ!」
黒狼団のリーダー、ユージンとやらがわざとらしく哄笑をあげた。
「まあ、変わんねえな。おい、お手伝いさんよ。痛い目みたくなかったら、とっとと手続き進めろや」
「……おい、ユージン。勇士に喧嘩売んのは」
「ビビってんじゃねえぞ、ビーゼル! 勇士なんざ大したことねえ。俺らの狩場を横取りしたあいつのパーティもそうだったじゃねえか」
おん? ワイバーンを安定して倒していて、特に向上心みたいなものなさそうなのに、なんでリーガレオに来たのか疑問だったが……なんかあったんかね。
少し興味を惹かれて、黒狼団のやり取りに耳を傾ける。
「そりゃあ、あいつらの手際は悪かったけどな」
「だろ! はっ、街の連中も馬鹿な奴らだ。あんな連中をわざわざ呼んで、俺らをハブるとか」
……大体読めた。今までも何度か聞いたことのあるパターンだ。
黒狼団は実際、街に大きな貢献をしてきていたのだろう。街のすぐ側にワイバーンがいる環境なんて、かなりの危険地帯だ。そいつらを排除する彼らの功績は大きかったんだと思う。
だから、多少の横柄な態度は許されていた。
経験を積み、落ち着きを身に着ければ普通に勇士に任命されていたんだろうが……まあ、見守り期間がどのくらいだったのかは知らないが、結局そうはならず、外部からワイバーンを倒せる勇士のパーティが招致され。
居心地が悪くなった彼らは、リーガレオで一旗上げようとやってきた、と。
あと多分、ワイバーンをずっと狩ってた黒狼団と、後からやって来たパーティじゃそりゃ手際には差が出る。数をこなせば、黒狼団と遜色なく倒せるようになるだろう。
ふむ、ふむ。
「成程」
「は? なんだおい。なにが成程だ? てめえ」
……しまった。うっかり出てしまったが、今のは失言だった。
僕の言葉にユージンは殺気混じりの怒りを見せ、腰の剣に手をかけ、
「ユージン!」
「……チッ」
仲間の警告もあったが、流石に抜きはしなかった。
まあ、宿ん中で剣を抜くほどの無法者なら、とっくに官憲に捕まってるだろうし。
咄嗟に《固定》で止めようと思ったが、いらぬ心配だった。
「あーっと。挑発するみたいなこと言ってすまん。でも悪いけど、やっぱお前らは泊めらんない」
僕は立ち上がり、店員としてではなく冒険者として対応する。
どうすっかね、裏の訓練場に引っ張ってステゴロでわからせるか……いや、槍と魔導を使えばともかく、素手でこのレベルの冒険者を三人相手にすると負けかねんな。
少し悩んでいると、後ろから陽気な声がかけられた。
「よーう、ヘンリー? 喧嘩すんなら俺らも混ぜろよ」
「こういう輩は久し振りだな」
さっきまで談話室にいたハロルドとヴィンセントだ。不穏な気配を察して来てくれたらしい。
「また勇士かよ。外面だけいい雑魚が」
「この宿は勇士率三割くらいあるぞ。そんな目の敵にするやつ泊められるわけないだろ」
まあ、今はまだ『あいつ』さんの記憶が新しいから落ち着いていないだけだとは思うが。まあ、それ抜きにしてもやっぱ無理だな。
「宿の裏に訓練場がある。喧嘩すんなら、そっちで相手してやるよ」
「いいだろ。吠え面かくなよ!」
「どっちが! 田舎町でイキってた馬鹿を教育してやるよ!」
「んだとゴラァ!?」
ハロルドお前挑発しすぎィ! 遺恨残るぞ!?
イキイキして三人組と睨み合うハロルドのテンションをどう抑えようかと悩んでいると……ふと、トントン、と階段を降りる音が聞こえた。
「んげ!?」
「なにが、んげ、だ。ヘンリー」
やって来たのはクリスさん。めちゃ不機嫌そう。
「……まったく。人が折角、良書の読後の余韻に浸っていたというのに。ヘンリー、この手の客未満は、口を開く前に顔面に拳を打ち込んで黙らせろ」
無茶言い過ぎ!
「なんだあ? ここの客のガキかなんかか? 糞生意気な……」
『あ』
僕、ハロルド、ヴィンセントの三人が、思わず声を上げる。
「……ほう。いい糞度胸だな」
身長が低いことを異常に気にしているクリスさんが、引きつった笑いを黒狼団に向ける。
……その後の展開は、僕たちはなんとなく読めていた。
「シリルちゃーん、こっちも珈琲くれー」
「はーい!」
夕方。
冒険者パーティ黒狼団に『丁重にお引き取りいただいた』あと。
帰ってきたシリルに、予定通り茶の提供を任せ……これまた予想通り、野郎どもの注文が殺到した。
「フン、現金な連中だ。俺が淹れる時より随分楽しそうじゃないか」
「あ、あはは」
新刊の読書の二周目に入っているクリスさんが、憮然として文句を言う。
まあ、男だし。同じ飲むなら、女の子が淹れてくれた方がそりゃ嬉しいだろう。気持ちはわかる。
……配膳する時、お触りでもしようとしたらぶっ殺すけど。
「しかし、まあ。味も悪くはないな。俺の淹れ方とは少々流儀が違うが、中々だ」
たまには他人の淹れたものも一興だろうと、クリスさんもシリルに珈琲を注文していた。結構こだわりのある人なんだが、口元がほころんでいるところを見ると、シリルのは合格らしい。
「ええ。あいつはこういうの得意でして」
「……それに比べ、お前は酷かったらしいな。ヴィンセントから苦情が来たぞ。コクも香りもなにもかも消し飛んだ、苦いだけのお湯を飲ませられたと」
んが!?
「あー、そのー」
「俺が直々に教えてやったのに、完全に忘れているな? まあ、いきなり店番を頼んだ俺も悪いが、『次』に備えてまた教えてやろうか」
「ぼ、僕が休みの時は基本シリルも休みなんで! 役割分担しますので!」
珈琲やら紅茶やらを提供するシリルは楽しそうだ。これくらいの仕事なら、十分休みになるし……その、給金は僕から個人的に払えば。
「ふむ……そういえば、パティが褒めていたが、シリルは料理も得意だったな」
「はい、そうですけど?」
「なんなら、お前らこの宿いるか?」
ブッ!?
「い、いきなりなんですか!? なんで!?」
「いや、今日久し振りにゆっくり読書をしていて思ったのだ。やはり、仕事面倒臭いな、と」
駄目人間んん! いや、フローティアに引っ込んでた僕が言えた義理じゃないけど!
「ただ、客どもを路頭に迷わせるのもなんだし、無理だと考えていた。だが、お前らが引き継いでくれれば、晴れて俺とパティは自由の身になるなあ、と今ふと思ったわけだ」
「じ、自分の都合ばっかですね。あの、うちのシリル、一応故国を復興させるっつー目的があったりするんですが」
「そうだったな。……ふーむ」
なにやら、クリスさんが僕をジロジロ見る。……なんだ?
「相当ハードルの高い目標だと思うが……実際どうなんだ?」
「え、ええ。まあ、命の危険はありましたけど、魔将とか魔王とかの絡みで上の人に名前覚えてもらえていますし。可能性は出てきたんじゃないかと」
後ろでフローティア伯爵であるアルベール様も後押ししてくれているらしいし。
「そうか。……意外だな。ヘンリー、お前は……言ってはなんだが『持ってない』やつだと思ってた」
し、辛辣だなこの人。言ってはなんだがって思っているんだったら、言わなくてもいいだろうに。
「そ、そりゃ、僕の才能は正直『そこそこ、まあまあ』ってところですが」
「そっちじゃない。それに、戦いであればお前の才能は十分だ。そうじゃなくてだな」
ふーむ、とクリスさんが少し悩み、口を開いた。
「なんというのか、そういう事態の中心にいるような……そう、物語の主人公みたいな星の巡りは、お前にはないと思っていた。セシルみたいなやつはな」
「あー」
それは納得の評価である。僕がそういうのを演じたのは……フローティアに行く前だと、無理くり割って入った魔将ジルベルト討伐の時くらい? でもあれも、主役といえるのはエッゼさんだったし。
ただ、
「……多分、僕じゃなくて、うちの仲間の誰かじゃないですかね。そういう運気を持ってんのは」
「だろうな」
呟いて、クリスさんは残った珈琲を飲み干す。
「……さて、二周目も読み終わったし、面倒だが仕事に戻るか。ほれ、ヘンリー、今日の分の駄賃だ」
「いや、だからいらないって……」
断ろうとすると、クリスさんがポケットから二枚の券? を出す。
「内壁の中の劇場のチケットだ。今、ヴァルサルディ帝国の劇団が来ているらしくてな。……付き合いでもらったものだが、俺は興味ないし。今日働いてくれているあれを誘って行ってこい」
「え、でも僕も演劇とか興味な……」
「行ってこい! な?」
押し付けられた。
「う、うーん。まあ、シリルはこういうの好きだと思いますし、もらっときます。僕は寝ちゃいそうですが」
はは、と笑うと、クリスさんが頭を押さえる。
「……もしかして、この辺りは俺が教育するべきだったのか?」
「え? クリスさん、今なんか言いました?」
「なにも言っていない。さっさと行け」
どん、と背中を押されて。
僕は談話室で珈琲を振る舞っているシリルの方に向かうのだった。




