第二百五十三話 遠征の夜
ラ・フローティア三度目の遠征……の、とある夜。
パチパチと音を立てる焚き火に薪を追加し、『それ』がいい焼き加減になっているのを確認して……僕はふと上を見上げた。
「ティオ、周りの様子はどうだ?」
今日の野営場所は、大岩の影に陣取っている。その岩の上で周辺警戒をしているティオに声をかけると、ふっと飛び降りてきた。
「相変わらず魔物は多いですが、今のところこちらに来そうなのはいません」
「おう、そうか。……んじゃ、お疲れっと」
串に刺し、火で炙ったチーズを差し出す。
ティオはぺこりと一礼して、それを受け取った。
むにーん、とよく伸びるチーズに悪戦苦闘しながら、ティオはもぐもぐと食べ、慣れた人間にしかわからない程度に顔を綻ばせる。
「……美味しいですね、これ。強い蒸留酒が欲しいです」
「アホたれ」
「勿論、冗談ですが」
まあ、そうだろう。気付けや消毒用のアルコールはあるが、冒険中に酒を嗜むなど言語道断である。
……しかし、ティオも冗談言うようになったんだな。なんか昔は言いそうになかった気がするが、いい傾向である。
「でも、悪いなティオ。毎晩毎晩、負担かけて」
「いえ、私はどうしても他のみんなにくらべて直接戦闘力は低いですし。こういうところで貢献しないと」
ここまで気を抜いて――いや、フローティアの時の野営より三倍は警戒しているが――遠征中の夜を過ごせるのは、八割方ティオのおかげである。
まずはなにを置いてもティオの神器によって持ち込める道具だ。
焚き火を起こしても、明かりに魔物が寄ってこないのは『暗幕(内側からは素通し)』や『消音』の効果を持つ結界魔導具を贅沢に使っているからである。
定期的に人間が魔力を通さないと瘴気によって効果が薄れてしまうが、でかい据え付け型のを持ち込めたおかげでその負担も随分軽い。
無論、テントやら寝袋やら食料やら鍋釜食器の基本セットも潤沢である。
そして、最近ティオがゲットした夜でも昼間のように周囲を見渡せる神器『黒の瞳』。これを使って、ティオは夜の多くの時間を見張りに立ってくれているのだ。
視野や目の付け所については、もうティオは冒険者でもトップクラス。
ティオと、魔物が近付いてきた時の対処役のペアがいれば他の人間は眠れるとあって、随分楽をさせてもらっている。
……代わりに、ティオは他の人間の五割増しの時間を担当しているわけだ。頭が上がらない。
「それに、栄養剤の類もいいものを使わせてもらっていますし」
睡眠時間が取れないのを、それで補填しているわけだが、
「あー、でもなあ。三日、四日くらいならいいけど、あまり使いすぎると費用もかさむし体にも良くない。やっぱ僕ももうちょい索敵鍛えるかねえ」
ラ・フローティアの面子で実践レベルの斥候系の技能を持つのはティオと僕だけ。
ただ、僕の索敵の技量は、客観的に見ると一陣レベルの斥候……にはやや届かない、といったレベル。『遠征』での夜間警戒を単独でこなすには、いかにも心許ない。
……遠征においての索敵は、魔物がいるかどうかを見つけることではない。基本的に常に周囲に魔物がいる状況で、今どの程度の危険度なのか、不意にこちらに向かってきそうなのがいないか。そんな判断が求められるのだ。
たった二回の遠征で勘所を掴んだティオが、ちょいと天才過ぎるのである。
今回の遠征から帰ったら、ちょっとコツとか教えてもらおう。
「そこまでやられると私の立つ瀬がなくないですか」
「こっちはこっちで、十年以上先輩の面目が立たない」
遠征も、ティオの十倍以上こなしているんだけどなあ。
「そんなものですかね。……ちなみに、ヘンリーさん色々できるみたいですが、実はまだ隠している技能とかあるでしょう」
「いや、隠した覚えはないんだけど」
とはいっても、今まで見せたことがない、という意味ではいくつかある。
例えば、使える武器。素人じゃない、ってレベルでしかないが、短剣や大剣、弓や戦鎚、長柄各種、暗器諸々、棒辺りは実は使える。
クロシード式以外の魔導流派もかじったが、僕のおつむでは複数流派を使いこなすことはできなかったので、こっちは早々に諦めた。
他、補助技能的な解錠、罠作成・解除、荷物整理、早着替え、隠密……
十代も半ばの頃。自分の才能の限界に気付いて、とにかく色々手を出すことにして……我ながら、当時の迷走っぷりがわかるラインナップだ。『他の武器なら~』って鍛錬した時間を槍に費やしてれば、もう少し腕も上がっていただろうに。
「へえ」
僕が指折り数えて技能を説明すると、ティオは感心したように声を上げた。
「ちょこちょこ役に立ったり立たなかったり……まあ、そんな感じだ」
「本当、色々やってたんですね。なら、ちょっと相談してもいいですか?」
ん? 珍しいな。ティオ、基本的に自分のことは自分で決めるし、あまり他人に相談事とかしない方なんだが。
「そりゃ別に構わないけど。どんな話?」
「私、今短剣と弓で戦ってますけど……先程言ったとおり、ヘンリーさんやゼストさんは勿論、ジェンドさんにも戦闘力は劣っているので。こう、私に向いた武器とかに心当たりはありませんか。ちょっと試してみようかと」
そういう方向か……いや、でもなあ。
「さっき自分で言ってたろ。こういうところで貢献してんだから、気にしなくても……」
「いえ、他の人より弱いのが悔しいだけですが」
……さよけ。
「ていうか、アゲハに鍛えてもらってんだろ。あいつには聞いてないのか?」
「相談してみましたが、『首をぶっ刎ねれば勝ち確! 楽勝! 優勝!』と」
想像はついてたけど! 想像はついてたけど!
「教えてもらってる技も、全部『いかに首に切り込むか』みたいなものばっかりで。……いえ、それはそれで結構身になってはいるんですが、どうも私にはアゲハ姉ほど首を狙うセンスがないらしく」
あっても困る。
しかし、武器、武器を変えるねえ……
「正直に言うと、今の武器を練磨してくのが一番だと思うけど」
「それは勿論続けます。でも、もしかしたらと思って」
うーむ、このティオは昔の僕と同じだな。強さを求めて、とにかく色々試してみようってことだ。
僕は色々手ぇ出した割に、今じゃ槍と如意天槍を変化させた片手剣くらいしか使っていないが、僕とは違ってこいつは器用だしもしかしたらいけるかもしれない。
武器の重量や価格は、もはや気にするまでもないだろう。ティオは華奢だが、魔力強化すればどんな武器でも振るえるし、遠征に行くレベルの冒険者パーティの稼ぎで買えない武器なんぞ殆どない。
だから、極端な話ジェンドみたいに大剣使いも目指せるのだが……
「やっぱり槍だな、槍。突いてよし、斬ってよし、払ってよし、投げてよし。初心者から熟練者まで、とりあえずこれ持っとけば間違いない。ティオ、お前も槍使いにならないか?」
「……それ、自分の得物だから贔屓入っていますよね」
ぬぐっ!? そ、そういう思いが一割程度入っていることは否定しないが!
「い、いやいや、聞けって。槍なら僕やゼストが多少教えてやれるし、新しい武器を始めるなら身近に使い手がいた方がいいだろう?」
「む、なるほど」
ティオが納得する。
くっくっく、槍の魅力にどっぷりと浸かるがいい!
……とは、ちょっとしか思わないが、楽しみになってきたな。フェザード王国流槍術を存分に教えてやろう。僕のは如意天槍用に大分変えてるけど。
「それでは、よろしくお願いします」
「おう。……まあ、まずは今回の遠征を無事終えてからだな」
「はい、もう一度上で警戒します。あ、チーズご馳走様でした」
おう、と手を上げる。
ティオは、見上げるような大岩をぴょんぴょんと器用に上っていき、再び警戒に――
「……あ。ヘンリーさん! 巨人が三匹、こっちに歩いてきてます。三分くらいで到着しそうです」
ええい、僕の担当時間だけで魔物の襲撃は今夜これで三度目! 相変わらず、遠征キッツイなあ! いや、ティオのおかげで大分少ないんだけどねこれでも!
迂闊に僕たちの野営場所に踏み込んできた巨人――『暗幕』と『消音』の結界のおかげで、無警戒に入ってきたそいつらを投槍で頭蓋を粉砕して仕留め。
その二十分後くらいにやって来た下級上位の草狼の群れを蹴散らし。
交代の時間である。
「おはよう、ヘンリー」
「おふぁようございまふ~~」
次は、ジェンドとシリル。ティオは続行だ。
しかし、シリル……お前、遠征でそこまで熟睡できんのはある意味才能だぞ、おい。
「ほれ、シャキっとしろ。珈琲淹れといてやったから」
「ふぁい、これはどうも」
シリルにカップを渡す。
「ほれ、ジェンドも」
「おう、サンキュな」
シリルとジェンドが、それぞれ珈琲に口をつける。と、シリルがうえ~、と呻いた。
「これ苦すぎません~?」
「おう、今回持ってきた特製ブレンドだ。目ぇ覚めただろ。あと、苦いけど滋養にいいハーブが混ぜてあるんだ。元気出るぞ」
遠征三回目ともなれば慣れてしまったが、こんなのを遠征中の夜に味わえるなど、とんだ贅沢だ。
「んじゃ、あとは頼む。……シリル、できれば派手すぎる魔法は勘弁してくれよ」
「それは入ってくる魔物さんに言ってください」
この三人が番に立つと、ティオが先行して魔物を発見、即シリルが魔法歌開始、陣地に入ってきた魔物をジェンドが足止めして魔法ドーン! が戦術となる。
……問題は、上級とか仕留める魔法になると音とか光も派手で、安眠妨害になることだ。
いや、仕方ないんだけど。
「では、ヘンリーさん。先程の約束、よろしくお願いします」
「ああ、了解。じゃ、おやすみ」
さっきの会話のことにティオが言及し、僕は手をひらひらさせ……なんかシリルが反応した。
「……むむ? ヘンリーさんとティオちゃん、なにやら私に内緒でお出かけでもするんですか? ま、まさかデートとか?」
「ちげーよ」
んな女性陣全方位敵に回しそうなことするか。
「じゃ、どーゆーことなんです?」
「そりゃ……いいや、めんどい。ティオ、説明しといてくれ」
とっとと体を休めようと、テントに入る。
さっと体を横にし、目を瞑っていると、外の会話が聞こえる。
「……実はデートではないですが、今度二人きりでお酒を呑まないかと誘われまして」
「な、なんですとー!?」
「冗談です」
ブフッ、と。
僕は思わず吹き出し。
……ティオ、やっぱ色々成長しているな、なんかアカン感じに。
と、実感するのだった。
 




