第二百五十二話 冒険者と騎士
リーガレオ、黒龍騎士団兵舎併設の訓練場。
今日ここで、僕たちラ・フローティアの男たちは……地獄のような模擬戦を強いられていた!
「ふぅむ! 流石に三人相手は骨が折れるであるな!」
とかなんとか言いながら、エッゼさんが自慢の大剣を振り回し、前衛のゼストをガードさせる。
一瞬ゼストの足が止まったところで、エッゼさんは更に尋常じゃない速度で切り返し、別の角度からの一撃を見舞いにかかった。
「……! 盾よ!」
槍でのガードが間に合わない――相手大剣なのに信じられん話だが――と悟ったゼストが、神器で光の盾を生み出し、剣を防ぎにかかる……が、
「甘いわぁ!」
……んん??? なんか今、エッゼさんの剣が変な挙動をして、ゼストの盾のある位置をスルーした!?
「ふっ、その盾は強力であるが、やや小さいのが難点ぞ!」
「ぬぐ!」
軌道がブレたおかげで、ゼストもなんとかダメージの少ない受け方ができたが……一撃の最中に、あんな器用に剣動かすことできんのか。
……と、感心しながら、僕は容赦なくエッゼさんに向けて強化込みの槍をブン投げる。
「ぬ!?」
当たり前のように弾かれるが、それでいい。
こっちに集中させたところで、ジェンドが突っ込んでいる。
「――――!」
ここでは気合の雄叫びは必要ない。エッゼさんの意識が僕とゼストに向かったところを、ジェンドが無言で斬り掛かり、
「流石にムシが良すぎるのである!」
が、歴戦の英雄にとっては見え見えの戦術だったらしく、ジェンドの攻撃は防がれた。
「ジェンドはここまでである!」
「させるか!」
反撃に出ようとしたエッゼさんの出足が、ゼストの生み出した盾によって一瞬阻まれる。
「ォォォオオオオオ!」
「ぬううううう!?」
そしてジェンドは今度こそ裂帛の気合を込め、次々と攻撃を繰り出す。先程の一歩がほんの数秒、ジェンドの攻勢を生み出し……今度は僕がエッゼさんの意識から少し薄れた。
「ふっ!」
その間に、僕は飛ぶ。
「《光板》!」
宙に足場を作り出し、更に跳躍してジェンドとエッゼさんの戦いの真上に。
自分自身が弓になった感覚で、空中で体を捻り、如意天槍を構える。当然、強化は五重に――すると万が一がある可能性がないわけじゃない気がするので、三重に留めてかける。
この作戦を事前に決めていたので、ジェンドとゼストは承知したようにすぐに離れ、
「ぬ!? ヘンリーか!」
気付いてももうおせえ!
「ォォラァ!」
僕はエッゼさんに向け、宙から無数に分裂させた如意天槍を投擲した。
着弾。硬質な音がいくつも響き、土煙が舞い上がる。
「《光板》」
もう一度足場を生み出して蹴り、一度引いた仲間二人のところに合流する。
「……仕留めたか?」
「手応えはあったけど……エッゼさんだからな……」
人間、上方はどうしても死角となる。飛行する魔物が同レベル帯の魔物より基本一つか二つ上の階級に分類されているのは、純近接屋だと攻撃が届かないということもあるが、こちらの理由も大きい。
意識がしづらく、体の構造的に守るにも難い方向。
これならクリーンヒットさせられるんじゃね? と思いつきのアイデアを試してみたのだが、
「ふっ、ううううう! いやぁ、なかなかであったぞ!」
……当たり前の顔して防いでるぅぅ。
鎧に傷がついちゃいるが、血ぃ一つ流してねえ。
「呆れた頑丈さですね。俺も防御役としてはそれなりの自負がありますが、自信なくなりそうですよ」
「なになに。純粋な防御力ではお主のほうが上だろうよ。こう、うまい具合に捌けるように動くのだ。経験と勘であるな!」
経験はともかく、勘で防がれたら敵わないんですけど!
質問をしたゼストも同意見なのか、ため息をついて槍を構え直した。
「今のは思ったよりダメージを与えられなかったが、いけるぞ、二人とも。三人がかりであれば、あの大英雄とて押していける」
「……ああ、そうだな!」
まあ、街を壊したりしないよう長射程のルミナスブレードは禁止してたり、なんか『次はなにをしてくるのであるかな?』みたいなワクワクで若干の手加減が入っている気がするが、それでもそうだ!
この三人なら、十分エッゼさんに勝ち目がある。イクゾー!
「……負けた」
ぐでー、と。
黒竜騎士団兵舎の食堂にお邪魔して、僕とジェンド、ゼストの三人は休憩させてもらっていた。
「はっはっは。なかなかに楽しかったぞ」
「……そーですか」
と、同じテーブルでミルクと砂糖マシマシの珈琲を啜っているエッゼさんを、僕は恨めしげに睨む。
「つーか、なんなんですか、あれ。急に動きが変わったの」
再び挑みかかった後、なんかエッゼさんの動きが別人みたく変わったのだ。それも一種類や二種類じゃなく、十以上にポンポンと。
力任せの剛剣に、テクニカルな技量派、常道から大きく外れた奇剣、果ては大剣を片手剣みたく振り回したり、体当たりを全力で敢行してきたり。
「我は色々な流派を学んでいてな。今はそれらの思想を合わせた剣を使っているが……なに、それぞれの流派に立ち返ればああいうことも可能なのだ。要はも~どちぇんじである。魔物相手では無意味だが、人間相手には中々効くぞ?」
効いた、効きまくった。
普段のエッゼさんよりは弱かったはずだが、『相手がこうしてくる』という予想を完膚なきまでに粉砕され、僕たち三人はもうコテンパンにやられてしまった。
「しかし、我は楽しかったが、三人とも身になったかな? 前回の失態の穴埋めに、多少なりともなっていれば重畳である」
魔将ランパルド。
最初は僕たちが足止めしていたが、エッゼさんが来たので相手を交代した。その方が勝率が高いからだ。
しかし、セシルさんに胴体両断された魔王が大量の魔物を生み出し、その物量のせいでエッゼさんはランパルドを取り逃がした。
……功績を譲っておいてもらいながら、不甲斐ないことである! 詫びの一つとして、三人まとめて稽古つけてやろう!
というのが、エッゼさんの言い分である。なお、女性陣にはなんかアクセサリーとか渡してた。
「久々でしたけど、やっぱ色々参考になります」
「ええ、ヘンリーの言う通り。俺も勉強させてもらいました」
僕とゼストはそう答える。
なにかと忙しいエッゼさんに鍛えてもらえるのは、貴重な機会なのだ。
だが、
「っと、そうか。ジェンドは普段から我が稽古をつけてやっていたな。詫びにはならんか。……フム、ではこの後少し残れ。我が秘剣の一つを授けてやろう」
「マジっすか!」
「うむ」
同じ大剣使いとして(決して変な意味ではなく)可愛がられているジェンドには、なんかオマケがついた。
……って、エッゼさんの秘剣とか、大金積んでも教えを請いたがる連中はごまんといるぞ。なんつーラッキーな。
と、ジェンドを羨ましがっていると、食堂に一人の騎士が訪れた。
飯時でもないのにやって来たのは、オーウェンだ。同じ年代、同じ槍使いとして、僕やゼストとは仲がいい――三馬鹿扱いは納得できないが。
「団長、お疲れさまです。……で、ラ・フローティア、こんちは」
「うむ」
「おーう」
手をひらひらさせる。
オーウェンは今日は非番なのか、黒竜騎士団の制式装備である黒鎧は身に付けておらず、ラフな格好だ。
「あー、団長、珈琲淹れますけど、おかわりどうっすか。ヘンリーたちも、そろそろ息整ったみたいだし、よければついでに淹れるぜ」
「んじゃ、頼もうかな」
エッゼさん含め、全員が手を上げ、『よしきた』とオーウェンは騎士団の食堂の備品である珈琲セットに向かう。
手際よく、ミルで豆を挽きドリッパーをセット。薬缶を手に取り、キッチンの方にある火をかける魔導具のところへ――
「オーウェン、お湯なら」
「っと、そっか。ヘンリー、頼む」
薬缶の蓋を開けたところに《水》+《火》で作った湯を注いでやる。
オーウェンがドリッパーに湯をなんかそれっぽい動作で注ぐと、ふわりと芳醇な香りが湧き立った。
……失礼ながら、さっきエッゼさんが淹れた時と同じ豆とは思えない香りだ。
「ふぅむ、相変わらず、リオルに似て珈琲に関しては凝り性であるな、オーウェン」
「はは、リオルさんには全然敵いませんよ。魔導で即興で豆を焙煎するとか、ちょっと真似できないっす」
真似する必要ないと思うよ。
そうして、しばらく待っていると五杯の珈琲がテーブルに並べられた。
「……お、今日はうまくいったな」
一口すすり、オーウェンが呟く。
美味いのはわかるんだが、細かな違いとかわからないなあ。
「オーウェン、最近調子どうよ」
「まあ、なかなかいい感じだ。一度サンウェストに行ったのもいい経験だった。最近上り調子ってとこだ。そっちこそ……また魔将とやりあったって聞いたが」
「僕たちもトントン拍子で上に行ってる感じだなあ」
互いに近況を話す。
たまに合同の作戦なんかもあるが、基本的には冒険者と騎士では割り当てられる戦場が違う。実は話すのは久し振りだ。
なにかと話の種は尽きず、『では先程の約束を果たしに行こうか!』と、エッゼさんがジェンドを引き摺っていた後もしばらく談笑は続き……『あ』と、ふとオーウェンが声を上げた。
「オーウェン、どうした?」
「やべえやべえ。忘れるところだった。いや、ここに話に来たのは、実はお前らにちょっと相談があったからなんだ」
オーウェンが、相談?
「……女関係の話であれば他を当たれ。俺たちに相談など持ちかけるな」
「ゼスト。たち、って……僕は一応シリルと付き合っていてな」
「俺『たち』には向かん相談だ」
テメエ、強調しやがったな!? このヘンリーさんのどこが女関係の相談に向かないのか説明してもらいたいところだ!
……いや、まあ。
自信があるのかと聞かれたら、まったくないと答えざるをえないわけだが。
「馬鹿。俺が修羅場ったりするわけないだろ。先々週ミリアと円満に別れた後に、一昨日デイジーとお付き合いを始めてだな」
「ヘンリー、ものは相談だが。この男、一つ締めた方がいいのではないだろうか」
「同感だ」
浮き名を流しまくっていることは知っているが、よくもそんなポンポンと。
「ああ、待て待て! だから、相談ってのは全然別で……なあ、お前らんとこの星の高鳴り亭、空き部屋ってあるか?」
? いきなりなにを。
まさかオーウェンが今更退職して冒険者としてやり直すわけでもあるまいに。
別に答えるのはいいのだが、
「いや、僕は把握してない。ゼストは?」
「俺は最近入ったから、その時にクリスさんに聞いて知っている。空き部屋なら当時はまだ三部屋はあると言っていた。最近入った人間もいないし、まだ空いていると思うが……それがどうした?」
あー、と頭をかきながら、オーウェンは懐から手紙を取り出した。
「俺の弟とその仲間……ヘンリーは知ってるけど、フレッドとエミリーがな。再来月……年明けの祝いごとが終わった辺りの時期に、リーガレオに来る予定らしい」
……は?
「あの、訓練は積んでても、あいつら確か冒険者としてはまだ一年も……」
「上級も割と安定して倒せるようになってんだとさ。特に実戦こなしたエミリーの伸び具合が凄まじい……らしい。俺がサンウェストの騎士団の出向から帰ってくる辺りで、もう大分強かったけど」
サンウェストにある魔導・魔法関連の研究教育機関『賢者の塔』
そこの短期講習で一緒になった、オーウェンの弟アルフレッドと、自称『天才』――そして実際に誰も否定できない腕を持つ――エミリー・ステイシア。
冒険者としてコンビで活動しているという話だったが、もうリーガレオを見据えるレベルなのか。
「……まあ、頷けないわけじゃないな。講習中、僕が槍の手ほどきしたし。僕の薫陶の賜物だろ」
「はあ!? お前が賢者の塔卒業した後、俺も散々鍛えてやったし!」
対抗してくるオーウェンに『やるか?』と視線を向ける。もうエッゼさんとの模擬戦の疲労はすっかり癒えた。
『やったらぁ』とオーウェンが視線を返してきて……ゼストが、『やめろ』と口を挟んだ。
「その二人のことは俺は知らないが……要は、二人のために星の高鳴り亭の部屋を確保しておきたい、という話でいいか、オーウェン」
「あー、そうだ。知り合いがいるところの方がいいだろうし。それに……まあ、シャクだけど、お前らが一緒にいれば、色々安心だしな」
臨時で一緒に行くことはあるだろうが、同じパーティになるわけではない。
……が、同じ宿同士であれば助け合いは普通だ。リーガレオが初めての二人には、色々アドバイスもできるだろう。
「そういうことなら、わかった。まあ、クリスさんも嫌とは言わないと思う」
「……そうなのか? いや、相談しておいてなんだけど、こんなに前から押さえられるもんなのか」
「信頼できる入居者、って、何気にハードル高いんだよ」
粗暴なやつや、ルールを守らないやつが入っても困る。……そういう連中の受け入れ先的なところもあるが、星の高鳴り亭は大分『お行儀のいい』部類の宿だ。
あと、うちの場合ユーを目当てで入ろうとするやつもいるし……フレッドとエミリーならそういう心配はない。いや、フレッドはユーファンではあるが、それを理由に宿の雰囲気を壊したりすることはないだろう。
そういう、信頼できる相手となれば、多少早くても押さえられる。僕たちがフローティアからこっち来るときも似たような感じだったし。
「そっか。じゃ、この後宿にお邪魔させてもらって、その件伝えるから、口添え頼んでもいいか?」
「ああ、いいぞ」
そのくらいならお安い御用である。
「おう、サンキュ。……じゃ、向かう準備ついでに、口添え料取ってくる」
「あん?」
口添え料? いや、このくらいは別に……
「フォルズモアの二十年もの……一緒にどうだ?」
「是非くれ!」
高級ウイスキーの銘柄。しかも、僕の好きなやつだ。
るんるん気分で、僕は自室に戻っていくオーウェンを見送るのだった。
そうして、その日の夜。
星の高鳴り亭の食堂で、盃を酌み交わす冒険者と騎士が、いたとかいなかったとか。




