第二百五十一話 シリルと聖女とカジノ 後編
「こ、コール」
……ユーが少し震える声で宣言して、チップを追加する。
「へへ、おねーちゃん。妙に強気だけど、さっきと同じミスしてんじゃねえの?」
「う、うるさいですね。降りないんですか」
「降りるかよ」
ユーと同卓の男も、同じくチップを追加。
場にチップが出揃ったところで、カードオープン。
「……あが?」
……結果は、ユーの勝ち。
一回目の勝負であからさまな素人を装い、弱い手札でチップを突っ込んでいった様を見せたあとの、これである。
今回のチップは、一回目より更に高騰していて……ゲットしたチップに、ユーはホクホク顔である。
「あら、勝っちゃいました」
「……オイオイオイオイ。まさか、今までの演技か」
「いえいえ、ビギナーズラックですよ、ビギナーズラック」
嘘こけ。
そんな思いは、ユーの卓の全員が同じのようで、どこかデレデレした雰囲気が引き締まる。
……ユーは変装していても、まあ美人だ。で、知らない相手には初手はぶりっ子を演じて、油断させる。
ユー曰く、『合法的な手段であれば全力で臨むのが流儀です』とのことだが……セコいっつーか、手段選ばねーっつーか。
「あ、やったぁ! 勝ちました!」
「あー、くそ。ストレートフラッシュとか、久し振りに見たぞ」
そして別の卓では、こっちは正真正銘のビギナーズラックで勝ったシリルが無邪気に喜んでいる。
まあ、めっちゃニマニマしてて、あからさまに『勝ちますよー』雰囲気を出していたので、儲けたチップはそれほどでもないが。
「はあ」
……まあ、とりあえず一安心だ。
とりあえず、シリルの相手もユーの相手も、負けが込んでも絡んできそうな面子じゃない。
いや、実際いるんだよね。頭に血ぃ上って乱暴働こうとするやつ。
当然、そんなやつは即拘束の上、出禁。場合によっては実刑食らうわけだが……それをちゃんと理解しているお賢い人間だけなら、冒険者の世間的な評判はもっといいだろう。
兵士さんとか騎士とか、他にも戦いを生業にする人はここに来ているが、その手の問題を起こすのは圧倒的に冒険者が多い。
「……っと、ん? なんだ、ヘンリーじゃないか」
「おう、ハロルドか」
同じ星の高鳴り亭に逗留している知り合い。パーティ『スターナイツ』のハロルドが、通りがかった。
そういや、こいつも博打はそれなりに好きだったっけ。
「なんだ、珍しいなヘンリー。お前、こっち帰ってきてからカジノには来てなかったろ」
「みんなすぐ強くなってくから、色々忙しくてなあ。休みは休みで、訓練するか体休めるか……あとはシリルの相手もしないといけないし」
「へーへー。お熱いようで、ようございますねえ」
若干ひがみが入った感じにハロルドが答え……また勝って喜んでるシリルに目を向ける。
「で、今日のデートはカジノってか。楽しんではいるみたいだけど、意外だな。こういうとこに自分から来たがる子とは思ってなかった。ヘンリーも別に、そんな好きでもなかったろ」
「たまには行きたいって思うけどな。でも、本命はあっちの付き添い」
「ん? って、ああ」
背を向けているのでハロルドは気付いていなかったようだが、指を差すと流石にわかったようだ。
「……ティア嬢、久々だな」
「ああ。一人で来ると面倒だから、連れがいないと来れないらしくてな。シリルも巻き込んで、僕が護衛だ」
「まあ、あんだけの美人が一人なら、そりゃ絡まれるよな……」
普通のナンパくらいならまだいいが、ちょっと強引に口説こうとする輩が出てきたら厄介だ。
ユーも普通の男の二、三人くらい楽勝で畳めるが、近接戦でユー以上のやつなんていくらでも……とまでは言わないが、普通にいる。そして、返り討ちにできたとしても、万が一それで正体がバレでもしたら救済の聖女さんのイメージがヤバい。
「しかし、なんだ。ティアが来なくなったのはそれが理由だったのか。普段世話になってるし、言ってくれりゃ俺も付き添いくらい……」
考えてみればそりゃそうである。
なんで僕だけ振り回してんだ、あいつ。
「……あー、でもあれか。俺じゃ信頼度が足りんか」
「? なに言ってんだお前」
多少軽薄なところはあるが、ハロルドが真面目で実力もあることはユーもよく知っているはずだが。
「んにゃ、無理だろ。こんな所にあいつと一緒に来て、口説かねえ自信は俺にはない。ティアもその辺の男だとそうなるってわかってんだろうな」
…………………………………………………………………………ああ。
「……まったく想定もしてなかったって顔だな、ヘンリー」
「いや、うん。言われてみれば」
遺憾ながら、ユーが世間一般から見ていい女だということは承知している。
でもなあ……子供の頃、ままごとみたいなお付き合いをしたことはあるが、もう今となってはそういう気になれないのだ。
いや、シリルがいることも勿論だが……自分でも理由よくわかんね。
「お前ら相変わらず距離感変だよな……まあ、とりあえず、俺はルーレットだ。じゃな」
ハロルドは呆れたように言って、手を上げて去っていくのだった。
「……ぷはぁ! 勝利の美酒は美味しいですねえ」
……と。
カジノ併設のバーで、度数のキッツイカクテルを一息に呷ったユーはそう零した。
ポーカーでさんざっぱら勝負した後、ここのゲーム全部回る勢いで半日近く遊びまくり……結果、そこそこに勝って換金してからのこの台詞である。
そりゃ救済の聖女のこんな様は、公にはできないだろうと深く頷ける光景だ。
なお、ここで勝った時の定番パターンでもある。
「あ、バーテンさん! これもう一つおかわりください」
勝利に酔っている客には流石に慣れているのか、勢い込んだユーの注文にも、バーテンさんは心得たように頷く。
チッ、僕も呑みたいなあ。でも、流石に護衛役なのに酔うわけにはいかず、炭酸水だ。
……帰ってから一杯やろ。
「シリールさん!」
「あっ、はい」
ユーが、こっちはノンアルのカクテルを傾けているシリルに絡みにいった。
「シリルさんもおめでとうございます! 随分勝ってたみたいじゃないですか」
「そ、そうですねー。ちょっとイマイチルールがわからないのも多かったですが」
初心者のくせに、ユー以上に儲けたからなこいつ。
「あはは。運がいいですねー。ほら、ヘンリー。あなた、この幸運の女神を大切にしなさい」
「……いや、『幸運の女神』はいくらなんでも大げさだろ」
「それ言っちゃったら、私の二つ名も大概大げさですよー」
いや、お前の実績からしてそっちは大げさじゃないぞ。それはそれとしてこのネタは全力でからかいの材料にする所存だが。
「そーいえば、ふと気付いたんですが」
と、シリルがふと口を開いた。
「どうした?」
「いや、私のリンクリングあるじゃないですか。……別に使うつもりなんてありませんが、これ悪用したらポーカーとか勝ち放題なのでは?」
「……あのな」
なにを言い出すかと思えば。
「入場の時、使う魔導具申請させられたの、なんのためだと思ってんだ。イカサマ防止のためだろ」
リンクリングのような通信の他、視野を広くしたり、幻影を生み出したり、念動だったり。カジノで不正利用できるような魔導具や神器はいくらでもある。
しかし、発動させると魔力が漏れるため、事前に利用申請した以外のものが使われたら店員がすっ飛んでくるという寸法だ。
「あ、そっか」
「私の魔導具も、ちゃーんと登録してますしねー」
おかわりのカクテルを傾けながら、ユーが首から下げた声を変えるためのネックレス型の魔導具を弄る。
「おまたせしました。チーズの盛り合わせとナッツです」
っと、ユーが注文したつまみが届いた。僕が注文したミックスサンドはもうちょいかかるか。
「どうもー。あ、このカクテルもう一杯ください。美味しいですねこれ」
「恐縮です」
……いやいや。
「ティア、お前呑みすぎ。へばって帰れなくなるぞ」
「へーきですよ、へーき」
酔いを覚ますクリア・ドランクの魔導をアテにしてんのか? あれ乱用すると怒られるぞ。
などと考えていると、ふっふー、とユーが笑みをこぼし、こちらに視線を向けた。
「ヘンリー? わかってないですねー。あなたに付いてきてもらったのはこういう時のためでもあるんですから」
「……送れってか」
はあ、と、僕は重い溜息をついた。
言い出したら聞かないからなコイツ……
「え、えーと。ティアさん?」
「うん? どうしました、シリルさん」
「そのー、あまりうちのヘンリーさんを便利に使うのはちょっと。……便利に使う優先権は私にあるというか!」
前半いいこと言ったと思ったら後半で台無しだよお前!
「んんー、いいですねー。かわいい嫉妬です」
「なるほど、嫉妬しっとーる、というわけか」
「ヘンリー、死んでください」
い、いや、割とうまいこと言ったと思わん? ……あ、たまたま聞いてたバーテンさんも呆れ顔だ。駄目だったかー。
「わかりました。シリルさんのお言葉ももっともです。ちゃーんと私は自分の足で帰りますよ」
――などという宣言はなんだったのか。
「……ぐあー、もう一杯ー」
「黙って眠れんのかこいつ」
僕におんぶされながら寝言をほざくユーに、僕は呆れる。
結局。
あの後も『もうちょっとなら大丈夫ですよー』『あと一杯、あと一杯』『いやー、これすいすい呑みやすいですねー』と。
ぱかぱかカクテルを空けて、今日の儲け分の三倍くらい飲み食いして、ユーはバタンと寝こけやがったのだ。
放置するわけにもいかず、結局僕がおぶっていくことになってしまった。
「ヘンリーさん、変なところ触ってないでしょうね?」
「するか」
乳のひとつくらい揉んでも神様からのバチは当たらんだろうが、隣のシリルからのバチは当たる。大体、寝てる相手にってのは僕の趣味じゃない。
「そうですか。……しかし、ヘンリーさんとユーさんは相変わらず仲がいいですね」
「ん? そうか?」
「そうですよ。ヘンリーさんはくっだらない冗談で茶化しましたが、正直ちょっぴり妬ましいです。あ、念を押しておきますけど、あの冗談は本当にくだらなかったです」
……後半の方に熱が入っている気がするのは気のせいでしょうかシリルさん。
「ま、まあ付き合いの長さだよ、うん。あと、冗談についてはそこまで辛辣に言わなくても……」
「いえ、こうして釘を差しておかないとまたしょうもないこと言いそうなので」
ぬ、ぬう。久し振りに思いついたのだが。
よし、次はこんなこと言われないよう、もっといいネタを考えておこう。
そんな風に、つらつらと頭の中で思考を巡らせながら。
もうすっかり暗くなった道を、僕とシリルとユー、三人で歩いていくのだった。……いや、一人は歩いてないんだけど。
 




