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第二十五話 いなくなった人、いた

 ラナちゃんには悪いが、更に寄り道をすることにした。

 やって来たのは、王都のグランディス教会。


「……あれ、ヘンリーさん、本当にここが教会ですか?」

「そうだぞ。ほれ、教会のエンブレムもある」


 盾と、十字にクロスした剣の意匠。見慣れたグランディス神の紋章だ。


「いや、でも。王都なのに、フローティアの教会より小さいじゃないですか。あ、この街にはいくつもあるとか?」

「まあ他にもあるにはあるが。そっちは本当に祈りを捧げたりするだけのところで、冒険者向けの教会はここだけ」


 冒険者は、グランディス神へ戦いの誓いを立てた人間のことである。で、別にこの誓いを立てていなくても、普通に信仰している人はいる。そういった人がお祈りするためのでかい教会は王都にはあるが、そっちはクエストの受付や天の宝物庫からの下賜は担当していない。


 なお、酒場だけは、どっちも併設している。休養日に、朝のお祈りついでに一杯……なんて他の神の信徒から見れば暴挙と言えるようなことをする信者もいて、そういう人は敬虔な人扱いだ。

 ……酒の神様じゃないはずなんだけどなあ。


 ともあれ、


「なあ、シリル。冒険者って、クエストとかもあるけど、本業は魔物倒すことだよな」

「はあ、何を今更」

「つーことは、魔物がいないと、仕事ないよな」

「……まさか、いないんですか。この辺り」

「いない」


 万が一にでも王都に魔物が侵入しないよう、定期的に付近が浄化されており、自然発生する魔物はほぼいない。仮に発生しても付近を巡回している兵士にすぐ倒される。


 倒すべき魔物がいない。そのため、王都を拠点にする冒険者は、実はあまりいないのである。


「そうなのか。俺、王都には強い冒険者がいっぱいいると思ってたよ」

「専業冒険者で強いのはあまりいないな。兼業冒険者の騎士の人たちは大体強いけど」


 グランディス教会は国教なので、兵士とか騎士みたいな、職業柄魔物を倒すことがある人達は誓いを立てている。

 魔物のドロップ品も集めず、クエストとかも受注せず、たまに天の宝物庫の神器を貰いに来るだけだが。


「だけどな。こういう大きな街だと、それなりに色んなクエストがあって、そいつを専門にしてる人がいるんだ。街スタイル、とか言ったりするな」


 よその街である程度鍛えた後、大きくて安全な街で日雇いの仕事を教会に仲介してもらって……という感じだ。


 まあ、アルヴィニア王国でも、冒険者が狩る奴がいないほど偏執的に付近の浄化してんのはセントアリオだけだけど。

 他の大きな街……四方都市なんかは、それでも少し足を伸ばせば冒険者向けの狩場はある。


「ティオなんか色々小器用だから、街スタイルもいいかもしれないな」

「そうですかね。……でもそれって、冒険者とは言わないのでは」

「いや……まあ普通の日雇い労働者と何が違うって言われたら困るけど」


 でも、冒険者なんだよ!


「ま、まあ、街スタイルを専門にするぐらいなら、普通にちゃんと定職に着いたほうがいいんだけどな。でも、色んな事情で定職に就けない人もいるし」


 教会は本人の実績しか見ない組織だから、そういう人にとってはありがたい。


「えーと、それでヘンリーさん。教会に来たのは、なんでなんでしょうか?」

「ごめんね、ラナちゃん。すぐ終わるから」

「いえ、構いませんけど。理由を聞いていなかったので」


 おっと、そうか。グランディス教会に用がある、としか言っていなかった。ちょっと先走っちゃったか。

 というか、ちょっと話が脱線しすぎた。


「実は、シリルとジェンドの友達が王都にいるはずなんだが、行方知れずでな。人探しのクエストを出そうかと」

「……俺たちが頼む側か! そりゃ思いつかなかった」


 まあ、僕たちいつも受ける側だからね。そっちに思考が行くのもわかるが。


「結構、頼む機会は多いぞ。新しい装備を作るための素材集めを依頼したり、新しい狩場行く前に偵察お願いしたり」


 勿論、あんまり舐めた依頼――最上級の魔物を討伐したいので先行して削ってくれ(意訳:死ね)とか――は教会が却下するが、冒険者が発注すること自体は別に問題はない。


「まあ、そういうわけだ。人探しなら危険もないし、依頼金も手頃なはずだよ」

「そうなんですか。フェリスさん、見つかりますかね?」

「僕たちが王都に滞在中に見つかるかは運だなあ」


 でも、そんなに分の悪い賭けではないと思う。

 近所の人に聞き込みをしたところ、ハーシェル家は親戚連中から総スカン食らったらしく、身寄りのない状態で。んで、二人の話を聞くに、見た目は美しい女で。しかも、不正をした騎士の娘で、ちゃんとした職業には就きづらい。


 ……当時、十四、五の少女がそんな状態で一人で放り出されたとすると、こう、健康な男が通い詰める系のお店とかに流れてる可能性は、そこそこ高い。

 リーガレオでも、そういう子はいた。……まあ、可哀想だなんて同情なんてして隙を見せると、あれよあれよと金を巻き上げられるんだが。

 うん、どんな境遇に落ちても、たくましい子はたくましい。


 ともあれ。冒険者は、そういうとこに行く奴が多いので、もしこの想像が確かであれば、発見できるだろう。


 あまり、愉快な話じゃないがね。


「おっと、教会前で突っ立ってないで、とっとと入るか」
















 教会内部の作りは、フローティアとほぼ一緒。ただ、全体的に一回り小さく、酒場で呑んだくれてる冒険者の数も少ない。


 まあ、他の教会の空気を味わうのもいいが、今日は目的があるのでとっとと受付に向かう。

 顔見知りの受付がいたので、そちらへ。


「あら! こんにちは、ヘンリーさん。お久し振りですね」

「どうも、ソニアさん。ちょいと護衛クエストで、王都に来たんですよ」


 王都の受付嬢ソニアさん。長い耳が特徴の、エルフの人だ。

 種族柄美形が多いエルフの中でも、かなりの美人さん。……やっぱ教会の窓口って、美人で固めているんだろうか。フローティアのフェリシアさんといい、顔がいい人が多いよな。

 いや、僕的には大いにありがたいのだが。


「フローティアの居心地はどうですか?」

「ええ、中々快適です」


 クエストで王都に来たりした時は、逆にリーガレオ行きの護衛クエストなんかをこの人から受注していた。割と懐かしい。


「そうそう、それより、今日はクエストの発注に来たんです」

「はい、かしこまりました。どのようなご依頼ですか?」

「あ、こっちが今固定でパーティ組んでる、シリル、ジェンド、ティオです。で、シリルとジェンドの知り合いが王都にいるはずなんですが……」

「はい、人探しのクエストですね。かしこまりました。どのようなお方か、聞かせてください」


 手慣れた様子でメモを取り出すソニアさん。


 ほれ、とジェンドを前に出した。

 普段話し慣れているフェリシアさんではないため、少し慣れない様子で口ごもっていたが、すぐにキビキビと話し始めた。


「ええと、名前はフェリス・ハーシェル。髪は金髪で、俺の知っていた頃は肩辺りで切り揃えてました。眼は青です。将来は自分も騎士になるんだって鍛えてたから、女にしては割とがっしりしてて……」

「……あのー」

「はい?」


 ジェンドの話を、ソニアさんが遮る。


「そのフェリスさんって、後ろのあの方では……」


 ぶん、とジェンドが勢いよく振り向く。

 僕も振り向く。


 ……先程ジェンドの言った通りの容姿の女性が、ぽかんと口を開けて立っていた。


 そうだ、街スタイルの冒険者のことを話した時、『色んな事情で定職に付けなかったりする人もいるし』って、僕が言ったんだった。

 なるほどー、風俗落ちしてんじゃねえかとか、滅茶苦茶下品な推論だったな。ヘンリー反省。


「……ジェンド? シリル?」

「あ、フェリスさーん。お久し振りです!」


 ダダダダ、とシリルは駆け寄り、がばちょっ、とフェリスとやらに抱き着く。


「あ、こら、ちょっ! やめないかシリル!」

「いやー、しばらく会っていなかったから心配していましたが、元気そうで何よりです!」

「あー、もう」


 引き剥がすのを諦め、フェリスは頭をかく。


「……よう、フェリス」

「ジェンドも、久し振りだな。……その様子だと、私のことは知っているのかな?」

「ああ。前聞いた住所に寄って、な」


 沈黙が流れる。

 あー、うん。気まずいのはわかるけど、ちょっと待とうか。


「……おーい、目立ちまくってるから、外に出よう、外に」


 僕らはともかく、フェリスはここを拠点にしている。余計な注目を浴びてしまうと、今後の仕事がやりづらくなるだろう。


「あ、そうだな。ええと」


 フェリスが言い淀む。


「ヘンリーだ。二人と同じパーティで冒険者やってる。こっちは……」

「ティオです。同じパーティです」

「ラナと申します。私は冒険者ではありませんが、皆さんにはお世話になっています」


 自己紹介をする。フェリスはうん、と一つ頷き、胸を張って名乗った。


「フェリスだ。家名のハーシェルはもうなくなったが、騎士を目指している」


 その眼は曇り一つなく。堂々とした表情は、意思の強さを感じさせる。

 ……かっけー女だ。後、うちの一行の女と違って、色々でっかい。


 ジェンドがいなけりゃ、お近付きになりたいタイプであった。
















 とりあえず、教会の近所にあった公園に向かった。

 今日は休日というわけでもないので、人は子供たちを遊ばせるお母さんたちくらい。


 ベンチにティオとラナちゃんの二人を座らせ、少し離れた場所で話を始める。

 ……いや、彼女の事情を考えるに、少し重い話になるかも知れないので。


「しかし、そうか。ジェンドもシリルも、もう成人か。随分大きくなったな」

「ああ。昔は背も負けてたけど、今じゃ俺のほうが上だぜ?」

「私も高身長な方だが、発育の良い男にはそりゃ負けるさ」


 幼馴染らしい会話である。子供っぽいことを自慢するジェンドが、なんとなく新鮮だ。


「ヘンリーさん、聞きましたか? 私も大きくなっているんです」

「そうか……」


 でかくなってそれなのか。


「なんですかその哀れみの目は!」

「お前の被害妄想だよ!」


 いや、嘘だけど。


「はは、シリルもまだ十六だろう? これから伸びるさ。ヘンリーさん、だったか。あまりいじめないであげてくれ」

「はいよ。フェリス、でいいか?」

「勿論。勇士の方に名前を覚えてもらえるなんて光栄だ」


 やめて! そういう素直な尊敬向けられたら、彼女の未来を想像の中で変な方向に落としていた身として、すっごくいたたまれなくなる。


「今はフローティアで冒険をしているのか?」

「ああ。最近はグリフォンを相手にしてる」

「そうか、それはすごいな」


 中級中位の魔物、グリフォン。

 こいつを安定的に狩れるとなると、十分二流の冒険者と言える。まだ冒険者始めて一年経っていないジェンドたちがそこまで行っているのだ。中々の成長スピードである。


「えーっと。それで、フェリスさんは」

「ああ。父の件は聞いているんだろう。その件で、私もいくらかの賠償金を背負ってね。返済するべく、教会でクエストを受ける毎日だ」


 ……うん? いやいや、それはおかしい。


「いや、親の賠償金を子供が背負う必要はないんじゃ」


 国法でそう定められているはずだ。この辺り、めっちゃ住みやすい国なのである。ヴァルサルディ帝国とか、国の金をちょろまかしたりしたら、金額にもよるが一族連座である。まあ、あっちはあっちでいいところもあるんだが。


「その通り。しかし、肩代わりしてはいけないという法もない」


 ……え、つまりわざわざ自分から賠償金払ってんの?


「え、なんでだよ。その、フェリスの親父さんだろ、悪いのは」


 ジェンドが納得のいっていない顔で言う。うん、僕もそう思う。


「とは言ってもね。知らなかったとはいえ、発覚するまで私も横領したお金で生きてきた。随分贅沢もしてきたし、多少は私にも責任というものがあるだろう」

「いや、僕はないと思うけど」

「……ヘンリーさんはズバッと言うね」


 だって、夫婦とかならまだしも子供がだよ? 親が気前よく色々買ってくれたりして、それに対して裏で不正しているのでは……なんて疑えるわけがないだろう。


「まあ、お金を返したところで、父の罪が晴れるわけでも、釈放されるわけでもないけどね。少しは、虜囚の身でも生きやすくなるだろう。こんな事になったとは言え、父は父だから」


 こっちの方が本音っぽい。

 良い娘さんである。それに比べて父親……いや、なんかやむを得ない事情があるのかも……かも……いや、別荘買っててそれはねえよ。擁護できねえ。


「さて、久し振りに会えて嬉しかった。でも、私はそろそろ仕事に行かないと」

「あ、フェリスさん。今日は無理でも、私達しばらくこっちにいるんで、どっか遊びに行きましょう。というわけで、住んでる場所、教えて下さい」

「……シリルには敵わないなあ」


 うん、連絡先も告げずに行くのは、これっきりって話にしたかったからだろう。

 別に迷惑に思っているとかではない、逆だ。犯罪者の娘で、借金持ちの自分のほうが迷惑を掛けるから、とかそんなことを考えているんだろう。この短い間にも、気遣いの過ぎる娘だということはよくわかった。


 フェリスは、さらさらと連絡先を書き、シリルに渡す。


「……まあ、あまり暇をしている時間はないけど。そうだね、三日後なら」

「はい、それじゃ!」


 シリルがぶんぶんと手を振る。


 さてはて。


「ジェンドー。とりあえず、ラナちゃん達の引率は僕とシリルで引き受けるから、お前はそのひでぇ顔なんとかしてこい」

「……ああ、悪い」


 この暗い空気、どうしようね!

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