第二百四十九話 男たちの飲み会
「んじゃ、まずは乾杯」
「おう、乾杯」
「ああ」
と。
僕とジェンド、ゼストのラ・フローティア男三人衆は、内壁の中にある居酒屋の個室で、エールのジョッキを響かせた。
「んぐ……んん! 美味ぇ」
「……ヘンリー。完全休養日とはいえ、もう少しペースというものを考えろ」
「いいじゃん。あ、すみません、エールおかわりくださいー」
丁度個室の入り口のところを通りかかった店員さんに注文を通す。
今日は、久方ぶりに思いっきり呑む心算なのである。
完全休養日……要は、冒険者の強制出動がかかっても、休養を優先できる日である。すわ一大事でもあれば、お高い酔い醒ましの魔導薬かっくらって出撃する心算だが。
なお、完全休養日は通常は何週間も前から届け出を出し、教会や周囲と調整の上でもらえるものなのだが、この前の大攻勢の論功行賞で、ラ・フローティアは結構な額の報奨金と、二日の完全休養日を勝ち取ったのだ。
まあ、下級の小物が大半を占めるとはいえ、五桁の魔物を退治すればさもありなん、である。
数だけでいうと、ここまでの戦果は僕も初めてだ。
理由としては、シリルの殲滅力プラス、ティオの鞄に大量の道具を詰めることができて継戦能力が高いことが大きい。
……報奨金の半分くらいは使った消耗品の補充に持ってかれたわけだが。教会もその辺見越して金額を算出してるのだろう。
ともあれ。
残った報奨金で懐も温かいし、僕たちは思う存分羽根を伸ばすことにしたわけだ。
そして、男衆はこうして良い目の居酒屋へ。
シリルたち女性陣は、内壁の中にある洒落た感じのホテル――貴族様がここに滞在する時に利用するようなところで、お泊り会を敢行するらしい。エステやらなにやら、色々あるんだとかシリルがはしゃいでいた。
一緒にそっちに行っても良かったのだが……たまにはこうして男同士で呑むのもいい。
つまみが到着するまでぐだぐだと呑みながら話していると、自然とこの前の大攻勢の話になる。
「……しかし、あれだな。こうして振り返ってみると、やっぱうちにとっちゃゼストが加入してくれたのは大きいな」
「ああ、それは俺も思った。あんな数の魔物、絶対に押し切られると思ったのに七割方足止めしてたし。すごいな、ゼスト」
僕とジェンドが言うと、『いや』とゼストは首を横に振る。
「……あれは、俺だけの成果じゃない。ヘンリーやシリルさんが近付いて来る前に魔物を大部分排除していたし、ティオの牽制や道具のサポートもあった。ジェンド、お前も上手く漏れたやつを仕留めていただろう。それに、フェリスがいなければ俺たちは何度死んでいたことか」
総じて、俺たち全員――ラ・フローティアみんなの戦果だ。
……と、言ったあと、ゼストははっとなって少し目を伏せた。
「そこで照れんなよ。別にリアクションしなけりゃ、フツーにいいこと言うなあってスルーしたのに」
「うるさい」
誤魔化すように、ゼストはぐいっとジョッキを煽る。
「しかし、やっぱパーティ全体としても、ゼストが入ってくれて一段上にいけた感じだな。俺は攻撃寄りだし、ヘンリーは基本なんでもできるけど壁専門ってわけじゃないし。地味に防御面が課題だったんだ」
「まあ……客観的に見て、リーガレオでも上から数えた方が早いだろうな」
僕とゼスト以外のみんなも、それぞれの得意分野ではリーガレオでも十分一流の域だし、組み合わせも申し分ない。
あとは、シリルの身体能力とかジェンドの遠距離攻撃だとか……そういった苦手分野を克服していけばますます盤石になるだろうが、そっちはもう少し時間がかかるだろう。
確かに、ゼストの言う通り、リーガレオでも屈指のパーティ――に、もうあと一歩、ってところまできている。
「……っつーことは、そろそろ遠征か?」
「まだ早い……って言いたいところだけど、実際遠征は僕ら向きだしなあ」
魔国領土に侵入し、魔物の間引きをする『遠征』。
今回の大攻勢で改めて証明できたが、数をやるならシリルの魔法は非常に有用だし、遠征中の食料やらポーションやらは容量拡張の神器持ちのティオがいる。不意の怪我にも、フェリスが同行していれば安心だ。
……こう考えると、うちの女性陣はヤベーな。
男も強さ的には全然負けてないんだが……なんていうか、そっちに比べりゃ地味っつーか。練度を度外視すれば、僕やジェンドやゼストと同タイプの戦士はいくらでもいるし。
っと、そうそう。男と女、といえば。
「そうだ。ゼストが入ってくれて、いいことがもう一個あった。男女比が是正されたんだよ。これまで男の肩身が狭かったが、これからはそーはいかんぞ」
「……そうなのか?」
ゼストがジェンドに聞く……と、ジェンドはなぜか首を横に振りやがった。
「肩身が狭いって。たまにヘンリーがデリカシーのないこと言って、女連中に冷たい目で見られるからだろ」
「そんなところだろうと思った」
納得、といった感じでゼストが頷く。
「ち、違わい! ぼ、僕はだなあ」
「おっと、注文の品が届いたようだ。ヘンリーの戯言は置いておいて、堪能することにしよう」
つまみの数々が運ばれてきたのを見て、ゼストが僕の反論を切り捨てる。
……ち、畜生。
美味い料理の数々に自然と酒のピッチも進み。
意識が酩酊してくると、男同士の気安さも手伝って、話題は大体下品な方向になる。
「……あー。前だったら、男との呑みの後は、おねーちゃんが酌してくれる店に繰り出すところだったけどなあ」
いや、した。
「流石に駄目だろ……ヘンリーはシリルに、俺はフェリスに悪い」
「わーってるよ。言ってみただけ」
酒の酌をするくらいの店ならいいんじゃね? と思わないでもないが。それでもバレたらシリルが怒る。
……それならまだいいが、悲しませでもしたら酒の勢いとは片付けられない。
独り身の頃を懐かしみながら、我関せずとチビチビ蒸留酒を傾けているゼストに目を向ける。
「でも、ゼストなら問題ないよな。彼女、まだいないだろ?」
「……ああ。だが、行くわけないだろう。この状況で行って、お前のからかいの種になるのは面白くない」
まったく、と呆れながら、ゼストはサラミを齧る。
「あー、なんだ。不躾なこと聞くけど、ゼストはそういうのまるっきり興味ないのか?」
ジェンドが聞く。
こいつも結構酔ってるのか、いつもなら聞かないような質問だ。
……うむ、良き良き。こういうざっくばらんな話ができる関係というのは大切だ。
そして酒が美味い。
ぐびぐびとエールを呑みつつ、ゼストの反応を窺う。
ゼストは一つ嘆息して、
「俺だって木石というわけではない。人並みに異性に魅力は感じるさ。仲間に誘われて、ヘンリーの言うような店に行ったこともある」
「僕が前にここにいたとき、たまに一緒に行ってたけどな。まー、こいつモテるんだ」
顔はいいし、無愛想ではあるけど女には優しいし、あと金払いがいい。……最後のが一番重要な気もするが、さておき。
「へえー」
「じゃ、ティオはどうよ。あいつも成人したし、割とお前ら気ぃ合ってるみたいじゃないか」
戦闘の連携のこととか、お互いの技術交換だとか、色気のいの字もないような話題ばかりだが、よくゼストとティオの二人は話をしている。
「あのな。お前らを非難するわけじゃないが、パーティ内恋愛は色々揉め事の発端になりかねないだろう」
「まあ、よく聞くけどなあ」
喧嘩したり、同じパーティで三角関係ができたり、浮気だなんだ……で戦いの連携が崩壊。なーんて話題は、しょっちゅう噂にのぼる。
「でも、今んとこ僕やジェンドはそういうのないし。なあ?」
「まあ、たまに喧嘩くらいはするけどな。冒険中は表に出さない」
「当然の心がけだな」
ジェンドの答えに、ゼストは頷く。
「僕とシリルもそうだ。喧嘩はしても……」
「お前らの喧嘩は、見てて恥ずかしくなるんだけど。じゃれあってるだけだろ、あれ」
「ジェンドクーン? 少し黙ろうかー?」
僕はすっくと立ち、ジェンドにヘッドロックをかます。
わかったわかった、とタップされ、開放。
「で、だ。ゼストもティオも。仮にそうなったとしても、そういうの冒険には持ち出さないだろ」
「それは、そうだが」
「ならいーじゃーん」
エールの残りを呑み干し、ケタケタと僕は囃し立てた。押せ押せだ。
「……大分酔ってるな? 貴様」
「お前もなー。顔赤いぞー?」
珍しく、ゼストも分量を超えて呑んでる。今、蒸留酒五杯目だ。丁度ゼストのグラスも空になったようなので、僕のエールと一緒におかわりを注文した。
「で、どうなんだよ?」
「まったく。……ティオはいい仲間だが、生憎とそういう対象としては見れない。あちらも同じだろう」
ちっ、つまんね。
でも真面目に、あの従姉が『ティオに相応しいかアタシが見極めてやる!』しても生き残れそうなやつって、こいつ含め極少数なんだけどなあ。
「じゃー、ゼストはどういう女が好みなんだよ?」
「はあ……そうだな、温かく、包容力のある女性だな」
「そういう優等生な話はいいから。胸とか尻とか、足とか身長とか髪とか色々あんだろ。そういや聞いたことねえ」
きっとこいつはムッツリスケベだ。僕にはわかる。
「……いい加減にしないと、貴様が胸の大きな女性が好みだということを、シリルさんにリークするぞ」
「残念でした。それはもうユー経由でバラされてる」
あの時の拗ね具合はちょっと大変だった。
「俺からもう一度言った場合の、あの人の反応はどうかな? 知ってまーす、と流してくれればいいな」
!? うわっ、確かに面倒臭くなりそうな予感!
「くっ、くそ。わかった、いいだろう。僕が引き下がろう」
「……知ってはいたが、シリルさんには弱いな、お前」
よ、弱くないぞ? ほ、本当に。
「そうそう、そうなんだよ。実はこの間もな……」
ジェンド、お前もか!?
不味い、これは僕がいじられる流れ……!
「あっ、酒のおかわりが届いたぞ! おっと、ジェンドもグラス空いてるじゃないか。またワインでいいか? いいよな。すみません、ワイン追加でー!」
酒だ、酒で誤魔化すのだ。
と、僕は届いたエールをぐいっと煽り。
……完全休養日の一日目の夜は、そうして過ぎていくのだった。
「……ぐ、ぐぐぐ」
「あ゛あ゛……」
「む、う」
なお、二日目は三人とも二日酔いで潰れた。
……女性陣には、滅茶苦茶呆れられた。




