第二百四十七話 大攻勢
「~~っ、げ!? 騎士連中が来やがった!」
エッゼさん率いる黒竜騎士団を含めた三大国の精鋭が来たのを見て、ランパルドが明らかに狼狽する。
「ゼスト、ジェンド! ちょっと無理してでも、そいつ逃がすな!」
「わかっている!」
「!? お、おう!」
当然承知しているゼストは既に動いており。魔物の横槍を警戒していたジェンドは、僕の指示に慌てて魔将へと向かった。
僕は僕で、ゼストたちが足止めに集中できるよう、周囲から襲いかかってくる魔物連中を投げでぶっ殺していく。ティオも僕に倣って動き始めていた。
「おお! ラ・フローティアよ、もう少しの辛抱である。我がすぐに行くぞ! ――ライデン、指揮は任せた!」
エッゼさんが力強い声とともに、ここまで届くような戦意を滾らせながら走ってくる。
団長が一番強いので、こういう時の指揮はライデンさんの役割だ。
「っし!」
勝ちの目が出てきて、僕は小さくガッツポーズをする。
英雄の上位陣――エッゼさん、セシルさん、リオルさん、ロッテさん辺りの実力者がいなければ、魔将の打倒は難しい。
以前、僕がアゲハやユーと一緒に倒したギゼライドも、結局は事前にエッゼさん、セシルさんタッグが半死半生にまで追い込んでくれていたから勝てたのだ。
逆説、この人達がいれば魔将とも互角に戦える。ロッテさんはこの前は不覚を取ったが、タイマンであれば押していたのだ。今ここには、エッゼさんが魔将との戦いに集中できるよう、周囲の魔物を排除する戦士はいくらでもいる。
「ッケェ! 前の時の借りを返しときたかったけど、時間切れか! じゃあな……ええと、ラ・フローティア? の皆々様。俺は逃げる!」
「おおっと、ちょいと待て!」
反転して南方面に駆けようとしたランパルドの正面に、アゲハが登場。逃げ腰になってランパルドの触手の動きが鈍ったところで、懐に潜り込み、首に向けてナイフを滑らせ……防がれはしたが、一瞬釘付けにすることに成功。
その間に、ゼストとジェンドも回り込んだ。
「だから、逃さないと。先程ヘンリーも言っただろう」
「邪魔ァ!」
振り回された触手は、さっきまでと比べても雑。
慌てずゼストはそれを防ぐ……が、エッゼさんの接近に焦っているランパルドは、遮二無二あがいて無理矢理突破しようとしている。
当然、その隙にジェンドやアゲハが攻撃を仕掛けているが、耐久性に任せてアゲハの首狙い以外無視だ。
このままでは、見事に逃げおおせてしまうかもしれない。
「ぬっ! 逃さんのである!」
が。
……声の届く位置に大英雄がいる状態で、それは虫が良すぎる話である。
後方のエッゼさんが、天高く吹き上がる光の剣――ルミナスブレードを展開し、数十メートル先の魔将を見据える。
「うおっと! シリル、右にずれろ!」
「~~♪ りょうかい~」
エッゼさんとランパルドを結ぶ直線上にいたシリルに警告し、すぐさまシリルはその場を離れ……
「フンッッッ!!!!」
「またこれかよ!?」
気合一閃、振り下ろされる光の剣。
以前も食らったランパルドは、完全防御の姿勢を取る。何十の触手を盾にエッゼさんの攻撃を迎え撃ち、
ズンッ、と。
エッゼさんの奥義。ルミナスブレードの最大出力での振り下ろし『山断ち』と、魔国の将の全力がぶつかり合い、
「っぶねえ」
前回はランパルドの腕を切っていた山断ちだが、防御に専念された今回は触手の最後の三本のところまで切り込んで終わっていた。
……チッ! だけど!
「シリル、ぶっ放せ!」
「『ライトニングジャッジメント』!!」
一時的に、ランパルドの触手が激減している。
攻防の両方に使っているそれが少ないうちに、シリルの魔法をけしかけ……天地を貫く雷の柱に、魔将が飲み込まれた。
「……い、ってぇな!」
光が収まると、煙を吹き上げるランパルドが出てくる。
結構なダメージがあったのか、動きが鈍い。
「畳み掛けるぞ」
「了解!」
「あいあいさー!」
ゼストが前に出てるジェンドとアゲハをまとめ、追撃を開始。
フェリスはジェンドへの強化魔導の維持を続け、僕とティオは相変わらず周りの魔物の排除。
……そうこうしているうちに。
「いや、久し振りであるな魔将ランパルド! 前回はほとんど戦うこともなかったが、こうして相対できて嬉しいぞ!」
エッゼさんが自慢の愛剣を構え、威風堂々たる態度で魔将と対峙した。
「……前も今回もえらい攻撃カマしてくれたくせに、よく言えたもんだ」
「はっはっは、なに。挨拶のようなものである!」
あんな物騒極まりない挨拶があってたまるか。
……という。エッゼさんのあまりにあまりな発言に思わず出てしまった僕の内心のツッコミは、魔将の方も当然のように一緒だったようだ。すげえ嫌そうな顔になってる。
「あ~~、くそ。こういうのは、俺よりハインケルとかの役目だろ……」
ボヤきながら、もうシリルの魔法のダメージから回復したランパルドが触手を生やす。
咄嗟に出てきた名前は、多分他の魔将のことだろうと、心のメモに書き留めた。
さて、エッゼさんが万全の状態で魔将と相対。
……ここで僕たちが取るべき行動は、
「ふむ……ヘンリーよ。ここは我が預かるから、魔物の方の対処を任せてもいいか?」
「言うと思いましたよ!」
そりゃ、エッゼさんと僕らが組んでやれば、八割方ランパルドは倒せる。しかし、どうしてもある程度時間はかかるだろう。
……仮に今回こいつを取り逃がしても挽回は効く。しかし、魔物にリーガレオを落とされたりしたらこちらの敗北だ。
魔将を倒すことも無論大事だが、大攻勢の初動では魔物を減らすことも同じくらい重要なのだ。
僕の投げやシリルの大規模魔法でガッと魔物を減らせる僕たちは、そっちに回ったほうがいい。
……普段魔物減らしに活躍しているエッゼさんの『山断ち・横式』は、乱戦になりがちな大攻勢だと味方を巻き添えにしかねないから使えないし。
「じゃ、ゼスト。エッゼさんのガード役頼む! 他のみんなは魔物の方やるぞ!」
「うむ? 我一人でもいいのだが」
「そいつの触手攻撃、あんま見ない動きですから! 目が慣れるまでは守られて下さい!」
僕はそう説得して。
……仲間とともに、魔物の群れへと矛先を変えた。
「残念、成人祝いに魔将の首級を上げるのはお預けですか」
なお、その場を離れる時、ぼそっとティオがそうつぶやいた。……お前本気だったの?
「オラァ!」
本日、何度目になるかもわからない投げ。
分裂させた如意天槍は、魔物の群れを引き千切りながら飛翔し……ひの、ふの。おおよそ五、六十程の魔物を貫いた。
「ヘンリーさん」
「おう、ナイス」
ひょい、と、ティオがマジックポーションを投げて寄越す。丁度魔力が心許なくなってきたところで、ドンピシャのタイミング。
ポン、と瓶のコルクを指で抜いて、僕はそれを一気に飲み干した。
これでマジックポーションは本日四本目。乱用は体に悪いのだが、今日ばかりはその辺は無視だ。
「『メテオフレア』!」
次はシリルの魔法が炸裂。紅蓮に燃え盛る火の球は、魔物を焼き尽くしながら縦横無尽に暴れまわり、これまた百近くを倒した。
「おっと、させません」
そのシリルを狙って襲いかかってきた魔猿を、アイテム係兼シリルの護衛役のティオが迎撃。
今はこの三人しかいないが、上手く回せている。
弱めの魔物を、僕の槍とシリルの魔法でとにかく数を減らす……リオルさんの魔導程ではないが、今のところなかなかの戦果だ。
なお、ジェンドとフェリスは今は別行動中。
冒険者たちに怪我人が多数出ており、一時的にフェリスはそっちの治療に回っていて、ジェンドはその護衛だ。一人じゃキツイので、たまたま近くで戦ってたスターナイツの連中も一緒に行ってもらっている。
で、パーティの面子ではないが、一緒に動いていたアゲハは、
「……ヘンリー! 一発、こっちにぶちかませ!」
「あいよ!」
今回、異様に多い最上級の首を刎ねて回っている。
初っ端駆けつけた冒険者は精鋭揃いなのに、怪我人が多いのもこれが理由だ。
『発生』したてばかりなのか最上級にしては弱めの連中が多いが、流石にアゲハ一人でポンポン倒せるわけではない。こうして僕の投げでの援護を当て込んで、誘導してくるわけだ。
僕はアゲハがここまで引っ張ってきた最上級……ウォードラゴンへ向けて槍を構える。
「《強化》+《強化》+《固定》!」
魔導を込め、ぶん投げる。
分裂した如意天槍は、狙い違わずウォードラゴンの翼と後ろ脚に命中し、一瞬だけ《固定》の効果でその動きを止める。
「っしゃ! いただきぃ!」
そして、その一瞬さえあればアゲハには十分だったようで。最上級でも、総合的な強さではトップクラスであるウォードラゴンの首を、一刀のもとに叩き切った。
……っていうかあいつ、ウォードラゴンをここまでソロで引っ張ってきたことといい、腕上げてんな。
「よっ、ほっ、っと。ティーオー! スタミナポーション一丁くれ!」
「了解」
そして、アゲハはこっちにやって来て、ティオにポーションをせがむ。
ティオも当たり前のように神器の鞄にしまっているスタミナポーションの瓶を投げ……空中で、アゲハがその瓶の首を切り飛ばし、流れるように口に運んだ。
「そのポーションの代金、後で請求すっからな!」
「えー、ケチくせえぞ、ヘンリー」
大攻勢で味方への援助を出し惜しみしたりはしないが、後できっちり精算はする。こういう貸し借りを疎かにするのはよくない。
で、それはそれとしてだ。
「エッゼさんの方、どうだった?」
「ああ。ゼストもいるんだ。ふっつーに押しまくってた。あー、アタシも参加したかった!」
エッゼさんとランパルドの戦いは、少し離れたところでやっている。
さっき『ついでに様子みてくるわー!』と言ってたので聞いてみたが……まあ、予想通りか。なにもなければ、エッゼさんが勝つだろう。
騎士たちが合流したおかげで、魔物との戦いもなんとかこちらが攻める形になっている。それに、更に人数の多い兵士たちももうすぐ合流する。
……今回、準備時間が取れたおかげで、これでも大攻勢としては余裕がある状態だ。
後は、セシルさんがタイマン張っている魔王さえイレギュラーな行動を取らなければ……
『全員、聞け!』
不意に、上空からリオルさんの声が響く。
拡声の魔導を込めた伝令。こういう乱戦時にリオルさんがよく使う手だ。
しかし……なにやら声が切羽詰まっている。
嫌な予感が、
『セシルが魔軍に切り込んで交戦していた地点から、魔物が大量発生した。今も増え続けている! ……今までに倍する勢いで来るぞ、備えろ!』
……は?
と、ぽかんとなるのと、後ろから押し出されるように、魔物連中の圧力が増えるのがほぼ同時。
「~~~っ、ええい、糞が!」
呆けている暇はない。
僕は再び槍を握りしめ、投げを再開するのだった。




