第二百四十六話 更に集う
最上級の魔物が五体、迫ってくる。少し遅れて、魔将ランパルドも前に見た瘴気の触手を伸ばし、こちらに向けて走り始めた。
「ジェイムズ、ビアンカ。一体足止め任せた!」
「わかった」
「んじゃ、えーと、ベヒモスいくよ!」
すばしっこいビアンカと、機動力のある大砲であるジェイムズのコンビなら最上級の一体くらいはあしらえる。
二人は組んだ経験なんてないだろうが、即興の相手と呼吸を合わせるくらい、この街のベテランなら朝飯前だ。
「俺たちも行くぞ」
盾役のゼストが、いち早く駆け出す。少し遅れて、アタッカーのジェンドが続き……僕は、それを見送って槍を構える。
ジェイムズとビアンカが引き受けたベヒモスの他は、前にもランパルドが出した面子。キュクロプス、オオオロチ、フェンリル、ハヌマン。
……フェンリルとハヌマンと相対するのは、これで三回目。
「《強化》+《強化》+《強化》!」
僕は強化の魔導を込めて槍を投げる。目標はキュクロプスとオオオロチ、あとついでに魔将。
正面から、なんの小細工もない投げ槍は当然弾かれるが……それでも、いくらか足が遅れる。
これで、僕たちが対戦経験豊富な二匹が自然と先行してくる形になった。
「ジェンド、ゼスト! フェンリルやれ! ……ティオ、援護頼んだ!」
「はい!」
僕はハヌマンの方に向かう。その僕にぴったり付くようにティオも走り、
「キィィィイイ!」
「《強化》!」
迎撃にかかったハヌマンの如意棒の一撃を、強化を込めた腕力で受け止める。ギリ、と骨が軋む感触がするが、無視。
「《強化》+《拘束》!」
「ギッ!?」
そして、ハヌマンが棒を引く直前、拘束の魔導で相手の武器を絡め取る。数瞬も持たず、魔導で生み出した鎖は引き千切られるが、
「疾ッ!」
その隙を見て、僕の身体の影から飛んだティオが、ハヌマンの首目掛けてナイフを滑らせる。
……残念ながら、ティオの腕力ではハヌマンの強靭な体毛を突破できず、皮一枚……より少し深く切っただけで終わってしまったが、上出来だ。
「……アゲハ姉のようにはいきませんね」
「ありゃ『首クリティカル』能力持ちの武器のおかげもある。……まあ、タイミング合ったら狙うのはいいけど、足止め優先だ……ぞ、っと!」
続く攻撃も、僕が前に出て防ぐ。
フェンリルの方はというと、順当にゼストが防御を勤め、その隙にジェンドが切り込んでいた。
流石にクリーンヒットはないが、フェンリルの機動力を削ぐべく足を狙ってるのはいい判断だ。
……で、その辺りで遅れていたキュクロプス、オオオロチ、更に魔将が、まとめてジェンド達の方に向かっていった。
「『ダイヤモンドジャベリン』!」
そこでシリルの魔法がぶっ放された。
歌った時間的に、最上級を一撃で殺れるレベルではないが……僕のお株を奪うような、魔力コーティングされた数十の石の槍が背後から迫っている最上級と魔将に襲いかかる。
これで、また時間が稼げた。
「おっと!」
ハヌマンの攻撃を躱す。
……よそ見している場合じゃないな。後の指揮は、後ろでシリルの護衛やってるフェリスに任せて、僕は僕でこっちに集中しよう。
そうして更に、フェリスが『グレートウォール』の魔導で後続の足止めをしたりして、時間を稼ぐこと二十秒ほど。
……そろそろか?
「パーティ『金の剣』到着だ! どうすればいい!?」
と、思っていたら、丁度名乗りが聞こえた。
確か、『金の剣』といえば、高速戦闘を売りとする五番教会のエース的なパーティだったはずだ。
……有名どころであれば、パーティ名だけでどんな能力を持っているかわかる。こういう時わざわざ名乗りを上げるのも一応意味があるのだ。
「あちらのフェンリルと戦っている二人に援護を頼めるか!? 後ろから、最上級と魔将が追加できているんだ!」
「了解。行くぞお前ら!」
フェリスの指示に、『金の剣』はすぐさま了承して動き出す。
こっちのお願いに素直に従ってくれているが、これは別に上下関係があるってわけじゃなく、単に先に戦っている連中のほうが事態を把握していると判断してそうしているだけだ。僕たちも、立場が逆だったら同じようにしていた。
「『スタッフオブグローリー』が来たぞ!」
「ちっ、出遅れた! 『†竜狩り戦隊†』現着!」
「俺たちはスターナイツだ! っと、ビアンカ、戻ってこないと思ったらなにやってんだ!?」
続いて、続々と足の早い冒険者パーティが合流してくる。
それぞれ、スターナイツ以外も名前はよく知っている、リーガレオでも指折りの冒険者たちだ。
彼らがそれぞれ最上級に向かい、戦局は五分になっていく……が、
「あ゛~~、くっそ、くっそ! 一気に来やがって!」
「うおっと!? ……悪い、助かった!」
正直、魔将はきつい。金の剣の一人が、魔将の触手に打ち据えられそうになり、ゼストの盾に守られていた。
幸い、ランパルドは速度は大したことはないので、みんな最上級の相手をしながら遠巻きに足止めの攻撃をしているが、あの触手は硬めの前衛でもまともに当たったら一撃で沈みかねない。近いうちに誰かやられる。
そろそろ、ランパルドが生み出した最上級以外にも、後ろに控えていた魔物が迫り始めているし……ヤバい。
ええい!
と、僕はハヌマンから距離を取り、声を張り上げた。
「……ラ・フローティアと首刈りアゲハは、あの魔将と交戦経験ありだ! 僕たちが相手をする! 魔物の相手は任せた!」
戦ったことがある、という経験は強い。
僕の言葉に、集まった冒険者たちはそれぞれ了解の言葉を張り上げ、動き始めた。
「ティオ、行くぞ!」
「はい。……私の成人記念に、魔将の首級を上げましょう」
余裕あんな、お前!?
なんて呆れながらも。
僕たちは、パーティ『†竜狩り戦隊†』とハヌマンの相手をスイッチして、魔将へと向かうのだった。
味方の冒険者の援護もあって、ラ・フローティアは他の魔物に邪魔されることなく魔将と相対。
そして、戦いが始まってしばらく――僕たちはなんとか、ランパルドと互角の戦いを繰り広げていた。
「この! いい加減当たれ!」
「……聞けない相談だ!」
と、ランパルドが振り回した瘴気の触手を、ゼストが防ぐ。
前回戦った時は、ロッテさんの強化込みでもそう長くもつものじゃなかったが……今では永遠に、とはいわないまでも、十分持ち堪えられている。
なにも、短期間でゼストの腕前が飛躍的に伸びたというわけじゃない。一度戦った経験を元に、対策を取っただけだ。
前ん時の戦いはちゃんと反省会をして、ランパルドの間合いや攻撃のクセの共有、再戦した時の作戦など、キッチリ詰めている。
ランパルドに戦いの心得があれば、こちらの対策も折り込み済みで攻めてくるだろうが……今の所バッチリ嵌っていた。
「――ォォォオオ!」
「こっちもいただき!」
ゼストを盾に、ジェンドとアゲハが斬り込み、触手をぶった切る。流石にジェンドは、なにかあればすぐゼストのフォローが効く位置……かつ、今はフェリスの強化魔導も受けている。おかげでなんとかなっていた。
……で、今!
「ヘンリー、ティオ!」
「わかってる!」
ジェンドの合図を待たずに、既に僕は投げの体勢に入っている。触手が切られ、射線が通ったところにぶん投げ……同時に、ティオが神器ソウルシューターを構え、魔力を込めた矢を放つ。
真正面からの攻撃は、流石に追加で生み出された触手で弾かれるが、即席で生み出されたそれは何本かぶっ千切れた。
「チマチマと!」
ランパルドが触手を振り回し、苛立っているのか、より単純な軌道になったそれを僕たちは同じように刈っていく。
……これを延々と続ければ、瘴気を使って触手を作っている以上、向こうも消耗する。
魔将は瘴気がないと活動できない。こうして磨り潰していけば、いずれは勝てる……と、理屈の上ではそうなのだが。
「――ッ、いいとこに来た!」
ふと、魔将が喜色に満ちた声を上げ、くい、と指を傾ける。
……それで、空中から来ていたワイバーンの群れが、前衛のゼストたちに襲いかかった。
ランパルドの触手だけでも防ぐのは一苦労なのに、追加の魔物なんかが来たら凌ぎきれない……
「『ソードトルネード』!」
が、今回はシリルが間に合った。
渦巻く狂風が上空に巻き起こり、範囲に入ったワイバーンをズタズタに引き裂いていく。
……のみならず、その風は更に後方に伸びていき、こちらに向かっていた他の魔物も数十匹ほど血祭りにあげた。
(ヘンリーさん、そろそろ魔法の回転もおっつかないですよ!?)
(わかってる! 多分もうちょいだから、粘るぞ!)
即座に次の歌に入ったシリルから念話が届くが、僕も今の状況だと具体的な対応策がない。
……魔将だけなら、あるいは僕たちでも勝ちの目はある。
しかし、向こうには魔国から引き連れてきた無数の魔物どもがいるのだ。
今もリオルさんが上空から魔物を間引いてくれているが、とてもすべては迎撃できない。
そして、冒険者も次々と合流しつつあるが、どんどん数を増す魔物をすべては押し止められなくなっている。
「!? ……このっ!」
魔将に投げようとした槍を、左方から襲ってこようとしていた鬼虎に向ける。
……二十はぶっ殺したが、二匹ほどが魔将の攻撃を防いでいるゼストの方に向かい、
「ぬっ!?」
ランパルドの触手の対応でいっぱいのゼストは、鬼虎の攻撃を無防備に受ける。
……一匹分は、フェリスが遠隔からオーラシールドを展開して受けたが、もう一匹の攻撃は直撃だ。
「ゼスト! ~~っ、らぁ!」
その鬼虎を、ジェンドが片付け……隙を見せたジェンドに、魔将が攻撃。ゼストが不十分な体勢で庇い、アゲハが相手の気を逸らすために無理めな攻撃を仕掛ける。
……だんだん、他のみんなが止めれない魔物が増えてきた。こうして横槍を入れられると、僕たちの戦術もすぐさま瓦解する。
「~~はっ、粘られたけど、そろそろ限界か!」
……遺憾ながら、ランパルドの言う通りだ。
冒険者だけでは、この辺りが限界。ラ・フローティアだけでなく、他のみんなもちらほら物量に抵抗できなくなりつつある。
しかし、だ。
「ヴァルサルディ帝国騎士リーガレオ支団推参!」
「サレス法国神官戦士隊到着です!」
リーガレオを守るのは、なにも僕たちだけではない。
冒険者は小回りが効くし、なにかと特殊な人材が多いので目立つが……街の守り手という名は、僕たちより騎士や兵士の方が相応しい。
「そして我らが、アルヴィニア王国黒竜騎士団一同である!!!!」
しかし、なんだ。
……援軍は非常に頼もしいんだが、相変わらずうっせえ。




