第二百四十五話 集う人々
ランパルドの合図により、魔物が大挙して押し寄せてくる。
如意天槍を引き抜き、長槍へ。ラ・フローティアのみんなもそれぞれ武器を構え、戦いの準備を――
「うおっ!?」
途端。
物理的な衝撃を伴う、瘴気の嵐が僕たちを襲った。
一瞬、身体が浮き上がりそうになり……実際に吹っ飛んでいってしまいそうになったシリルを、フェリスが慌てて引っ掴んでいた。
……こちらに魔物が来る前に、セシルさんと魔王リーフィがいち早く激突していた。その衝撃に、魔物たちも一瞬硬直している。
見ると、目を疑うような光景だった。
「アッハハハハハハ!」
リーフィが、哄笑を上げながら異次元の速度――英雄最速を誇るロッテさんすら霞む勢いの速さで、瘴気を纏わせた手でセシルさんに攻撃を見舞っている。
ただ、その動き自体は予想通りどう見ても戦いの素人。単なるスペックでのゴリ押しで、セシルさんを攻め立てていた。
無論、人類最強の英雄はその程度でやられたりはしない。なかなか反撃には移れないようだが、リーフィの攻撃をすべて剣で迎撃している。
……そして、今もばっかばっか吹いてくるちょっとした攻撃魔導並の衝撃は、この二人の戦いの余波だ。瘴気への耐性が低い駆け出し辺りだと、これだけでおっ死にかねない。
僕だって、あそこに割って入ったら秒で死ぬ自信がある。
実際、もしあの二人の戦いがこっちに向かってたら逃げるしかなかった。
ただ、セシルさんが戦場を誘導して逆方向――魔物の群れが陣取っている方向に行っているから、巻き込まれで虐殺されてるのは魔国側だ。
「お兄ちゃん、やっぱり強いね! これならどうかな!?」
と、テンションの上がったリーフィが声を上げ、魔物を生み出す。
……配下である魔将ができるのだから、彼女にできない道理は当然ないのだが。フザけたことに、最上級ばかり二十匹くらい生み出していた。
「……! もらった!」
しかし、天下の勇者にかかってはそれはむしろ好機だったらしい。
『発生直後の隙』を狙い、出現した最上級を連中が一呼吸すらする前に両断し――返す刀で、リーフィの腕を切り飛ばす。
「痛ぁい! でもぉ!」
腕はあっさりと再生。魔将の再生力も高いが、これはちょっと次元が違う。しかし、セシルさんは慌てずに再開された攻撃を捌いていき、
「~~っ、みんな。あっちは無視! 巻き込まれたら死ぬぞ!」
と、ここまでがたった十秒足らずの出来事。
なにか援護ができないかと様子を見ていたが、無理! ちょっかいかけてリーフィの目がこっち向いたら死ぬ!
「わかってる! ありゃ俺らじゃ無謀だ。……こっちはこっちで、また動き始めたぞ!」
二人の戦いが遠く、魔国側に向かっていき。
ようやくこの周囲が落ち着いたので、魔物たちも動き始めていた。
「~~あー、ったく。あの魔王様、部下のこと考えてくれよ」
……ちょうど争いに巻き込まれる位置だったランパルドは、這々の体で逃げ出していた。ようやく戻ってきて、魔物に再度合図を――する前に、
「前列を一掃する、全員動くなよ!」
後ろからリオルさんの声が飛ぶ。
リオルさんが二人の戦いを見ながら魔導を練り上げていたのは気付いていた。
後ろから無数の光の弾が放たれ、押し寄せてこようとしていた魔物を吹っ飛ばし、更に数秒ごとに同じように数百の弾丸が何度もぶっ放される。
広域殲滅用のリオルさんの得意魔導『導きの流星雨』地上掃討バージョン。
見える範囲の魔物はどんどん光弾に貫かれて倒れていき、
「おっと、それ以上はやめてもらうぜ!」
……しかし、当然魔将は別だ。
光の弾幕を無視してランパルドが足を踏み出し、
「ゼスト」
「応」
一声かけると、ゼストは弁えていたように短く答え、集中。
「ぎゃっ!?」
……すると、突進してくるランパルドの進路上に光の盾が二つ出現し、奴の顔面と腹にぶつかる。
ゼストの篭手型の神器『ソルの盾』。半実体の不壊不動の盾を生み出す、防御型神器の頂点の一つ。
「《強化》+《強化》+《拘束》+《拘束》+《固定》――」
そこで動きを止めたのがカモだ。
全力の足止めの魔導を込めて、如意天槍の分裂投擲をぶっ放す。
「……!? ガッ!?」
命中。
到底致命傷にはならないだろうが、八つの長槍がランパルドをぶっ貫き、その動きを拘束する。
……瘴気で弾かれるかと思ったが、なんか通った。ゼストの奴が上手くランパルドの視界を遮るように盾を展開してくれたおかげで、あっちは僕の槍投げに気付いていなかったのが大きい。
ただ、ランパルドは僕が投げを使うことを知っているんだから、普通ならあの状況なら防御は固めるし、そもそも虚を突かれたとはいえ数秒も棒立ちになんのは戦士としては失格だ。
……やっぱ前にも思ったが、こいつも戦闘自体は素人のようだ。
と、ふとリオルさんが光弾の掃射を止めた。……地上からじゃ、もう動いている魔物は見当たらない。
「よし、近場の魔物は倒した! 私は上から魔物全体の数を減らしにかかるが……こっちは任せても大丈夫か!?」
……リオルさんの攻撃のおかげで、一瞬この辺りは魔物の空白になっているが、魔将がいる。魔物もすぐ押し寄せてくるだろう。リオルさんがいればすごく助かるが、
「なんとかしないと、どうにもなんないでしょう! 行ってください、リオルさん!」
――が、数減らしにかけてはリーガレオでも随一のリオルさんを、魔将という個に向けるのはちょっとナシだ。
「わかった! ……上に行ったら、後ろで待機してる連中へ信号を出す! 少し耐えていろ……!」
リオルさんがそう伝えて、慌てて空に飛び上がった。
こっちも見送っている暇はない。一瞬、魔将が足を止めた今、戦いの準備だ。
「ティオ、強化ポーション、速度と耐久の高ランクのくれ! あと今ので魔力結構使ったからそっちの回復用のも!」
「了解!」
ティオが鞄を漁る。
普段遣いのポーションなら自分のポーチに入ってるが、いざって時用の利用頻度の低いやつはティオ持ちだ。
このあと、どういう力が必要になる展開になるのかわからないので、強化数は控えめに。
投げ渡されたポーションを、ぐっぐと一気飲みしていると、ゼストが口を開いた。
「入ったばかりの俺が方針を決めるのもなんだが。……基本は防戦だ。そして、前に出てくる味方と合流して、後は流れ。ヘンリー、いいな?」
一本目のポーションの瓶を傾けながら、飲むのに必死で喋れない僕はゼストに親指を立てる。
背を向けたりしたら追撃の的なので逃げるのは無理。そして、前の戦いから対策も立てたとはいえ、僕たちだけで倒しにかかるのはリスクが高い。
丁度今、リオルさんが上空で放った金色の信号弾――ごく一部の人間しか持たない、『大攻勢の戦闘開始』の合図の光が瞬いた。じきに冒険者なり騎士なりも来るだろう。それに多分、リオルさんの魔導に気付いた奴はその前に動いてくれている。
……僕たちだけでランパルドに一発カマしてやりたいとも思うが、ゼストの方針が妥当だ。
「オッケー、わかった! ……前ん時はロクに参加できなかったけど、今回は俺もやるぞ!」
「気合を入れるのはいいが、ジェンド。俺の防御範囲から出るなよ」
ジェンドとゼストが、武器を構えて前に出る。
「シリル。オーラバリアは張っておくが。……その、魔法は感情にも大きく左右されると聞いている。緊張してたりしないかい?」
既に魔法のための歌に入っているシリルにフェリスが声をかけ、
「大~丈~夫~♪ ですよー♪」
「そ、そうか」
シリルがメロディに合わせて返事をする。
……相変わらず、戦場だってのになんか間の抜けた感じになるなあ。
いつもの様子に少しだけリラックスでき、僕は空になったポーションの瓶を投げ捨てた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! またやってくれたなあ!」
と、同時にランパルドが身体を拘束している如意天槍をぶち折りながら、雄叫びを上げた。
なお、オリジナルの方はとっくに引き戻している。折られたのは分裂させたやつだけ。
「まさかまともに喰らう間抜けだとは思ってなくてな!」
「今回は絶対殺す! おら、お前ら来い!」
魔将の能力、魔物を生み出す力。
……さっき垣間見た魔王ほどトンチキではないが、それでも反則クラス。最上級の魔物が六匹。
後ろの連中が来てくれるのに、あとどのくらいか。……だが、心配などしていない。僕はまっすぐランパルドを見据え――?
「首刈り!」
魔将の視線が僕たちの後ろに向いているのを訝しんでいると、当の本人が答えを言う。
ほんの一瞬だけ背後を見てみると、言葉通りアゲハのやつがこっちに全速力で向かってきていた。なるほど、仲間がいれば流石のあいつも足が遅れるが、一人であればこの速度で駆けつけられると。
……あん馬鹿、大攻勢にソロ突貫とか。いやいつも通りなんだけど!
『ヤッホォ! 魔将いるじゃぁぁぁぁ~~~~~ん!』
頭の悪いセリフと一緒に、ボンッ! と煙玉の炸裂する音がする。
……この状況で、煙玉ってことは。
「! どうせ首狙ってくるんだろ、知ってんだよ!」
と、ランパルドが首周辺を瘴気でガードにかかる。他の最上級共も、ランパルドの指示か首への奇襲を警戒して防御を固めた。
……敵方にすら当然のことのように思われている様子だが、
「ッ!」
ティオが従姉の攻撃の援護のため、矢を射掛けた。
ほぼ同時に僕も『攻撃の準備』。
「アゲハ……ネックじゃないけどスラッシュ!」
果たして。
煙に紛れ、上空に大ジャンブ。空中に足場を作って蹴って、相手の背後に急襲するアゲハの得意技が、最上級の一匹――ケルベロスの『後ろ脚』を切り飛ばした。
「は?」
「《強化》+《強化》+《強化》+《強化》!」
間の抜けた声を上げるランパルドを他所に。
僕は強化を四重にかけた槍を、ケルベロスに向けてぶん投げ……三つある頭、全部を潰した。
「お、おい!? お前、なんで首じゃなくて!」
「? おいおい、魔将さんよ。んなあからさまに警戒されてるトコ狙っても無理めだろ? マァ、普段ならワンチャン狙ってたけど、大攻勢でそれは流石のアタシもなあ」
そう、こいつ普段の言動はアレだが、こういう時はキチっとしてる。
いつも弁えてくれれば嬉しいんだけどなあ! 無理だろうなあ!
「アゲハさん! 早く下がらないと……!」
「誰に言ってんだ、ジェンド! まぁ見てろ!」
一人突出した形になったアゲハを、魔将をはじめ残った五匹の最上級が攻め立てるが……その全てを紙一重で躱し、アゲハは無事、僕たちのところまで下がってきた。
……ランパルドのやつ、触手を三十は出してたのによく避けれたな。いざって時はゼストが盾でフォローしてただろうが。
そして、そんな死地を潜り抜けてきたアゲハは、からっとした笑顔で、
「いっやぁ、スリル満点で楽しかった! しかし、ヘンリー、腕上げたか? ケルベロス、一投げで倒すって」
「かもな! ……って、言ってる場合じゃない、来るぞ!」
魔将が魔物に指示を出し、五匹の最上級が突進……
「『黒の衝撃』!!」
と。
……そいつらの出鼻をくじくように、僕たちの背後から大きな声が響き、魔物たちを飲み込むような黒い球体が放たれた。
この魔導を使うやつっていえば、
「……チッ。首刈りにまた先を越されたと思ったら、七番教会の『なんでも屋』まで俺より前に来てたか」
「『死にたがり』かよ」
二つ名で呼ぶと、『死にたがり』こと、四番教会所属の勇士ジェイムズは、フンと鼻を鳴らした。
こいつは、リーガレオの一陣をソロで活動する冒険者。しかも、身体能力はイマイチな魔導使いで、危険地帯に嬉々として向かう変人である。今も使ってる飛行魔導で機動力はあるとはいえ、いつ死んでもおかしくない……と、ついたあだ名が死にたがり。
「クソが、新手か!?」
「……あれが今回の魔将か。いつものより、騒がしいな」
「感想言ってる場合じゃないぞ」
ジェイムズは凄腕だが、最上級五体を一撃では流石にムシが良すぎる。
ダメージはあったし、一時足を止めることはできたが、連中はまだピンピンとしていて、こっちに殺意を向けていた。
「撃退、協力してくれ」
「わかっている。こんな時までソロを気取る気はない」
よし、頼れる後衛火力が一人増えて――
「あれ!? なんでラ・フローティアがいんの!」
……続いてやってきた冒険者は、同じ宿のパーティ『スターナイツ』の斥候、ビアンカだった。
よし。
「いいところに来た。頼む、助けてくれ。最上級五体に魔将は骨が折れる」
「ああもう。ちらっと様子見て戻るつもりだったのに!」
ビアンカが、短剣を構えてくれる。
……よし、これで持ちこたえるのは大丈夫だ。
「って、おいおいおいおい!? なんだよ、次々と!」
ランパルドが慌てているが、こんなのは当然だ。
……前回のランパルドは、上手いことやった。ロッテさんが来てて、一陣にいたのが二線級の者ばかり。しかも単独での襲撃で、自分の存在を気付かせなかった。
だけど、今出張っているのは、リーガレオの精鋭。
――人類の最前線を張っている連中なのだ。
基本が集団行動のため、冒険者より動きが遅い騎士団や兵士さんたちも、じき来るだろう。
……後ろから迫ってくる無数の足音が聞こえてきた。
その頼もしさに後を押され。
僕は、槍をしっかと構え直すのだった。




