第二百四十四話 お茶会と決裂
「……そんな荒唐無稽な話を信じろと?」
ランパルドの発言――魔族はかつて、魔物と同じような存在で、魔物の指揮官的な存在だった、という話を、セシルさんは一言で切って捨てた。
「ヒドいねえ。なら、俺や麗しの魔王様のことはどう説明するんだい、勇者のお兄さん。魔物を生み出し、自在に操る……十年前までは、そんな話どこにもなかったろう?」
「そうだ。だから嘘だと言ってる。……少なくとも、ここ数百年でお前たち以外にそんな魔族はいなかった。先祖返り? とやらが本当なら、もっと例があるはずだろう」
あ、と。セシルさんの反応に、リーフィが声を上げて、手を上げた。
「そこは私、私。私がこう、うまく目覚めさせたの」
「その通り。実際、自力で目覚められたのは魔王様だけ。……俺たち魔将は、元はどこにでもいる一般魔国人だったんだ。全員、魔王様の覚醒に触発されて目覚めたクチでね」
……そういうことであれば、魔将にかつての魔国の軍の人間が一人もいないことの辻褄は合う。合うが……辻褄が合ったからって、即信じられるわけもない。
というか、僕が判断できる領域を余裕でオーバーしている。
「つーか、俺ぁ割と好奇心旺盛な方だから、一応色々調べた上での結論だよ? 初手からありえねえって否定されるとムカつくなあ」
「……だったら、どうする」
ランパルドが殺意を漏らすと、セシルさんが応じるように剣の柄に手をかける。
……が、そこでリーフィが腕を上げて抗議した。
「もう! お兄ちゃんもランパルドも、物騒な話ばっかり。今はやめて頂戴」
「わかりましたよ」
「……ああ」
ランパルドは主の言葉には素直に。セシルさんは……妹というのは置いておいて、やはり後ろの準備が気になるのだろう。あっさり引き下がった。
「それより、折角だし少しくらい楽しいお話をしましょう。確かに、あの瘴気を招待を受け取ったのはお兄ちゃんに会いにくる口実ではあったけど……同い年くらいの女の子たちがいたから、実は私楽しみにしていたの。ええと、シリルさん、ティオさん、フェリスさん? 少しお話しません?」
「……え!? あ、はあ?」
リーフィが突然話を振って、警戒しながら大人しくしていたシリルたちが驚く。
ていうか、僕もびっくりだ。いきなりなにを。
「……そういうことならば、立ち話もなんだろう。少し待ちたまえ」
リオルさんが愛用のステッキで軽く地面に突き、術式を展開する。
しばらく待つと、魔導の力で地面が形を変えて、即席のテーブルと椅子が設えられた。
「まあ、おじ様。器用なんですね」
「これでも魔導については造詣が深くてね」
「では、失礼しまして」
椅子の一つに、チョコンとリーフィが腰掛ける。
「さあ、ラ・フローティアの諸君も座りなさい。男衆は立ったままでよろしい」
「……いいんですか?」
リオルさんへそう尋ねたティオの真意は、座っていいかどうか、という意味ではないだろう。
表面上友好的とはいえ、彼女と会話をしてもいいのか……そういうことだ。罠かもしれないし、そうでなくても話の中でリーフィを怒らせて取り返しのつかないことになりかねない。
それを懸念しての確認だろうが、
「……勿論だとも」
「わかりました」
年長で経験豊富なリオルさんの言葉とあれば、逆らう理由はない。ティオはあっさりと頷き、席についた。シリルとフェリスも、それに続く。
「ただその、申し訳ないね」
……リーフィとの談笑は、どんな危険が潜んでいるのかわからない。
相手が所望している――そして、絶好の時間稼ぎの機会とはいえ、リオルさんは恥じ入るように謝った。
まあ、リーガレオ全体の安全と僕たちのリスクを秤にかけて、こっちを選べとは言えない。リーフィを『招待』したという僕たちをここに連れてきたのも、そう彼女が望んだからだろう。
僕も自分たちのことでなければ妥当な判断だと頷く。
自分たちが当事者となってしまった今回は、貧乏くじを引いたと思うが……仕方がない。
とりあえず、いつでも座ったみんなを庇える位置に移動。ジェンドとゼストも、僕からやや遠い位置で同じように陣取る。セシルさんは、リーフィと魔将の両面に即座に対応できるところに。
そして、リオルさんは……魔物の大群に対処するためだろう。大魔導を撃つだけの余裕があるように、少しだけ後ろに離れた。
「……作り置きですが」
「わっ、ありがとう」
ティオが神器の鞄から取り出した水筒の茶を、席についた女子みんなに配して。
……どうしてこうなったのかわからないが、魔王とのお茶会が始まるのだった。
「……さて、と。しかし、話といっても、なにを話したものか。何分、魔国の文化はあまり知らなくてね。なにか聞きたいことはあるかな?」
お茶会の参加者の中で年長――リーフィの実年齢はもっと上のはずだが、見た目は一番年上であるフェリスが水を向ける。
「あの街……リーガレオのお話が聞きたいわ! いつも結界に遮られて瘴気で覗けないのだけど、それだけに気になるわ」
……実体のある魔物にはよく突破されていたが、魔導結界は昔からその役割を果たしていたらしい。
しかし、あの街は魔国――要は目の前の魔王に対抗するための街なんだが。
しょ、正直に説明してもいいのか?
「ああ、いいよ。あの街は冒険者がよく集まる街でね。私たちも、一旗揚げるためにやって来たんだ」
「私たちは冒険者の宿に泊まっててですね。最初はちょっと戸惑いましたが、みんなでわいわい生活するのも楽しいです」
「……売ってる装備の質がいい」
……が、どうやら僕はみんなのトーク力を甘く見ていたらしい。
リーフィと敵対するような単語は極力出さず、うまいこと話題を盛り上げている。
もし僕が喋ってたら、テンパって速攻でボロを出していた気がするが……やれ最近近所にできたお菓子屋の話だったり。やれこの前の露店を出した話だったり、冒険者こぼれ話だったり。上手く興味を引きつつ、話題を盛り上げていく。
流石にみんないつもより表情や言葉はぎこちなかったが、リーフィは一つ聞くごとにキャッキャとはしゃいでいた。
本当に、魔王なんかとは思えない姿だ。
……今時点では危険性は低いだろうし、セシルさんが魔王側を重点的に警戒しているから、僕は意識の割合を若干ランパルドの方に傾ける。
前ン時は、こいつはロッテさんを狙って、ソロで一陣まで来てやがった。どんな奇襲を仕掛けてくるかわかったものではない。
「あの、リーフィちゃん? 私、魔国のお話も聞きたいです。一回も行ったことないので」
ランパルドの動きを警戒していると、ふとシリルが話題を変えた。
……魔国の、現状。ここ十年、三大国が喉から手が出るほど欲しかった情報の一つだ。
「うん、いいよ。お話するのも楽しいから」
リーフィはあっけらかんと頷き、『えーとね』と考え始める。
見た目の年相応の、とっちらかった話の進め方だったが、それでもいくつかはわかった。
まず、魔族は普通に生き残っている、らしい。リーフィの影響で街の外で徘徊している魔物が強力になっているため、人口は減っているらしいが……リーフィにとって魔族は『将来的に目覚めるかも知れない同族』だから、積極的には手を出す気はないのだとか。
更に、『でも結局、まだ目覚めたのは最初に集まった十人だけなんだけどねー』と、魔将の追加がないことも示唆された。
非常に、重要な情報である。
魔国への侵入はまだ遠い目標だが、なんとか連絡をつけて上手く魔族側と協力できれば――
……いやいや。
と、僕は妄想しようとした自分を戒める。
そういうのは、生き延びてちゃんと情報を伝えてから考えることだ。
なにせ今でも――お茶会のほんの数メートル後ろには、微動だにせずリーフィに傅いている魔物がいるんだから。
「……と、いったところかな? 今までお屋敷から出てなくて、瘴気の検知で知ったことしかないけど、どう?」
「ありがとうございます! 楽しかったです」
「それはよかった。じゃ、次は、んー」
と、ポクポクと考え始めたリーフィに、ランパルドが口を開いた。
「魔王様。ご歓談中のところアレですが、そろそろ本来の用件を済ませませんか」
「えー、楽しかったところなのに」
「そうはいっても、もうすぐあちらさんの前線、完全に準備完了しますよ? そしたら、俺らを放置する理由もない。向こうから来ます。……勇者のお兄さんに援軍まで付いたら、ちっと厳しくないですかね」
ランパルドの言葉に、リーフィはしばらく悩み……はあ、と一つため息をついて、そっとリオルさんが魔導で作り出したテーブルに触れる。
……? いや、なんだ。リーフィの手が、まるでインクを落としたみたいな、真っ黒に。
「楽しい時間はおしまいね。短い間だったけど、ありがとう」
……サラサラと、テーブルが崩れる。
リーフィの手に、高密度な瘴気が集まっているとわかったのは、その後だった。
「……みんな、後ろに!」
同時に、リーフィの雰囲気が変わったことにも気付いて、セシルさんが前に出る。
シリルたちが椅子から立ち上がって下がって僕たちに合流し、陣形を取った。
「……リーフィ、本来の用件っていうのは?」
「うん。……私、何度も、何度もお兄ちゃんに瘴気で呼びかけてきたのに、一度も気付かれなかったし、目覚める気配がないから。折角外に出てきたんだから、ちょっと強行策に出ようかなって」
穏やかではない単語だ。
僕は、みんなに目配せをする。もういつ戦いが始まってもおかしくない。
「……強行策、とは」
「うん。お兄ちゃんに直接これを入れて、目覚めてもらおうかなって」
手に集った瘴気を見せるように、リーフィが話す。
「目覚める、か。それは魔将に、という意味だね? ……先程の与太話を信じたわけじゃないが、リーフィ、俺はそんなのになる気はないよ」
「だいじょうぶだよ。ちゃーんと目覚めたら、そういうの気にならなくなるから。私もそうだったし」
「……そういえば、先程はあえて聞かなかったが。父上は目覚められずに死んだ、と言っていたな? まさか」
セシルさんの質問に、リーフィは笑顔で、
「うん、今のこれと、同じことしてみたんだけどね。でも、お兄ちゃんなら大丈夫、兄妹なんだから」
「そうか……」
セシルさんが剣を抜き、無言でリーフィ……魔王に切っ先を突きつける。
「アハッ、喧嘩するのは初めてだね」
「……これが最後になる。そして、魔国の首魁も、今日死ぬ」
勇者と魔王の対決……というと、お伽噺の世界だが、生憎と僕たちはそんなことを気にかけている余裕はない。
「ランパルド。他の人間に、邪魔させないでね」
と、リーフィは指示を出す。
「いや、あなたが自分の楽しさを優先してお喋りなんてしてなけりゃ……なんて、文句は言いませんよ。俺は忠実な部下なんでね」
ここまで散々にその『邪魔』を入れる時間をくれた彼女に、ランパルドはほとんど直球の文句をつき、はあ、とため息を吐き出す。
「……まあ、この前世話になった連中がすぐそこにいることだし。俺も、頑張らせてもらいますよ」
ランパルドは、軽く手を上げる。
――それを合図に、魔物が一斉に動き出した。
「……みんな、来るぞ!」
そうして、戦いが始まった。
二回ほど書き直しました。やはりこういう話は私には難しい。
 




