第二百四十二話 初めての大攻勢
「わわ……本当に、なんなんですか、これ」
明らかな緊急事態を感じさせる鐘の音に、きょろきょろと落ち着かない感じでラナちゃんが動揺する。
僕が、説明するため口を開こうとすると、
「ヘンリーさん、この鐘は一体!?」
パーティールームの前で警備をしていたリカルドさんと兵士さんたちも、大攻勢を告げる警告の鐘に驚き、中に入ってきた。
良かった、二度手間が省ける。
「これは、魔物の大群と魔将が攻めてきたのを知らせる鐘……っつーことで、僕たちは行かなきゃいきません。リカルドさん、ここでラナちゃん守ってあげてください」
「わ、わかりました!」
内壁の中にあるレンタルのパーティールーム……偶然だが、ラナちゃんが籠もるにはうってつけだ。
「え、ええと、ま、魔将……? もしかしてそれって、私が昨日余計なことをしたせいじゃ」
「……ラナさんが気にすることじゃない。魔将の攻めてくるタイミングなんて、連中の気まぐれ次第なんだ」
別の理由で狼狽するラナちゃんに、ゼストがフォローの言葉をかける。
……タイミング的に、無関係とは言い切れないが、どっちにしろ連中が攻めてくるのは早いか遅いかだ。ラナちゃんが気にすることじゃない。
「そういうコト! まあ、僕たちがぺぺぺっと蹴散らしてくるから、ラナちゃんはどっしり構えててくれ」
大分見栄を張っているが、このくらい言っといたほうが心配をかけないだろう。
……帰ってこれないやつが出ないよう、僕も気張らないといけない。
「は、はい! よろしくお願いします。……ティオにも、頑張ってって伝えてください」
「承った!」
よし、ソッコーで星の高鳴り亭にいるティオとフェリスに合流して――
「あ、ラナちゃん! お料理とケーキ、取っといてくださいね。帰ったら、パーティーを始めますから!」
「ええ!? い、いえ、わかりました。シリルさんも頑張ってください!」
「ふふー、お任せください。大群なんて、シリルさんの魔法で蹴散らしてやりますから」
最後に勇ましく宣言して、シリルは僕を見た。
「ヘンリーさん、急ぐんですよね? おんぶ!」
はいはい、と、僕は背中を向け、身体を預けてきたシリルの足を抱えてしっかり固定する。
「じゃ、行ってくる!」
そうして僕たちは、パーティールームを飛び出した。
外に出ると、当然のように街の中は大騒ぎだった。
しかし、大攻勢についてはこの街にいる人間にとっては慣れたもの。殆どのみんなは淀みなく動いている。
割合としては少ない、しかし決してゼロではない動揺してる連中は、経験の浅い人なんだろう。
「シリル、ジェンド。ところでどうだ、調子は?」
当然、大攻勢に初めて遭遇する二人も、完全にいつも通りとはいかない。合流したらティオとフェリスにもフォローを入れるつもりだが、当面今一緒にいる二人に聞いてみる。
「ああ、正直ちょっとビビってはいる。色々怖い話は聞かされてるしな。……だけどまあ、それ以上に腕が鳴る。ここで活躍して、フェリスと同じ勇士になってやるさ」
「おう、そんだけ言えれば上等だ」
緊張で動きが固くなって……みたいなことは心配しなくてもよさそうである。
「ちなみに、私は全然平気ですよ? ラナちゃんに宣言した通りです。やる気満々ですし……それに、いざっていう時はヘンリーさんがなんとかしてくれるんでしょう?」
んないざって時は来ないほうがいいが……勿論、言われるまでもなく、その時は決死で守るつもりだ。
と、そこでドン、とゼストが自分の胸を叩いた。
「パーティに加入して初めての実戦が大攻勢とは運がないが。だがなに、シリルさん、ジェンド、安心してくれ。守りについては、俺がいる」
「そこンところはマジで頼りしてるから、よろしく頼む。……じゃ、行くぞ」
そうして、僕たちは街中を走り始める。
同じように自分たちの行くべき場所に向かう他の人も多いので、急いでいるのに全力では走れないが、仕方がない。
……建物の上行ければ楽なんだが、大攻勢時に上を移動していいのは一部の許可された人間だけだ。本当に重要な人間が早く現場に到着できるよう、その辺りも厳密に決められている。
それでも、冒険者の足はそこらの人の全力疾走よりは遥かに早い。
五分ほどで、内壁の近くまで辿り着き、
「むむむ! ヘンリーさん。今念話で話しましたが、ティオちゃんとフェリスさん。私たちと合流するために第三広場に来ているそうですよ!」
「――! っし、ナイス判断!」
第三広場といえば、内壁を出て割とすぐのところだ。
「ジェンド、ゼスト、聞こえてたな?」
「ああ」
「大丈夫だ」
二人にも確認し、内壁の出入口は無視して壁に向けて疾走する。
「行くぞ!」
「おう!」
建物の上を通るのは禁止されているが、内壁の出入口に人が殺到すると通れないので、壁を直で越えるのは許されている。
意図的に作られているいくつかの取っ掛かりを足場に、二回ほどの跳躍で僕は内壁を飛び越した。
割と重装備なジェンドとゼストも危なげなくついてくる。……たまーにこれ失敗して墜落する人もいるが、まあ流石に余計な心配だったか。
「はへー、ジェンドとゼストさんはともかく、ヘンリーさんは私を抱えているのに、よくこんなに飛べますね」
「つっても、あっちの二人の装備、全部合わせりゃお前より重いぞ?」
完全後衛型のシリルは驚いているが、一陣で前衛張る戦士であれば、これくらいはできない方が恥みたいなもんだ。全体的にスリムなシリル一人抱えた程度でできませんとは言えない。
……で、上からは内壁のすぐ側の第三広場は見て取れた。ついでに、ティオとフェリスも見つけた。
ティオの方は気付いたらしく、こっちに手を挙げていた。
「広場の入り口から三つ目のベンチの辺りだ!」
言って、僕たちは広場を走り、ティオたちと合流する。
「みんな、無事合流できてよかった!」
「ああ。ところでフェリス。ユーのやつどう動いてた?」
話したいこともあるが、その間にユーのやつの動向の確認だ。
いや、別にあいつのことを心配しているというわけではなく……救済の聖女様の居場所を知っているのと知らないのでは、生存率に深刻に関わってくるのだからこれは当然である。
「ユースティティアさんは、今回は直掩の騎士を付けてもらって、一陣で強襲医療神官します、って言ってた。……私に伝えたということは、ヘンリーさんが聞くってことをわかってたのかな?」
「まあ、いつものことだからな。……んで、ティオ、フェリス。大攻勢に緊張とかしてないか?」
聞くと、まずティオが『心外な』という顔をした。
「……むしろ、不謹慎ながら手柄を立てる機会だと、ワクワクしています。アゲハ姉も『大量に首を刈るチャンスだ!』って、イキイキして飛び出していきましたし。私も続きたいです」
「お、おう」
……あれを従姉にしているだけはある。
「でもティオ。折角の成人の日にこんなことになってしまって、残念だったね」
「フェリスさん、ご心配はいりません。夜になるかもしれませんが、きっちり勝って帰ってパーティーは楽しませてもらうつもりです」
「その通りです! ちゃーんと、ラナちゃんにお料理とケーキは取っておくようお願いしましたから!」
二人の発言に、フェリスは『そ、そうか』と呆気に取られ……やがて、ふっと微笑を浮かべた。
「なら、張り切らないとね。もし怪我人が沢山出たりしたら、治療に私も駆り出されるだろう。ティオの折角の晴れ舞台に参加できないのは困るから、他のみんなもどんと守ってやる――くらいの意気込みでね」
……結論として。
大攻勢に初めて遭遇する我がパーティのみんなは、誰一人として萎縮しておらず……むしろ、歴戦の勇士と比べても、なんの遜色もないくらいの肝の座りっぷりだった。
ランパルドの時は、魔将と魔軍が同時に攻めてきていなかったから『大攻勢』ではないが、あん時の経験も生きてるんだろう。
「よし。じゃ、七番教会に行くぞ。僕らの動き方、決めてもらわないと」
英雄とか、一部の大手クランなどであれば独自裁量で動くことも許されているが、普通の冒険者パーティである僕たちは、教会に指示を仰がないといけない。
冒険者が勝手に動けば、各個撃破の恰好な的だからだ。平時でも、狩場は基本教会から振られるが、大攻勢の時はもっとガチガチに割り振られる。普段は城壁の防衛に徹していて前には出てこない各国の軍も出るのだから、当然だ。
僕たちはフェリスがいるから、多分戦場を駆け回って怪我人を癒やすよう求められるだろう。騎士を直掩にするというユーと同じく、強襲医療神官役だ。あいつと組んでた時は定番だった。
そう想像を働かせながら。
僕たちは教会へとひた走った。
「おお、ようやく来たか、ラ・フローティア!」
七番教会に到着すると、入り口付近で待ち構えてたらしい人が、僕たちを見つけるなり近付いてくる。
「って、リオルさん!? なんでここに……あなた、今日は一陣当番でしたよね!?」
だから、大攻勢でもある程度は余裕があると高をくくっていたのだが。
「説明をしたいが、悠長に話している暇はない。道中で説明するから、行くぞ。ここの教会には話はつけてある」
「ちょ、ちょっと!?」
「急げ! もし、『痺れを切らされたり』したら、どうなるか予想できん!」
「~~っ、ええい、本当にちゃんと説明してくださいよ! みんな、行くぞ!」
回れ右して教会の外に出て。
速攻で起動したリオルさんの『導きの鳥』により、僕たちはリーガレオの上空に飛ぶ。
……そうして、全力の速度でリオルさんは一陣に向け飛行を始めた。
この分だと、一陣までほんの数分だ。
「リオルさん、それで、これは一体? リオルさんが前から離れるほどのことですか?」
「……うむ。先に言っておくと、確かに魔将――以前交戦したランパルドと大量の魔物が来てはいるが、今のところはこちらに攻めかかって来ていない。そこは安心しろ」
……は?
「え、えーと。私は大攻勢は初めてなのでよくわからないんですが……これって普通なんですか」
「んなわけない」
シリルの言葉を否定する。
そんな睨み合いみたいなことになったことは、いまだかつてなかった。
この前のランパルドは単身で英雄の斬首戦術を仕掛けてきたが、あれみたいな突飛な戦術? いやでも、時間をかければこちら側の準備が着々と進むだけだっつーのに、一体なにが目的で。
そう思ったのはゼストも一緒だったのか、質問を口にした。
「……理由は推測できているのでしょうか? ランパルドは、奇策を弄する輩でしたが、またしてもなにか企んで」
いや、とリオルさんは首を振る。
「そうなっているのは、一緒にいる『魔王』を名乗る少女が止めているからだ。……彼女曰く、なんでも『招待』されて来たのだとか」
………………は?
今度こそ、完全に思考が停止し。
そうしてるうちに、魔物の大軍勢が見え始め。
……頭の整理がつかないまま、僕は戦場に降り立つ羽目になるのだった。
なんとか無事本日午前で仕事納めと相成りました。
明日からはしばらく帰省するので、本年の更新は以上となります。
中途半端なところで切ることになってしまい、申し訳ありません。
それでは皆様、良いお年を




