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第二十四話 いなくなった人

 僕の故郷、フェザード王国。


 アルヴィニア王国とは比べ物にならないくらい小さな国で、大体アルヴィニアの一般的な侯爵領程度の広さの領土しか持っていなかった。

 ただ、騎士が精強なことで有名で、小ながらもそれなりの存在感を持っていた国だ。


 当時、僕はフェザード騎士団第二分隊の准騎士。要は、見込みのある子供が就く、騎士見習いだった。

 まあ、結局魔王が現れた直後、雲霞のような魔物の群れに倒され、子供だった僕だけが逃されたわけだが。


 で、フェザード王国。フローティア伯爵領とは、かなり友好的だった。

 なんでも、三代くらい前の国王と領主が、十代の頃の一時期、家を出奔して冒険者やってて、パーティ組んでいたとか。


 ……頭の痛い馴れ初めだが、そんなわけで、領地は遠いものの中々に友好的な交流を続けていた。

 今代のフローティア伯爵の正妻が、フェザード国王の王妹なのだから、どれだけ厚い関係なのかはわかるだろう。


 で、シリル。

 あいつ、王妹様が嫁いだ時に一緒にフローティアに移り住んだ、側付きの人の親戚らしい。


 今も領主館に住み込みで勤めているその親戚の人の縁で、一緒に住んでいるそうな。で、子供の頃から領主様夫妻に猫っ可愛がりされているらしい。


「いや~、それにしてもびっくりしましたよ。まさかヘンリーさんと同郷だなんて」


 と、黒竜騎士団兵舎の食堂で朝食を食べながら、シリルはあっけらかんと言う。


「驚いたのはこっちだよ……なんだ、シリル以外にも、フェザードの人間はいるのか?」

「ええと、私をフローティアに連れてきてくれたおばあちゃんは二年前に亡くなりましたけど。叔母さん以外にも、領主館に勤めるメイドさんが二人。後、アステリア様を頼って来る人が、昔はたまにいましたね。今はフローティアの市井にいるんじゃないでしょうか」


 アステリア。今はフローティア伯爵夫人にして、元フェザード王国の王女様だ。

 僕は仮にも騎士の位にあったのだから、降嫁したとは言え主君筋に当たる。……ん? 他国の貴族に嫁いだんだから、降嫁とは言わないか。


 ともあれ。

 まあ、今更だ。勿論、アステリア様がフローティアにいることは知っていたが、十年も前に滅びた故国の、たかが准騎士がご挨拶に伺ったところで、困らせてしまうだけだろう。そう思ったので、訪ねはしなかった。


「でも、これで少しすっきりしました。ヘンリーさんの槍の型、どっかで見たことあるなー、ってずっと思ってたんですが。そうですそうです、お城で騎士さんたちが訓練してたのと、よく似てるんですよ」

「よく覚えてんな……」


 フェザード騎士団式槍法が、確かに僕の武術の基礎となっている。しかし、如意天槍を手に入れてからこっち、かなり邪道に改造したので、今は亡き隊長に知られたら痛い拳骨を喰らうだろう。

 まあ、もう喰らうことはできないのだが。


「そりゃ覚えていますよー。私、ちっちゃい頃から冒険者には憧れていまして。こう、剣とか槍とか持って、うおおー! ってやるとこを想像してたんです。それで、自然と興味が」


 まあ、剣を持って颯爽と戦場をかける女騎士とか、確かに憧れる気持ちはわかる。格好いいもんね。


 戦場でそういう人がいるとよーく目立つから、男向けの艶本の題材にも結構されている。……いや、僕は持ってないよ。今は。


「同じ地元だったのか。んじゃ、お前ら昔会ったこととかあるんじゃないか?」

「はっ、なるほど。ジェンド、中々いいところ突きますね。まさか、ヘンリーさんが恋愛本における幼馴染枠だったとは」


 その物語脳やめろ。


「シリルが住んでたのは、フェザードの王都だろ。僕は国境近くにあった街。まあ、会ったことはないだろうな」

「ヘンリーさんは浪漫が足りません」

「お前、僕とロマンスとかしたいの?」

「好感度を後二十シリルさん分程稼いでから出直してきてください」


 なに、その超謎な単位。多いのか少ないのかまるでわかんねえ。ていうか、お前が言い始めたんだろうが。


「あー、っと。この話はそろそろいいか。こっちに来た主題じゃないしな。ジモトークはまた今度で」


 いかんいかん。

 とりあえず、朝食を食べ終わり、食後の紅茶などいただきながら、これからのことを話すことにする。


 なお、今の食堂は僕たちだけだ。騎士団の連中はとっくに飯を食って、朝の訓練に向かっていった。

 ……あの人たち、休暇に帰ってきたんじゃないの?


「とりあえず、アルヴィニア中央大学の教授さんにアポイントメントを取らないと。お忙しい人でしょうから、まずは手紙で、私が到着したことをお伝えして……って形になりますけど」

「ああ、それでいいんじゃないかな」


 ラナちゃんの言葉に、妥当だな、と頷く。

 既に手紙も用意しているようで、後は届けるだけだ。


「ただ、お手紙の返信先をここにすると、ちょっとびっくりさせちゃうかもしれません」

「そ、それはそうかもな。おい、ヘンリー。やっぱ、どこか適当な宿取ったほうが良いんじゃないか?」

「んなことしたら、エッゼさんが『我らが兵舎になにか至らぬところがあったか!? 直すから戻ってこい!』とかなんとか言いながら宿に突撃してくるぞ」


 僕はあの人とは長い付き合いだ。断言できる。


「……騎士団長で、英雄なんだよな?」

「騎士団長で、英雄だぞ?」


 むしろ、そんな肩書の割にはまともな方だ。強さと人格は反比例するのではないか、という仮説を僕は立てている。


「じゃ、じゃあ、住所はそのままで……朝一で、大学の方に行くことにしましょう。でも、その後は返信があるまで時間が余りますね」


 うむ、予想していた通りである。

 この間に、王都の観光をする予定なのだ。王立図書館、劇場、美術館に博物館、各種名所を巡り見聞を広める。実に心豊かになれるであろう。


「楽しみ」

「うん、そうだねティオ。どこか行きたい所ある?」

「実は、お菓子が美味しいってお店が」

「じゃ、おやつはそこにしようか」


 ティオとラナちゃんは、観光案内の冊子を見ながらきゃっきゃと相談している。


 まあ、ラナちゃんは依頼主だし、ティオは僕たちん中では年下だし、二人の行きたいところが優先でいいだろう。


「あの~、ちょっといいですか」

「なんでしょうか、シリルさん?」

「その、大学寄った後で良いんですが、ええと、なんていったっけ……そうそう、トリネコ通り? ってところに行きたいんですが」


 トリネコ通り……って、聞いたことないな。

 僕も、護衛関連のクエストとかで何度か王都には来ていて、名所の類は頭に入れているんだが。


「おい、シリル。俺たち、仕事中だぞ」

「でも、久し振りにフェリスさんにも会いたいですし」


 ……ああ、そういうこと。


 ここは騎士団の兵舎。街の中のトラブルに素早く駆けつけるため、当然王都の地図はある。というか、食堂の壁にでっかく貼り出されている。

 黒竜騎士団は普段王都にはいないが、騎士団として当然の嗜みといったところか。


「トリネコ……トリネコ……ああ、あった、ここだ。大学からそう遠くないから、寄っていってもいいんじゃないか」


 シリルとジェンドの幼馴染にして、ジェンドの想い人、フェリス。

 ……どんな子なのか、ちょっと楽しみである。
















 さて、大学の受付に件の教授への手紙を預け。

 フェリスさんとやらの家があるというトリネコ通りにやって来た。


 この辺りは王宮にも近く、結構な高級住宅街である。……フローティアに別荘持っていたことといい、もしかして資産家なのかね。


「とは言っても、私達もこの通りに住んでいる、って聞いたことあるだけで、詳しい住所は知らないんですけどね」

「まあ、そこは適当にご近所の人に聞けばいいだろ。ええと、騎士の家系だっつってたよな。なら、家名は?」

「ハーシェルです。フェリス・ハーシェル」


 ふむ、ならそこなお庭の手入れをしているおばさんに聞いてみるか。


「あのー、すみません。ちょっと道をお尋ねしたいんですが、よろしいでしょうか」

「あら、こんにちは。……勇士の冒険者の方ね。ご依頼人の方を探していらっしゃるのかしら?」


 ちらり、と冒険者タグを見て、にこやかにおばさんが対応してくれる。

 ……うん、こういうとき、勇士の資格は便利だ。冒険者の中にはタチ悪ぃのもいるので、そういうのだと誤解されたら、そそくさと家の中に逃げられていただろう。


 まあ、この辺りは巡回の警備員も大量にいるので、乱暴なことをしたりしたら引っ捕らえられるが。


「ええと、ハーシェルさん、っていう人のおうちなんですが。依頼人ってわけじゃなく、うちのパーティメンバーがそこの娘さんの友達で」


 名前を出すと、おばさんの顔が難しいものになる。


「……フェリスちゃんの友達ですか。もうこの通りには住んでいませんわ。斜向かいの家がそうだったんですが」


 めちゃご近所さんであった! でも、今は住んでいない?


「引っ越しですか?」

「引っ越しというか。……フェリスちゃんの父親は白竜騎士団の経理を担当されていたんですが、公金の横領が発覚して逮捕されまして」


 アウッチ!?


 っべー、騎士団の金横領するとか度胸あるな親父さん。しかも白竜騎士団と言えば、王都の護りを担う、清廉潔白質実剛健を絵に描いたような騎士団だ。よくもまあ……


「当時は大変でしたのよ。白竜騎士団の方々があの家を囲んで、物々しい雰囲気で」

「ええと、その、家族の人がどうなったとかは?」

「子供は勿論罪には問われなかったはずですが、今どこにいるかまではちょっと……。奥様は昔に亡くなっていましたし、フェリスちゃん、元気でやっていると良いのですけど」


 はあ、と、心配そうにため息をつくご婦人。


 うーむ、まさかそんなことになっていたとは。

 子供一人、頼りになる親戚でもいればいいのだが、そうでない場合……まあ、この国は豊かな国で、しかも王都は特に栄えている。生きてはいけるだろうが。


 ……あまり、愉快な状況にはなっていない可能性もある。


「あー、ジェンド。そういうことらしいが」

「……まあ、フェリスなら大丈夫さ。あいつ、バイタリティすごいし」


 ぎゅっ、と拳を握り締めている。


 ……とりあえず、ティオとラナちゃんは知り合いでもないのだからと、喫茶店で待機させておいたのは正解だった。


 さてはて、どうすっかねえ。

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