第二百三十九話 結果
魔物が、目の前で発生した。
それ自体はままあることだ。詳しい条件は未だ学者さんの間でも議論が交わされているが、ある一定の条件下で魔物は『発生』する。
しかし、そういった自然発生ではなく、魔将という存在が自分たちの意思で生み出すことが知れた時は、それはもう物凄い衝撃が走ったらしい。
……が、今見た光景も多分それに匹敵するだろう。
「グルゥ」
現れたワイルドベアは、敵意のこもった目を僕たちに向ける。
……頭は混乱していても、体は長年染み付いた動きを勝手に取る。ナイフ状にしていた如意天槍を引き抜き、短槍に。僕以外も冒険者としての本能で次々と武器を構え、
「――っ、待て、殺すな!」
半ば無意識に迎撃するために前に出ようとすると、リオルさんの警告が飛んだ。いつも紳士然として余裕のあるリオルさんだが、切羽詰まった声である。
「っ、はい!」
何故とか、そういう疑問を持つ前に返事をする。
……ワイルドベアが突進してきた。殺さないようにするためには――っと!
「ジェンド、足止め頼む! 殺るなよ!」
「わかった!」
全身を強化したジェンドは、ワイルドベアの爪の一撃を篭手で受け止め、そのまま突進を受け止める。そのままだと流石に質量差で吹っ飛ばされるが、上手く力を流してワイルドベアの動きを止める。
「《強化》+《強化》+《拘束》!」
その隙に、念の為に強化を二つ付けた《拘束》で雁字搦めにしてやった。
これで、ワイルドベア程度じゃ動けな――って!?
「ガァァァァ!」
焦ってたせいか、魔導の制御ミスったぁ!?
ワイルドベアが暴れると、僕が魔導で生み出した光の鎖がビキビキと音を立てていく。本来ならこんなに脆くない。あわや失敗しかねないグダグダな構成だったから、強度が半減以下になってる。
「!? うお! おい、ヘンリー、逃げられるぞ!」
「悪い! もう一度――」
落ち着いて、今一度拘束をかけようとすると、魔物を囲むような光の檻が出現した。
僕の拘束から逃れたワイルドベアはその檻をこじ開けようと暴れるが、ビクともしない。
……ここの面子で、こんなことができる人というと。
「ヘンリー、未熟だぞ。焦って魔導の組み立てをしくじるとは。下手に暴発したらなんとする」
「……面目ないです」
勿論、リオルさんである。
既存のクロシード式では聞いたことのない魔導。……今までリオルさんが使ってるのを見たこともないから、多分この場で編み出したんだろう。
「まあ、よい。次から気をつけるように。……しかし、ふむ。ワイルドベアか」
と、リオルさんが魔物を見分するためか、檻に近付いていく。
「ええと、ゼストさん? 私も近くで見たいんですけど」
「……安全だとは思うが、俺の後ろからは出ないようにな」
ゼストを護衛にしたラナちゃんも行った。
……そうか。考えてみれば、生み出した魔物がどうなっているのか、観察はそりゃするだろう。リオルさんが制止したのも当たり前だ。
こんなことにも気付かないくらい、テンパってたな。
「私、普通の魔物もあまり見たことないんですが、どうでしょう?」
「そうだな。見た目はあまり変わらないが……」
二人はあれやこれやと檻の中のワイルドベアについて議論を交わしていく。
……正直、まだ混乱していて、声は聞こえているが内容が頭に入ってこない。他のみんなも、多かれ少なかれ似たような反応だ。
あれで『細かいことを考えるのは俺の仕事ではない』と割り切っているゼストは、割と普段通りだが。
気を落ち着かせるため、二度、三度と深呼吸をする。
「え、えーと。その、い、いやー、偶然ですねー! なにやらラナちゃんが実験したら、魔物が出てくる……なん、て……」
「シリル、流石に無理がある」
「……わかってますよー。ちょっと現実逃避したかっただけです」
まあ、その気持ちはわかる。
リオルさんが、魔導でもって魔物を生み出した。
……今まで、魔将にしかできなかったはずのことを、魔導で――しかも、リオルさん自身、どんな効果か判然としない状態で実現した。
僕の乏しい想像力でだって、これが超マズイ事態に繋がりかねないことはわかる。
ほら、あれだよ……今は混乱しててぱっと思いつかないけど、色々悪い使い方がありそうだろ!
「……魔物を生み出して、他の街にテロ、とか。あくどい使い方は沢山ありそうだね」
そう! そういうことを言いたかった。フェリス、ナイスだ。
「けど流石に、魔物の使役とかはできないみたいだな。まあ、近場に魔物が出るだけで迷惑だけど、あれじゃ生み出した方も襲われるだろ」
「確かに」
ジェンドの言う通り、ワイルドベアは野生のものと変わらず僕たち人間に敵意を向けていて、檻から逃れようと暴れている。
創造主――といっていいのか――であるリオルさん相手でもやる気満々だ。
魔将は生み出した魔物たちを部隊として運用していたのだから、そこは大きな違いだろう。
「……なんにせよ、ラナは相変わらずですね」
そうティオが締めくくり、僕たちの間には沈黙が落ちた。
みんな、現実を受け入れる時間が必要なんだろう。
そうして、ぐるぐると回る考えを宥めていると、二人が戻ってきた。
なお戻りしな、リオルさんは檻を刃に変えて、サクッとワイルドベアを始末していた。多分、見るべきは見た、ってことなんだろう。
そうしてリオルさんは、僕たちの顔を順繰りに見て、口を開いた。
「言うまでもないとは思うが、今見たことは他言無用だぞ」
「わかってますよ。下手したら口封じに――みたいな案件じゃないですか」
みんなも頷く。多分、このことを仲間内で話題にするのすら、これっきりだ。
「まあ、今はそう心配することはないがな。この術式は魔導具に刻めるほど簡単なものじゃない。だから今は私にしか使えないし、その私にしたところで今の一回だけで一割は魔力を持っていかれた」
僕の知り合いの中じゃ、シリルに次ぐ魔力を誇るリオルさんの一割……ってやべえな。魔物を百とか吹っ飛ばす魔導、ぽんぽん撃つ人だぞ、この人。
「思ったより魔力から瘴気への変換効率悪かったんですよね」
「土台、人間が扱うには向かない力だからな。そういうこともあろう。……ああ、中途半端に知っているのもよくないので、解説をするが」
リオルさんが語るところによると、ラナちゃんが作り出した術式は『魔物を生み出すきっかけになる瘴気を作る』魔導らしい。
……瘴気を浄化する、はよく聞くが、その逆を人がやるのは盲点過ぎた。
「まあ、実現するための術式まで完成していることまでは公表しないにしても。魔力を瘴気に変換する理論ができた、ということはごく限られた範囲では共有するべきだな。なにか別の発見に繋がるかもしれん」
その辺のバランス感覚について、リオルさんに僕たちが物申せるはずもない。この人がそう言うのであれば、それが一番いいのだろう。
「……ああ、術式の開発者として。これを秘匿することに同意してくれるかね、ラナ君?」
「あ、はい。混乱することは私にも流石にわかりますので。それにこれで魔将の『魔物を生み出す力』と『魔物を従える力』は別だってわかりましたし。以前リオルさんにいただいた、魔将の操る瘴気の力について仮説、少し前進です」
……そういや以前、セシルさんの言動がどうやら遠く離れているはずの魔王? に伝わっているとかいう話があって。
肝心なトコロはボカしてラナちゃんに検証するよう伝えたと、当時のリオルさんは言っていたが。
「ただ、その。今日、このあとアポを取ってもらっている……ええと、魔将に監視されてるかもしれない、英雄さん? のところで、もう一回だけ使ってもらいたいんですけど」
セシルさんのこと、ラナちゃんにはそう伝わってるのか。
でも、もう一回。いいのだろうか?
ちらりとリオルさんを見ると、少し考え込んで、
「……わかった。ラナ君がそう言うということは、なにか考えあってのことだろう? セシルであれば、知られても問題あるまい」
「ありがとうございます!」
「ただその……次はどういう結果を想定しているのか、教えてくれるかね? 流石に、先程の結果は私にとっても心臓に悪かったのでね」
ああ。冷静に事を運んでいたように見えたが、流石のリオルさんでもびっくりしてたのか。
「ええと、はい。わかりました。多分、ですけど。その方の周りだと、さっきの術式、効果がないんじゃないかと思っています」
「ほう、なぜだね?」
「うーん、これは本当に仮説なんですけど」
魔物は瘴気でできている。
しかし、魔物を構成している瘴気から勝手に他の魔物が生まれたりはしない。瘴気を操って武器にするような魔物もいるが、そいつらが操る瘴気も同様だ。
つまり、単に空中に漂ってる瘴気と、魔物や魔将が持つそれは、なにかの違いがある。
「で、そうだとすると。リオルさんが考えたように、本当にその魔将が瘴気を感覚器みたいに使ってるなら、魔物は生み出せないんじゃないかと」
「なるほど……いや、まさかその検証のためだけにこの術式を?」
「いえその。確かに、どう確認しようかって考えて開発したものですけど。私の今までの研究の集大成の一つでもありまして」
集大成。
……ラナちゃんが魔導学をやり始めたのいつだっけ。確か一年半くらい前の、王都行きからだったような。
「成程。……わかった、ラナ君、後で少し話をしようか。まずはセシルのところへ行こう」
「あ、はい!」
……あの頃、アルヴィニア大学訪問ために僕が護衛してた頃からすると、ものすごーく遠いところまで来たような気がする。
僕は遠い目になりながら、セシルさんのところに向かう二人に付いていくのだった。
すみません、やはり12月は更新遅れそうです。
そしてお待たせしておきながらつなぎ回。
次はもう少し早めに届けられるようがんばります。




