第二百三十八話 実験
さて、ラナちゃんがリーガレオに来訪した一番の目的は、ティオの成人祝いである。
……昨日の工房の件といい、それどころではない事態になっている気もしなくもないが、パーティメンバーのハレの日なのだからとりあえず目を瞑ろう。
そんなわけで。
ラナちゃんは今日も午後から予定は入っているのだが、明日の成人祝いのパーティーの準備も疎かにはできないと、午前中は街へと繰り出していた。
「ラナちゃん、こんなもんですかね?」
「えーと、お花の注文は終わりましたし、食材も発注終わり。パーティールームのレンタルの手続きも済みましたし……飾り付けも当日運んでもらうようお願い済み、と」
シリルが尋ねると、ラナちゃんが指折り数えながら歩く。
明日の準備は、主にこの二人が担当した。僕、ジェンド、ゼストの男衆はボケーっと見守りながら、護衛をするだけであった。
なお、フェリスはティオの足止め役として宿に残っている。『ラナが行くんだったら……』とティオが付いてこようとしていたのだが、主賓に準備をさせるわけにはいかない。
リカルドさんも今回は同行なし。こちらの軍にお邪魔している。
リーガレオの兵は色んな所から集められているのだが、土地柄どうしても弱兵の多いフローティア領は食料を多めに供出することで免除されており……今のここの実態を見学して持ち帰り、今後どうするかを検討するのだとか。
流石に兵士長がラナちゃんの護衛のためだけに出張ってきていたわけではないらしい。
「あとはー。うん、ちょこちょこ小物を揃えれば終わりですよ」
「おお、予定より大分早く終わりそうですね」
「はいっ」
……その言葉通り、午前中いっぱい使う予定だったのだが、予定の半分以下の時間で大体の手配が終わってしまった。
ラナちゃんの要領のいいことといったら、ちょっとすごかった。
顔がバレないようフードを被ったちょいと不審な状態なのに、明るい感じの話術で店の人とすぐに打ち解けてスムーズに取引が終わり、ついでに色々とオマケしてもらったりもした。
まあ、実家が客商売なので慣れているんだろうが。
「ちなみにラナちゃん。プレゼントは?」
「ふふっ、フローティアから持ってきました。そっちは明日まで内緒です!」
「なるほどー。ではでは、私たちが用意した品も明日のお披露目まで秘密です!」
……キャイキャイしてんなあ。
「プレゼント、か。フローティアはそういう風習なのか」
「ん、ああ。大体、身内とか友達で小さなパーティをして。で、成人祝いの品を贈るんだよ。なに贈るのかは特に決まってないけどな」
ゼストが口をつき、フローティアが地元であるジェンドが答える。
「うちの国とは随分違うな」
「……フェザード王国ってどうだったんだ?」
すでに亡くなった国のこと。ジェンドは少し遠慮がちに聞いてくるが、流石にそのくらいで落ち込むほど過ぎた年月は短くはない。
僕よりも祖国に強い思いを持つゼストも、特に気にした風もなく気軽に答える。
「フェザードは年に一度、その年に成人になった者を全員城に集めて式典をやっていた」
「全員?」
「ジェンド、お前アルヴィニアを比べんなよ。小さい国だったからな、余裕で集まれるくらいしかいないんだ」
そんなわけで、特に事情がなければフェザード王国の成人はみんな一度は登城した経験がある。
「……うむ。それに、式典の取り仕切りはもっとも成人が近い王族がやることが習わしでな。俺たちの場合、シリルさ……んがやることになっていたはずだ」
「へえ~」
勿論、未成年の王族がいなかったり、いても子供すぎたりしたら別の人がやる。
「ああ、ちなみに。僕たち准騎士は、そこが正騎士の叙勲式でもあったんだ。……そうなると僕とゼスト、もしかしたらシリルに叙勲されてたかもしれないのか」
騎士見習いだった僕たちと、順当にお姫様として育ったシリル。もしそんな立場だったら、どんな感じになっていたんだろうか。
ありし日の国のことを少し思い返し、想像を働かせてみる。
……まあ間違いなく、今みたいに乳繰り合ってはいないだろうな。
「ふっ、王配になる貴様はともかく、国の復興の暁には俺はシリルさんに叙勲してもらって、騎士として再出発するつもりだぞ」
「はいはい。リシュウじゃ取らぬ狸のナントカって言われてるやつだな」
シリルも勇士は見えてきた。リーガレオの状況もいい。
だが、元フェザードの土地を取り戻す……そしてそこを任せてもらう、なんてのはまだまだ遠い目標だ。
まあやっぱり、現実的にはこの辺の領主が決まってない土地をいくらかもらって、自治領として再出発、辺りが妥当なんだろうが。
「おやおや~? 男子の皆さん、なにやら楽しそうなお話をしています?」
と、そこで。話を聞きつけた我らが王女様がやってくる。
「うりうり、どんな話をしていました? シリルさんにもお聞かせください!」
「いや、シリル。肘当てんな」
……やっぱり王女ってガラじゃないな、こいつ。
ぼふっ、と。僕はシリルの頭を乱暴に撫でて、先程の話を繰り返すのだった。
なお、話を聞いたシリルは、『叙勲式がしたいのでしたら、やってみせましょうか!』と張り切った。
ちゃんとシリルが騎士を任命できる立場になったら、それはもう盛大にやろう。先々の楽しみが増えた。
……ちなみに、いやだから今やっても単なるごっこ遊びになるからやめろと、今日にでもやろうとしたアイツを止めるのはちょっと大変だった。
さて、午後である。
今日は『実験』……を、するらしい。
「やあ、すまないね、ラナ君にラ・フローティアの諸君。少し遅れてしまったかな?」
「いえ、時間通りです。昨日といい、お忙しいところすみません、リオルさん」
先に来ていた僕たちを見て、リオルさんが少し申し訳無さそうにする。
が、実際には時間ぴったり。僕たちは五分前に来ていたが、ラナちゃんの言う通り街の防衛やらなにやらで忙しいリオルさんのこと、仕方がない。
「ふむ、はて。ところで今日の実験はどのようなものかな? 詳しい話は当日とのことだったが……この待ち合わせ場所にも関係があるんだろう?」
今日の待ち合わせ場所は、三大国方面へ開いている北門のところである。魔国側である南門に比べれば危険度は低いが、一歩門の外に出れば魔物がわんさかだ。
「はい。ちょっと街中だと危ないので、外でやろうと思っていまして」
「勿論、僕たちがきっちりガードします」
僕たちもついさっき外でやるということを聞かされた。
リオルさんとここで待ち合わせているからには、多少想像はしていたが……まあ、問題はあるまい。ゼストを専属で付けることにしたし。
「実は瘴気に関しての研究にちょっと進展があったので。それを確認する実験をしたいんです」
「ほう、それは興味深いな。どのような進展かな?」
リオルさんが聞くと、『あはは』とラナちゃんは笑って、頬をかいた。
「まだ仮説段階で、今日はそれを裏付ける実験なんです。外したら恥ずかしいので、ちょっと内緒ということで」
「成程。まあ、曖昧なことは言えないというのは私も理解できる。では、実験の成功を祈ることにしよう」
「はい。……で、リオルさんにはこちらの術式を使っていただきたいんですが」
すっ、とラナちゃんが鞄から一冊のノートを取り出す。
リオルさんはそれを受け取り、ぱらぱらと捲って確認し……嘆息した。
「……私を呼んだのはこれが理由かね」
「はい。一応、クロシード式として成り立っているはずですが、呪唱石に刻むにはちょっと非現実的かなあ、と」
二人はなにやら同意しているようだが、よくわからない。
そんな僕たちのことに気付いたのか、リオルさんは僕にノートを手渡してくれた。見ろ、ってことなんだろうが。
「これ、僕たちが見ても大丈夫なんですか?」
ほら、昨日の魔導工房も色々機密やらなにやらうるさかったし。
「構わん。それを数分で覚えられるというのならやってみろ」
「はあ」
では失礼して、とノートを開く。
……ノートを開いた第一印象は、『黒』である。
びっしりと、殆ど隙間なくなにやら文字めいたものが書かれていた。
「うっわ、なんですかこれ」
シリルもドン引いている。他のみんなも似たりよったりだ。
……一応、クロシード式を使う僕には、なんとなーく見覚えのある図形が出てきているのはわかる。
が、これは僕が使う簡易版ではなく本式。リオルさんが『組み合わせ次第でどのような魔導も実現できる』と豪語する、僕たちの使う術式をさらに細分化し、文字のように操るものだ。
数秒で理解を諦め、ノートをリオルさんに返す。
「これ、どんな効果なんですか」
「私も流石に一読しただけではわからないな。規模的には、私の『導きの鳥』の二割増といったところだが」
空を自由自在に飛ぶ、リオルさんの得意魔導だ。あれも術式だけで数メートルの鳥を形作る大概な規模の術式だが、それ以上らしい。
「街中だと危険な実験ということだが……ラナ君? 懸念している危険性だけでも、少し教えてはくれないかね」
「あ、そうですね。その、魔物が出てくるかもしれないんです」
そうすると、近くの魔物を誘引するような効果か?
匂いとかで魔物を集める道具とかはあるが、魔物ごとに有効な香りは違うし、嗅覚のない連中だっている。
魔導でそういうことができるようになれば、戦場を固定したり、余裕のあるやつは自分トコに魔物を集めたり、色々使い道は思い浮かぶ。
魔導結界を有効に働かせるようにした浄化陣ほどじゃないが、これまたもし一般化できれば有用そうな術式である。
「相分かった。まあ、仮に最上級が出たとしても、私とラ・フローティアがいれば問題はない」
最上級は大げさだが、北門側にも上級上位は結構出る。
まあ、リオルさんはもとより、僕たちだって上級上位が十匹二十匹出てきても対処は可能だ。
仮に付近の魔物が全部集まってきたりしても、なんとかなるだろう。
そう、僕は考えた。
術式の効果を『魔物を集めること』だろうと、すっかり決めつけて。
――ほんの十分後。その誤解はとんでもない光景を目にすることによって、粉砕されることになった。
「では、ゆくぞ」
北門から少し離れたところ。
街道からも逸れた人目につかない場所で、リオルさんがノートを片手に術式を展開する。
光を操るアストラ式魔導によって、空中にクロシード式術式を描くリオルさんの魔導展開方式。
これであれば、複雑で多すぎる術式もその場で実現することが可能なのだ。
どんどん術式が展開され、やがてひとつに結実する。
「リオルさん、最後の三行が位置指定になっているので少し離れたところに」
「うむ、わかっている。大丈夫だ」
リオルさんが、愛用のステッキを掲げ、術式から生み出されたなにやら黒いモヤ? を投射する。
それは、十メートルほど離れた地面に着弾し……どんどん、モヤは大きくなっていって、やがてなにかのカタチを持ち、色付き始め、
「あ、よかった。成功です。私も知ってる魔物ですね」
……リオルさんの作ったモヤから、なんかワイルドベアさんが生まれてるぞう?
なーんか、魔将が魔物生み出す時の光景に似ていた気がするけど、そんなまさか。いやいや、まさかまさか……
「」
……のそり、とワイルドベアが動き出し。
僕はそのまま、しばらく絶句したまま動くことができないのであった。




