第二百三十七話 夜の訓練
リーガレオ魔導工房への訪問は、当初の想定の十倍くらいの大騒ぎになった。
本格的な技術話になってきたらしく、僕とリカルドさんは会議室をほぼ締め出され、時折『城壁のどの辺りを堅くすればいいか?』『もし兵器系を作るならどんなのが役立つか?』みたいな意見を聴取されるために中に入ったくらいだ。
なお、堅くするところは、人が多くて魔物もよく集る門の辺りより、地形の関係上死角になりやすいところを。兵器については、面で攻撃できるものを、とそれぞれ答えておいた。
……どうも、漏れ聞く会話からして、浄化陣の術式が早く劣化する問題については、その部分を一部材質を変えることでなんとかなるかもしれないから、前者はそれとラナちゃんが今回持ってきた簡易化した術式を適用する順番のために。
今回の魔導結界用の浄化陣の簡易化で、ラナちゃんに術式改良のノウハウが溜まってきたらしく、『次』はもうちょっと早くできるかもしれないから、後者は次に開発すべき対象に当たりをつけるために。
……それぞれ聞かれたらしい。
他にも色々と聞かれたが、一体ラナちゃんの手によって今後リーガレオがどうなっていくのか。想像するだに恐ろしいというか頼もしいというか。
だが、
「ティオー、頑張ってー!」
……こうして無邪気に親友を応援する姿からはとてもそんな大人物だとは想像できない。
「ん」
星の高鳴り亭の訓練場で僕と対峙するティオは、親指をグッと立ててその応援に応える。
「ティオ、これは負けられないね」
「うん。フェリスさん、今回は……」
今回の模擬戦の相方であるフェリスにも、ティオは気合の乗った――傍からはそうは見えないが――顔を見せ、ボソボソと何事かを相談する。
どう出てくるのか想像は巡らせるが、相手の動きを頭の中で固定してしまうと動きが固くなる。
どんな作戦できても受けて立つ、という心構えで僕は槍を構えた。
なお、模擬戦は本日これで二十戦目。最近は一陣での実戦に明け暮れていたから、久方ぶりにガッツリ訓練しているって感じだ。
ラナちゃん滞在中は彼女のスケジュールに極力付き合うつもりだが、それで練度が低下してしまっては大問題。丁度いい機会と考えて、空き時間はこうして訓練を詰め込んでいるわけである。
リーガレオ魔導工房から帰ってくるのが随分遅くなったせいで、僕の訓練の開始は夜からになってしまったが、みんなは昼からやっていたらしく、そろそろ疲労も溜まっているはずだ。
……が、そんなことは微塵も感じさせない動きでティオは腰のナイフを抜き、
「行きます」
ダッ、とこちらに向けて駆けてくる。
昔から、相手を惑わすような走り方だったが、アゲハと訓練するようになってますます拍車がかかっている。星明かりしかない夜だと、うっかりすると見失ってしまいそうだ。
「ふっ!」
……が、訓練中にうっかりなんてしない。
ティオの突進に合わせ、長く伸ばした如意天槍の突きを繰り出し……予想通り、ガキン! と防がれる手応えが返ってくる。
「ティオ、今だ!」
フェリスが展開した盾だ。遠隔から味方を守るニンゲルの手の魔導『オーラシールド』。人という基点があるため展開しやすいバリアの方よりコントロールが難しい魔導だが、フェリスはもうこれを十分使いこなしている。
……しかし、来るのはわかってたからそのまま突き貫くつもりだったんだが。十分スピードが乗る前に槍の軌道の前に置かれた。
チッ、使い方がまた上手くなってる。見学しながら、うんうんと頷いているゼストのやつの教導の成果か。
「クッ」
屈んで接近してくるティオ。それを迎撃しようと槍を引こうとすると、また衝撃!?
「げっ!?」
石突んトコにもオーラシールドぉ!? ヤバッ、前後挟まれて一瞬固まっちまった。
「~~っ、《強化》+《拘束》+《投射》!」
すぐそこまで接近していたティオに拘束の魔導。至近距離に関わらず、あっさり躱されるが、一瞬の間ができた。
その隙にオーラシールドで前後から挟まれている如意天槍から一旦手を離し……すぐに『帰還』の能力で戻す。
するとあら不思議、穂先の方向が変わり自由になる。
「っ!? ……せい!」
「うおっ!?」
ティオの斬撃を片手剣にした如意天槍で逸らす……が、やばい、槍の間合いの内側に入られた。
この至近距離に居座るつもりのティオから次々に攻撃が繰り出され、そのたびになんとか防ぐが、ゴードンさん作のティオのナイフは非常に見えにくい。夜の闇の中だと特にだ。
経験と勘、あとはティオの腕の振りからなんとか予想して迎撃するが、このままじゃそのうち一発もらう。しかも、
「がぁ! 邪魔ぁ!」
肘にぶつかったオーラシールドを、力任せに押しのける。
……これだ。盾を味方を守るためのものではなく、相手を邪魔するものとして使う。今までのフェリスにはなかった発想。
~~っ、だから満足気に頷くなゼストぉ!
「――――」
「っ、《光板》!」
だけど、このまま負けられない。
すばしっこく中々捉えられなかったティオが、一撃を当てようとして少しだけ大振りになったところで、踏み込む足のところに《光板》を展開した。
「!?」
地面の高さに踏み込もうとしたティオはガクンと体勢を崩す。
……さっきのお返しというわけではないが、こういういやらしい戦法は僕も得意とするところだ。
その隙を見逃してやるつもりはなく、片手剣を叩きつける。
「~~~~っっ、あぶっ、ない!」
ナイフでは受け切れないと悟ったのか、もう一本の刃物――マチェットを、鞘から抜くこともなく盾にして、ティオは僕の攻撃を防いだ。
「甘い!」
……が、そのガタイで受け止めきれると思うなよ!
「《強化》!」
強化込みで力を入れ、そのまま押し切る!
防ぎきれないと判断したのか、ティオは半ば自分から後方に飛んだ。……というか、力の方向を調整して、飛ばさせた。本来であれば、ティオももっと地面寄りにいたかったろうが、生憎とそうはいかない。
「《強化》+《強化》」
更に魔導。片方を全身強化に、片方を槍に込めて振りかぶる。
……相変わらずオーラシールドが動きを邪魔してくるが、来るとわかってりゃ無理くり動けんだよ!
空中のティオと目が合う。
数瞬、お互いに視線で探り合いをし、
「ふう」
僕は振りかぶった体勢を解いた。ティオも無言で空中でくるりと回転し、音もなく着地。
「……あれ? 終わったんですか」
ティオが戦闘態勢を解いたところを見て、ラナちゃんがぽかんとする。
「うん。あのタイミングだと、ティオがどう避けようが、僕の投げからは逃げられないから。勝負が決まったあとにゃ投げないよ。危ないし」
いや、訓練自体が危なくないかと聞かれたらそりゃ危ないのだが。
「そして、私一人だとどうあがいてもヘンリーさんには敵わないしね。……まあ、負けを覚悟で挑むのもいいんだけど、今回の課題はタッグでの動きの確認だったから」
と、こちらに来たフェリスがラナちゃんに教える。
そのフェリスにゼストが近付いた。
「フェリス、途中まではよかったが、最後のは失敗だった。あの場合はティオを守る方向でシールドを展開するべきだ」
ゼストは、普段はフェリスをさん付けしているが、冒険者としての活動中は普通に呼び捨てだ。この調子でシリルにも慣れる……といいな。
「はい、ありがとうございます、ゼストさん。さっきのはヘンリーさんの動きを阻害する方に意識を取られていました。次からはそうします」
「ああ。まあ、この手の技術については、これからも助言できることもあるだろう。まずは今のやり方を反復するように」
フェリスがぺこり、とお辞儀をする。
……で、ティオがこちらを見て、
「ヘンリーさん、もう一戦」
「いや、そろそろ上がろう。大分疲れてるだろ」
模擬戦中はそんな素振りは見せなかったが、終わって緊張の解けた今は目に見えて息が上がっている。
「むう」
ティオが悔しそうに少しだけ口を尖らせた。まあ、さっきのは今日一番いい勝負だったしな。うっかり一撃もらったら、そのまま押し切られていた可能性すらある。
だからもう一度、という気持ちはわかるが、そろそろ切り上げどきだ。
「はいはーい、ティオちゃん。今日の訓練は終了ー。ほら、タオルですよ。あとこれ、シリルさんお手製のレモン水です」
「……どうも」
パタパタとやってきたシリルが、ボフ、とティオにタオルをかけ、水筒を渡す。
「ヘンリーさんも、どうぞ」
「ありがとう。……ん、ウマイな」
僕も同じく受け取り、レモン水を一口飲む。
誰かに魔導でもかけてもらったのか、キンッキンに冷えた水分が疲れた体には大変ありがたい。レモンの酸味も、こう疲れに効く感じだ。
訓練の終了を見て取って、ラナちゃんもティオに駆け寄る。
「ティオ、お疲れ様。何戦も見せてもらったけど、強くなったんだねー」
「……ん」
その様子を見て、シリルがこそこそと内緒話のように話しかけてきた。
「でもヘンリーさん。ちょっと大人気なくないです? ラナちゃんが見てくれてるんですから、ティオちゃんに少し花をもたせてあげてもよかったんじゃ」
「……いや、僕もそこまで空気読めないわけじゃないし。違う相手ならそうしてたと思うけど」
チラッ、とティオの様子を窺う。ラナちゃんに、先程までの模擬戦の数々を褒められては、照れ臭そうに返しているが……時々、僕の方をジー、と睨んでる。
僕にはわかる、これは絶対にリベンジするという覚悟を決めた目だ。今までも模擬戦で負かしたら毎回これだったのでよくわかる。
「手ェ抜いたりしたら、逆にキレるぞティオ。負けず嫌いなところは従姉とそっくりなんだから」
「あー。ヘンリーさんもそうですけど、割とそういう人多いですよね」
……いや、僕は普通。普通だと思いますよ?
「っと。ちょうどジェンドも帰ってきたみたいだぞ。玄関辺りに気配がする」
ジェンドは、今日の南門の夜番の前半を担当していた。なお、日中はリカルドさんに言いつけられていた地獄のような訓練メニューをこなしていたらしい。
お疲れ様である。
「……ヘンリーさん、よくわかりますね」
「まあ、そりゃ仲間の気配くらいならね」
ラナちゃんが感心したように言うが、このくらいは戦士系として当然の嗜みである。
「うーん。皆さんすごいすごい、って言ってくれますけど。やっぱり、こうして戦える人のほうがえらいって私思いますよ? そういう人たちのおかげで、私みたいな子供でも、安心して暮らせるんですから」
ラナちゃんが、素朴な言葉で言う。
……戦神の信徒としてはありがたい限りである。
では、リーガレオ魔導工房の皆さん曰く『知恵の神へスタの化身』である彼女を、明日からもしっかりエスコートしないとな。
そう決めて、僕はうーん、と背筋を伸ばすのであった。




