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セミリタイアした冒険者はのんびり暮らしたい  作者: 久櫛縁
第十八章 リーガレオの一番長い一日
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第二百三十六話 リーガレオ魔導工房 後編

「っし、着いた着いた。ここが今日の会議室――うちでも、いっちゃん機密性の高いトコだ」


 と、ガラルさんは到着した部屋の前で、自慢気にそう語る。


 ……まあ、僕でも多少は分かる。部屋の中には数十人の人の気配があるのに、雑音一つ聞こえてこない。

 更に、この部屋に到着するまでの道順は衛兵と鍵付きの仕切りを二つも越える必要があり、凄腕の盗賊でも侵入は無理だろう。


「ラナ。むっさい連中で面食らうかもしれないが、女子供には親切なやつらだ。気楽にやってくれ」

「は、はい!」


 じゃ、開けるぞー、と。

 ガラルさんは両開きのドアを開け――


「……!?」


 僕も、ちょっとびっくりした。


 中には、整列して直立不動の屈強な職人たち。彼らは先程ガラルさんもしていた鉱神オーヴァインへの敬礼のポーズを取り、ラナちゃんへ視線を向けている。


 なんだ? と訝しんでいると、職人の人たちが一斉に口を開いた。


『遥かフローティアの街よりようこそ! 知恵の神ヘスタの化身、リーガレオの女神、ラナ嬢。我ら鉱神オーヴァインの信徒、リーガレオ魔導工房職人一同、貴殿を歓迎する!』


 大仰な……すごく大仰な挨拶のあと、沈黙が落ちる。


 そうして、誰かが『プッ』と吹き出した。


「おいおい! ぜんっぜん声揃ってなかったじゃねえか」

「やっぱ練習しとけばよかったかあ?」

「いや、時間もなかったしこれはこれでいいよ」


 ゲラゲラと、先程の厳粛な雰囲気はどこへやら。職人さんたちは自分たちの挨拶にオオウケである。


「ったく、お前ら。なんかこそこそ話してると思ったら、こんなこと企んでたのか」

「だって工房長。アンタは直接挨拶できるけど、俺ら一人一人はんなことできないでしょ。なら、いっちょインパクトある挨拶をと」

「咎めてんじゃねえ。……こういうことには、俺も混ぜろよ!」

「嫌ですよ、アンタが知ったら自分で仕切るでしょ!」


 そりゃそーだ! と、ガラルさんは職人たちの反論に、手を叩いて同意する。


 ……こう。もうちょっとこう、なんとかならなかったのか。


「……相変わらずだな、ここの職人連中は」

「いつもこんなノリなんですか」

「仕事中以外はこんなものだ。腕はいいから手に負えない」


 ふう、とリオルさんは職人さんたちの喧騒を見て、一つため息をつく。


 と、ふとクスクスと控えめな笑い声が後ろから聞こえた。ラナちゃんだ。


「楽しい方たちですね」

「そ、そう?」


 ま、まあ、主賓であるラナちゃんが喜んでいるのであれば、まあいい……のか?


 微妙に悩んでいると、そのラナちゃんが一歩を踏み出す。

 ピタ、とつい今の今まで笑ってた職人たちが口を閉じ、彼女に注目する。


「どうも皆様、はじめまして。私がフローティアは熊の酒樽亭の娘、ラナです。今日は色々とお話を聞かせてくださいませ」


 さっきの挨拶の返礼なのか、いつもより丁寧でおしゃまな口調である。

 言った後、ラナちゃんは恥ずかしさからか少し顔を赤くして、ぺろ、と舌を出した。……チャーミングだ。


「はは、新聞の写真じゃあ見たことあったが、本当にあの術式を作り上げたとは思えないくらい可愛らしいお嬢ちゃんだ。ほら、あそこに座ってくれ、特等席だ!」


 この部屋は、会議室らしく画一的なテーブルと椅子が並んでいるわけだが、そう指示された席の椅子だけはなんかこう、豪華であった。

 ……うーわ、滅法お高そうだ。


「ラナさん、どうぞ」

「あ、あはは。じゃあ、失礼して」


 リカルドさんが当然のように椅子を引き、ラナちゃんがちょこんと腰掛ける。

 それに続いて、職人さんたちも座っていく。


「全員自己紹介していると時間がないからな。それぞれネームプレートを用意しといたから、名前はそっちで確認してくれ」

「あ、はい」


 ガラルさんの言葉通り、職人さんたちの前にはそれぞれ名前の書いてあるプレートが用意されてあった。

 ささ、とラナちゃんはそれに視線を向け、


「はい、覚えました」

「……ん? なにを」

「? ですから、皆さんの顔とお名前を」


 時間にして、数秒。

 世の中には、見聞きしたことを百パー記憶するという特殊能力を持った人もいるらしいが、ラナちゃんはそういうのではないらしい。単純に、記憶力がいいのだとか。


「そ、そうか」

「はい。でも、皆さんネームプレート凝っているんですね」


 ラナちゃんの言う通りだった。

 金の縁取りがされているなんて序の口。天然石を上品にあしらっていたり、動物やなにやらの飾りがついてたり、更には魔導具の一種なのか名前が立体的に浮かんでいたり。


 ……いや、本当、無駄に凝ってるな。


「あーまあな。今回みたいに、外の有識者を招くこともあるからネームプレートはもともと用意してたんだが……二年くらい前かな。誰かが自分用に派手なやつを作って、それがどんどん流行って。今やこんな感じだ」

「最初に始めたのはガラル工房長です」

「ん? そうだったっけ。まあ、経緯はともあれ、そういうことなんだ」


 趣味全開だなあ。


 感心するやら、呆れるやらである。


「ガラル、それに他の皆も。雑談も結構だが、そろそろ始めないか?」

「おう、そうだな」


 リオルさんの言葉に頷いて、ガラルさんは職人の一人に『おい』と声をかける。


 心得たように、その人は自分の席にあった紙束を回していった。渡された職人は、一部を自分用に取り、次の人間に回していく。

 今日の資料、ってところか。


「今日の議題は、魔導具に対する瘴気の影響を除く術式――浄化陣についてだ」


 ……魔導結界をはじめとした、個人が直接行使するわけではない魔導は、瘴気が多いと動作不良を起こす。

 後付けで、その影響を除去する術式の部品というべきもの。それがラナちゃんが開発した術式である。……正式名は初めて聞いたけど。


「で、だ。その恩恵はこの街の人間なら言うまでもないことだが、やっぱ新規の術式だけあって色々と手探りなところがある。この場は、実際に運用してる俺らの意見を開発者であるラナに伝えて、あのスゲー術式をもっとスゲーのにするためのヒントにしてもらうってのが主旨だ」


 紙束がラナちゃんにまで回されてくる。

 箇条書きの文字が書かれた数枚の紙をまとめたものだった。一枚目の上の方には、赤く『機密』と大きく書かれている。


「どうぞ、リカルドさん」

「私は目を通さないほうがいいでしょう」

「僕もな」


 ラナちゃんの背後に立って警護している僕とリカルドさんは不要である。当然のように回そうとしたラナちゃんは『そうですか?』と一つ呟いて、隣のリオルさんに回した。


「配った資料は、事前に魔導結界担当の連中から聞き取った内容が書いてある。ラナ、あの術式は結構問題点も多い。耳に痛いかもしれんが」

「いえ、平気です。一回で完璧なものを作れるなんて、そんなに自惚れてはないですから」


 ……ラナちゃんはもうちょっと自惚れてもいい気がする。


 それはともかく、今のリーガレオの現状を見るに、そこまで大きな問題があるとは思えないんだけどなあ……

 と、僕が素人考えをしていると、ガラルさんが三つ指を立てた。


「よし。手元の資料には細かいことは色々書いてあるが……あの術式の問題点は大雑把三つ。デカい、ムズい、すぐ壊れる、だ」


 一つずつ説明するぞ、とガラルさんは続ける。


「デカい、は言うまでもないよな。インフラ系の術式だとありがちな話じゃあるんだが、ある程度面積がないと刻めない。今のままじゃ、携行用の魔導具どころか、複数人で運用するような武器なんかでも載せるのは無理だ。ここの結界みたく、ある程度規模の大きい施設向けになる。そりゃ勿体ないだろう?」


 この街じゃ役に立たないので据えられていないが、魔力をタマに城壁とかぶっ壊すための魔導砲とかいう兵器がある。あれが利用できるようになれば、街の護りはぐっと楽になるだろう。


 あとは――まあ、実現はずっと先だろうが、冒険者が使うようなやつにも適用されれば、すごく嬉しい。


 僕が利用するような使い捨ての魔導具は、内部にある程度魔力が詰められてはいるが、着火には人の魔力が必須になっている。

 ……着火、とは言いながらも、実は瘴気が濃い地帯だと結構な量が必要で、これが要は瘴気の影響を逃れるための必要経費ってわけだ。


 魔力なしでも発動できるような武器ができれば、罠に使ったり、魔力が切れた時の保険に使ったり、色々取れる戦術が増えるだろう。戦えない人の護身用にもなる。


 つらつらと想像を働かせていると、ガラルさんは次の問題点に移った。


「んで、ムズい。デカいくせに、その面積にびっちり術式が詰め込んであって。リーガレオ魔導工房(うち)の職人でも、上級じゃないと手に負えん」

「……そうですね。どんな術式でも組み込めるようにって、汎用的に作ってみたら、思った以上に膨れ上がって」

「そこはとんでもない利点じゃあるんだがな」


 ……うん、最初に聞いた時も思ったが、控えめに言って常軌を逸している。


「参考までに、職人の間じゃあ刻む難易度によって術式を一等から十等までに振り分けてるんだが。浄化陣は文句なしの二等級。ちなみに、一等は『実運用に耐えない』ってレベルだからな。……厳しいことを言うと、天才が作り手のことを無視して作った術式、ってトコだ」

「……はい」


 むう。

 必要なことなのかもしれないが、ちょっと辛辣じゃね? 僕が口を挟むわけにはいかないが。


 ……という考えは、余計すぎるお世話だったらしい。


「実はその二点については予想できてました。この街の魔導結界専用になっちゃいましたが、もうちょっと簡易で小さいのがつい先日完成したので、後でお話しますね」

「!? 本当か!」


 ガタッ、とガラルさんが立ち上がる。他の職人たちも目を見開いていた。

 ……相変わらずやべーよ。術式の改良とか最適化って基本年スパンでやるものなのに、最初のが出てから半年くらいしか経ってねーぞ。


「ガラル。難度だけでもどうにかならないか、とは私にも相談していただろう? 所見を聞くため、結界術式について一部だけならラナ嬢に公開してもよい、という許可ももらったぞ」

「い、いや。まあ、改良できんなら御の字だとは思ってたが。……それ聞いたの、三ヶ月くらい前だよな」

「そうだが、なにか」


 ……訂正、三ヶ月でやったらしい。しかもラナちゃんのことだから、きっと宿の手伝いとかしながらの話だろう。

 冒険者でいえばエッゼさんとかセシルさんレベルの、おかしなことをやっている気がする。


「それで、すぐ壊れるというのは? ちょっとそこは予想外で」

「あー、こりゃ仕方ない面もあるんだが。処理する瘴気が多すぎて、浄化陣部分の術式の稼働に過負荷がかかってな。劣化がそこだけ早い。メンテ頻度を上げて対応してるが、なんとかならないかと」

「結界を刻んでいる壁の材質は?」

「……秘密にしといてくれよ。そっちの二人はちょっと出てってくれ」


 魔導の術式は、内容自体もそうだが刻む材質によって大きく性能や効果が左右される。

 戦闘用のだと効果が高い、低いくらいしか違わないことが多いが……規模が大きく、効果が複雑なものほど、セットとなる金属との相性が重要と聞く。


 魔導に対する意見、であれば僕やリカルドさんが聞いても大きな問題にはならないが、具体的な話になってくると外に漏らすことはできないのだろう。

 抵抗する理由もないので、僕たち二人は会議室を出る。


 そうして、お互いに緊張していたのか、ふう、と大きなため息をついた。


「……あいっかわらずですね、ラナちゃん」

「……私も、資料などでは見ていましたが。間違いなく、我が領のみならず、国の明日すら左右しかねない才媛ですな」


 ははは、とどこか乾いた笑いを漏らす。

 ……今更ながら、すっげーことに巻き込まれたなあ。なんて。


 僕はどこか現実逃避するように、そんなことを考えるのだった。

また遅くなりすみません。どうも年内は忙しくなりそうです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 護衛に過ぎないから機密は語られないという目的で専門的な話をカットするという、上手さを感じました
[一言] ヘンリーがフローティアに引っ込まなければこの才能が埋もれたままだった可能性が高いって考えると 偶然とはいえヘンリーの功績も中々に凄い
[一言] 既に歴史書に刻まれる偉業だけど、このままいくと銅像とか出来て拝まれそう。
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