第二百三十五話 リーガレオ魔導工房 前編
昨日のリーガレオの観光は無事終了。
この街はフローティアのような観光都市ではないため、そう見どころがあるわけではない。しかし、他の街とは色々と事情が異なる関係上、普段は見ないようなものがあって、ラナちゃんも楽しんでいたようだった。
……まあ、二日も三日も観光してると、すぐ飽きるだろうけど。でも、ラナちゃんが観光に割り当てたのは昨日一日だけなので問題ない。
「で、ここかあ」
本日やって来たのは、リーガレオでも執政院と並ぶくらい重要な施設の一つ、リーガレオ魔導工房。
内壁の中の限られた土地を贅沢に使い、ちょっとしたお屋敷二、三個分くらいの面積を誇る一大工房である。
ここに集まっているのは、三大国でも有数の魔導具職人たち。
国家機密に当たる術式も扱う関係上、腕と信用、どちらも揃った人物でないとここには入れない。当然、他国の術式について知ったとしても秘密にするという誓約書を書かされ、もし破ったりしたら即終身刑なんだとか。
そして、今日はラナちゃんが例の術式に関する職人さんらの所見の聞き取りを約束している日なのだ。
「うわあ。前に勲章もらいにセントアリオに行った時、見学させてもらった国営工房より大きいですね」
と、ラナちゃんは無邪気に感心している。
「うむ。まあ、仕事量が違うからな。王都にいる国の職人の仕事は、街のインフラの整備と技術の発展のための研鑽や研究。対してこちらは、街のインフラは当然ながら、三大国の軍の装備類の術式も一手に担っている」
「へえ、そうなんですか」
本日同道しているリオルさんが解説をしてくれた。
リーガレオ魔導工房のことは僕も一通りは知っている。ここの人たちはみんな腕が良く、当然僕たち冒険者も仕事を頼みたいと思っているからだ。
だが、いつもいつもいつも兵士の皆さんの装備の手入れやら、定期的にぶっ壊される街の設備の再建、インフラのメンテなんかのために駆け回ってて、中々そうもいかない。
たまーに教会が国の人とやり取りして、冒険者の装備の面倒を見てくれることもある。
「では、参ろうか、ラナ君。ヘンリーとリカルドさんも」
「はいっ」
「了解です」
リオルさんが声をかけ、僕たちは工房の入り口へ向かう。
……今日は、この四人だけである。
なにせ、工房の中は秘匿されている技術だらけ。整備マニュアルみたいなドンピシャなものでなくても、何気なく置いてある道具の形ですら『売れる』情報となりうる。
つまり、勇士になっていない冒険者じゃ入るための信用が足りないので、シリル、ジェンド、ティオはこの時点で同行はNG。
勇士であるゼストやフェリス、フローティア伯爵の義妹としての立場を使えばシリルも入れただろうが、工房にあまり多人数で押しかけるのも――と、こうして人数を絞ったわけである。
専門的な話になるだろうから、正式な付き人であるリカルドさんはともかく、僕も遠慮しようかと思ったが……生の冒険者の意見が役に立つこともあろうと、リオルさんに引っ張られてきた。
リオルさんも冒険者では、と反論するも、『私視点の意見を冒険者代表として使うのは間違っているだろう』というド正論を言われて、おとなしく引き下がった。
リーガレオ魔導工房に近づく。
……相変わらず、異様なまでに警備が厳重である。
入り口のところには、三大国それぞれの騎士が二人ずつ常駐している。更に結界付き、トラップ付きの高い壁には、数メートルおきに歩哨。更に見張り台まで併設されており、施設に近付く僕たちは、さっきからじー、と遠眼鏡で見られている。
全体的に物々しい空気だ。
「……ラナちゃん、平気? 怖かったりしない?」
「ああいえ、別に。ちゃんと今日この時間に伺うと約束したんですから。そういうところをキチンとすれば、むしろ警備が厳重なのはありがたいことなんじゃないかと」
いや、それはそうなんだけどね。でも、女の子であればこの雰囲気は普通怖がったり……怖が……怖がりそうな女子、僕の周りにいねえなあ!?
「失礼、リオル様。本日のご用向と、アポイントを取った方のお名前を。ご面倒ではございますが、これも職務ですので」
と、入り口近くに来ると、一人の騎士が前に出てリオルさんに尋ねる。
「ああ。用件は上級職人の皆との意見交換。ガラル工房長とは話はついているはずだが?」
「……はい、確かに」
来訪の予定が書いてあるのだろう。騎士さんは、脇に抱えていた台帳を確認し一つ頷く。
「こちらの三人の紹介は必要かね?」
「同行者が来るとは聞いております。詮索するなとも。ただ……失礼、レディ? 顔だけでも確認させていただけますか」
ラナちゃんは、例によってフードを目深に被って正体隠蔽中である。詮索するなと言われていても、門番としては顔も見せない相手を通すわけにはいかないのだろう。
現場の騎士レベルまでには知らされていないようだが……さて、どう誤魔化すか。
「ふむ……オットー君。それに他の皆も、口は堅い方だったね?」
仕方ない、といった風に肩を竦め、リオルさんはそう尋ねる。
リオルさんは術式の大家として、この工房とは付き合いが深い。なにせ、ラナちゃん開発の瘴気除去の術式を魔導結界に組み込むよう、ここの職人たちを説き伏せたほどだ。
そのため、門番を任せられる騎士とは顔見知りのようである。
「は? いや、それは勿論、こういう仕事をしていれば当然かと」
騎士オットーは突然の問いかけに戸惑いながら答える。
リオルさんがラナちゃんの方を向き、一つ頷いて彼女を促した。
「……どうも、ラナです」
フードを少し外し、ラナちゃんはちょこんとお辞儀をする。……リカルドさんと僕は左右を固め、歩哨の人の視線に彼女の顔が入らないようにする。見張り台の方は、近付きすぎてほぼ真上から見るような形になってるから見えないだろう。
「~~~~っ、はい。確かに、確認しました。問題、ありません。ありがとうございます、レディ」
ギリギリで動揺を抑えて、騎士オットーは頷きを返した。
後ろの騎士の人も顔を引きつらせているが、なんとか歩哨の人たちには不審に思われていない。
「こういう事情でね。あまり彼女のことを広めるといらぬ混乱を招きかねないと、一部の者以外には秘密にしているのだ」
「……詮索するなという言葉、十二分に理解しましたよ。では、こちらの入館証を」
首から下げるタイプの入館証をありがたく受け取り。
僕たちはリーガレオ魔導工房に足を踏み入れるのだった。
こちらだ、と。リオルさんが勝手知ったるといった感じで廊下を歩く。
それに付いていっていると、ふう、とラナちゃんが溜息をついた。
「……騎士の人にまで畏まられてしまいました」
「あー」
周囲に怪しまれないよう、ごく簡易な略式ではあったが、ラナちゃんを見送る門番の騎士たちは敬礼を送っていた。
「なに、胸を張ればよろしい。それだけのことを君はしたのだから」
「えーと、その。理解はしたんですが、こう、据わりが悪いというか。なんか現実感がなくてふわふわするというか」
リオルさんの言葉に、ラナちゃんはうーん、うーんと思い悩む。
そういう風に悩んでいる様子は可愛らしいが、自覚なしってのも危ない話だ。無防備に出歩いて、拐かされたりしたら目も当てられない
そう思ったのは僕だけではないらしく、今度はリカルドさんが口を開いた。
「……余計な心配をかけると思い、話していませんでしたが。ラナさんのご実家、実は領軍が密かに守っています。スパイなどに、利用されたりしないよう」
「ほへっ!?」
「ご両親はご存知です。それだけの価値が自分にある、と理解してもらえれば」
ラナちゃんが驚きのあまり、口をパクパクさせる。
「ふむ、まあそういうこともあろう。フローティア伯爵はしっかりなさっているな」
「そ、そうなんですか……?」
「うむ。今は大分マシになっているが、一昔前は有能な人材を攫う輩は普通にいたからな」
リオルさんが遠い目になる。
魔国が台頭する前は、三大国も表向きは友好的に、裏ではバシバシにやりあってたらしいし、その頃の話だろうか。今他国の足を引っ張ったら三国全部共倒れだと、今はその手の暗躍は静まっているらしいが。
と、考えていると、なにやら廊下の向こうから小さな地震のようなデカイ足音がやってくる。
「おう! リオル、よく来たな!」
まだようやく姿が見えてきたばかりだというのに、僕たちの姿を認めたその人物は、思わず耳を塞ぎそうになるほどの大声を上げて手を上げた。
「……ガラルめ、相変わらず元気な」
手を挙げて応えながらも、リオルさんはげんなりとしている。
現れた、身長二メートルを超える筋肉の塊。ドワーフもかくやという豊かな髭をたくわえたその人物こそ、この施設の主であるガラル工房長である。
のっしのっしと歩いてきたガラル工房長は、ラナちゃんをしっかりと見据え、
「お前さんがラナという子か。俺はガラル。ここの工房長をやっている。……よろしくなっ」
そう言って、両腕を胸の前でクロスさせた。
ゴードンさんも信仰している鉱神オーヴァインに対する礼の形――転じて、職人の挨拶としては最大級の敬意を示すものだ。
「はい。はじめまして、シードル伯爵」
ラナちゃんがフードを外して顔をあらわにし、丁寧なお辞儀をする。貴族様相手でも問題ない礼だ。
ガラル工房長はアルヴィニア王国シードル伯爵家の現当主でもあるので、当然の対応である。
役職も相まって、このリーガレオでも五指に入るかどうかというレベルのお偉いさんなのだ。
……しかし、一陣で大暴れするグランエッゼ・ヴァンデルシュタイン子爵といい、現場で働く人多いな、アルヴィニア貴族。
「はっ、俺ぁ、ここにいる時はただの一職人のガラルだ。気軽に名前で呼んでくれ」
「あ、はい。わかりました、ガラルさん」
ガラル工房長は気風良く言い放ち、以前のエッゼさんで気さくな貴族には慣れたのかラナちゃんもあっさりと対応する。
「ガラルよ。折角お忍びで来ているというのに、台無しではないか」
と、挨拶をしたところでリオルさんが文句をつけた。
「ここは俺の庭だからな。近くに他の人間がいないことは確認済みだ。それに、噂の才媛との初対面で、シケた挨拶はできねえよ」
……まあ、気配でわかってた。声の聞こえる範囲に人はいない。
そうじゃなければ、流石に僕も止めに入ってた。リカルドさんも気付いていただろう。その辺りは魔導士のリオルさんは流石に感じ取れない。
「……はあ。それならよいが」
「おう。じゃ、早速会議室に行こうぜ。手すきの上級職人は全員集めてる。そっちお付きの二人もな」
こっちは自己紹介も不要らしい。
ちぇっ、名前覚えてもらえればコネになるかなと、ちょーっとだけ期待していたが無理か。まあ、できれば程度だったのでいい。主役はラナちゃんなので、無理にスケベ心を出す気はない。
と、内心こそっとため息をつきつつ。
僕たちはガラル工房長の案内のもと、会議室に向かうのであった。
申し訳ありません、仕事の方が忙しくお届けが遅れました。
もうしばらくは更新が不定期になるかもしれません。




