第二百三十四話 初日の朝
「おはようございまーす」
「……おはようございます」
「ふあああぁぁ~~」
と、朝の食堂で、三者三様に挨拶をしてきたのはラナちゃん、ティオ、シリルの三人組であった。
昨日の歓迎会の後。
久し振りに会ったので積もる話もあったのだろう。ラナちゃんとついでにシリルは、ティオの部屋でお泊り会をすると言っていた。
僕も近くの部屋だから、眠りながらもティオの部屋がかなり遅い時間までわいわいやっていたのは、気配でなんとなくわかっていたが……案の定、あまり眠れなかったようである。
「ラナちゃん、何時まで起きてたの?」
「多分、三時過ぎくらいかと」
ようやるわ。
「……少し、眠いです」
「シリルさんもおねむです。ラナちゃんは元気そーですね」
確かに、眠気を漂わせている二人に比べ、ラナちゃんは溌剌としていた。
「宿稼業だと、夜遅くて朝は早いですから。確かに普段より遅かったですけど、その分寝坊できましたし。睡眠時間はいつも通りです」
「ほへー」
……ああ、そういえば。ラナちゃんは夜の酒場の営業が終わった後も片付けとかして、更に寝る前に趣味の勉強をしてから寝てたんだっけ。
でも、空き時間にちょこちょこ休憩取っているのは見たし、時間の使い方が上手いんだろうな。
「えっと、ここで朝食をいただけると聞いたんですが」
と、昨日とは違う、いつものここの食堂は初めてであるラナちゃんが戸惑っていた。
「ああ、ここの食堂、普段はセルフ式でね。あそこで取ってくるんだ。昨日みたいなご馳走ってわけじゃないけど」
「いやあ、流石に毎日あれはちょっと気が引けますので大丈夫です。わかりました」
「シリル、ティオ。ほら、眠そうにしてないで、ラナちゃん初めてなんだから一緒に行ってやれ」
ふぁい、とシリルは半ば欠伸をしながら返事をして、ティオ、ラナちゃんとともに料理を取りに行った。
僕とフェリスはもう済ませたが、今日の朝のメインは厚切りベーコンのステーキだった。……ラナちゃんにはやや重いかもしれないが、サラダとかもあるしなんとかするだろう。
「……ふふ、随分楽しかったみたいだね」
と、三人の様子を見ていたフェリスが微笑ましそうに感想を漏らした。
「みたいだな。フェリスも参加しとけばよかったのに」
「私は二人ほど、あの子と付き合いがあったわけじゃないからね。変に彼女が遠慮してもいけないだろう」
そうかなあ。ラナちゃん、全然人見知りしないから、きっと話は弾んだと思うが。
「ところで、ヘンリーさん。……ジェンド、そろそろ呼んできたほうがよくないかな? 朝を食べて一服したら出発の予定だろう?」
「あー、そうだな」
今、テーブルについているのは僕とフェリスだけ。
……ジェンドは、朝も早くからリカルドさんに連行され、稽古の真っ最中である。
初日は歓迎会もあってできなかったが、明日は朝日が昇る頃合いから訓練をするぞと、リカルドさんが昨日言っていたのだ。
ジェンド的にも望むところだったらしく、すぐに快諾して。
食堂に来る前、ひょいと訓練場を覗いたら、朝も早くから汗でびっちょりになりながら訓練している光景が見えた。フェリスも、同じようにその様子は確認していたらしい。
「日中はラナちゃんの護衛があるから、朝晩でみっちりやるつもりなんだろうな」
「……日の出からやっているとすると、もう結構な時間になるが」
「冒険には出ない予定だし、へーきへーき」
ラナちゃん滞在中は、彼女のエスコートが最優先だ。
ティオの成人のお祝い、というのが彼女の最大の目的だが、それはまだ三日ほど先。それまで、ラナちゃんは色々と予定を立てている。
そして今日は、リーガレオ観光の予定。悪漢に絡まれたりしないよう、僕たちがガッチリガードするのだ。
打ち合わせでは、シリルとティオとフェリス、ついでにアゲハが一緒に回り、僕とジェンド、あとリカルドさんたちが遠間から守る手はずになっている。
……そしてもう一人も、今日から僕たちに合流する予定だった。
あいつを加えた陣容であれば、英雄や魔将でもカチ込んでこない限り安全といえるだろう。
「ま、ジェンドは僕が呼んでくるよ。フェリスはみんなのこと頼む」
「わかった。よろしく頼む」
空になったコーヒーカップを使用済み食器の置き場に置いて、僕は訓練場へと向かうのだった。
「……お」
訓練場に着いてみると、ジェンドとリカルドさんが相対して激しく剣を撃ち合っているところだった。
素振りやらなにやら、朝から稽古をつけてもらっていたジェンドは息も絶え絶えといった風情だが、反面指導していたリカルドさんは体力的に余裕がある。
……が、その状態でも、ジェンドはリカルドさんに食らいついて――いや、徐々に押し始めていた。
「ムッ……ツェァ!」
だが、そこは熟練の大剣使い。ジェンドが勝ち気に逸った瞬間を狙って攻撃を受け流し、体勢を崩す。
思わずたたらを踏んだジェンドは死に体だ。続く攻撃に、ジェンドは対処できない――
「……ッッ、ラアァ!」
――リーガレオに、来る前だったら。
ジェンドは大剣から片手を手放し、神器『堅固の小手』でリカルドさんの剣の側面を弾き飛ばす。
エッゼさんに仕込まれた、懐に入られた時の数多の対処法の一つ……の応用だ。
単なる裏拳ではなく、秘密の絡繰があるらしい。大剣使いの門外不出の技よ、と教えてもらえなかった。
「ぬお!」
「師匠、もらった!」
思わぬ反撃に、それだけで姿勢を崩さないまでも一歩下がったリカルドさんに、ジェンドは怒涛のように攻め立てる。
ジェンドの体力は尽きかけているが、なに。『そういう時』にこそ動けるのが、生き残れる冒険者だ。
その手の修練は嫌って言うほど――真面目なジェンドがマジ声で、『もう勘弁してください!』って喚き立てるレベルで――エッゼさんが仕込んだ甲斐があったというものである。訓練に付き合いがてら、追い込みを手伝った僕も感涙ものだ。
リカルドさんも今のジェンド相手によく凌いでいる。冒険者としても二陣辺りなら普通にやっていけそうな腕前だが……やがて限界に達し、剣を弾かれた。
「……俺の、勝ちです!」
剣を突きつけたジェンドに、他にも見物していた宿の連中が『オオ……』と声を上げる。
「ジェンドー! やったなー!」
「師匠超え、おめでとー!」
「や、やめろよお前ら!」
ジェンドと仲の良い冒険者が囃し立て、それにジェンドが反論する。
「あー、すみません、師匠。俺の友達が」
「……なに、お前が勝ったのは事実だ。私を負かすほど強くなって、師匠としては誇らしいよ」
「師匠……」
感慨深そうなリカルドさんの言葉に、ジェンドは胸に手を当てる。
……と、ここで終わっていればいい話だったのだが。
リカルドさんは、弾かれた剣を拾い上げ、こうのたまった。
「ではジェンド、もう一戦と行こうか。……家屋が近いからと、火神一刀流の技を封印したのはいけなかった。やはり、私といえば炎の技だからな! 使わなかったのであれば負けても仕方がない!」
「おおい、師匠!?」
……武芸者は、基本負けず嫌いである。どんなに長じても、そこだけは如何ともし難い。
それはそれとして、そろそろ飯食わないとラナちゃんの観光に間に合わないので、僕は溜息をついて二人を止めに行くのだった。
で、食堂の入り口まで戻ってみると、丁度あいつ――ゼストのやつがその扉をくぐるところだった。
「……ヘンリー、それにジェンドも。おはよう」
「よう、おはようゼスト。今日からよろしくな」
正確には教会に手続きしたのは一昨日だが、本日よりゼストはラ・フローティアの一員だ。
宿の移転は手続きにもうちょい時間がかかるが、これからは一蓮托生の仲である。
「おはよう、ゼスト」
「……朝から励んでいたようだな、ジェンド。いいことだ」
汗でどろどろのジェンドを見て、ゼストが訳知り顔で頷く。なお、この二人、男同士で真面目同士というのもあって、すっかり仲良しだ。
「そして、そちらのお方ははじめまして。本日よりヘンリーたちのパーティ『ラ・フローティア』に加入するゼスト・ゼノンと申します」
「これはご丁寧に。ジェンドからの手紙で名前は知っております。私はジェンドの剣の師匠であるリカルドというものです。こちらでは馴染みのない街かもしれませんが、フローティアというところの兵士長をやっております」
「いえ、件の少女の影響で、フローティアは広く知られていますよ」
と、ゼストとリカルドさんも如才なく挨拶を交わし、食堂に入る。
「師匠、メシはあそこに取りに行くんだ」
「わかった。ヘンリーさん、後ほど」
二人は料理が並べられた一角に向かい、僕とゼストはみんなが陣取るテーブルに向かう。
我らがラ・フローティアの女衆とラナちゃんが、朝食を取りながら笑顔で話していた。もう食事は済んでいるフェリスは紅茶だ。
「ヘンリー、あの子が……そうなのか?」
「ああ、ラナちゃんな。見た目はフツーの子だろ」
かわいい子ではあるが、とてもリーガレオを救った天才少女には見えない。
写真での姿はゼストも知っているはずだが、あまりにも朗らかな様子に戸惑っているようだった。こう、もっと頭の良さそうな雰囲気――筆頭であるはずのリオルさんは置いといて――をしていると思っていたに違いない。
「ああ。しかし、いいことだ。俺の初仕事は彼女の護衛だろう? やる気も上がる」
「お前、もしかしてラナちゃんみたいなのがタイプ……」
「突き殺すぞ。まだ成人前という話だろうが」
なお、ラナちゃんは早生まれで、年が明けてから誕生日が来るらしい。
「……じゃ、成人したら?」
「女性を寸評する趣味はない。ヘンリー、お前もシリュールひ……シリルさんがいるんだ、弁えろ」
呆れた顔で説教されてしまった。……まあ、言ってることももっともなので、反省する。
「……ううむ、やはり呼び慣れない。不敬ではないか?」
と。
ゼストがシリルのことを『シリル』と呼ぶことに、どうも戸惑っているようだが、
「本人から言われたろ」
曰く、『一緒のパーティになるんですから、ゼストさんも私のことはシリルと呼んでください! さあさあさあ!』。
……ゼストが断れるはずもなく、こいつは折れた。
「大体、シリュールってちょっと呼びにくいだろ。普段ならともかく、戦ってる最中だと地味に痛いぞ」
「まあ、それもそうだが……」
なので、長い名前とかのやつは大体愛称とか呼び合うのが冒険者の習わしである。シリルは本名とばかり思ってたけど。
なお、コールサインを付ける連中もいるが、僕は名前呼びの方が好みである。
……なんて話していると、シリルが僕たちに気付いて『おーいおーい』と手を振り始めた。
他の食堂にいる連中も、いつものことと気にしていない。
「……大体、お姫様っつー柄か、あいつが」
「……天真爛漫と言え」
なんて、ゼストと軽口を叩き合いつつ。
……僕は新しいメンバーとともに、テーブルに戻るのであった。




