第二百三十三話 星の高鳴り亭の歓迎会
ラナちゃん一行を連れて星の高鳴り亭に帰ってきて……僕はふと違和感を覚えた。
「なんだ? やけに静かだな」
「ん? そーいやそーだな」
僕の疑問に、アゲハも同意する。
時刻はもう宵の口。ラナちゃんのことがなくても、この時間なら食堂やら談話室に集まった連中が騒がしくしているはずだが。
「ヘンリーよ。そこのそれだ」
「ん?」
リオルさんが宿の入り口の脇を指差す。
……見ると、出かける時にはなかった円柱状のなにかが置かれていた。
「静音の魔導具ですね。私の持ってるやつと同じメーカーのです。製品のパンフで見たことありますが、範囲がかなり広いやつです」
ティオの『音殺し』と同系統の魔導具か。周囲に音を漏らさない効果。個人携行のものであれば隠密に、据え置きなら密談や騒音の遮断にと、地味ながら割と有用な代物である。
「……誰かが気ぃ利かせてくれたってことか」
まあ、うん。
ラナちゃんの来訪によって、星の高鳴り亭がどれだけの騒ぎになるか。想像するだに恐ろしく、近隣の宿に何事かと思われるからな。
「??? なんでそんなものを?」
「まあ、うん。ラナちゃん、ちょい覚悟してね」
「もう、どうしても私を脅かしたいんですか、ヘンリーさん」
ラナちゃんは呆れているが、それが十秒後まで続くかね。
僕は覚悟をキメながら、星の高鳴り亭の玄関に手をかける。ふう、と一つ息を入れて、扉を開け放った。
「お前ら、今帰ったぞ!」
……案の定というか。このくらいの時間に帰ってくる、と伝えておいたので、宿の客のほとんどが受付前に集まっていた。
なんか、『歓迎! 我らが女神!』とか書かれた手製の横断幕まで広げている。
いつもの定位置にいるクリスさんも迷惑そうにしているが、半ば諦めている様子だ。
「ヘンリー! お前はいいから!」
「……はいはい。ラナちゃん、どうぞ」
集まった冒険者の一人の言い草に僕は溜息をつき、今日の主賓を前に促す。
「え、え?」
……集まった強面の面々、更にラナちゃん的には謎の横断幕を見て、彼女は固まる。
しかし、実家の宿の手伝いで色んな人に会った経験のある彼女は、戸惑いながらも口を開いた。
「え、ええと。こんにちは、ラナっていいます。本日からしばらく、ここでお世話になります。……その、よろしくお願いします」
――最後にペコリとお辞儀をした辺りで、とうとうみんなも抑えきれなくなったらしい。
『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!』
わかっていたが、メチャクチャうるせえ!
どこの誰だか知らないが、静音の魔導具用意した人グッジョブ!
「こんにちは、我らが女神! 星の高鳴り亭にようこそ!」
「貴女の作った発明にはみんな助かっています、ありがとう!」
「ちょっと拝ませてもらってもいいですか?」
「みんなサイン欲しがってるから、是非宿に飾る一枚だけでも!」
「……! ……!」
みんながみんな、口々にラナちゃんへ話しかける。
リシュウに昔いたという、十人の話を同時に聞いて的確に答えたという偉人でも、とても聞き取れないだろう。誰も彼も好き勝手に言って、もはや雑音になってる。
興奮した様子の冒険者に危険を感じたのか、リカルドさんと兵士さんがラナちゃんの前に立つ……が、下手に近付いたら、その気がなくても危ないことになるかもしれない、と事前にきつく言い聞かせていたので、誰一人その場からは動いてはいなかった。
なんかロッテさんのファンの態度思い出すな……
……おう、ラナちゃんも目ぇ丸くしてら。
「あ、あの!」
ラナちゃんが口を開くと、みんながシンと静まり返る。一言半句も聞き漏らさないという強い意思を感じる。
……いや、今更だが怖えよ! なんだこの一致団結感!?
「その、歓迎ありがとうございます。でも、もうちょっと普通にしていただけると……」
うん、そうだよね。
ラナちゃんからすればごく当たり前の要望だったのだが、集まったみんなは『いいのか……?』『不敬じゃないか?』みたいな空気になる。
と、そこで、パンパン! と手を叩く音が食堂の方から聞こえた。
見ると、呆れ返った様子のパトリシアさんがいた。
「ほら、あなたたち。聞いての通りよ。リーガレオの恩人に会えて興奮するのはわかるけど、少しは自重しなさい」
『はぁい……』
この宿では、僕たちの胃袋を握っているパトリシアさんが一番立場が強い。その人からの忠告に、みんなは渋々といった風情で頷いた。
そして、パトリシアさんは笑顔を浮かべながらラナちゃんに歩み寄る。
「こんにちは。私はパトリシア。あっちの受付にいる旦那と一緒に、この宿を切り盛りしてるんだ」
「こ、こんにちは。ラナです。でも、そのぅ、リーガレオの恩人って?」
パトリシアさんは一瞬キョトンとして、ついでクックック、と笑った。
「はは、自覚がなかったの? ラナちゃん……でいいかな? 君の発明で、リーガレオの暮らしは本当に上向いたんだ。こいつらの態度が、大げさって言えないくらいには。この街の連中にとって、ラナちゃんのしたことは本当に大きいんだよ」
「そう……なんですね」
「ヘンリーから話はなかったの?」
「ヘンリーさんはよく冗談を言うので、てっきり」
しかし、この問答無用な歓待っぷりに、ようやく僕の言ったことが本当なんだと理解してくれたんだろう。
そしてラナちゃんには改めて覚えて欲しい。ヘンリー、嘘つかない。
「はは。ラナちゃん、君の実家の宿屋にヘンリーが世話になったんだっけ?」
「あ、はい! ……実は、最前線の営業形態にもちょっと興味があります」
「うちには隠すようなことはなーんもないから、それなら空いている時間にでもお話するよ」
「ありがとうございます」
参考に……なるのかなあ? まあいいか。
「さて、それはまた明日からにして。ラナちゃん、君の歓迎会の用意が出来ているんだ。……ちょっと戸惑うかもしれないけど、うちのみんなが頑張って集めてくれた。楽しんてくれると嬉しい」
「? 集め……?」
「まあまあ。食堂の方へどうぞ。勿論、お連れの兵士様方も」
リカルドさんたちにも声をかけ、さあ、とパトリシアさんが星の高鳴り亭の食堂へと案内する。
……さて、僕たちも協力したが、ラナちゃんは喜んでくれるかね。
「う、っわぁ」
ひときわ豪華に飾り立てられた中央のテーブルの席について、ラナちゃんは感嘆の声を漏らした。
僕たちも普段はあまり見ない料理の数々がテーブルに並べられている。
……勿論、見た目通りそれほど大食漢ではないラナちゃん向けに、種類は多いが一品一品の量は少なめに盛ってあった。
他のみんなの席にも、余った分とか、ラナちゃんに供するのにはあんまり向かない料理が並べられている。
「私、それなりにお料理には詳しいつもりですけど、見たことのない料理ばっかり。これ、リーガレオの名物かなにかなんですか?」
「名物っていえば名物になるのかな……」
この街以外でも食べられることは食べられるだろうが、こんなに量を揃えることはまずできない。
「へえ。ヘンリーさん、この青いゼリーみたいなのは?」
「それ? 水の妖精ウンディネの精霊肉のお造り」
「……え゛?」
他にも、真っ赤な断面が美しい肉料理はファイアドラゴンのもも肉ロースト……赤く見えても、実はちゃんと火が通っている。
それに、ソテーされてるキノコはマイコニドのもの。虹色のジュースは非実体系の虹雲という魔物の雨露。
そう……この場に並べられた料理の数々は、全部魔物のドロップ品が材料なのである。
「……以前のドラゴンの心臓のことを思い出しますな。ヘンリーさん、当然大丈夫だとは思いますが」
「パトリシアさん、魔物食材の調理免許持ってるんですよ」
魔物のドロップ品は瘴気が残留しているせいで、そのまま食うと魔力や体が強くなければ体調を壊す。
しかし、瘴気を除去しながら調理する技術を持つ料理人であれば、普通の人が食べても大丈夫な料理に仕上げてくれるのだ。
土地の瘴気を祓う浄化術士とはまた違った系統の技術が必要らしく、しかも普通は使う機会がほとんどないため、この技術持ちは少ない。
最前線という都合上、魔物食材が沢山出るこの街でも、二十人もいないとか。
「そ、それは確かに、沢山魔物が出るっていうこの街ならではですね……」
とりあえず、ラナちゃんをびっくりさせることには成功。
その様子に、ここ数週間食材をドロップする魔物を集中的に狩っていたみんなもにんまりとする。
「さぁさ、ラナ君。乾杯の音頭を」
「えええ。リオルさん、それはちょっと……恥ずかしいっていうか」
「なに、今後こういう機会はきっと増える。その練習だと思ってやってみたまえ。なに、ちょっとやそっとの失敗は大丈夫。宴会の席で失敗をしたことのない冒険者などいない。なあ、ヘンリー?」
……僕に振らないでください。
と、思わず目を背ける。
あれはそう。僕が魔将ジルベルトを倒し、国の仇を討った後の話。
悲願を達成したことによるしんみりした気持ちが収まってきた頃、祝勝会が開かれた。
そして今日のラナちゃんと同じように、僕は主役として乾杯の音頭を取ることになり……なんか反動で超絶ハイテンションになってたその時の僕は……いやあああああああ! 思い出したくない!
「ヘンリーさん、なに全力で頭を抱えて……リオルさん、その時の話を後ほど是非」
「シリル! 興味を持つんじゃありません!」
……この場にいる連中も、何割かは当時のことを知っている。
知ってるやつは全員『ああ……』という顔になって、僕を痛ましい目で見てきた。
や、ヤメロー! そんな目で見んじゃねえ!
「ああ、あの時の話ならこの後してやるよ。ほらほら、ラナ? アタシ、腹減ってるんだから、乾杯早くー」
「は、はい!」
アゲハめ……速攻で酔い潰してやる……
と、僕が度数の高い酒の位置を確認していると、意を決したラナちゃんが立ち上がった。
「え、えっと! 歓迎してもらって、ありがとうございます。自分のしたことで、助かってる人がいるって知って、嬉しかったです。……短い間ですが、よろしくお願いします。――乾杯!」
可愛らしく掲げられたコップに、みんなも盛大にジョッキを掲げる。
そうして、ラナちゃんの歓迎会は始まるのだった。
……なお、僕の失敗。
乾杯の音頭を取る時、フェザード王国国歌を三回くらい熱唱して、はよしろボケ! と周囲から総スカンを食らった話については、止める暇もなくアゲハの口からみんなに晒されてしまった。
……くそ、リカルドさんに酒に誘われていた時のアゲハの醜態、ぜってぇ近日中に公開してやる。




