第二百三十二話 俊英、到着
ラナちゃんの手紙が届いてはや数週間。
結局、下手に周知すると相当の混乱が予想されたため、ラナちゃん来訪は関係者やお偉いさんだけに共有することになった。
うちの宿に逗留する関係上、星の高鳴り亭の客には伝えたが……以前のスターナイツが可愛く見えるほどのはしゃぎっぷりに、近くの宿から苦情が来たりした。
ともあれ。
人の口に戸は立てられない、とは言うが、これでそこまで大きな騒ぎにはならないだろう……ならないといいな……なるなよ!?
「どーしたんですかヘンリーさん。変な顔して」
「いや……なんでもない」
シリルの指摘に、僕は手を振って応える。
……多分、大丈夫だろ。
「……まだ、でしょうか」
「そろそろだな。……ティオ、落ち着け」
そわそわしているティオの呟きに、僕は広場の時計を見て答える。
……ここは、アルヴィニア王国四方都市の一角、サウスガイア。
王都を中心に転移門で結ばれた街。
ラナちゃんは今日の転移門の便で、ここに来る予定になっているのだ。そのためラ・フローティアとプラス二名で迎えに来たのだが、
「いやあ、しかしラナ君と会うのも久し振りだ。さて、今度はどんな新しいものを見せてくれるのか」
「なー、ヘンリー。ちょっと小腹空いたから、適当になんか買ってきてくんね?」
リオルさんとアゲハ……顔見知りとはいえ、英雄が二人も出迎えというのは豪勢な話だ。エッゼさんも仕事なければ来たいって言ってたし。
……あとアゲハ、食いもん欲しいならテメエで買ってこい。
シッシ、とアゲハを追い払う仕草をすると、チェッ、と舌打ちしてアゲハは広場にある屋台に向かった。
転移の駅の目の前にあるこの広場は、僕たちみたいな迎えの人間を当て込んで、いくつか出店が出ているのだ。
……と、ふとその転移の駅の入り口から、人がわらわらと出てきた。
「お、来たんじゃないか?」
「多分な」
ジェンドの言葉に頷く。転移門は一度に数百人を移動させるので、転移直後は入り口が混むのだ。
じー、とラナちゃんがいないか、出てきた人を観察。
……割と冒険者風の人間が多いな。リーガレオに来る連中かね?
なんて想像しながら、ラナちゃんを探し続け……おっ、発見。
「……っ、!」
僕とほぼ同時に気付いたのか、ティオがダッシュする。
止める間もなく駅の方に突っ込んでいき――沢山の人がいるにも関わらず、するするっと隙間を抜けてラナちゃんのところに辿り着いた。
ここからじゃ声は聞こえないが、手を握り合って再会を喜んでいる様子である。
よきかなよきかな……って、ん?
「あ、あれ? 師匠!?」
ティオのことを視線で追っていたのか、ジェンドが素っ頓狂な声を上げる。
……そう、ラナちゃんの傍にいるのはジェンドの師匠にして、フローティアの兵士長をしているリカルドさんだった。
よくよく見ると、更に二人ほどフローティア領軍の訓練の手伝いをした時に見た顔がいる。確か、領軍の中でも手練だったはず。
そのラナちゃん一行は、ティオに先導されて僕たちのところへやって来た。
「皆さん! お久し振りです!」
「ああ、ラナちゃん、久し振り」
……と、僕が挨拶をしていると、シリルがラナちゃんに抱きつきにかかった。
「ふふー、シリルさんもラナちゃんにお会いしたかったです! 元気そうでなによりです!」
「あ、あぷ!? もう、シリルさんは相変わらずですね」
ちょっと苦しそうながらも、ラナちゃんも笑顔だ。……シリルがついでですし! とティオも一緒にがばちょ、としようとしたが、こっちは華麗に避けられた。
「あれー、ラナちゃん。身長伸びました?」
「少しだけ。でも、ティオのほうがもっと伸びてて、ちょっと羨ましい」
「……最近、成長期」
「ぐぬぬ……シリルさんも、まだまだ伸びますから!」
いや、お前はこれ以上の成長は難しいんじゃないか?
……なんて、シリルたちのやり取りに内心ツッコんでいると、ラナちゃんに同行していたリカルドさんがこちらにやって来た。
「はは、なんとも微笑ましい騒がしさですね。シリルさんとティオさんにはあとで挨拶をするとして……ジェンド、ヘンリーさん、フェリスさん。久し振りです」
「あ、ああ。お久し振りです、師匠。……でも、なんで師匠まで?」
リカルドさんの挨拶に、ジェンドが戸惑ったように尋ねる。
「なんでもなにも、我が領の俊英が最前線に行くというのに、まさか護衛の一つもつけないわけにはいかないだろう。道中で魔物が出たり、街でならず者に絡まれたりするかもしれないのに。この老骨一人では対応しきれないことも考えて、こちらの二人も連れてきた」
リカルドさんが言うと、背後の兵士二人がよく訓練された動きで敬礼をする。
……兵士長に加えて腕利きの兵士を二人もつけるなんて、えらいVIP待遇だ。ラナちゃんの重要度を考えれば当然といえば当然だけど。
「ただ……ここまではともかく、ここからは我々ごときの出る幕はないかもしれないがね」
リカルドさんは、リオルさんを見てそう言った。
「おや、私のことをご存知で?」
「大魔導士リオルのことは勿論知っていますとも。しかし、話には聞いていましたが、英雄の方が迎えにくるとは……」
「はは、面映いですな。では改めて、リオル・クロシードという者です。……英雄としての名の方が売れておりますが、本業は学者です」
「リカルドです」
リオルさんとリカルドさんはがっしりと握手をして、
「えいひゅうならふぁたしもいるほぉ!」
……芋を口に詰めて戻ってきたアゲハが、なんか大人同士の挨拶をぶち壊した。
「ん、んぐ……。というわけで、英雄ならアタシもいるから安心してくれ! えーと、リカルドのおっさん?」
初対面の人相手におっさんはねえだろ!?
「ちょっ、アゲハ……」
「いえいえ、ヘンリーさん。爺さんと言われないだけマシですよ」
アゲハを注意しようと僕は口を開くが、リカルドさんはやんわりと止めた。
「私のことはそのように呼んでいただいて大丈夫ですよ、キュートなお嬢さん。貴女のお名前も伺ってもよろしいですか?」
「きゅ、キュー? な、なんだこのおっさん、いきなり」
あ、普段はもっとアタシをチヤホヤしろ、みたいに言ってるくせに、アゲハのやつ、いざ褒められるとめっちゃ動揺してやがる。
……おもしれー。
「おや? リーガレオの男も見る目がないようですな。私があと二十若ければ、即口説いていたでしょうに」
「……二十年前はとっくに結婚してただろ、師匠。奥さんに言いつけるぞ」
「うおっほん! ジェンド? 余計なことは言わなくてよろしい」
リカルドさんはジロリ、とジェンドを睨んでから、居住まいを正した。
「それで、お嬢さん、お名前を聞かせていただけますか?」
「え、ええと、アタシはアゲハだ。アゲハ・サギリ」
「ほう! お噂はかねがね。以前、我が街にもいらしたことがあるとか? 是非お話を聞かせていただきたいですな。酒でも嗜みながら……いかがでしょう?」
……これもしかしてリカルドさん、アゲハを口説いてる?
(ジェンド、ジェンド。リカルドさんのこれは一体どういうことなんだ)
声を潜めて、事情に詳しそうなジェンドに尋ねる。
(……師匠、若い頃は女癖が悪かったらしくて。結婚してからは、手ぇ出すような真似はしてないんだけど。美人と見れば、とりあえず食事や酒に誘うんだ)
それってセーフなの? 妻帯者が女をサシの食事に誘うのは普通に浮気じゃ。……いや、アルヴィニアは一夫多妻がアリだから、普通なのか?
(しかし……美人……美人?)
(アゲハさんは客観的に見れば美人だろ)
「あ、アタシを誘いたかったら、最上級の首でも持ってこい!」
「残念、振られてしまいましたな」
やけっぱちになったアゲハの台詞に、リカルドさんは肩をすくめる。
なぜかアゲハは、ぜえぜえと息を切らしていた。
……その様子を、僕は心の中の『アゲハの恥ずかしい秘密リスト』に書き加え、いずれ最高のタイミングで暴露することを、我が神であるグランディス神に誓うのだった。
サウスガイアからリーガレオまでは、リオルさんの飛行術式『導きの鳥』でひとっ飛びである。
リカルドさんは流石に動揺していなかったが、連れの兵士さん二人は初の飛行に慌てふためいていた。
……逆に、そういう度胸を培うことなんてなかったはずのラナちゃんが、きゃっきゃとはしゃいでいたのは、肝が太いというかなんというか。
リーガレオに入ってからは、ラナちゃんはフードを目深にかぶって移動する。
冒険者通信の写真なんかで、この子の顔はよく売れているからだ。下手に誰かが気付くと、一気に街中に広まってしまう。
そして、移動中は、久方ぶりに会った親友同士、ティオがラナちゃんの隣を歩き、色々と話していた。
「うわぁ。北側はそうでもなかったけど、ここまで来ると廃墟とか空き地が目立つね」
「……うん。私たちが来た頃よりは大分マシになったんだけどね」
と、南側に来て明らかに変わった街の様子に、ラナちゃんが少しびっくりしている。
まあ、大工仕事がおっついてないが、もうあと一年もあればこの辺りにも建物がにょきにょき生えていることだろう。
リーガレオが格段に安全になって、冒険者や兵士の突貫工事でないまともな建物の需要が高まっていることは、上の人たちが広めているらしいからな。
仕事があり、安全――かつ、報酬も高めとなれば、リーガレオに来る職人も増えるだろう。勿論、これも魔導結界が仕事をするようになったおかげだ。
そんな、自分の成果のことを知ってか知らずか、ラナちゃんは『へえー』とティオの言葉に頷いていた。
「見えてきたよ。あの青い屋根に、星の形した看板が付いてる建物が、私たちが常宿にしている星の高鳴り亭」
「あっ、あれがそうなんだ。目立つねー」
「うん。この辺りは、目立つ建物が多い」
まあ、これにも理由はある。リーガレオの南側は宿が多すぎて、来たばかりの冒険者が自分の宿を見失う……なんてことが容易に発生しうるからだ。
それを避けるため、目立つ特徴を付けているところは多い。近所だけでも眩しいくらい真っ赤な屋根の『赤い稲妻亭』とか、ドラゴンの模型をドン! と乗っけてる『飛竜のとまり木』とか。
「あー、ときにラナちゃん。さっき少しだけ話したけど、うちの宿の連中はみんな君が来ることを知っている」
「? はあ、聞きましたけど、それがなにか」
「……乱暴狼藉は絶対にしないはずだけど、ちょっとヒくレベルで歓迎食らうから、覚悟しておいて」
「あはは。さっきも言っていましたね、それ。もう、私を担ごうとして」
いかん、どうもこの子自覚が足んねえ。真剣な忠告なのに、冗談と取られてしまっている。
「ラナちゃん、本当なんですよ?」
「シリルさんまでー」
……ええい、もうこれは出たトコ勝負しかないか?
「あの、ヘンリーさん? ヒくレベルの歓迎とは……一応、我々はラナさんの護衛なんですが」
「……大丈夫です、行き過ぎそうになったら僕がとっちめます」
この件に関しては、ユーも協力者だ。
ユーの強化魔導を受けた僕が止められないやつは、星の高鳴り亭にはいない……が、そこまでする事態にならないといいなあ!
なんて祈りを捧げつつ。
僕たちは星の高鳴り亭に到着するのだった。




