第二百三十一話 魔導結界
ラナちゃんがリーガレオに来る……
昨日届いたティオへの手紙でそれを知った僕は、翌朝の朝食の後の珈琲を啜って、はたと気付いた。
「なあ、みんな。ラナちゃんのことでちょっと思いついたんだけど。……ラナちゃんがこっちに来るんじゃなくて、僕らがフローティアに戻ればよくね?」
ティオの成人を祝いたい……というが、別にそれはラナちゃんだけじゃないはずだ。ティオのご両親とか、祖父さんとかもきっとそうだろう。
リーガレオの生活も半年と少し経ち、それなりに軌道に乗っている。これを機に一度帰省するのも全然悪くない。
転移門を予約しときゃ、片道二、三日くらいでいけるし。
一昔前と違って、有力なパーティがいきなり抜けたら、防衛計画を少し見直さないと――みたいなこともない。
それこそ、ついでにフローティアで一週間か二週間か休暇を過ごしてもいい。口にしてみると、実にいいプランに思えた。
「……おお、そういえばそうですね。私もご領主様方にお会いしたいですし」
「俺も、実家に顔出ししてもいいかもな」
フローティア出身の二人が声を弾ませる。
「あの、それはちょっと。ラナが来るのは、ここの魔導結界を視察するためでもあるそうで」
「? 視察、って」
「……どうぞ、見てください」
説明を面倒がったのか、ティオが鞄から昨日受け取った封筒を取り出し、最後の便箋を寄越してくる。
「読んでいいのか?」
「はい。私的な内容は最初の二枚だけだったので。そちらは読まれても大丈夫です」
そういうことなら、と僕は便箋に目を通す。
みんなも気になったのか、席を立って僕の後ろから覗き込むようにして同じく読む。
……ふむ、成程。
ティオの成人祝いのことも書かれているが、それとは別に、リーガレオの魔導結界をみたい、という話も確かに記載されていた。
どうも、ラナちゃんによると、瘴気除去技術をここまで大規模に適用しているのはここだけらしく。
しばらく運用してみて、現場の人たちがどのように感じているのか。問題点などはないか。魔力のロスや術式の歪みがないか……みたいなのを検分したいらしい。
そのため、リオルさんにも話を通すための手紙を出しているとか。
なお、最後の方に『あと術式ちょっと改良してみたから、それを試したいんだ』とか、『リオルさんに言われた瘴気の研究、面白い仮説ができたよ』とか書かれていた。
……非っ常に気になる。あの子また、気軽なノリで歴史に残るような成果残してないだろうな。いや、勿論いいことなんだけど、こう、心臓に悪いというか。
相変わらずの才能に内心戦慄していると、ティオが続けて、
「それに、個人的にも帰るのは一人前になってからにしたくて。勇士もなっていない身じゃ、まだまだ顔向けできません。やはりラナを迎える方向でどうでしょうか」
「そういや、俺も家族に『軽く勇士くらいになってくるぜ』って啖呵切ったっけ。……言われてみりゃ、帰りづらいな」
お前ら目標高すぎ。リーガレオの一陣でやっていけてるのは、もう十分に一人前……どころか、凄腕だぞ。実績とかが足りないだけで、実力でいえばヘボい勇士くらいならもう余裕で上回っている。
まあ、この街に来てから出会った冒険者のレベルが高かったのもあるのだろうが。向上心高いなあ、相変わらず。
「ふむ、私もこちらの診療所を長く留守にするのは気が引けるから、そちらの方が助かるかな」
フェリスが続けて言うと、シリルは少しだけ残念そうに、
「むう。ラナちゃんが来たいそうですし、皆さんがそう言うのであれば諦めます」
と、頷いた。
……まあ、僕としてもフローティアに帰省するというのは非常に魅力的な案だったが、みんながそう言うのであれば否やはない。次の機会に取っておけばいい。
「それなら、今日の冒険の後にリオルさんと話しに行くか。ラナちゃんの扱いどうするか、ちょっと僕たちだけじゃ判断できない」
昨日までは、ラナちゃんがリーガレオに来るのであれば、スターナイツとアゲハあたりを巻き込んで護衛して、こっそりとこの宿の中だけで歓迎すればいいと思っていた。
友人のティオの祝いに来るだけだったら、そう大げさにする必要はない。あまり騒がしくすると、けしからん連中も寄ってくるかもしれないし。
……でも、公的施設の魔導結界の視察をするんだったら、色々と違ってくるだろう。
「……っつーか、ティオ。こういうことなら、昨日のうちに言っといてくれよ」
「すみません、私もちょっとびっくりして失念していました」
まあ、早めにわかってよかった。
「ま、そういうわけで。ラナちゃんのことは気になるけど、とりあえず今日も一陣、行くか」
食後の珈琲を飲み干し。
みんなもそれぞれ準備ができているのを見て、僕は立ち上がる。
「はい、行きましょう!」
「おう。今日、最上級とか出るかね?」
「……ジェンド、それは期待するものじゃないよ」
士気高く、冒険前の軽口を叩くみんなと一緒に、教会に向かう。
……よし、僕も気合を入れることにしよう。
「よーやく南門見えてきましたね。慣れはしましたが、やっぱり街の灯りが見えるとほっとします」
本日の冒険を終えての帰還。
ようやく見えてきたリーガレオの姿に、シリルが安堵の言葉を漏らす。
とはいえ、昔みたいにここで緊張感をなくしていたりするわけではない。こう言ってはいるが、いざここで戦闘になったりしても即応できるよう、配慮した歩き方だ。
他のみんなも同じく、多少リラックスはしているが、一挙動で武器を構えられないような、そんな迂闊は晒していない。
……まあ、この辺りまで帰ってきて、いきなり発生した魔物に襲われる回数が、とうに両手の指の数を超えているのだから、さもありなんというところだが。
「ヘンリー。そういえばゼストさん、結局俺らに合流するのいつ頃になるんだ?」
「身辺整理もあるし、宿も移動するしなあ。……それに、共有財産の処分に手間取ってるらしいから、もうしばらくかかるらしい。丁度ラナちゃんが来る頃じゃないか?」
ゼストがラ・フローティアに加入することになって。当然、今のパーティからは抜けることになる。
まあ、あの生真面目なゼストのこと。今のパーティでの関係も良好で、特に揉めることなくすんなりと脱退は決まったのだが……問題なのが共有財産の分け方だ。
単純な金であれば等分すればそれでおしまいだが、最上級を普通に倒せるようなパーティになるとそれ以外にも色々とある。
……うちは金勘定が得意なジェンドが投資に回していたりするが、そういうのではなく。
例えば、買い手がつけば高値になるが、すぐには売れないドロップ品。
例えば、有力な人物とのコネの扱い。
例えば、共同で購入した装備や施設――ゼストのところでいえば、複数人が使いまわしている盾や、年間契約してる会議室なんかがあるらしい。
つらつらと、思いつくまま並べてみると、フェリスが溜息をつく。
「それは……想像するだに、大変そうだね。……逆に、人数が増える側のうちは大丈夫なんだろうか?」
「ん? ゼストさんが入る前に、俺たちだけで稼いだ分は計算済ませるつもりだぞ。まあ、助けてもらう側なんだから、そう煩く言うつもりもないし」
ジェンド、相変わらずこの方面では異常なまでに頼もしい。
ここをなあなあにすると、パーティ組んでしばらくしてから揉めたりするし――いや、あいつに限ってはそんなことはないだろうが。
なんて、油断するという意味ではなく、適度に気を抜いて雑談をしながら歩いていると、今日は特に魔物の襲撃なく無事に南門に辿り着けた。
「やあ、おかえり。ラ・フローティアのみんな」
「ただいまです、セシルさん」
今日も南門の守りについていたらしい。
もううちとは随分と懇意になった英雄、セシル・ローライトさんが手を上げて迎えてくれた。
「どうも、こんにちはです!」
「セシルさん、今日も警備ですか」
みんなも口々に挨拶をして、セシルさんもそれに応える。
「うん、怪我もなさそうでよかった。……できれば、今日の冒険はどうだった? と少し話を聞いてみたいけれども。残念、タイミングが悪かったね」
セシルさんは話してみれば意外と気さくな人なのだが。
ただでさえどこか威圧感のある全身鎧とフルフェイスの兜という出で立ちに、リーガレオで知らないものはいない英雄っぷりに、気軽に話をできる相手があまりいなく……どこか会話に飢えているフシがある。
色々とためになる話も聞けるので、僕たちとしてもセシルさんとの雑談は歓迎なのだが……はて?
「なにかありましたか?」
「そうじゃなくてさ。……ほら、今来た」
と、セシルさんが門の方を見やる。
……見ると、道具箱を抱えた職人風の人物が、普段は閉じられている『城壁の中』への扉に鍵を差し込むところだった。
「ああ……今日は結界のメンテの日でしたか」
「そうそう。メンテナンス中は結界の作用も消えるからね。警戒は厳にしないと」
リーガレオを覆う魔導結界の術式は、空洞になっている城壁の中の壁に刻まれている。都市を覆う規模の結界術式は機密なので実際に見たことはないが、狭っ苦しい通路にびっしりと術式が描かれているらしい。
しかし、当然常時稼働している魔導なのだから、定期的なメンテは必須だ。
今日メンテってことは、今頃南門の入り口以外からも職人さんが壁の中に入っていっているのだろう。
大体メンテは二、三時間。その間、結界は一時的に切られ、警備も増員することになる。
……そういや、城壁の上に詰めてる兵士や冒険者、いつもの倍くらいいんな。僕としたことが、気付くのが遅れた。
「? にしては、警備増員のクエスト見た覚えがないんですけど」
人手不足なので、よく冒険者に救援依頼のクエストが出ているのだが。
「一番教会から依頼して、三番までで定員が埋まったからね。次は四番から依頼をかける予定らしいから、見ることもあるんじゃないかな」
「……ああ」
昔は、魔導結界メンテナンスのための防衛クエストは超不人気依頼だったから、毎回全部の教会に回ってたのか。
言わずもがな、前は結界があるにも関わらず、週四の勢いで壁が突破されていたからだ。
口さがない連中は、なんであんな役立たずのために働かないといけないんだ、とおおっぴらに言っていた。
……まあ、効果が薄かったとはいえ、それでも魔物の侵入を百から九十にするくらいには効果はあったらしいので、役立たずなんかでは決してなかったのだが。
しかし、確かにあの頃に比べれば志願者も増えるだろう。
「職人さんも生き生きしていたね。いいことだ。……リオルから聞いたよ? 『彼女』が来るとか」
「……知っていましたか」
「ああ。時間があれば、俺も是非挨拶したいな。じゃ、仕事だから、これでね」
はい、と頷いて、僕たちはセシルさんと別れる。
とことこと歩いていると、シリルが恐る恐ると、
「あの、スターナイツの人たちが大げさなだけかと思っていましたが……もしかして、本当の本当に大変なことになります?」
「下手をしなくても、リーガレオがひっくり返る事態になるぞ」
口にはしないが、多分シリルの王女宣言なんて比較にならない騒ぎになる。
……やっぱちょっと、ある程度は伏せる方向がいいんじゃないかなあ。
なんて考えながら、僕たちはこの件について相談するため、セシルさんと同じく南門のすぐそばに構えられているリオルさんの住まいに向かうのだった。
いつの間にか100万字超えていました。(二、三話前くらいから)
まだ終わりは見えませんが、これからもよろしくお願いいたします。




