第二百三十話 便り
「よう、ラ・フローティア。お話中のところ悪いが、ちょっといいか」
談話室で僕たちが定例のミーティングを開いていると、星の高鳴り亭所属の冒険者パーティ『スターナイツ』が話しかけてきた。
「? どうした、ハロルド。ていうか確かお前ら、サウスガイアに休暇に行ってたんじゃなかったっけ」
生活環境がだいぶ改善されたとはいえ、やはりリーガレオは休みを取るにはやや不向きな街だ。
なので、長めに休みを取る場合、少し後方の街に下がるのは割と一般的である。
スターナイツはつい昨日、サウスガイアへ一週間の休暇に向かったと記憶しているが、なぜいる。
「いやー、俺らも久々の休みは堪能したかったんだけどな。我らリーガレオの冒険者の救世主の依頼とあっちゃあ、流石にとんぼ返りせざるを得なかった」
「……まあ、休暇はこの後でも取れる。というわけでティオ、君に手紙だ。フローティアは熊の酒樽亭、ラナ嬢から」
ヴィンセントが懐から恭しく一枚の封筒を取り出す。
「ラナからですか。これはご丁寧にありがとうございます。……でも、いつもは教会で受け取ってたんですが」
ラナちゃんとティオは、月に一度手紙のやり取りをしている。
それには冒険者郵便を使っていて、受け取りは教会でやるのが普通、なのだが、
「まあ、同じ宿の私たちが受けたからね。こっちの教会に報告はしたけど、直接手渡すって話しておいた」
と、ルビーが語る。
相変わらず信用されてんなあ、と僕は感心した。
……一般人もしばしば利用するので、手紙や荷物の配達というクエストは知名度が高い。一応、国や大きな商会が運営する郵便もあるのだが、色々融通がきくし、料金も割安なので、リーガレオとの手紙のやり取りは冒険者郵便が主流である。
しかし、実際のところ、このクエストを任せてもらえる冒険者というのは驚くほど少なかったりするのだ。
言わずもがな、下手な相手に任せると、勝手に封を切って中身を見たりするからである。
単なる私信であっても、依頼人や受取人は当然嫌がる。為替や金品の配達なんかになると、勇士クラスの信用度のある冒険者向け案件だ。
しかも、リーガレオ宛だとそれにプラスして、大量の魔物が出てくる街道を百回通って百回、荷物などを犠牲にせずに踏破するだけの実力を求められる。
うちもまあやれるだろうが、実はスターナイツはこれ系の仕事を結構こなしているベテランだったりするのだ。
「そうなんですか。では、ミーティングが終わったら読ませてもらいます」
受け取った手紙を、ティオは脇に置く――が、そわそわとして、早く読みたい気持ちがダダ漏れだった。
僕は溜息を一つつき、
「あー、ティオ? 大体話は終わってるし、先に読んでいいぞ」
「! では、失礼して」
戦闘用のナイフで、ティオは綺麗に手紙の封を開く。
そうして、中から出てきた数枚の便箋を大切そうに取り出し、丁寧に読み始めた。
「あー、スターナイツ、休暇中断してまでありがとうな。珈琲くらい奢るよ」
「お、いいのか?」
「ああ。クリスさーん!」
談話室からも見える受付で、仏頂面で本を読んでいるクリスさんを呼ぶ。
そのクリスさんは、おそらくはキリのいいところまで読み終わるまでたっぷり一分はかけて、のそりと立ち上がった。
……相変わらず客商売ナメてるな、あの人。
「話は聞こえていた。スターナイツの分、珈琲四杯でいいか? 銘柄はどうする。できれば統一して欲しいが」
星の高鳴り亭の珈琲サービス。以前は豆の種類も一種類だけだったが、ここ最近で三種類まで増えた。
「あー、僕も飲むので……みんなもどうだ? ついでだし、リーダーとして一杯振る舞うぞ」
ラ・フローティアのみんなの分も含めて、クリスさんに注文を伝える。
一応気遣ったのか、全員一番安い豆を選んだ。……僕は別の豆の気分だったが、空気読んで同じのにした。
「しかしまた多いな……まあいい。少し待っていろ」
口ではこう言っているが、クリスさんは珈琲淹れるの好きなので、若干その足取りは軽かった。
「で、サウスガイアの方の様子ってどうだった?」
「ああ、リーガレオに来る冒険者が最近増えてるだろ? その関係か、前より賑わっていたかな。物価もささっとチェックしたけど、食料品とか嗜好品、安くなってた」
……一日しかいなかったくせに、よく見てんなハロルドのやつ。
「ああ、そうだ。サレス法国の『聖輪会』がリーガレオに来る来ないって噂になってたな」
「マジか」
冒険者クラン聖輪会といえば、かなりの有名所だ。
地母神ニンゲルの信徒が多く、治癒士も結構な数を揃えており、サレス法国に出現する魔物どもをばったばったと薙ぎ倒している。国との関係も親密で、国家クエストも数多くこなしているそうだ。
特にリーダーのユースタスは有名人で、リーガレオでノウハウが蓄積される前に、最上級を討伐した経験がある凄腕らしい。
「でも、どうかな。あそこ、新人を鍛えるところでもあるんだし、やっぱ二の足踏むんじゃない」
と、ビアンカがボヤいた。
「そういえば、お前らも聖輪会上がりだったっけ」
「そうそう。駆け出しのころ、入れてもらってそりゃもうシゴかれた」
教会も大きいところなら新人教育もやっているが、基本は自己鍛錬が冒険者の常だ。
まあ、先輩冒険者がアドバイスを送ったり稽古をつけたりすることはそれなりにあるが――組織だってそういうことをやっているクランもいくつかある。
単純なボランティア……兼、見込みのあるやつとのコネづくりとか、その辺が理由だろう。
僕もリーガレオに復帰する気になる前は、ジェンドたちが活躍してくれたら、いい感じのコネにならねーかなー、とか思ってたし。
「まあ、来てくれれば楽になるだろうから、期待はしとく」
「そーだなー」
……などと、スターナイツと雑談に花を咲かせていると、
「えっ」
普段、あまり驚いたりしないティオが、思わずといった風に声を上げた。
「? どうした、ティオ」
聞いてみると、ティオはラナちゃんからの便箋をもう一度読み直し、
「……あの、来るそうです」
なにが……って、ラナちゃんからの手紙を読んでて言ったのだから、まさかとは思うが。
「ラナが、来月、このリーガレオに。……なんか私の成人祝いをしたいとかで」
そういえばとうとう来月だったか。
こっそりみんなとはサプライズパーティを画策していたが、ラナちゃんにはこっちがサプライズ食らったな。
「……ん? おい、ハロルド? ヴィンセント? ……ルビーにビアンカも、どうした?」
ふと。
スターナイツのみんなが、言葉をなくしていた。
さっきまで調子よく喋っていたのに……と、不思議に思っていると、ガタンと唐突にハロルドが立ち上がる。
「こっ、こここ、こうしちゃいられねえ! みんなに伝えて、盛大に歓迎する準備を――!」
「この宿に来るんだな!? まずい、サイン色紙ってどこで買えるんだ!?」
「サインねだるとか失礼でしょ! 遠くから拝むだけで済ませよ!」
……やっばい。そういえば、ラナちゃんはリーガレオの一般冒険者の間では半ば神格化されてるんだった。
僕も勿論感謝はしているが、直接面識がある分、こいつらよりは冷静に受け止められているが……どうすんべや。
「と、とにかく。いくぞ!」
「あ、ちょっとお前ら少し待――!」
下手に広めたらパニックになりかねない。僕は止めようと手を伸ばすが、スターナイツを捕まえることができず、
「んがっ!?」
「うわ!」
しかし、談話室の入り口の足元付近に突如として現れた光の鎖に、スターナイツのみんなは全員足を取られ、見事にすっ転んだ。
凄い勢いの転倒だったが、まあこいつらであれば問題あるまい。
……で、さっきの鎖は。
「人に珈琲を淹れさせておいて、飲まずにどこかに行こうとする不届き者どもがいるな。そんなにふかし芋だけの食事がしたいか?」
湯気を立てるカップをトレイに載せてやって来たクリスさんの仕業であった。
流石は元勇士の魔導使い。興奮気味だったとはいえ、スターナイツが反応できない速度での魔導行使は見事である。
……ていうか、速度には自信のある僕より早くなかった? 今の。
「で、でもクリスさん」
「黙れ。お前らのでかい声は聞こえていたが、逆にその子の迷惑になるだろう。冷静に考えろ」
「うっ」
「勿論、俺とて件の少女には感謝している。だからまあ、歓迎するのはいいと思う……が、珈琲でも飲みながら、冷静に話し合え。ではな。こちらが注文の品だ」
クリスさんに正論でぶん殴られて。
すごすごとスターナイツは引き下がって、押し付けられたトレイを受け取った。
「わー、ビシッと締めてくれましたね、クリスさん」
シリルがその光景を見て感心する。
「ああ。まあ、面倒臭がりな人だけど、やるときはやるっていうか」
僕も昔はよく怒られたものである。それで、色々な道理を学ばせてもらった。
「大人って感じですねー。その……いえ、なんでもありません」
「俺の身長に文句でもあるのか小娘!」
……シリルの言葉の濁しに敏感に反応したクリスさんが、さっきとは異なりしょーもない理由で声を張り上げる。
「なにも言ってないじゃないですかー!」
「いいや、貴様の言葉の行間が見えた!」
言葉の行間が見えたて……
「言いがかりですー!」
シリルがひーん、と僕の後ろに隠れる。
……なお、この数十秒後。
騒ぎを聞きつけたパトリシアさんがやって来て、クリスさんをはっ倒すのだった。
っとーに、これがなければなあ……あと本の虫なのとか、無愛想なのとか、たまに面倒くさがって経費をどんぶり勘定したりとかもなければ……いや、やっぱ全然駄目な人だな!?
大人とは一体……




