第二十三話 故郷
エッゼさんらと再会してすぐ。
黒塗りの、立派な馬車が差し回されてきた。
黒竜騎士団の兵舎への移動のための足だ。これだけの騎士団ともなると、このくらいの厚遇は当たり前……などという理由ではない。
パレードや正式な出陣ならともかく、平時の王都で全身甲冑の大男どもが二十人も闊歩しているところを想像して欲しい。
……普通に邪魔だし、無駄に人気あるから大騒ぎになるし。騒動の種にしかならない。
最前線で戦っている黒竜騎士団は健在だ、とアピールするための鎧姿なのだろうが、一度見せれば後は無用の長物というわけである。
問題は、
「……エッゼさん。なんで僕たちまで馬車に押し込められてんですかね」
僕達一行は、エッゼさんと同じ馬車に乗っていた。黒竜騎士団の中では年若く、僕と同年代のオーウェンも一緒だ。
「ん? はっは! 見たところ、お主達、先程王都に着いたばかりであろう!? うちの兵舎は無駄に部屋が余っとるから、泊まっていけば良い!」
「いや、部外者連れ込んでいいところじゃないでしょ」
「部外者? おお、悲しいな、ヘンリー! 我らは戦友ではないか!」
このオッサン、一応偉い人だよな。相変わらず、なんって適当なんだよ。
「あのー」
「おう、なんだ! 麗しき少女よ!」
シリルが手を上げると、エッゼさんは勢いよく首を向ける。しかし、あまり人見知りしないシリルはあっけらかんとしている。
しかし、麗しき少女……? はて、どこにそんなのがいるんだ?
「ええと、グランエッゼさんはヘンリーさんとどういう?」
「勿論、先程言ったとおり戦友である! こやつは我が黒竜騎士団と縁が深くてな。かの魔将ジルベルトを討伐した際も、我と共闘したほどだ!」
……ジルベルト、ジルベルトね。
まあ、今更名前を出された程度でどうこうはない。
「ましょー?」
「シリル、お前少しは情勢のことを気にかけろ。魔軍の幹部のことだよ。確か戦争開始直後は十人いて、今は前線の人が頑張って四人倒して……」
ジェンドがシリルに的確に説明し、途中言葉が尻すぼみになる。
「魔将の討伐に参加した? ヘンリーが?」
「というか、トドメを刺したのはこやつである」
みんな、目を丸くする。
まあ、実のところ、ジルベルト討伐における僕の貢献度はそこまで高くはない。たまたま最後に攻撃したのが僕と言うだけで、一緒に戦ったエッゼさんや救済の聖女(笑)がいなければ勝てはしなかった。
それに、他の冒険者や軍の人、騎士団のみんなが魔物を抑えてくれなければ、そもそもあいつと戦うことすらできなかっただろう。
戦場の色んな妙が重なって魔将討伐者になってしまったが、言ってしまえば奇跡のたぐいだ。
「ちなみにティオ。お前の姉ちゃんは一人で殺ってるからな。それで英雄になったんだ」
「そ、そうなんですか? アゲハ姉がどうやって英雄になったのかって、そういえば知りませんでした」
む? とエッゼさんが片眉を上げる。
「そこの子はサギリの縁者か?」
「はい。サギリ家分家の人間です。アゲハ・サギリは従姉で」
「ほう! 今日は良い日だ! 戦友との再会に、あのサギリの縁者と出会えるとは! お前の従姉にも、我らは重々世話になっている。これは兵舎に誘う理由が増えたな!」
呵呵と大笑するエッゼさん。
「おい、オーウェン。お前んとこの団長、これでいいのか?」
我関せず、と寛いでいるオーウェンに水を向ける。
「はは。ヘンリー、少し会わない間に忘れたか? ウチはいつでもこうだ」
そうだった……団長であるエッゼさんの薫陶は無駄に篤く、黒竜騎士団は上から下までぜーんぶこんなノリなんだった。最強ではあるが、最優ではない問題児集団なのである。
……まあ、そんなとこも、市井の人気を集める所以なのかも知れない。武勇伝と同じくらい、愉快なエピソードには困らないし。
「ええと、グランエッゼ様、でよろしいでしょうか」
「ん? なんだなんだ。どれ、我に話を聞かせておくれ!」
と、そこでラナちゃんがエッゼさんに話しかけた。
「私はラナと申します。今回、ヘンリーさんたちのパーティに、この街までの護衛を依頼しております」
「ほほう! 一人冒険者ではないのはそういうことか」
「はい。なので、勿論旅を主導されているのはヘンリーさんらなのですが、私が代表ということになりますので、お礼をと。兵舎に泊めていただけるとのことで、ありがとうございます」
ぺこり、とラナちゃんは丁寧にお辞儀をする。
「成程成程、承知した! 礼は謹んで受け取ろう。しかし、そう恐縮する必要はないぞ? 幼いとは言え、可憐な花を三つも迎えられるのだ。こちらこそ、礼を言うべきだとも!」
……うん、黒竜騎士団には女性団員もいるのだが、花に例えるのは著しく不適格な女傑しかいないからな。
言葉にしたら、ぶっ殺されるが。
「っていうかグランエッゼさん? 今、私も幼い扱いしませんでした?」
「ん? はっはっは、今幼いことを気にする必要はないぞ。君も将来は立派な淑女になるであろう」
「私はもう成人していますし、とっくに立派な淑女です!」
……シリルのやつ、よくまあエッゼさんに真正面からあんな文句言えるな。意外と大物なのかもしれん。
「そうなのか! それは失礼した!」
まあ、気にするなと、エッゼさんが笑う。
……こう、このオッサンに空気全部持っていかれている気がする空間は、勿論黒竜騎士団の兵舎に着くまで続いた。
黒竜騎士団の兵舎。
部屋が有り余っているという話は本当のようだった。エッゼさんは『空き部屋を適当に使えい!』と丸投げしてきたので、オーウェンに空いている部屋を聞いて、取り急ぎ荷物だけ放り込んだ。
「と、言うわけで。俺たちも、世話になるだけというのは肩身が狭いので。こちらのエールをご提供させていただきます」
そうして、夕食の席。
黒竜騎士団兵舎管理人のおばちゃん作の、美味そうな料理が並んだ食卓で。ジェンドはエールの樽を一つ、でんと置いた。
今回持ってきた樽の一つ。無償提供だが、黒竜騎士団に名前を覚えてもらえれば、下手な金銭より大きな利益となる。
「北の町、フローティアはカッセル商会から仕入れた、フローティアンエールです。俺たちの街は正直王都に比べれば田舎ですが、こいつの味は保証しますよ」
『おおおーー!』
エールの名前を聞いて、騎士達が沸き上がる。
フローティアンエールは、前線でも人気だったからな。でも、高いし、在庫切れも多々あるしで、思いっ切り呑むなんてことはできない。
「ヘンリー! お前、さてはこいつが目当てでフローティアに拠点移したな!?」
「失礼なこと言わないでください。理由の三割くらいです!」
三割もかよ! と、壮年の騎士ライデンさんが笑う。
「おう、ライデン! お前、こいつをちょいと冷やしてくれ」
「はいよ、謹んで拝命いたしました、団長」
エッゼさんに言われ、ライデンさんは樽に近付く。
部屋着に着替えても、常に腰のベルトに付けている金属の板の束を手に取り、そのうちの一枚に掌に当てる。
「氷晶の煌き、白銀の風、北神の手。顕れ、踊れ」
ライデンさんの言葉に従い、金属の板に刻まれた術式が輝き出す。
この人の魔導はフルフルス流魔導式。金属板一枚に、一つの魔導を刻み込んで発動する魔導流派だ。僕の使うクロシード式と違い、複数の術式を組み合わせたりはできないが、一つの術式が複雑かつ大きな効果を持っている。
一つの術式をちゃんと覚えれば暴発するようなこともなく、習得難易度もクロシード式より低い、『堅い』流派である。
で、今のは氷の術式。
本気でやれば家一つ氷漬けにする威力を持つが、今は簡易発動で飲み物を冷やすために使われた。
管理人のおばちゃんがジョッキを持ってきてくれ、冷えたエールが順繰りに団員と僕たちに行き渡る。……ラナちゃんとティオにも行っているが、まあ一杯くらいいいか。
「よし、全員、ジョッキを掲げい! 黒竜騎士団の久方ぶりの帰郷と、友との再会、そして新たな友たちとの出会いに、乾杯!」
乾杯の声が唱和する。
人数も人数だし、この人達大分呑むし、樽一つくらいは今日なくなるだろう。
「……騎士団って、もっと怖い人達かと思いましたけど。陽気な人たちですね」
エールをちびちびとおっかなびっくり味わいながら、ティオが言う。
「まー、他の兵士の範にならないといけない立場だしな。それに、黒竜騎士団はめちゃ注目されてるから、乱暴なことしたらすぐ悪い噂が広まるし」
賑やかではあるが、下品ではない宴会。まあ、荒くれ者も多い最前線では、付き合いやすい人たちではあった。
「ところでヘンリー。お前、なんで黙ってたんだよ。魔将倒しただなんて、凄いじゃないか」
「蒸し返すなよジェンド。マジでただの巡り合わせなの。基本、エッゼさんがガチガチにやりあってて、僕が援護して……で、エッゼさんの一撃でふらついたジルベルトに、たまたまいい一撃が入ったんだ」
こいつを自分の功績として吹聴するほど、僕は面の皮が厚くない。
「ふむ、謙虚であるな、ヘンリー。確かに我が前面に出ていたが、お主も十分以上に活躍していただろうに」
「そりゃ、役に立っていなかったとは思ってませんが」
要所要所で我ながらナイスな援護を入れていた。救済の聖女さんがいなければ、三、四回くらい死んでたが。
「ふむ、まあそう言うなら、そうしておこう。しかし、偶然とはいえ、これ以上ない形で目的を達成できたのだから、良かったではないか!」
「目的……? ヘンリーさんの目的ってなんだったんです?」
「おや、少女よ。ヘンリーから聞いておらんのか?」
あー、そういえば、話してなかったっけ?
別段隠していたわけではないのだが、そういえば話す機会がなかったか。
「まあ、ぶっちゃけて言うと、仇討ちだよ。僕の故郷滅ぼしたの、ジルベルトだったからな」
何度、あいつ率いる魔物の群れに、国が蹂躙される夢を見たか。
あいつを討ってから、もう滅多に見なくなったが。
「え、ええと」
流石にシリルも困るか。
「別にもう気にするなよ。仇討ってすっきりして、今はフローティアでぬるく頑張っているわけだし」
「そーそー。こいつの変わりようったらすごかったよ。その前までは、いつもこーんな目つきで、割と荒んだやつだったのに」
ぐい、と、隣のオーウェンが茶化すように目尻を引っ張り上げて、当時の僕の目つきを再現する。
……いや、似てねえよ。多少据わった目つきだったかも知れないが。
「戦いが終わった途端、この顔になって。それまでとは別人みたいにぐでーってし始めて」
「し、仕事はしてたろ」
「してたけど、お前緊張感というかそういうのをなくしてたよな」
ま、まあそれはいいじゃないか。真剣にやっていなかったわけでも、油断をしていたわけでもないのだから。
僕は、こう、やりきったというか。この年で、仕事引退してすることなくなったお爺ちゃんの気持ちがわかったというか。というかそもそも、子供の頃の僕って結構こんな感じだったよね、とか。
そんな感じなのだ。どんな感じとかは聞くな。
「故郷ですか。どこです?」
「ああ、フェザード王国。知らないだろうけど、今は魔国の領土になってるとこにあった、小さな国だよ」
魔王戴冠直後の攻勢で滅んだ、いくつかの国の一つだ。
「……………………は?」
「は、とはなんだ」
「……ヘンリーさん、私と同じ国の生まれだったんですか?」
へーい、シリルさんや。
……なにそれ初耳。どういうことなの。




