第二百二十九話 シリルとの休日-リーガレオ編 後編
シリルの作った昼食に舌鼓を打ち。
僕たちは、腹ごなしに近所を散歩していた。
「おー、ヘンリーさん。そこの宿の花壇、コスモスが咲き始めてますよ」
「ああ、綺麗だな」
この辺りも、花とかで飾り立てるようになったんだ。昔は殺風景なものだったが、こんなところも変わりつつある。
「花といえばフローティアを思い出しますねえ。そういえば、そろそろ花祭りの季節なのでは」
ああ、確かにこの時期だった。
故事に由来した、正式名称フローティア奉花祭。去年の花祭りではロッテさんがライブにやって来て、僕たちも大いに楽しみ……いや、あんな後方に唐突に最上級が出たという嫌な思い出には蓋をして、とにかく楽しんだのだ。
「折角だし、赤い花でもプレゼントするか?」
そして、その花祭りの締めでは、親しい相手に一輪花を贈ることになっている。
友人や仲間には親愛を込めた青系の花。恋人や配偶者には、赤い花。
赤の花を贈るのが告白やプロポーズ代わりになることもままあるらしく……そういえば、僕もあん時はシリルに贈る花を青にするか赤にするか、結構悩んだっけ。今思い出すとちょいと照れ臭いな。
「あはは、いいですねー。それじゃ、一輪挿しも一緒に買っていきましょう。私からもお贈りするので、是非ヘンリーさんも部屋に飾ってください。お部屋、全然飾り気がないんですから」
「フローティアの写真とか貼り出してるだろ」
「全然足りませんよー」
うーむ。
「……まあ、花瓶の一つくらいはあってもいいか」
花でも飾ったら? とは前に言われた覚えがあるが、どうせ枯らしてしまうからと断った。でも、流石にシリルの贈り物を無碍にする気はない。
しかし、置くトコあったっけなあ。まあ、いざとなりゃ適当に私物を整理して……
「あ、そうそう。せっかくなので、ここでネタバレしますね」
「ネタバレ?」
「はい。花祭りの時、私がヘンリーさんに贈った花、あるじゃないですか」
まあ、気になり始めた女の子からのプレゼントだ。よく覚えている。
ラナちゃんに世話の仕方とか教えてもらって、他のみんなからもらったやつと一緒に長く楽しませてもらった。枯れた後でドライフラワーや押し花にして残す手があったな……でも流石にそれは女々しいか? いやでも……みたいにちょいと後悔した記憶がある。
「はい、あの時お渡ししたお花、青でしたけど他の人に贈るのと違う種類だったじゃないですか」
「ん、ああ」
そんなこと言っていた気がする。なんか同じのが売れ切れてたとかなんとか。
「実はですねー、フローティア女子の間では、同じ色でも花の種類によって贈る意味がちょっとずつ違うということになっているのです」
「へえ? そうなんだ」
「はい。そして、ヘンリーさんに贈ったやつは『貴方が気になっています』という意味なのでしたー」
ブッ!?
「おや、どうしました? 顔赤いですけど」
ニヤニヤと笑いながらシリルがこっちを見てくる。
なんかこう、普段やってることに比べりゃなんてことはないはずなのに、なぜかくっそこっ恥ずかしい。
……ていうかそうか! 花の世話の仕方聞いた時、ラナちゃんが妙に生暖かい視線だったのはそういうことか!?
「うっふっふー、どうでしょう? シリルさんの約一年越しのサプライズは」
「びっくりというかなんというか。自分でもどういう感情なんだかわからん。でもまあ……」
「でもまあ?」
「……なんでもない」
僕は果報者だった……ってことだろう。少しずつでも返していかないといけない。
取り急ぎは花か。
「……ところで、花屋ってこの近所にあったっけ?」
「誤魔化しましたね? でも、花屋は見た覚えありませんねー。内壁の中ならありましたけど。ちょっと足延ばしてみます?」
「そうだな」
近所をぐるっと回って帰るつもりだったが、それも悪くない。
「……ちょい遠出だけど、どうする? 昨日の疲れが残ってんなら、おんぶでもしてやろうか」
と、おどけて提案してみる。
「いくらなんでも、そこまで私はヤワではありませんよ」
「わかってるよ、冗談」
一日安静にしていないと体力が回復しない……なんて、今のシリルには無用の心配である。
「まったく、行きますよー」
シリルが腕を絡めてくる。
……そのまま、僕たちは内壁の中に向かい。
花を買うだけではなく、内壁の中にも徐々に増えつつあるお店を色々と冷やかして、帰宅するのだった。
「これでよし、と」
一輪挿しに挿した赤い花を自室の窓際に飾る。
花はシリルからもらったが、花瓶の方はシリルのものも含め僕が金を出した。
……なんか妙に高かった気がするが、これはいい品だから当たり前、らしい。
そこらで投げ売りされてる量産品との違いは僕にはわからなかったが、『いいものを見て覚えてください』というシリルの忠告に従って購入した。
まあ、苦手意識は勿論あるが、シリルと同じ視点でものを見てみたい、という気持ちはある。そのささやかな一歩というわけだ。……詩とか絵とかよりは、なんとなくとっつきやすそうであるし。
「ヘンリーさん、どうですかー? お花、飾り終わりました?」
自分の部屋へ行っていたシリルが、ノックもせずに部屋に入ってきた。
「ああ、そこの窓の傍にな」
「へえー、一気に部屋が華やぎましたねー」
ぽん、と手を叩いて、シリルが絶賛するが……
「そうか? 流石に花一つじゃそこまで印象変わらないだろ」
「はい、すみません。だいぶお世辞が入ってます」
こいつめ。
「まあま。こんな感じで、少しずつ改善していきましょー。ようやく一陣での冒険も安定してきて、こっちの生活にも慣れてきたんですから」
「そうだなあ」
なんだかんだで、リーガレオに来てから約半年。
僕たちラ・フローティアは三陣から一陣まで怒涛のように駆け上がってきた。戦場を移動するごとに環境が目まぐるしく変わり、生活に目を向ける余裕はあまりなかった。
シリルにとって居心地がいい部屋にしたい、という動機しかないが、もうちょっと部屋の中を改善してもいいかもしれない。
「ふあ……」
ふとシリルが欠伸を漏らす。
「眠いか? やっぱまだ疲れ残ってんだな」
「そうみたいですねー。すこーし体が重い気もします」
「寝た方がいいぞ。夕飯前には起こしてやるから」
と、ごくごく普通の提案だと思うのだが、そう言った僕をシリルはじとーと睨んでくる。
「……なんだよ?」
「もしかして、まーた訓練のチャンスだぜゲヘヘ、とか思ってません?」
「それは昼ので懲りたっつーの。お前が寝てるところ、しっかり見守ってやればいいんだろ? まあ、本でも読みながら」
詩集は無理だが、普通の娯楽本とか英雄譚なら僕も読む。
「うーん、それもいいんですが」
シリルはこめかみに指を当て、考え込む。
しかし、『それもいい』って、自分で言っておいてなんだが、普通寝顔を観察されるのって嫌じゃねえ? いや、僕もシリルに見られんなら特に気にしないし、そんなものか?
「そうだ」
「はいはい、なにを思いついたんだ」
「ヘンリーさん、そこのベッドに寝っ転がってください」
……まさか、また一緒のベッドで寝る気か。
冒険中の野営と変わらないってシリルは言うが、僕的には全然違うんですが!
ぐぅ、色々コトに及んだ今となっては、更にドキドキが増してしまう予感がするのだが……この宿でその手の行為はご法度だ。
「早くー」
「……わかったよ」
言われた通り、いつも寝てるベッドに僕は横たわる。シングルなのでなるべく端に寄って……
「でー、こっち側に腕、伸ばしてください」
「……はい」
「それでは、お邪魔しまーす」
唯々諾々と僕は従い、シリルはその伸ばした腕を枕にベッドに潜り込んできた。
「やっぱりこれ、なんか安心感ありますねー」
「……さよけ」
いやまあ、外の宿ではこんな体勢でトークすることもあるけれども! ここ星の高鳴り亭なんですが!
落ち着けー、なんか心臓の鼓動が早くなった気がするが、気のせいだ。
「それじゃ、おやすみなさい」
「……おやすみ」
そうして、数分もしないうちに、シリルは穏やかな寝息を立て始める。
……ええい。僕一人悶々としているのは馬鹿みたいだ。寝よう、寝る!
そう決心して、僕は目を瞑る。
……割と頭は興奮していたのだが、冒険者生活で培った『いつでもどこでも、割とすぐ眠れる』技能は伊達ではなく。
僕もいくらもしないうちに眠りに落ちるのであった。
晩飯の席で、シリルがみんなに今日のことを面白おかしく報告し。
さんざんっぱらからかわれながら、居心地の悪い食事を終えた後、ひとっ風呂を浴びた僕は自室に引っ込んでいた。
「……で、やっぱり夜も一緒か」
「当然です。今日一日、って言ったでしょう。一日は一日です」
多分そうだろうと、部屋に戻る前にシリルに一声かけると、『お待ちしておりました!』と付いてきたのである。
まあ、夜をこいつと過ごすのも今日に限らずよくあることだ。でも、今日はちょっと違う点が一つ。
「しかし珍しいな。お前が自分から酒なんて」
シリルは僕の部屋に来る時、一本のワイン瓶を携えてきた。
「はい、今日お昼寝しちゃって眠れなさそうだったので、寝酒にでもと。連休ですし」
「まあそうか」
ちなみに、僕は僕で、今日は部屋の箪笥の片隅にひっそりと置いてるウイスキーをいただく気満々である。
「あ、ヘンリーさん。私は一瓶も呑めないので、余りはお願いしますね?」
「はいはい」
そんくらいは余裕である。しかし……
「……なあ、やっぱ下の食堂で呑む方がいいんじゃないか? 狭いし」
星の高鳴り亭の部屋は、備え付けの家具はベッドと箪笥一つ。
ただ、サイドテーブルとかの貸し出しをやっていて、今日はそれを持ち込んで酒とツマミを並べているのだが……ただでさえそう広くない上に、ごちゃっとした僕の部屋にこいつを置くと、相当に狭っ苦しい。
「こういう、肩を寄せ合って~みたいなのも悪くなくないですか?」
「悪くはないけど、酒零しそうだな……まあいいか」
気にしても仕方あるまい。掃除すりゃいいし。
「じゃ、シリル、どうぞ」
「あ、どもども。では私からも」
僕はシリルに、シリルは僕にそれぞれ酌をする。
そうして、お互いグラスを掲げた。
「それじゃ、今日の楽しい一日に」
「明日からも頑張るぞー、ってことで」
チン、とグラスを交わす。
――そうして、シリルとの休日は過ぎていくのだった。
なお、結局その日、シリルは僕の部屋に泊まり。
『……ヤッてないだろうな?』
と、クリスさんからの詰問を受ける羽目になってしまったのだが。
……まあ、別の話である。




