第二百二十七話 槍使いたちの夜
星の高鳴り亭の裏手にある訓練場。
僕は額に流れる汗を拭って、右手の如意天槍を握り直す。
「次、いくぞ。ヘンリー」
今日の訓練に付き合ってくれているゼストが合図をする。
ようやく最近、一時期のシリルにべったりもマシになってきたので、頼んだのだ。
「……おう」
返事をして、ゆっくりと、フォームが崩れていないことを確認しながら全身を引き絞り、
「ほら」
「――っ、シッ!」
訓練場の端っこに生まれた光の的……ゼストの神器『ソルの盾』が生み出したそれめがけて、僕は全力で投擲。
盾の発生から投げまで今のは半秒もなかった。いい感じだ。
カァァァンッ、と硬いものに弾かれる音を立てて、的に当たった如意天槍が地面に落ちる。
「よし!」
「相変わらず投げだけは達者だな」
「だけは余計だ、だけは」
ゼストの憎まれ口に言い返しながら、槍を引き戻す。
「ゼスト、次からは二枚以上頼む。数はランダムで」
「構わんが、調子に乗って外すなよ」
「わかってるって」
ふん、とゼストは鼻を鳴らし、三枚の盾を生み出す。
それに向けて、先程よりは慎重に、二秒ほど集中して投擲、分裂させて、三枚を射抜く……いや、『ソルの盾』が生み出す光の盾は『不壊』かつ『不動』なので、抜けてはいないが。
盾が生まれる、投げる、生まれる、投げる……と、僕たちは黙々と、一時間ほどそれを続ける。
「……っぷぅ! ここまでにするか」
「もうバテたか」
「いや、体力的には大丈夫だけど、集中力がなくなってきた。下手したら外しそうだしな」
外したりしたら、僕の投槍はそのままの勢いで訓練場の外に飛んでいってしまう。一応、星の高鳴り亭の隣の廃墟がある方向に向けて投げているので、人に当たったりはしないが、崩したりしたら色々と面倒だ。
「しかし、悪いな、ゼスト。訓練に付き合ってもらって」
「……まあ、この程度構わない。お前も投げの訓練には不自由しているのだろう?」
「それなー」
……リーガレオは城郭都市である。壁の中の土地は限られており、僕が全力で投げても周りに被害が及ばない訓練場って限られている。
フローティアのように、郊外に訓練場を……とかアホなことやったら、魔物に即潰されるし。
最近、地味にフォームの崩れが気になってきていたのだ。とりあえず、この一時間でだいぶ矯正出来た。
「……まだ日も高い。今度は俺の訓練に付き合ってもらおうか」
「おう、いいぞ。どうするんだ?」
「全力で攻めてきてくれ。……すべて防ぐ。一発でも当たったら、訓練は失敗だな」
ゼストは、攻めてもそこそこ強いが、本業は防御役だ。受けに専念したゼストに攻撃を直撃させるのは、相当に骨が折れる。折れる、が、
「……今日はうちのフェリスが宿にいっから、シクっても大丈夫だ。安心しろ」
でもなー、僕が全力で攻めたら、流石のゼスト君でも厳しいんじゃないかなー!
当たり前みたいな顔で『一発でも当たったら、訓練は失敗だな』なんて言われてムカついたわけじゃないよ!
「……いつ、誰が不安に思ったと? フェリスさんの手を煩わせることはありえん。フン、ましてや、貴様相手に」
「言ったなコラ」
「言ったがどうした」
ゼストは相変わらずの仏頂面――に見えるが、ムキになっているのは一目瞭然だ。
勿論ムキになんてなっていない僕は、ニコニコ笑顔で槍を構える。
「ゼスト、いくぞてめえ!」
「来い!」
ぜってえ吠え面かかせてやる、と僕は強く胸に決意を抱き。
かつて存在したとある国の騎士であった僕たちは、意地のぶつかり合いを演じるのであった。
ゼストの防御の訓練を始めて二時間後。
「ふ……ん。どうした、ヘンリー。息が、上がって、いるぞ」
「お、お前も……だろ、ゼスト。しかも、足元フラついてる……じゃねえか」
「……これは、ちょっと変わった歩法を試しているだけ……だ」
この負けず嫌いが!
だがしかし、見るからに動きに精彩を欠いている。最初の、どっかの要塞かなんかかな? ってくらいの堅牢さは見る影もない。
二時間、ノンストップかつ全力でやりあっていればさもありなんだが……今なら、攻撃を通せる!
「いく、ぞォ……」
「こ……い」
だが悲しいかな。僕は僕で、態度には出していない(いない)が、手や足が重い。それでも気合で動き、なんとか一矢を報い……
「おーい! お前ら、いつまでやってんだー!?」
と。
そこで、第三者の声が割って入ってくる。
……この宿の連中の声じゃない?
声がした方向を見てみると、訓練場の入り口のところで呆れたような笑顔を浮かべるイケメンが一人。
「……オーウェン?」
魔将の侵攻により定員を大きく割ったサンウェストの騎士団に応援に行っていた黒竜騎士団の一人、オーウェンだった。
オーウェンは、手をひらひらとさせながらこちらにやってくる。
「よお、ヘンリー」
「お、おう、オーウェン」
手を上げるのもしんどいが、挨拶を返す。
「……オーウェン、か。こんにちは。……どうした?」
「おう、ゼストも久しぶり。いや、久々にリーガレオに帰ってきたんで、普通に知り合いに挨拶回りだけど。……訓練場でお前らがやりあってっから、終わるの待ってたんだ。いい加減、終わる気配がないから声かけたけど」
なるほど。
「……ああ、もう少し待て。今この堅物にクリーンヒット食らわせるところだから」
「ふ、ん。ここまで一撃も当てられていないやつがよく吠えた」
疲れた体を引き摺りながら、僕はゼストに向けて攻撃を――
「ああもう、やめろって。そんな状態だと怪我すんぞ」
オーウェンに肩を抑えられる。……だけで、めっちゃよろけてしまった。
む、むう。流石に、ちと張り切りすぎたか。
「……仕方ない。オーウェンをこれ以上待たせるのもなんだし、ここまでにするか」
「ああ、構わない。……俺は宣言通り全部防いだしな」
ヒク、と自分の頬が釣り上がるのを感じた。
「……次は絶対ボコる」
「やれるものならやってみろ」
僕とゼストの間に緊張が走――
「ああもう、ガキかお前ら!」
ろうとしたところで、オーウェンが止めに入った。
「……ガキではない。が、確かにこれ以上は不毛か」
「いや、とっくに不毛だったよ、お前ら」
オーウェンが呆れている。
……次の勝負は絶対に勝つ。
思えば、ちょっと一陣の冒険にかまけてて、基礎訓練が疎かになっていた。明日から、訓練時間は倍取ろう。
宿の中に戻る。と、談話室の訓練場が眺められる席に、アゲハが座っていた。
「よーう、お疲れさん。よーやく終わったか」
「……見てたのか」
「おう、面白かった。フラッフラになってた最後の方なんて特に」
チィ、余計なところを見せた。
と、若干後悔していると、アゲハが僕、ゼスト、オーウェンを順繰りに見る。
「しっかし、久し振りに揃ってんのみたなー。槍使いの三馬鹿」
んが!?
「……おい、アゲハ。俺をこの二人とセットにするな。心外な」
「それは俺の台詞だっつーの! ヘンリーとゼストは同じ冒険者で同郷だからわかるけど!」
「待て待て、心外なのは僕の方だ。なんでこの二人と一緒にされるんだ」
全員、一斉に反論する。しかし、アゲハは不思議そうに、
「? 全員同じような歳で、同じ槍使いで、似たような実力だろ? そいつらがつるんでりゃ、誰だってセットだと思うだろ」
……いやいやいや。それが本当であれば、まあ言わんとすることはわかるが。
「アゲハよ、それは誤解だ。強さでいえば、この中では俺が頭一つ抜きん出ている」
「あー、言っちゃ悪いけど、現役騎士の俺にゃ、二人はちと及ばないっつーか? だからセットってのはなあ」
「はっはっは、アゲハ。似たような実力? いやー、悪いけど僕はちょーっと次元が違うというか」
三人が同時に同じようなことを言って、ふと沈黙が落ちる。
全員、お互いを睨んだ。
『やんのかコラァ!』
そうして、異口同音に叫ぶ。さっきは止めようとしてたオーウェンも、自分を引き合いに出されりゃこんなもんだ。
一戦、全力でやれる程度には体力も回復した。こいつらをわからせてやらねばなるまい!
「……やっぱ三馬鹿じゃねえか」
そんな、アゲハの呆れたような声は僕たちの耳には届かず。
僕たちは訓練場にとんぼ返りするのであった。
「じゃ、乾杯」
『乾杯』
その夜。オーウェンの帰還記念ということで、僕たちは居酒屋で酒を酌み交わすことにした。
……別にセット扱いを受け入れたわけではないが、たまたま他の知り合いは都合がつかなくて、僕たち三人だけだ。
「んで、オーウェン。リーガレオに戻ってきたってことは、サンウェストの騎士団は持ち直したのか?」
まずは気になっていたことを聞いてみる。
オーウェンは、魔将ギゼライドによる攻勢によって犠牲になった騎士たちの穴埋めのためにサンウェストに派遣されていた。……あの決戦の当事者の一人として、気になる。
「持ち直したー、とまではな。この春に騎士学校卒業した連中がどうにか使えるようになったから、お役御免って感じだ。全盛期まで戻すのはもう少しかかりそうだった」
「そっか。ゼラト団長は元気だった?」
サンウェストの赤竜騎士団団長。あまり話をしたわけではないが、魔将との決戦の折には世話になった。
「元気元気。結構鍛えてもらったよ。グランエッゼ団長とは違う鍛え方で、勉強になった」
それはよかった。
「あー、そうそう。うちの弟とエミリーちゃんから、俺たちも元気でやってますって伝言だ。シリルちゃんにも伝えておいてくれ」
サンウェストの『賢者の塔』の短期講習で同期生だった二人、フレッドとエミリー……って、ん?
「? あれ、あの二人まだサンウェストにいるのか」
「ああ。フレッドのやつは俺が鍛えてやれるからって、サンウェストの滞在伸ばしたんだ。実戦経験積みがてら冒険者活動始めて……エミリーちゃんとペアでやってる」
ああ、なんか仲良くなってたもんな。能力的な相性もいいし、あの二人なら大丈夫だろう。
「ん? まさかあの二人、これか?」
僕は人差し指と中指の間から親指を力強く突き出し、尋ねる。
「……ヘンリー、酒の席とはいえ下品だぞ」
「相変わらずゼストは固いなあ。男しかいねえんだし、いいだろ。ただまあ、フレッドとエミリーちゃんは……将来的にはどうかわからんけど、今はそんな感じじゃなかったな」
そうかー。まあ、エミリーはちょっと……その、個性が強めだし、慣れたフレッドとなるようになるんじゃないかな。はは。
「そういう話なら、お前とシリルちゃんはどうなんだ? いい酒の肴だ、聞かせろよ」
「む、オーウェン」
「なんだい、ゼスト?」
「先程も思ったが……シリュール姫に対して、やや気安くはないか?」
……オーウェン、絶句。
そっかー、伝わってなかったかー。まあ、リーガレオで宣言したとはいえ、小国の、今はほぼ実権のない王族だしなあ。
オーウェンが、口をパクパクさせる。
「お、おい。ヘンリー? まさかゼストがもう酔っ払ったってわけじゃあ」
「んにゃ、ガチだ。シリル、フェザード王国の王族。シリュールが本名だってさ」
はあー!? と、オーウェンが声を上げる。
「ど、どういうこった? ちょ、ちょっと色々聞いてもいいか?」
「別にいいよ。代わりに、お前も話聞かせろよー」
とまあ、こんな感じで。
男三人の、馬鹿みたいな夜は過ぎていくのであった。
なお、オーウェンは騎士団の将来の幹部候補なので、部隊運用とか教導では他の二人は全然敵いません。あと社会的地位も。




