第二百二十五話 露店 後編
とうとう星の高鳴り亭の冒険者達が露店を連ねる……出店祭りの始まりである。
メインターゲットとなる冒険者はだいたい日中は冒険に出ているので、初日の今日は準備の遅れもあって日が傾き始めた時間から開始。
「よぉし、みんな。準備いいか!」
「おう、釣り銭の用意もバッチリだ。一応、領収書の準備もな」
……まさか露店での食いもんの購入に領収書を求めるやつがいるとは思えないが、まあよし。
「朝から頑張って作りました! 美味しそうでしょう!」
と、シリルが陳列された商品群を自慢する。
スコーン、パウンドケーキ、ドーナツにアップルパイなどなど……そして、目玉商品に当たるクッキー。
ついでに、保温の効果のあるポットには温かい紅茶が入っており、それとは別にその場でライブで淹れるようのティーセットと茶葉も完備。
……今回の露店のために借りたレンタルキッチンで三日前から試行錯誤し、完成した商品たちだ。
大変そうではあったが、好き放題に菓子作りや茶淹れの腕を振るえて、シリルは楽しそうだった。
量が必要なので力作業は僕も手伝わされたりしたが……まあ僕は僕で、こいつと一緒に作業するのは、幸せな感じで悪くなかった。
今更できるわけもないが、フローティアでシリルの夢だったというケーキ屋さんを二人で経営……なんて、割といい未来だったかもしれない。
「ティオちゃんのラッピングも可愛らしくていいですね!」
「……はい、ちょっと頑張りました。ラッピングというのはなかなか奥深かったです」
シリルが褒め、ティオはまんざらでもなさそうにする。
そして、フェリスは診療所で人と接することが多いので口コミでの宣伝。ジェンドは先のレンタルキッチンの手配や、貸し出された屋台がボロっちかったのでその修理。
……と、みんなで頑張って開店にこぎつけたこのお店。
最後に、宣伝文句を書いたのぼりを立てる。
「しかし、沢山作りましたが、全部売れますかねー」
「売れる」
僕は断言した。
……のぼりには『フローティア銘菓、フローティアクッキー!』の文字。
フローティアの街は、今やこのリーガレオでは超有名だ。勿論、とある女の子の出身地として。
そして、あえてこちらの思惑までは書かなかったが……花弁の砂糖漬けを散らしたこのお菓子は、ラナちゃんも好物としていたものである。
それとなーく、そんな情報を宣伝担当のフェリスに流してもらったのだ。
「んじゃ、みんな。そろそろ始めるぞ」
それぞれが頷く。
よぉし、そわそわとこっちを伺っている連中もたくさんいることだし、やるかー!
「……さっ、開店だ! お待たせ!」
僕がそう宣言するなり……わっ、と周囲で様子を見ていた客たちが押し寄せてきた。
ドドドドドド、と。物理的に地面が揺れるほどの勢いで、屈強な冒険者達が集まってくる。
「フローティアクッキー、二袋くれ!」
「こっちは三つ!」
「五つくれ、金はこっち!」
……勢いが良すぎる!
「ええい、順番に並べ! 十分用意してきたから! 全員に行き渡るから! あと、一人三つまで――何度も並んだりしたら転がすぞ!?」
僕は興奮気味の連中を必死でなだめようとするが、埒が明かない。ジェンドもそう思ったのか、
「ヘンリー、俺とお前で列整理するぞ!」
「わかった!」
僕とジェンドは店から飛び出して、押し寄せてくる群衆を必死こいて整理する。
……でかいレンタルキッチンを借りて、オーブンをフル稼働させてまで数を用意したのは、この事態が半ば予想できていたからである。
この街におけるラナちゃん人気というのはそりゃもうヤバい。
魔導結界が機能し始めてからやってきた他のみんなは実感できていなかったようだが……この街の生活の改善具合ときたら、数百年レベルでの時代格差に匹敵するといっても過言ではあるまい。
つらい労働のあとは美味い飯が食える。夜は安心して眠れる。ちゃんと適切に休日があって、娯楽も増えてきた……
……うん、命の危険がある仕事に目を瞑れば、かつてと比べれば天国かな? って具合だ。
とまあ、そんなわけで。割とガチのマジに崇めているようなやつもいるラナちゃん。その彼女の出身地の銘菓、しかもラナちゃんも好物だという菓子を用意すると……まあ、こうなるわけだ。
「はい、こちらお釣りです。そちらのお客様はクッキー二つですね? はい、それでは……」
ジェンドと同じく実家が商会で、計算が早いティオが客を捌いていく。
「これは、予想以上だね。今のうちに、レンタルキッチンに置いてる在庫を持ってくるよ」
「ああ、頼んだ!」
商品の運搬はフェリスに任せ、引き続き僕たちは店を回していく。
今がまさにかきいれ時、ジャンジャン稼ぐのだ!
「あのー、紅茶もどうですかー? ……これはしばらくは出番なさそうですねえ」
お茶担当のシリルはちょっとシュンとなりつつ、ティオの手伝いに回っていたが……その、スマン。
一時間程経つと、開店直後に来るような筋金入りがようやっとはけて。売れ行きは好調なものの、最初の目の回るような忙しさはなんとか峠を越した。
「フローティアクッキーとドーナツください。……あら、紅茶もあるの? じゃ、安い方もらおうかな」
「はい、承りました!」
急遽足りなくなりそうになった釣り銭を確保に行っているティオの代わりに、シリルが接客する。
なお、物珍しさからか紅茶もコンスタントに売れてきており、シリルも笑顔である。
多分、戦いを生業にはしていない一般の女性客が、シリルから使い捨てのカップに入れた紅茶を受け取って列を離れる。そうして、一口飲んで。
「ん、美味しい」
思わず、といった感じに感想を零した。
列整理に回っている僕に、そのお客さんは近付いてきて、
「ねえ、しばらくはここでお店出すの?」
「一週間出します。明日以降は昼すぎから」
「ありがとう。……高い方も気になるから、また来ます」
じゃあ、とお客さんは去っていった。なんとなく、味のわかる人なのかな、と思う。味のわからない僕が言うのもなんだが。
そうしてしばらく。
ティオも戻ってきて、女性三人が接客。僕が列整理兼、女ばかりだからって不埒な真似をしようとする輩への牽制役をこなしていると、
「今戻った」
「おう、ジェンドおかえり」
休憩していたジェンドが戻ってきた。
「ヘンリー、次の休憩行ってきていいぞ」
「ああ。じゃ、こっちは頼んだ」
最初こそ、全員がフル稼働でないとおっつかなかったが、今はそうでもない。宿の仲間がどんな店を出しているのか気になることもあり、こうして一人ずつ休憩しているのだ。
「なんか面白い店とかあったか?」
「そうだな……スターナイツの人らが出してたのはインパクトあったな。でかい塊肉を回転させながら炙って、焼けた表面を削ってパンに野菜と一緒に挟んでた」
なにそれ見てみたい。
「あとは……って、自分で見てきた方がいいんじゃないか? ほら、俺から話すと驚きも半減だろ」
「それもそうか」
ジェンドの意見ももっともだ。これ以上ネタバレを聞くのはやめて、自分で回ってくるとするか。
星の高鳴り亭では、露店の内容については当日までできるだけバラさない……みたいな暗黙の了解があるのだが、こいつは楽しみになってきた。
「ああ、ただ……」
「ただ?」
ニヤリ、とジェンドが会心の笑みを浮かべた。
「ぱっと見たところ、客の集まりでいえばウチがトップクラスだ。この調子で、明日からも頑張ってこう」
「ははっ、了解! じゃ、休憩いってくる!」
ウインクして親指を上げるジェンドに僕も同じように返して。
僕は露店巡りに繰り出した。
しかしまあ、ジェンドもはしゃいじゃって。……うん、冒険とは違った達成感というか、やりがいがあるというのは同感だが。
「ふむ、ふむ」
露店広場の喧騒の中を歩いていく。
星の高鳴り亭の面々には特別感があっても、週替りで別の宿が露店を出すのはリーガレオの日常風景だ。この広場全体の客入りは普通……最初のうちの店のは、やっぱ例外だな。
「おう、ヘンリー。お前んところも店出してたけど、休憩か? 一本買ってけよ」
「んにゃ、他に気になるところあるかもしれないからな。一旦パース」
「ちぇぇ、冷てえやつ」
肉の串を売っている知り合いを適当にあしらって、更に店を冷やかしていく。
……っと、お? あそこで鉄板で腸詰め焼いてるの、アゲハだ。
手伝いのユーが、紙のパックに焼き上がったのを……えーと、多分野菜の酢漬けかなんかと一緒に詰めてる。
……また、アゲハに似合わず無難なところを攻めたな。
うちの宿のやつが酒を出さなくとも、本業にしている露店の酒売りはいる。冷えたエールと腸詰め、付け合わせの野菜が揃えば無敵といっていいだろう。
ちょいと観察すると、大繁盛とまではいかないが、ちょいちょいと客が入っている。
「よう、アゲハ! やってんな」
客の途切れを狙って、手を上げながら近付いていく。
「げっ、ヘンリー」
「……げっ、とはなんだ。ほれ、一つ買ってやるから。ユー?」
「はいはい、一つ五十ゼニスです」
「ユー、こいつからは十万くらいふんだくってやれ!」
どういう暴利だ、馬鹿。
ユーに定価を渡し、パックを受け取る。
……今は丁度あまり人が来ない時間らしく、少し雑談していくことにした。
「どうだ? 売上の方は」
「ぼちぼち、ってところですね。ヘンリー、貴方のところは……とは聞きませんよ? 噂になっていますから。すごく繁盛している、と」
あ、やっぱり噂になってるか。
……いい傾向だ。そういう噂は巡り巡って更に広がり、明日からの営業にも大いに貢献してくれるだろう。
「ああ。まあ、僕の素晴らしいアイデアがあってだな」
「それも知っています。ラナさんとやらの知名度を利用したのでしょう」
「心外な。僕たちは『ラ・フローティア』だぞ? 地元の銘菓を再現して売ってなにが悪い」
……いや、本当にあそこが地元なのはジェンドとティオだけだけど。こう、魂のふるさと、的な。
ラナちゃんが好物、という話は。まあフローティアの話をリーガレオでするのであれば、話題にして当然だよな!
「悪いけど今年のエトワールはもらったかもな」
「あら、強気の発言ですね。初日は出遅れましたけど、まだまだ勝負はこれから。有名人にあやかった一過性の客入りで終わらないようにせいぜい頑張ってください」
ユーが挑発してくるが……ふっ、その点も抜かりはない。
割と甘い物好きな僕も太鼓判を押す出来だ、シリルの作った菓子は。リピーターも付くに違いない。
「……ユー。本気で、エトワール取りに行くか?」
「ど、どうしました、アゲハ。急に」
珍しく無言で僕たちの話を聞いていたアゲハが、真剣な声色でユーに問いかける。
「いいから。本気で、協力してくれるか?」
「そ、それは勿論。日中は診療所の方に詰めないとだけど、シフト調整して夕方からなら手伝える……って、伝えましたよね?」
それを聞いて、アゲハはぽん、とユーの肩に手を置く。
「ユー、アタシは負けたくない。だから、お前を見込んで頼む」
「は、はい。そ、そこまで本気だったんですね……」
「……明日、チョーセクシーな水着調達してくっから、それ着て接客してくれ! 色香に釣られたアホどもが押しかけてくるから!」
「ハッ倒すぞ!?」
……ユーのキレ芸に巻き込まれないうちに、僕はその場から立ち去ることにした。
なお、一週間の結果。
味がよく、見た目が派手なスターナイツの店が徐々に売上を伸ばし、僕たちは惜しくも二位に終わってしまった。
「……来年は、勝つ。これから戦略考えとかないと」
しかし、ジェンドはこれに商売人のプライドを傷つけられたらしく。
今から『来年』の算段をつけていたが。
……まあ、みんな楽しんでいたので、僕としては問題はない。




