第二百二十四話 露店 中編
さて、星の高鳴り亭出店祭りに参加することに相成り、早速僕たちは翌日から動き始めた。
その日の冒険は早めに切り上げ、ジェンドは昨日言っていたように馴染みの商人のところへ。残りのメンバーは、各自露店が出ているいくつかの広場に散って市場調査である。
どのような種類の店があるか、人気店は、人が多い時間帯は……などなど、ジェンドが書いたチェック観点メモを片手に、調べていく。
そうして、僕の担当の広場を調査し終えたら、丁度集合時間が近くなってきたので星の高鳴り亭に帰還。
僕以外にもほぼ時間通りに帰ってきた面々で、食堂で作戦会議である。
まず、情報収集組の報告。
「僕が行った広場だと、ホットドッグとか焼きそばとかの主食系が三割、肉串とか揚げもんなんかのおかず系が四割、残りが甘味とかくじとか、その他って感じだった。売れ行きは、見た感じどれが突出してる、ってわけじゃなかったな。……ああ、酒売ってるトコはバンバン売れてたけど」
星の高鳴り亭は、酒出したらエトワールなしのレギュレーションでやってるが、違うルールだったり、あるいはそもそも競争していない宿が出しているのだろう。
大雑把な説明のあと、細かいところを補足して、一旦僕は説明を終える。
「はい! それでは次は私からー」
シリルが手を上げ……そうして、順繰りに報告していった。
まあ、シリルたちの調査結果も僕と似たりよったり。一部、繁盛店はあったようだが、内容は無難なもので、恐らく味やらなにやらで人気を博しているのだろう。
「そっか。まあ、あと何日か継続調査だな。日によっても違うかも知れないし。……それに、明日は俺も調査に回るからな!」
調査結果を手帳に取りまとめていたジェンドが総括する。
……最初は乗り気じゃなかったのに、今やこの中で一番ウキウキしているように見えるのは恐らく気のせいではあるまい。
「それで、ジェンド。仕入の方はどうだった? よさげなのあったか?」
「ああ、あったというか……まあ、大体は揃いそうだ」
ジェンドが別のメモを取り出し、読み上げていく。
小麦粉、砂糖、塩、卵なんかの基本に、肉、野菜類。油、ソース、その他調味料……
「今んところ、特に安い素材ってものはなかった。……逆に困るな、これ」
「だなあ」
多分、他の連中の仕入も大差はないはずだ。抜きん出るのはなかなか難しい。
僕は本来であればそこそこ楽しめればいいのだが、アゲハのやつに挑発された手前、売上ナンバーワンを目指している。あんの首刈り馬鹿にマウント取られるのは我慢ならん。
……とはいっても、一朝一夕で素晴らしいアイデアが浮かぶわけではない。
うーん、と頭を悩ませていると、シリルが手を上げた。
「はいっ。少々意見いいでしょうか」
「ん、どうぞ、シリル」
「皆さんの報告を聞いてて思いましたが……やはり、甘いものを出しているお店が少ないって印象です。冒険者は男性が多いですし、お酒のつまみを求めてる人が多いので当然かも知れませんが。甘味を求めている人も、きっと少なからずいるはずです。ってことで、どうでしょうか、お菓子屋さん」
シリルの意見を聞いて、ふむ、とジェンドが考え込む。
「まあ、明日以降の調査次第だけど……シリル、どんな菓子を出すつもりだ? 昨日も言ったが、生クリームを使ったケーキとかは厳しいぞ」
「作り置きできるクッキーとかスコーンとかの焼き菓子を考えています。ついでに、紅茶でも提供して露店でティータイム……なんて目新しくないですかね。私、肉串とエールより、こっちの方が落ち着くんですけど」
ほむ。
確かに、焼き菓子くらいであれば売ってる露店は少ないながらあるが、茶まで出すようなスタイルの露店はあまりないかも知れない。
「紅茶かあ……いいかもな。シリル、お前確か茶を淹れるの得意だったよな」
「ふふん、ヘンリーさんは何度も味わってご存知でしょう? プロとまではあえて申し上げませんが、ご家庭レベルであればシリルさんはかなりの腕前だと自負しております」
サンウェストでの同居時代、毎日のように淹れてもらったので知っている。最初は味の違いなんてわからなかったが、まあ、すこーしは判別できるようになった……なったんだって。
と、僕とシリルが話をしていると、ジェンドがなにやらメモ書きに数字を書き込んでいる。
……ちらっと見てみると、今の話聞いて利益率とか概算で出してるようだ。
そうして数字を叩いて、うーん、とジェンドが難しい顔になる。
「悪くないとは思うんだけど……こう、もう少しインパクトというか。客寄せになるようなものがあればなあ」
「おや? おやおやおや? ジェンド、なにかをお忘れでは?」
「んだよ、シリル?」
ジェンドのボヤきに、シリルは『おいおいお前さんわかってないね』と言わんばかりに、呆れ顔になり……自分と、次いでティオ、フェリスを指差す。
「ご覧ください! こんな綺麗どころが売り子をするんです。それだけで、お客様はバンバン来るのではないでしょうか!」
どうだ恐れ入ったか……といった風情の顔で、シリルが断言する。
いや、うん。確かにシリルの言うことは間違ってはいない。綺麗なお姉さんが売り子をしている店とむくつけき男が接客をしている店とでは、男は普通前者を選ぶだろう。
ただなあ。ちょっと、それは厳しいと思う。
「……いや、シリル。言ってることはわかるが、それって本来のターゲット層と全然合ってないよな」
シリルの案を、ジェンドが切って捨てた。
あー……僕の考えていたこととは違うが、ジェンドの言うことももっともである。
色香に釣られてくる客と、お菓子とお紅茶を求めてくるような客は多分殆ど被っていないだろう。効果がないわけではないだろうが、少し厳しいものがある。
……それに僕の懸念もある。その手の手管であれば、上がいるんだよなあ。
「シリル、あっち見てみろ」
「はい?」
僕は、食堂のテーブルの一つを指差す。
そこについているのは、昨日この出店祭りで宣戦布告をかましてきたアゲハと……そして同じテーブルに、救済の聖女さんがついていた。
恐らく、僕たちと同じく作戦会議をしているのだろう。どうやら、今はフリーであるあの二人は今回組むようだ。
つまり、ユーが、売り子に立つ。
「……ユーは、あの通り、遺憾ながらツラに関しては文句のつけようがなくて。ついでに、知名度や人気って意味じゃ、エッゼさん、ロッテさんと張り合うレベルだぞ」
このリーガレオにおいては、その二人をも凌ぐかもしれない。なにせ、直接命を救われたやつが数え切れないほどいるのだ。
「は、ははは、反則では!?」
「……いや、ユースティティアさんも診療所があるから、いつも出るわけじゃないと思うけど。でも、確かに売り子としての戦力は絶対に敵わないね」
ふう、とフェリスが肩をすくめる。
「それに、有効なのはわからなくもないですが、私はちょっと気乗りしません。見世物みたいな扱いは……」
「あー……ティオちゃんがそう言うのなら、今の案はナシで」
シリルが手でバツを作る。
ふむ、さてそうするとどうするかな……と考えていると、ティオが遠慮がちに小さく手を上げて発言する。
「あの。露店に並んでいた酒は、安酒ばかりでした。ちょっといいお酒も置けばいいのに……と私思ったんです。いっそ、紅茶の茶葉もいいのを揃えてみれば目玉になるんじゃ」
……こいつ、昨日も屋台酒発言もそうだが、目線が飲兵衛すぎる。
「あー、酒と比べりゃ、茶葉は保管は楽だしな。並品は作り置きしといて、高いのはその場で淹れるとか。あまり売れないかもだけど、目は引きそうだ」
しかし、意外なことにジェンドにとっては悪くない案だったらしい。
……?
「ジェンド、いい茶葉なんて手に入るのか?」
そういうのは、内壁の中の喫茶店とかに優先的に卸されていると思うが。
「ん? ああ。まあ、量は確保できないだろうけどな。確か見せてもらった商品のリストにハイランドの茶葉があったぞ」
そのハイランドとやらがどこで、どんな茶の産地かは知らないが、
「そっか……」
少し感動した。
冒険者の出す露店で、そんなものまで扱えるなんて。
さっきジェンドが仕入れられる食材を報告してくれた時も思ったが……昔とは全然違う。
以前は、時期によっては食材のバリエーションが全然なくて、広場全部芋の展覧会みたいになっていたことさえある。揚げ芋、焼いた芋、ふかした芋、潰した芋、芋、芋、芋……って感じで、ほぼ味付けだけの勝負になったりしていた。
……ああ、魔導やらなにやら駆使して、芋で酒作って売ったやつもいたっけ。
あれは意外にいい味で、健闘を讃えて例外的にエトワールを贈られたんだったか。結婚を機に、実家の酒造を継ぐために後方に下がったが、元気でやってるかね。
――いやいや、思い出はともかくだ。
やはり、流通が復活したのは大正義である。リーガレオに来てから何度もやったが、今一度フローティアのラナちゃんを拝んどこう……
「あ」
「? どうした、ヘンリー。なにかいい考えでも浮かんだか?」
そうだった……僕たちは『ラ・フローティア』。このアドバンテージを活かさない手はない。
「シリル、お前あれ作れる? あれ」
「あれじゃわかりません。なんです?」
ふっふっふ、と僕は勝利を確信した笑みを浮かべ。
自分の考えを、みんなに披露するのだった。
前後編で終わらせるつもりでしたが、予想外に長引きました。




