第二百二十三話 露店 前編
くたくたになりながら、星の高鳴り亭へと僕たちは帰還する。
今日も疲れたが、それに見合うだけの魔物を倒した。報酬もホクホクである。
「はあ~、疲れました。早くお風呂に入って、ご飯食べて。今日は早めに寝ましょう」
「ああ。明日も冒険行くんだから、特にシリルはゆっくり……うん?」
談話室にある掲示板に人が集まっている。
あの掲示板は、宿の全体清掃のお知らせとか、ゴミ出しの日とか、地域のイベントとかが掲示されるくらいで、普段はそんな人が集まることはないんだが。
「なんだろ、珍しいな」
「ああ。もしかしたら重要なお知らせなのかもしれない」
「そうだな。早く汗を流したいのは山々だけど、先に確認していくか」
ジェンドとフェリスの言葉ももっともなので、僕たちも掲示板に向かう。
そんな深刻な雰囲気でもないので、なにか危険な魔物の発生とかそういう内容ではないみたいだけど……
「よぉ、ラ・フローティア! おかえり! アタシは負けねーぞ!」
「……ハナっからテンションたけーな、アゲハ。なにが負けないんだよ」
掲示板に群れ集っていたアゲハが、こっちに気付くなりデカイ声を上げる。
つーか、いつ勝負を始めたんだ、僕たちは……
「決まってら。今年の『エトワール』の称号はアタシんだ!」
ででーん、とアゲハが宣言する。
他のみんなはなんのことやらと首を傾げているが、僕はそれで察した。
「……ああ、あれかあ」
気炎を上げるのはいいけど、うちが参加するかどうかはみんなと相談しての話だ。
「? ヘンリーさん、なんですかその、エトワール? ってやつ」
「掲示板を見てみろ」
「……人が多すぎて見えないんですけど」
身長の低いシリルじゃ無理か。
仕方ない、と僕はシリルの脇を抱え上げ、見えるようにしてやる。
「おおー、高いですね! ……ん~、なになに? 『第八回星の高鳴り亭出店祭り』?」
「なんですか、それ?」
シリルが掲示されている内容を読み上げると、ティオがハテナ顔になる。
「ちょっと待ってくださいー。詳細も書いてありますけど、文字が小さくてよく見えなくて……」
そう言われると、ティオが一つ溜息して軽くジャンプ。そうして、自分の目で掲示板の内容を見る。
「……成程、要は一定期間、ここの冒険者で露店を出すわけですか」
「そうそう。参加は任意だけどな。で、一番売上を上げた店には、エトワールの称号が贈られる」
「ティオちゃん、一瞬でよく読めますね……でも、エトワール? それって、なんの意味が?」
「なんの意味もない」
ええ、とシリルが引く。
……いや実際、この宿の中でしか通用しない称号で、しかも別段優勝したところで賞品の類があるわけでもない。出店期間中の露店の売上なんて、今のうちのパーティの一日の稼ぎにも到底届かないだろうし。
しかし、なんとなくカッコいい。他の連中に勝ったらマウントを取れる。そんな理由で、真剣に参加する冒険者パーティはそこそこいる。
「……俺も読んだけど。なんで冒険者の宿がそんなことするんだ?」
「あー、じゃあその辺の経緯含めて、風呂上がったら軽く教えてやるよ。大した知らせでもなかったんだし、先に汗流そう」
そう、僕はみんなを促して。
僕たちは、星の高鳴り亭名物である大浴場へと向かうのであった。
風呂上がり。
飯も食い終わって、食後の茶などをシバきつつ、僕は解説を始めた。
「まず、みんな知ってると思うけど。露店がある広場の店って、入れ替わり激しいよな」
「激しいっていうか、一部のお店以外は殆ど週替りなような」
「うん。で、その入れ替わってる店って、今回みたいに宿が主導して冒険者が店出してるんだよ」
形態は様々である。星の高鳴り亭みたいに露店同士を競わせるパターン。宿の冒険者全員で協力して、大屋台を作るパターン。やりたいやつは好きにしろー、って放任パターン。
そして、なんでそんなことをするのかというとだ。
……今でこそ事情が変わったが、僕が冒険者を始めた頃はこの辺りに露店なんてほぼなかった。
当たり前といえば当たり前で、魔物の侵入が当然のように起こる地域に、普通の神経をしていたら露店なんざ出さないだろう。
しかし、露店での買い食いといえば冒険者の定番である。
グランディス教会に酒場はあるし、宿に戻れば味は別にして腹いっぱい食えるが……それはそれとして冒険帰りに露店で一杯引っ掛けたい、気軽に小腹を満たしたい、行きつけの店の嬢に土産でも、みたいな需要は大いにあった。
当時、この辺で商売をしていたのは冒険者の宿の人くらいで。
なんか出店でも出してくれねー? と、色んな冒険者が要望した結果……
『そんなに露店が欲しいんだったら、音頭は取ってやるから自分たちでやれ!』
とまあ、こうなって。
今のように、週替りで冒険者たちが露店を出すスタイルが確立したのである。
なお、グランディス教会とも話はつけてある。冒険に出るか出ないかは冒険者の自由ではあるが、あまりにサボりすぎると本来はお小言の一つもあるのだが……露店期間は、その宿の冒険者が店の方にかまけてても、なにも言われない。
なお、売れ行き好調な場合、そのまま冒険者やめて露店を本業にするやつもいる。入れ替わっていない店は大体このパターンだ。
「……いや、なんでそうなったんだよ」
ジェンドが呆れている。
「あー、まあ、店を出す方も、娯楽みたいな面があるんだよ。冒険、休暇、冒険……の繰り返しじゃ、悪い意味で慣れちゃうからな」
そこで、普段とはまったく違う活動をすることでリフレッシュできる……らしい。僕はよくわからんが、ニンゲル教の治癒士からそんな意見があったとかなかったとか。
「ああ、そういう話はセントアリオでも聞いたことがあるよ。アルヴィニア大学の学生さんが、研究成果を一般に発表する場――と、称して、出店やらなにやらを出す大学祭っていうのがあった。学生の息抜きも兼ねていたらしい」
フェリスがぽん、と手を叩いて発言する。
「んー、まあそんな感じだ。で、どうする? 参加するか?」
僕はかつてここに滞在していた頃は、所属しているパーティリーダーの方針に従って、参加するしないを決めていた。
出したい、出したくないという強い気持ちがあるわけでないので、みんなの意見を募る。
「いや、どうするもこうするも……そりゃ、楽しそうだとは思うけど。今はそれより冒険の方を優先しないか?」
「ジェンドはこんなことを言ってますが、私は参加に一票です!」
シリルが力強く断言する。……まあ、こいつはそうだよな。
「私も……アゲハ姉に宣戦布告されましたし、逃げたと思われるのは嫌なので」
「うーん、ジェンドもこの前は休んだけど、まだちょっと前掛かりすぎるしね。一息入れる、いい機会じゃないかな。私個人としても興味があるし」
ティオ、フェリスも賛同する。
「う……いや、だからって、期間は一週間もあるんだぞ? なあ、ヘンリー、まずくないか?」
「いやあ、みんな乗り気みたいで良かった! 僕もやりたいなあ、って思ってたんだ!」
……女性陣が全員参加の方向。男女比的に男が劣勢の我がパーティにおいては、乗っかっておいた方がいい。ささやかな保身である。
「あ、くそ。……ええい、わかった、わかったよ。俺も賛成する……ったく」
憮然としながらも、ジェンドは観念したようだった。
「じゃあ、どんなお店を出しましょうか! ケーキとかにします? 私、沢山焼きますよ! なにを隠そう、私、子供の頃の将来の夢はケーキ屋さんでして!」
「待て待て、シリル。そういう生ものを露店で出すのは、傷んだりするからダメだ。冷蔵ショーケースの魔導具でも借りれればいいけど、経費がかかりすぎる」
目を爛々と輝かせたシリルの提案を、ジェンドが即座に却下する。
……まあ、ケーキはないな、流石に。
「むう、じゃあジェンドはなにがいいと思うんですか?」
「その辺は諸々確認してからだな。ヘンリー、鉄板とかの機材は借りられるのか?」
「ん、ああ。普通の露店で使うようなやつなら、大体は大丈夫だ。流石に冷蔵ショーケースはないと思うけど」
この辺りの街区――リーガレオ南三番町の共用物である。ここにある宿の冒険者であれば、普通に借りられる。
「んじゃ、あとは仕入と相談だな。リーガレオで何人か懇意にさせてもらっている商人がいるから、明日にでもちょっと聞いてみるよ」
……一度決まったら、ジェンドはテキパキと動き始める。というか、手際いいな。
「ジェンド、実はこういうの慣れてる?」
「俺の実家のこと忘れてないか? フローティアの祭りじゃ、うちも出店を出してたからな。冒険者になる前は、毎年手伝いに駆り出されてたんだよ」
あー、そうなのか。確かに思い返してみると、フローティア花祭りでも、ジェンドの家が出している店があったような気がする。
っと、花祭りといえば、
「そういえば、ティオんちも花祭りで露店出してたよな。団子。あれはどうだ? 美味かったし」
「うーん、あの時に出していたお団子は米粉を使ったものでして。この辺りでは一般的ではないので、材料が手に入りにくいかと」
そっか、残念。
「でも別に、食べ物だけに限っているわけじゃないんでしょう? であれば、お酒とつまみを楽しめる屋台というのはどうですか。リシュウによくあるおでん屋台で一杯、というのはなかなか乙なものですよ。あんな感じで、是非」
ティオ、普段より明らかに口数が多い。
「酒は売れすぎるから、出した時点でエトワールの資格はなくなるぞ。別にそれでもいいなら、やってもいいけど」
「……残念です。私の考える最強の屋台酒を再現しようかと思っていたのですが」
まだ成人になってないのに、なにを妄想してんのこいつ。
「だから、仕入次第だって。安く買える材料に沿った品を出すべきなんだから……」
「はは、ジェンド。もっともな話だけど、こうしてあれこれ話すのも楽しいからいいじゃないか。私は……そうだね、りんご飴とかどうだろう?」
「果実類は高いと思うぞ」
「なに、言うだけならタダさ。ジェンドはどんなのがいい?」
「……焼きそば、とか」
なんだかんだ、みんなの盛り上がりに引きずられてジェンドも楽しめそうな様子だ。
……さて、僕はどんな案を出すかね。
そんな風に、他のパーティと同じようにラ・フローティアは盛り上がりつつ。
その日の夜は過ぎていくのであった。




