第二百二十二話 リーガレオの診療所
「えー、と、いうわけでだ。ジェンド、フェリス。お前ら、最近休まなさすぎ。リーダー命令、今日は二人で休日を謳歌してくるように」
と。
休みの日の朝食の席で、またぞろ自分は臨時パーティ、自分は診療所の手伝いなどとほざき始めた二人に対し、僕は断固とした口調でそう忠告した。
「って、どういうわけだよ。ああいや、わかってる、自覚はしてる。でも、最近ようやく色々掴み始めたところでな……」
「だから、そろそろ休んどかないと、それを掴み損ねかねないって言ってんだよ。これ以上ゴネんなら、物理的に眠らせるぞ」
「う……」
腰の、ナイフ状にしている如意天槍に手をかけた僕を見て、ジェンドが顔を引き攣らせる。
そりゃまあ、僕も大概、冒険者としてはお行儀がいい方――いや、本当に――なんだけど、やると言ったらやるって程度は、ジェンドも知っている。そして、確かに最近強さを増しているが、まだ本気になった僕に勝てるほどではない。
それに、
「そうですよー。私から見ても、そろそろ……というか、とっくにオーバーワークです。休んでください。私、今回ばかりは、ヘンリーの味方ですからね? 逃げられるとは思わないことです」
……今回、フェリスの説得にあたってユーに同席してもらっている。どんだけ不意を打たれようとも、こいつの強化を受ければ秒で捕まえることができるぞ。
「うぐ……」
「ちなみに、休むふりしてこっそり行こうとしたりしたら……」
「……こんなことで誤魔化したりするつもりはねえよ」
日常の中の他愛ない嘘であればともかく、こういった場面での虚偽は僕たちの信頼関係を大きく揺るがす。
まあ、ジェンドがそんなことをするとは思ってはいないが、念の為な。
「……うん。ジェンド、私も賛成だよ。自覚はしていないかもしれないが、昨日の冒険でもいつもより動きに精彩を欠いていたし」
「そ、そうだったか? よ、よく気付いたな」
「ふふ、私はいつも君を見ているからね」
と、フェリスは茶目っ気を見せてウインクする。ジェンド、顔を赤くしてる。
……全身がかゆくなってきた。あと、今飲んでる珈琲のブラックがなにやら甘ったるい気がする。
「唐突にイチャつかないでくれ、おい」
「ヘンリーさんに言う資格はないと思いますが。さっきシリルさんなにしましたっけ」
僕がツッコミを入れると、ティオが冷たい目でこちらを見てくる。
……なお、シリルは今いない。速攻で朝ごはんを食べて、『二度寝してきふぅ~』と半分寝ぼけながら自室に戻っていったのだ。
なお、立ち去る際。僕の頭をぐわしっ、と抱きしめ『じゃ、おやすみなさーい』と髪の毛をぐしゃぐしゃしていった。
「……あれは別にイチャついていたわけでは」
「そうですか、ヘンリーさんがそう思うのであればそうなんでしょうね」
……おい、なんか口に出していないのに『お前の中ではな』って言われた気がするぞ、今。
僕が凹んでいると、考え込んでいたジェンドが一つ溜息をついた。
「あ~~、わかったよ。今日は休養にあてることにする。……ったく、みんなでよってたかって」
「それだけ心配されているということだよ」
「へいへい」
ジェンドはちょい不貞腐れているが、そこはフェリスがいい感じでフォローしてくれるだろう。二人揃っての休日、どうせ一緒にいるんだろうから……
「さて、話がまとまったところで。ユースティティアさん、診療所へ行きましょうか」
「待て待て待て待て」
と、自然と立ち上がってユーに話しかけるフェリスを止める。
「フェリス、話聞いてたか? お前も休むんだよ」
「……いや、しかしね、ヘンリーさん。診療所のお仕事はそこまで体力は使わないし……平気だよ」
「気疲れとかそーゆーのもあるだろ」
人間は、休みなしで延々と働き続けられたりはしない。一時的にできたとしても、必ずどこかでしっぺ返しを食らう。
その辺りは、僕なんかよりフェリスのほうがよっぽど詳しいはずだ。
そして、冒険者稼業はそのしっぺ返し一つで命に関わるのだ。これ以上休まずに働きに出るのはまかりならん。
「そうですよ。フェリスさん、最近私より休んでないですし。みんな内心心配しています」
「ゆ、ユースティティアさんまで……」
ユーにまで説得されて、フェリスがたじたじとなる。
「でも、いつも人手不足ですし、やっぱり」
「おっと、最近は怪我人は少ないって、ユーに聞いてるぞ。その言い訳はなしだ」
現在、恐らく魔国の先鋒を任されているのは、前にやり合った魔将ランパルドだ。あいつは魔物を生み出すのが苦手で、自然発生した魔物をせこせこ溜めているとか言っていた。
今も同じく、そうしているんだろう。ここ最近は、魔国から来る魔物は手ぬるい。
……つまり、怪我人もいつもより少なくなっているのだ。治癒士が貴重とはいえ、フェリス一人が出ずっぱりにならないと診療所が回らないなんてことはない。
「う……いや、治癒魔導は不要でも、診療所には他にも色々雑務があるんだ。シーツやタオルの洗濯とか、消耗品の買い出しとか。あと、余裕のある今のうちに色々痛み始めている建物を補修しようっていう話も……」
「はい、その通りですが、その辺りはフェリスさんの仕事ではありません。休んでください」
「ユースティティアさ」……つべこべ言わず、休め」
なおも言い訳をしようとしたフェリスを、ユーが命令口調で切って捨てる。……出たよ、キレかけると露呈するユーの雑いところ。
普段おとなしそうな振りをしているユーの威圧に、フェリスは絶句してカクカクと首を縦に振る。
いや、実際キレたユーは怖いんだよね……僕も、ガチギレしたユーを前にしたら、回れ右して逃げるか、土下座してワンチャン許しを請うことになる。
「いい子ですね。まあ、安心してください。人手についてはアテがありますので」
「そ、そうですか……は、はい、わかりました」
まだちょいビビっている様子だが、フェリスがなんとか返事をする。
「あー、そういうことなら。フェリス、午前はゆっくりするとして、午後からどっか行くか」
「そう……だね。うん、いいよ」
ジェンドがデートに誘い、フェリスが快諾する。
……うーん、休憩(意味深)するのはいいけど、余計疲れを溜めないようにして欲しいところだ。ジェンドの自重に期待しよう。
「んじゃ、そういうことで。僕も今日は二度寝して――」
「ちょっと待ちなさい、ヘンリー」
部屋に帰ろうと立ち上がった僕の腕を、ユーが引っ張る。
「? なんだよ」
「いやー、先程フェリスさんが言ったでしょう? 診療所の建物、痛み始めてて補修を考えているって。屋根とか、高い場所はちょーっと危ないですし。他の雑務の手が足りないのも本当でして」
あ、こいつ。さっき、人手にアテがあるとかなんとか言っていたが、
「……言いたいことははっきり言え」
「はい。指名クエスト発行するんで、ヘンリー、うちの手伝いお願いします」
やっぱりかよ、畜生。
「おーい、ユー。突貫工事だけど、屋根回りは全部直したぞー」
と、僕は屋根の上から、診療所の庭で洗ったシーツを干しているユーに声をかける。
「ありがとう」
「でも、素人仕事だからな? まだ持つと思うけど、そろそろ本職の大工に頼んで建て直した方がいいと思うが」
南門近くに立地する診療所は、魔物に破壊されることも多々あった。そのため、割と適当な作りだったのだが……それも事情が変わった。
魔物の侵入もほとんどなくなったのだから、これを機に頑丈な建物を建てればと思う。
「うーん、しばらくは無理ですね。予算の関係ではなく、職人さんの予約的に」
「あー」
……大体、外壁の建物は、魔物によくぶっ壊されるという事情は大なり小なり同じで。
どうせ壊されるのだからと、殆どの建物は冒険者や兵士が、腕力と体力にまかせて作ったものである。
それで特に問題なく回っていたわけだが、魔物に壊されることがなくなって、まともな建物の需要が増えているというわけだ。
で、最前線の危険な街に、これまでさほど需要のなかった大工さんがどれほどいるかというと……
「まあ、今は教会とか役所の出張所とかを今順次建て直しているそうですから。そちらが終わったら、ですね」
「そういや、七番教会も近々補修が入るんだっけか」
お知らせの掲示板に貼ってあった、確か。その時はふーん、で流したけど。
「っと、おしゃべりしている暇はないんでした。……ヘンリー、シーツ干すの、手伝ってください」
「はいはい」
僕は屋根から飛び降りる。
籠に入った洗いたてのシーツをピシッ、と広げ、庭にある物干し用のロープにかける。
二人がかりならばすぐだった。すべてのシーツを掛け終わり、ふう、と額を拭う。
風になびく真っ白なシーツは、見ているとなんとなく爽やかな気分になる。
「ほら、ぼーっとしてないで。中行きますよ」
「はいよー」
診療所に入ると、すぐにユーはとあるベッドに呼び出される。シーツ干しはあいつの休憩も兼ねていたので、次の患者さんの癒やしってわけだ。
「ヘンリー! こっちの道具、煮沸消毒お願い!」
「っと、了解!」
顔見知りの神官の一人が、いくつかの医療器具を僕に押し付けていく。
僕は手近な器に《水》+《火》で熱湯を張り、それらを投入。更に《火》を重ね、ぐらぐらと沸騰させた。
診療所にかけてある時計を見ながら、必要な時間消毒。終わってから、先程の神官さんに戻し、
「ヘンリー! こっちこっち! 怪我人が痛みで暴れてるから、抑えてちょうだい!」
「! はーい!」
別の神官さんに呼ばれて、ベッドに。
腹に傷を負っている屈強な大男――を、《拘束》と《固定》、そして腕力で抑え込む。
その間に素早く神官さんが麻酔の魔導。……本格的な治癒系って繊細だから、相手が暴れてたりすると失敗したりするんだよねえ。
「ヘンリー! 門のところで力尽きた冒険者がいるらしいから、こっち連れてきて!」
「わかりました!」
門と診療所間の通信魔導具――南門はすぐそこだが、ほんの数秒の遅れで命に関わるので設置されている――を手にした神官さんの指示に従い、ダッシュ。
……いやしかし。ここの忙しさも相変わらずだなあ。
「へえー、それで今日は一日、ニンゲル教の診療所のお手伝いですか」
「ああ。ったく、相変わらず目が回るほど忙しかった」
その夜。シリルの部屋で、僕は今日の話をしていた。
話を終えると、シリルはこてんと首を傾げる。
「相変わらず? って、どういう」
「ユーに付き合わされて、僕も前はよく手伝いに行ってたんだよ」
フェリスではないが、僕が早めに勇士になれたのは、あそこで働いていたことも評価されてのことだろう。
「ほほー」
「……ま、フェリス休ませてよかったよ。ありゃ、やっぱ休日全部詰めるのはしんどすぎる」
体力的にはそうでもないが、精神的にね。
「それはそれは、お疲れさまでした。それでは、今日は私が労ってあげます」
「労う? って、どういう……」
聞くと、シリルはニヤリと笑い、ぽんぽんとベッドに腰掛けている自分の膝を叩く。
……数秒悩み、ぼふん、と僕はそれを枕に寝っ転がった。
「ふっふっふ、耳掃除でもしてあげましょうか?」
「……じゃー、頼む」
そうして、一日の労働のささやかな報酬をもらいつつ。
その日は過ぎていくのだった。




