第二百二十一話 ティオの成長
ラ・フローティアのとある休日。
「ヘンリーさん、新しい粘着弾が出たみたいですよ」
冒険者向けの道具を商う行きつけのお店で、ティオが新作の棚の商品を手に取った。
今日は、僕とティオは道具の買い出しだ。この手の道具については、パーティで利用頻度が多いのが僕たち二人なので、自然と二人で買い物に出るようになっている。
お互い、色々情報は仕入れているので、情報交換をしながら購入する物を選んでいくのは割と楽しい。
「大型の魔物でも、十秒は足止めできるらしいですよ。買いませんか?」
ティオがあくまでも淡々と提案してくる……が、新しい道具にめちゃ嬉しがっているのはわかる。慣れている人間にしか見抜けないと思うが。
「あー、僕はパス。実績がある程度上がって、強み弱みがはっきりわかってから使ってみる」
「ヘンリーさん、その辺り保守的ですよね。私は二、三個買って試してみます」
と、ティオはかごにその新商品をぽいぽいっと入れる。
僕とは逆に、ティオは新しもの好きの傾向がある。まあ、ギリギリの場面では使わないし、試してみて使えないと判断したら容赦なく切るから、好きにすればいいのだが。
「あとはロープと……ネットもちょっと古くなってきましたし、買い替えましょうか」
「ああ。それと、帰りに毒とかの調合用の薬草も補充だな。この季節だとエルメ草が多めに出回ってるはずだ」
「私は扱ったことない植物ですね。名前は聞いたことあるような」
「そっか。フローティア辺りだと気候的に育たないやつだっけ」
と、雑談を交わしながら、必要な道具を買い揃えていく。
「そういえば、ヘンリーさん。そろそろジェンドさんを止めなくていいんですか? もう二週間、休み全部臨時でパーティ組んで冒険に出ていますけど」
ふと、ティオが最近ガツガツと冒険に出ているジェンドのことに言及する。
「わかってるよ。まあ、色んな経験積んでちょい伸び盛りになってるから、行きたがるのはわかるけど。次の休みの日は縛り付けてでもおとなしくさせる」
……少し前に臨時パーティのことを勧めてから、ティオの言う通りちょっとジェンドは頑張りすぎだ。
実際、成果は出ている。
色んな冒険者と組むことで強さに厚みが出てきたし、ツテも加速度的に増えている。何人かの勇士とも懇意になったらしく、もしかしたらジェンドが勇士になるのは僕の想像以上に早まるかも知れない。
だけどまあ、いくらなんでも休まなすぎだ。疲労が溜まって、思わぬところでミスらないよう、そろそろ嗜めないと。
「はい、お願いします。……っと、私はこれで大体、この店で買う物は揃いましたけど」
ティオはいつも常備している消臭剤――魔物の嗅覚からも体臭を隠すやつ――をかごに入れて、メモを確認し、そう言った。僕も自分用の買い物メモを見て、
「ああ、僕もあとは閃光音響弾の補充だけだな」
「……あの高いやつですか」
光や音で相手を眩ませる道具は色々とあるが、僕が愛用している閃光音響弾のは浄化の魔力でもって編まれた特製で――まあ、他のやつの数倍の値段がする。
その分効果は高いのだが、あまり多用はできない代物だ。
そういえば、フローティアで巨人退治を引き受けた時使ったっけ。もう一年は前か……懐かしい。
なんて思い返しながら目当ての商品の売り場に向かっていると、見覚えのある冒険者を見かけた。手を上げてみると、向こうもこちらに気付いた。
「ジャンじゃないか。こんにちは」
「ヘンリーさん。どうも、こんにちは。ヘンリーさんもお買い物ですか」
「ああ。ジャンもか?」
「はい。師匠に、お前は小器用な方だからこういうのの扱いも慣れておけって言われて。……でも、なにを買えばいいか、全然わからなくて、悩み中です」
そう照れ臭そうに笑うのは、以前僕と臨時で組んだ八番教会所属のパーティ『戦神の咆哮』のリーダー、ジャンである。
他の都市からリーガレオに来た直後、ゼストが面倒を見て。以来、あいつを師匠と慕っているらしい。
しかし、道具ね。そういうことなら、一応先達としてアドバイスくらいしよう。
「お前ら主戦場は一陣だろ? なら、閃光弾とか音響弾の類は、最低でもこのランクだな。この辺りなら、最上級以外なら通じないってことは殆どない」
値段別に並べてある商品を指す。
ジャンは値札を見て、うえっ、と呻き声を上げた。
「……結構高いっすね」
「実入りからすりゃそう大げさな値段じゃないだろ。いざ使って効果がなかったりしたら、余計に損だし、それ以上に危険だからな。ケチるところじゃない」
勿論、相手のレベルに合わせた道具を戦場で即座に判断して使い分けられるなら、各等級を揃えてもいいのだが。確かジャンは前衛で、そんな芸当をする余裕はとてもじゃないけどないだろう。
「う……ん、そうですね。何個か買って、実際に試してみます」
ジャンは悩みつつも、僕が勧めたランクの閃光弾を三個ほど手に取った。
まあ、こういうのは実戦で慣れるしかないと思う。頑張ってほしい。
「……っと、悪い、ティオ。放置して」
「いえ、別に構いませんが。そちらの方はどなたなんでしょう?」
「ああ、ゼストが面倒を見てるパーティの奴でな。ほれ、前ロッテさんが来た頃、僕一人で冒険に出てただろ。そん時に臨時パーティを組んだことがあるんだ」
ティオに説明をする。
それで、初めてこいつが僕の連れだったってことに気付いたのか、ジャンがティオの方に注目し――なんか、固まる。
「そうでしたか。どうもはじめまして、ヘンリーさんと同じパーティのティオです。ゼストさんには、たまにお世話になっています」
うん……今や四日に一度くらいは一緒に冒険に出るしね。
「ん? おい、ジャン?」
「あ……は、はい! ジャンです。よろしくお願いします」
なに声上擦らせてんの、こいつ。
ジャンはなにやら顔を赤くしてドギマギとする。そうしてしばらく挙動不審になったあと、僕に向かってこんなことをのたまった。
「へ、ヘンリーさんも隅に置けませんね」
……え、いや、は?
「なんのことだよ?」
「こんな綺麗な彼女がいるなんて、って意味で」
「……おいおいおい」
なにを妙な勘違いを。単に仲間と一緒の買い出しだっつーの。
僕と同じく、ティオも呆れたのか一つ溜息をつく。
「生憎と、ヘンリーさんの彼女は別にいます。貴方もゼストさんのお知り合いというのであればご存知では? ほら、この前のグランディス教会の集会で王女宣言をした、うちのパーティのシリルさんです」
「あ、ああ。そうなのか。師匠に、ヘンリーさんは同じパーティに彼女さんがいるとは聞いていたので、てっきり」
ゼストも微妙に言葉足らずだな。しかし、勘違いするジャンも悪い。ティオはまだまだ子供……
「……? ヘンリーさん、なにか」
「いや」
……じゃ、なくない?
出会った頃に比べれば身長や手足は伸びたし、スレンダーな体型ながらもそれなりに女性っぽくなっている。顔立ちも幼さが抜けつつあり……ぶっちゃけ、冷静に考えてみるとシリルの方が年下に見えるくらいだ。
そういえば、成人するまであと二ヶ月くらいだっけ? やっべ、祝いの一つも考えとかなきゃ。
そうか、初めて出会ってから、もう一年半くらいか。……成長ってはえー。
「……なにやら考え事をしているみたいですけど。まだ買い物はあるんですから、そろそろ行きましょう」
「ん、ああ、そうだな。じゃな、ジャン。道具の使い方なら教えられることあると思うから、もし相談でもあったら遠慮なく言ってくれ」
「あ、はい!」
そうしてジャンと別れ、僕たち二人はレジに――
「そういえば、ヘンリーさん。閃光音響弾は?」
「……忘れてた」
向かおうとして、最後の買い物を忘れていた事に気付き、取って返すのだった。
……まだジャンは同じ場所にいて、ちょっと気まずかった。
その日の夜。
晩ご飯のあと、僕の部屋に遊びに来たシリルに、ティオが成長してるよやっべえよ、という大発見を話してみると、
「……え、今更ですか?」
と、ありえないものを見るような目で見られた。
「ご、誤解するなよ? 勿論、大きくなってることには気付いてたぞ? 模擬戦やってると、蹴りとか重くなってるなあ、って思ってたし」
「そこで女子を重い、と表現するデリカシーのなさはさておいて。ならなんでそんなに驚いたんですか」
「いや、大きくはなっても、まだ子供って意識があったんだよ、僕。でも、ジャンの反応で、もう子供とは言えないんだなー、って実感したというか」
未成年を親御さんから預かっている関係上、保護者的な気持ちもあったが。もう一人前として扱うべき時期に来たんだなあ、と、感慨深くなったのだ。
一冒険者としてはとうに一人前だったが、なんて言ったらいいのか……まあ感慨深かったんだよ。
「そうですか。……ちなみに、一応聞いておきますが。ジャンさんとやらに、ティオちゃんが彼女と勘違いされたそうですが」
「一応なんだったら聞かんでもいい。ティオも、そういう意味じゃ僕なんかお断りだろ」
ジャンがキョドっていたように。改めて美少女に育ったし。興味はまったくないように見えるが、きっとそのうち誰かいい人を見つけるだろう。うん、多分。
……もしそうなった時は、従姉の馬鹿が『ティオに相応しいか、アタシが見定めてやる!』とかなんとか言って首を狙いにいきそうだし、止めてやらんといけないな。
「でもそっか。もうすぐでしたね、ティオちゃんの誕生日。成人祝いも兼ねて、贈り物考えておかないと」
「大手を振って酒を呑めるようになるんだし、いい酒でも買ってやればいいんじゃね?」
提案してみると、うーん、とシリルは考え込む。
「喜びそうではありますけど……消えものはちょっと寂しい気がしません? ティオちゃん、まだ洒落っ気が全然ないですし、ドレスとかアクセサリーとか」
「贈っても、鞄の中にしまいっぱの未来が見えるんだけど」
「あう……」
シリルが頭を抱える。
……まあ、こうして悩む時間も、楽しいものだ。
その後も僕とシリルは色々と話し合い……とりあえずプレゼントは要検討として、ジェンドやフェリスも巻き込んでのサプライズパーティを企画しよう、と結論に至るのだった。




