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セミリタイアした冒険者はのんびり暮らしたい  作者: 久櫛縁
第十七章 リーガレオの日常
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第二百二十話 ジェンドの臨時パーティ

 星の高鳴り亭にほど近いところにある、シックな感じのバー。

 割と昔からある店だが、僕とは毛色が違う感じがするので、今まで入ったことはなかった。しかし、ジェンドは贔屓にしているらしい。どこの店にしようか、と聞いてみると、ここを紹介された。


 ……まあ、物は試しにと入ってみて、慣れたジェンドにおすすめを聞いて注文。


 程なく運ばれてきた水割りとナッツの蜂蜜漬け。店の照明や調度品の雰囲気もあって、なんとも高級感漂う。


「……にしちゃあ、値段は手頃なんだな」


 メニュー表を読んでも、僕が普段行くような居酒屋とそう大差ない価格だ。一割、二割増しってところか? 量は少ない気がするが。


「ああ、そりゃそうだ。この店、雰囲気はあるけど、そこまで大げさに金は掛けてないからな」

「そうなのか?」

「おう。まあ、マスターの工夫だな」


 カウンターでグラスを磨いているマスターが、ジェンドの声に小さくウインクする。背筋のピンと通ったお爺ちゃんなマスターだが、その仕草は妙にチャーミングだ。

 ……いいなあ。ああいう格好いい歳の取り方をしたいもんだ。


「大体、その辺はヘンリーの方が詳しいだろ。外壁に近いこんなところの店で、高級品とか扱ったら」

「……ああ、ぶっ壊れるな」


 今は事情が変わったが、ラナちゃんの発明前はこの辺りにもぽんぽこ魔物が侵入していたし、この店が物理的に潰れているところも何度か見たことがある。毎回一週間くらいで建て直されていたが。


 ……なるほど。確かにグラス一個ン千ゼニスとかするようなのを取り扱っていたら、とてもやっていけないだろう。納得。


「じゃ、まずは乾杯するか」

「ああ」


 グラスを掲げ、チン、と軽く重ねる。

 蜂蜜が付いたアーモンドを口に運び、くい、とウイスキーを一口。


 ……ほお、あんま甘いものはつまみにしないんだけど、これは結構合うな。蜂蜜だけじゃなく、香辛料の類も混ぜられているようで、なんとも具合がいい。


「へえ。このつまみ、シリルが好きそうだな」

「ん、ああ、そうかもな。あいつ昔っから甘いものには目がないし」


 後で土産に買ってやるかね。持ち帰りやってるなら……あとは、酒に酔って忘れていなければ。


 っとと。そうだそうだ、


「で、早速だけど、相談ってなんだ? 酒が回ってくる前に聞いとくよ」

「ああ、頼む」


 いざって時戦えなくなるほど呑むつもりはないが、ジェンドの様子からして真剣な相談事だ。判断力が鈍る前に聞いておかないと。


「えーと、その。ちぃっと情けない話じゃあるんだけど」


 ジェンドが少し言いづらそうにする。

 ああ、それで他のみんながいるところでは話せなかったのか。女にみっともないところを見せたくない……というのは、男としてわからんでもない。僕が普段みっともないところを見せていないのかと聞かれれば、自信はないが。


「その、だな。率直に聞きたいんだが、俺が勇士になるには、あとどんくらい功績稼げばいいんだ?」

「? また、唐突だな」


 しかし、相談に乗ると言ったからには答えよう。

 まあ、僕だって教会の細かな評価基準なんて知らないが、勇士になった友人は沢山いる。そいつらの傾向からして――


「今のペースで、普通に狩ってりゃ一年くらい、かな。この前のランパルドの件みたいに、ドデカイ功績をあと一回でも立てれれば……まあ、最速半年?」


 言っておくが、これは異常に早いと言ってもいい。冒険者始めて三年足らずで勇士の座が掴めるっつーのは、いくら子供の頃から修行してたからと言っても相当だ。

 ……まあ、リーガレオ以外でフェンリル、ハヌマンという最上級との遭遇二回。そしてこの前の魔将プラス最上級の遭遇一回の不運に釣り合うかと問われれば、首をひねるところだが。


「一年……か。そうか」

「どうしたんだ、急に?」

「あー、いや、その。……フェリスが、先に勇士になったじゃないか」

「? おう」


 ジェンドが気まずそうに視線を逸らす。


「別にフェリスは気にしていないんだろうけど。……恋人が先に勇士になって、俺が冒険者のまま、っていうのはどうにも。格好が付かないというか」

「あー」


 見栄を張りたいお年頃か。

 そういえば、僕もユーが英雄になった頃は、ちょっと引け目みたいなのを感じた記憶が……いや、なかったか。


 あいつが英雄になった時は、英雄叙任にかこつけて宴会やろうという気持ちがいっぱいだった気がする。内壁の中の高級店でどんちゃん騒ぎしたっけ。


 ともあれ。


「でもなあ、ジェンド。フェリスは例外だぞ? 上級神官以上の治癒士って、めっちゃ希少技能だから」

「いや、それはわかってるんだよ。わかってるけど……シリルも多分、俺より先に勇士になるだろ?」

「まあ……そうだな」


 亡国の王族の生き残り……というのはあまり関係ない。教会にそこらの権威はあまり通用しない。あまり。

 兎角、あいつの魔法だ。大街道をひっくり返して魔物の進軍を止めた先日の功績は大いに評価されている。


 最上級を足止めしていたジェンドもそりゃすごいのだが、流石に霞んでしまうのだ。


「シリルとは冒険者始めたときから一緒だったから、あいつにも置いていかれる気がしてな。ちょっと凹んでんだよ」

「なるほどねえ」


 冒険に出るペースを上げれば、ジェンドが勇士になるのも早まるだろうが、流石にそれだけのためにローテを変えるのは考えものだ。

 特にうちは女子が多いから、有機的な理由で冒険に出られないことも多いわけだし……って、ん?


「ジェンド。ちなみに一陣に出るようになったけど、体力的にはどうだ?」

「そうだな……まあ、今はキツいけど、少ししたら慣れると思う」


 だよな。

 ランパルドとの戦いで極限状況を経験したからか、みんな一皮むけている。覚醒……って程大げさじゃないが、要はそういう状況での体の動かし方みたいなもんを知ることで、他にも色々影響が出るのだ。僕も覚えがある。


 しかし、そうか。一陣に出ても、体力に余裕が出るようになったら、


「そしたら……臨時パーティ組んで、冒険に出てみたらどうだ?」


 そう、提案してみた。

















「よう、おかえり」


 そんな話をジェンドとした、二週間後の休日。


 疲れ切っている様子だが、充実した笑顔を浮かべて食堂に入ってきたジェンドを、僕は出迎えた。


 同じテーブルについているみんなも、それぞれおかえりと声をかける。


「ああ、ただいま。いやー、疲れた疲れた! 二陣だったっつーのに、いつもとは全然勝手が違ってさあ!」

「そうか、まあ土産話は飯でも食いながらゆっくり聞かせてくれ」

「おう、そうだな! 今日は特盛で食うぞー」


 テンション上がってらあ。いい経験になったようでなによりである。


 ……若干、責任を感じていた僕としては、胸を撫で下ろす思いだ。


 固定のパーティとは違う、臨時で冒険者たちが組んで冒険するというスタイル。

 これを専門にするフリーもいるが、いつも組んでいる面子の都合で冒険に出れない時にやる冒険者も沢山いる。僕もたまにユーとかアゲハとかと組んでるしな。


 でも、これまでジェンドはそういった経験はほとんどしてこなかった。

 戦果を稼ぎたい、と思っても臨時パーティが選択肢に出てこなかったのは、これが原因だ。


 多分、僕のせいである。

 本来であれば、シリルと二人でやっていって、試行錯誤する中で経験しただろう。だけど――自分で言うのもなんだが――凄腕の勇士と組むようになって、そいつに上までのルートを決められ、結局ここまでラ・フローティアのメンバーはロクに臨時で組むことがなかった。


 まあ、フェリスは休みは診療所で奉仕してるし、ティオは大体アゲハが仕込んでいる。ジェンドもこれからは休みにこうして出るだろうから、とりあえずこれでみんな大丈夫だろう。


「で、ジェンド。どんな感じだったんです?」


 同じく、臨時で組んだ経験の少ないシリルが尋ねる。


「ああ、今日は魔導士二人と組んでな。俺が二人をガードしつつ、魔導で殲滅って感じで。威力はそうでもなかったけど、二人が交互に魔導ブッパして隙がなくてな」


 ジェンドが今日の冒険話をする。

 臨時で組む……それも、完全初見の相手だと、当然だけど腕はピンキリだ。


 だけど二陣であれば、最上級の突発的な発生でもなければ、ジェンドは少なくとも生きて帰れる。その辺りを加味して、いくつかの忠告と共に送り出した。


「……って、感じで。今日はガードに専念した俺の負担がちょいと多かったけど、報酬は約束通り等分で精算して。んで、帰ってきたって感じだ。また機会があったら組もう、って話してな」

「へえー、なんか楽しそうですね」

「普段と違った刺激があったからな。しんどかったけど、楽しかった」


 弾んだ声で話すジェンドに触発されたのか、シリルがこっちを見てきた。


「あのー、ヘンリーさん? やっぱり私も臨時での冒険を経験するべきだと思うんですが! ですが!」

「前にも言った通り、却下だ、却下。行くんだったら全部僕がついていく」

「もう、過保護ですか!」


 過保護じゃねえ。お前一人で臨時パーティに送り出すなど、リスクが高すぎる。


「はは……まあ、同意だけどな。でもヘンリー、俺にまで過保護になる必要はなかったんじゃないか? 紹介状なんてくれて、臨時の経験が多い相手と組むようにしてくれて」


 教会の窓口に僕の紹介状を持ってって、組む相手を探してもらうように言ったのだ。


 ……実力はともかく。背中から斬りかかってきて装備をパクろうとするような、想像を絶するバカと間違って組まないように。

 そういう手合は大体はジェンドなら余裕で返り討ちにできる程度の実力しかないが、こいつ騙し討ちとか苦手そうだから、念のためにな。


「使えるコネは使わないと損だろ? 僕みたいな失敗はして欲しくないし」

「あー、まあ、心配してくれるのはありがたいんだけど」

「そんな大層なことはないって思ってるな。……仕方ない、僕の臨時パーティの失敗談、話してやるよ」


 色々あるぞー。騙し討ち以外にも、ドロップ品のちょろまかしやら、サボりやら、実力詐称やら。

 聞けば、ジェンドも警戒を強めてくれるだろう。




 ……とまあ、そんな感じで。

 実力も確かで、金勘定に強く、人柄も信頼できるジェンドが、臨時パーティに出るようになって。


 一緒に冒険に出た勇士が何人も推薦したこともあり。


 実に四ヶ月後。ジェンドは勇士に任命されるのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] クエスト等で協会のおぼえをよくした方が勇士への近道だと以前ヘンリーが言っていましたが、他のパーティーにジェンドの有能さをアピールすることで協会の耳に入りやすくしてポイントを稼いだというとこ…
[一言] あー、やっぱりジェンドクンのお悩みは 「俺英雄になる!」って口説いたフェリスの方が先に勇士に…っ てとこだったのね~そうよね~あ、ヘンリーさん手助けしてあげたのねー珍しく頼れるアニキ感! と…
[良い点] ジェンド昇格おめ。 [一言] 昇格の足枷はヘンリーだったか。 なまじヘンリーが高性能、多機能すぎる上に、それが教会含め多方面に知れてるから「あー、ヘンリーのパーティーの...」ってなって個…
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